「人を殺すことは、絶対にいけない事です!」
頭の中に、感情の起伏の全くないフレーズが落ちてきた。
おもむろに声のした方へと首を回すと、そこにはお洒落に決めた評論家が、いかにも切ない事を言ってしまったかのように苦悶に満ちていた表情で映っていた。偽善を映す黒いブラウン官の周りには、ソイツを嘲るようにして大きな蛾が飛んでいる。俺は近くにあったダーツを手に取ると、静かにブラウン官に止まった蛾へと矛先を向けた。
そして片目をつむり照準を合わせる。今、蛾の命は俺の手中にある。あの美しい命を、今から俺は――そう思うと、ゾクゾクした。
ダーツに射抜かれた蛾を摘む。
空っぽになっちまった。
お前は悪い事なんてしてないんだ。
悪いのは俺なんだ。
いや、無意味に他の生物を殺す、人間なんだ。同種間での殺し合いなんて、自然界には有り余るほどあるからそれは良い。
生きる為に他の生物を殺すのも良い。それは本能だし、食物連鎖だ。例え、お前を空腹状態の俺が食べたって、それは掟だし、お前だって納得してくれるよな。だが、他の生物を無意味に殺すのだけは許せない。密輸、捨て犬、象牙……これらは全てエゴによって行われたモノだ。許せない、許されない。殺してやる。
だけど、実は俺も参加してる。
競馬だ。馬達の遺伝子は早く走る為だけを追求され、走らなければ肉だ。彼らもまた、俺のような競馬好きが居るから生まれてくるのだ。
結局、俺は人間なんだ。どうすればいい……お前たちの命の価値は、誰が決めていいものでもないんだ。何故動物の殺しはあまり放送しない。殺人は、それはそれは大体的に放送するクセに。俺は人間だ。必ずお前たちに、何かの形で無意味な死をもたらしている。でもお前たちは何も言わずにそれを受け入れる。
だから結局俺はその寛容さに甘えてしまう、
それでいいのかと――……
この世界には、巨大な愛で満たされている。愚かな人間を受け入れ、それを浄化する何かの愛が。俺は弱い人間だから、それでも大地は許してくれる。空は優しく撫でてくれる。海は全てを飲み干してくれる。
しかし今、これほどまでに偉大な存在が、愚かな種族によって破壊されようとしている。そう―――ホモサピエンスによって。
俺は摘んでいた蛾を丁寧に清潔な布で包み込むと、そっとキスをした。残虐な行いを許して欲しいと、祈りを捧げて土へと還す。貴方の体は大地に戻って、また新たな生命を生むんだね。
俺も今から命を助けに行ってくる。これが醜い俺に出来る、最良の手段だから。どうしようもない現実を、受けとめるにはこれしかなかったから。
俺は獣医だ。
これは、君たちに対する、小さじ一杯のお礼の気持ち。
これは、君たちに対する、小さじ一杯のお礼の気持ち。 |