あの橋のむこうがわ(28/62)PDFで表示縦書き表示RDF


 
 ヅゥオラン チュエウェイ
 ヨウラン  チュエウェイ
 
孔雀の尾の形をつくって防ぐ、左・右です。

あの橋のむこうがわ
作:冴草みつな



     * 守護像からの目線  


 
    いつの頃からか、我々はこうして石像に宿っている。
 
    それは、遥か昔からだっだような。そうでもなかったような。
 
    ――我々はジャスリート家の守護獣。二羽で、ひとつ。

 
 * : * : * : * : * : * : *
 
 
 フィルガは執務を切り上げて、ディーナの部屋を訪れていた。
 
 彼女には色々食べさせねばならない。ルゼ及びフィルガを始めとして、侍女たちとも一致する意見だ。
 そのために食事以外にも、お茶の時間を設けている。
 
 特別小食なタチでもない様なのだが、ディーナは気分に食事の量が左右されるのは明らかだった。丸二日、何も口にしなかったのはついこの間の事だ。
 しかもその後しばらくは、ほとんど食事を残し続けて周りを心配させた。
 それは全部フィルガのやり方に対する、反抗の現われだったようにも思う。実際ディーナは自分を前にすると、何も口にする気が起こらないらしく――ただ黙ってうつむくばかりで、食事の時間を終えていた。
 その様子にルゼから、言い渡されてしまった。
 
『フィルガはしばらく、食事の席を別に設けた方がいいわね?』
 
 身に覚えがあるので何も言い返せずに、フィルガは祖母の言いつけに従った。しばらくは。
 まあ、実際はほんの、四・五日。
 落ち着いたあたりに祖母の判断で、再び同席が許された。何でも、ディーナからの申し出だったらしい。
 フィルガは一人で食事を取らせるから、ディーナは気兼ねせずもっと食事に専念して欲しい。ルゼがそう告げたのを、気に病んだらしい。盛り返す事もないままに、またしても食事の量が落ちたそうだ。
 
『私はディーナちゃんに、一人で食事をとらせるなんて嫌よ?フィルガなんて、放っておいてもちゃんと食べるでしょうから、
 一人でとらせるけどね。・・・・・・フィルガを同席させてアナタが食が進まないのを、見るのが嫌なだけよ』
 
 ディーナはそれで納得したというか、丸め込まれたというか。どんな時でもちゃんと食事を取る、と約束させられたらしい。
 ・・・・・・以上が、アンタも今日からまた一緒に食べていいわよと、得意げに告げた祖母から聞いた経緯いきさつだ。
 
(さすが。お見事です、おばあサマ)
 
 そんなディーナに、祖母は事あるごとに甘い菓子を与えようとしだした。
 それでは益々食事の量が落ちるし、栄養が偏る。菓子片手に始終ディーナを訪れるのを、フィルガはそう諌めた。
 ルゼに口やかましいと言われ様と、譲らなかったのだが・・・・・・。
 しかし、近頃では方針を変えていた。
 菓子でも、何でも。口にしてくれるなら、良しとしよう。
 ディーナの目方の減りを食い止める方が優先だ。明らかに、痩せてきているのだ。
 祖母はディーナを、もっと女性らしい体つきに持って行きたいらしい。
 あまりのか細さに、危うさすら感じてしまう・・・・・・。抱きとめるたびに、自分もそう思った。だからそれは賛成だ。
 別に自分の好みから、遠いせいではない。
 
 ディーナはまた、お茶と菓子を与えられているはずだった。だが、今日はあの様子から察するに資料に夢中になって、手付かずになったままかもしれない。それは容易に想像できる。
 だからこうして、フィルガは様子を伺いにきたのだ。自分も一緒に一休み入れるつもりで。
 
 
 ――が、いくらノックをしてみても返答がない。不審に思ってそろそろとドアを開け、中を覗き見た。
「ディーナさん?・・・・・・入りますよ?」
 声を掛けながら部屋に入って見渡したが、彼女の姿はない。
 窓は開け放たれており、窓際に置かれたテーブルに開かれたままの年表があった。
 近づき見るとやはり、『シィーラ・ジャスリート』のページだ。一瞥したがフィルガは何の感情も見出せないままに、無表情でテーブルの上を見た。
 注がれてそのままのカップはすっかり冷え切っており、菓子も申し訳程度に一口かじっただけのようだ。
 コレくらい、二口・三口で片付けられるだろうに――。
 案の定たいして食べたとは思えない様子だ。フィルガは残りの菓子を摘むと、口に放り込んだ。
 
 酸味のきいた紅いベリーが、甘い生地を引き立てる。フィルガも子供の頃から馴染んできた、焼き菓子だったが。
 久しぶりに口にしたが、思っていたよりもずっと甘い。冷め切っているが構わず、カップ残りのお茶も立ったままで飲み干した。
 
 彼女の残り物を片付けながら、フィルガはディーナの気配を追っていた。
「・・・・・・。」
 おかしい。確かに彼女の気配は館に残されている。だが、その居場所までは掴めない。
 フィルガにとって、『誰かの気配を追い・居場所を確定する』のは朝飯前だ。
 こんなものは、術者の基本中の基本・・・のはずなのだが。その『誰か』に行き当たらない。
 両手を差し伸べてみても、ただむなしく空を切るような掴みどころのなさは・・・・・・。
 そうだ。この嫌な感覚には覚えがある。何者かに煙にまかれているかのような、気持ち悪さはかつて出し抜かれた時に味わって覚えたもの――。
 
 * : * : * : * : * : * : *
 
 
 嫌にレドの気配がわざとらしい程、主張されて感じられるのも引っかかる。
 
 フィルガは熱さと冷たさに、同時に貫かれた気がした。瞬時に対処の判断を下す。
 
「ヅゥオラン!」――左手の甲を前にかざしながら。
 
「ヨウラン!」――次いで、右手の甲も同じく。
 
 フィルガは己の甲を飾る、孔雀の刺繍に呼びかけた。
 
 * : * : * : * : * : * : *
 
 軽やかな鈴をふるわせたかのような振動が、フィルガの鼓膜を打つ。それは遠く、微かに――。呼び出した者のみが受け取る合図だ。
 
 目の端でふわりとカーテンのドレープが、風にさらわれて持ち上がったようにも見えた。
 
 だが、それも一瞬の出来事だった。カーテンがゆったりと戻りきるよりも早く、鮮やかな藍色が視界に入り込む。
 フィルガが両手を下ろすと、足元にひれ伏していた二羽の孔雀が面を上げた。
 
 藍と翠とで囲み飾られた黒い眼が、キロリ、キロリと左右に振れてからフィルガを見つめる。
 己の左羽根で手前を払い、尾羽を広げ見せながら身を起こす。美しく渦巻く羽根模様が、幾つもの緑の瞳を向けられたかのようにも見える。もう一羽も、左右対称に全く同じ構えでかしずいているせいで余計に。
 
 “呼んだか。フィルガ”
 と答えたのは、ヅゥオラン。長い首をかしげて、左目でフィルガをとらえる。
 “――か。フィルガ”
 とは、ヨウラン。こちらも首をかしげてフィルガを見ている。ただし、ヅゥオとは反対の右目でだ。
 フィルガから見て右手にヅゥオ。左手にヨウ。二羽は左右対称に、フィルガを挟んで尾羽を半開きに、身を低く構えたままだ。
 
 孔雀たちが呼び出される時は少なからず、館に異常が起こった時と心得ているからだろう。
 いつでも次の行動が起こせるようにと、身を張り詰めて緊張させているのだ。
 自分たちが守護するジャスリート家に、二羽の眼をかいくぐった不届きな輩がいるとしたら。それは由々しき事態に他ならない。
 
 
「呼んだ。ディーナを知らないか?館の中に気配はあるが、姿はあるか?」
 “気配はあるな”と、ヅゥオ。
 “――な”とは、ヨウ。
 二羽は瞳を閉じて、答える。
 “だが、姿はないな”
 “――な”
「だな」
 二羽の断言から確実なものとなった。ディーナはこの館にはいない――。
 フィルガは冷静に答えながらもその表情は険しく、拳を強く握り締めている。
 ディーナは館のどこにもいない。だが、気配は薄れていない。ということは、まだ・・フィルガの領域から外れてはいない事を意味する。
 ディーナの気配にすがり付きながら、必死でその居場所を追う。多分、彼女はあそこを目指すはずだ。
 
 瞳を硬く閉じて集中するフィルガを、二羽は心配そうに見守りつつ指示を待っている。
 
(・・・・・・シアラータ!)
 
 声に出さないまでも、強く強く呼ぶ。返事が返るよりも早くに、要求を告げる。
 
(お前のを貸せ!)
 
 否とは答えられなかった。その証拠にフィルガの脳裏に、ここよりも遥かに離れたあの橋の光景が浮かぶ。
 石を組んで掛けられた、緩やかに弧を描く橋。その下を流れる川にきらめく陽光が眩しくて、思わず瞳を閉じたまま眉根を寄せる。
 自分は今、橋を守護するように据え置かれた石像の目線を借りて、橋を見下ろしているのだ――。
 フィルガも急ぎ、目線だけで橋を渡る。風が強く渡っているようだ。石像とあっては風を感じないにしろ、視界がぶれた気がした。
(ディーナ!!)
 橋の中ほどにはディーナが、そして見覚えある黒い獣の姿があった。
 やはり向かい風の中にいるようで、赤い髪もドレスもひどく後ろになびいていた。
 しかも――。橋の向こう岸には、見えないまでも明らかに何者かの気配が待ち構えている。
 その何者かは、渡っていないところが憎らしい。渡らなければ結界に触れた事にはならない。
 そうと知っての行いだろうと、察しが着く。慌ててフィルガは『自分』に引き戻った。
 
「見つけた。橋にいる。しかも、ダグレスと一緒だ」
 頭を左右に打ち振り、かきむしりながらフィルガは視線を戻した。
 心なしか呼吸が荒い。そんなフィルガの様子に、ヅゥオランが気を使った。
 
 “我々が先に一っ飛びして、見に行ってやろうか、フィルガよ?”
 “――よ?”
「いや、いいさ。お前らが人目に触れたら、ジャスリート家の面倒になるかもしれないからな。
 それより、館の守護を引き続き頼みたい」
 わかった、と二羽はほぼ同時に頷いた。
 ““承知した”――た”
 
 
 ここから馬を飛ばしても間に合うか。・・・・・・間に合わないだろう。
 
 そんなフィルガの心中を察したらしい、勘のいい二羽が騒ぎ立てた。 
 “走ればいい、フィルガ!走れば”
 “――走れば”
「言われずとも」
 そうするしか他にない。最後まで答える暇もなく、フィルガは駆け出していた。
 
 * : * : * : * : * : * : *
 
 “・・・・・・ヅゥオ?”
 二羽はジャスリート家の正門に据え置かれた、孔雀の石像の上に降り立っていた。
 向かって左側はヅゥオランの、右側はヨウランの仮の宿ともいえる。
 ヨウはなかなか石像に戻ろうとしないヅゥオランに、声を掛けた。
 “ヨウ、留守を頼む。やはり、ヅゥオも行く。フィルガ、いくら早くても心配。相手はしかも――ダグレス”
 “・・・・・・心配?”
 “フィルガ、ディーナにまで立ち去られたら・・・・・・。もう、お終いな気がする”
 思いつめたように呟きながら、ヅゥオは橋の方向を見据えながら羽ばたいた。
 
 “でも、フィルガ、待てと言うたよ?”
 
 ヨウランが石像に宿ったまま答えた頃には、すでにヅゥオランは飛び立った後だった。
 
(ヅゥオ・・・・・・)
 
 ヨウランは館を留守にするわけにもいかず、ただ相棒の後姿を見送るしかなかった――。
 
 
 
 
 


 
 お久しぶりです、フィルガ殿。
 ダグレスに出し抜かれて、こんなことになってますよ。

 しかも。孔雀たちにまで気を使われるほど、彼の心は結構崖っぷち★みたいです。







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