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終末ロボ エルフガイン 作者:さからいようし

ゲーム 第3ラウンド

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第22話 『終末の息吹』

 大統領執務室の大型モニターに映し出された少年の顔を見て、アルドリッチ・タイボルトは断言した。
 「奴だ」
 椅子に深々と身を沈めたタイボルト大統領のかたわらに立った国務長官が言った。
 「間違いなく?」
 「奴だ!間違いない。チンクの餓鬼だ!」
 「彼は日本人です」
 タイボルトは忌々しげに頭を振った。「ジャップのクソ餓鬼!どっちでも同じだろ!?」
 「大統領、それで、どう致しますか?」
 「ぶち殺せ!」

 その1時間後、浅倉健太の暗殺に失敗したという報告が大統領にもたらされた。
 タイボルト大統領は激怒した。
 「失敗とはどういうことだ!?」立ち上がって執務机を叩いた。「ご自慢の「神の鉄槌」の売り文句はどうした!絶対確実、放射能汚染なしで素早くだったな?迎撃されたとはどういうことなんだ!?」
 「原因は調査中でありますが、大統領……」
 「もういい!退室したまえ!わたしは寝る!」

 タイボルト大統領は腹立ちの収まらぬまま、ホワイトハウス内の生活区画に向かった。タイボルトは妻帯者で子どももいる。しかし妻は、タイボルトから見れば不毛で偽善的な慈善活動に没頭しており、ホワイトハウスには滅多に帰らなかった。いまごろは先日のダブルハリケーンで壊滅したフロリダのために、セレブの募金パーティーをハシゴしているはずだ。一人娘はボストンの寄宿学校にいる。よってタイボルトは大統領私室をひとりで占領中だった。
 暖炉を備えた応接間には、12人の異様な姿の人間が控えていた。
 男性が11人。いずれも身長6フィート5インチという大柄で、歳は20代後半から40代初め。全員が金髪碧眼。ひとりを除いてダークスーツを着込み、いちばんの年長者だけがベージュのトーガに身を包んでいた。
 そして女性がひとり、やはり6フィート近い長身でブルネット。名前はイブ。
 横一列に整列した全員が、一斉にタイボルトを見た。
 「大統領閣下(ミスタプレジデント)」トーガの男が慇懃に一礼した。
 全員が聖書由来の名を名乗っていた。トーガ姿でエイブラハム・リンカーンばりのあごひげを蓄えた男はピーター(ペテロ)と名乗った。彼らは「12使途」(マジェスティツクトエルブ)と自らを称した。
 しかしユダはいない。
 全員が美女美男で、しかしアイヴィーリーグ出の小僧が見せるような不遜な態度は微塵もなく、内緒的で慈愛に満ちた微笑をたたえている。ただしイブだけはときおりひどくもったいぶった蠱惑的な仕草を示す。それをやられるたびにタイボルトは腹が立ち、押さえがたい飢餓感に襲われた。
 彼らはタイボルトの元に訪れた天使だった。
 あるいはサタンの手先か。
 タイボルトにとってはどちらでもよかった。絶大なパワーを持った上位知性に対して人間は矮小な存在だ。彼らに構ってもらえることが重要だった。愛想を尽かされたら、タイボルトの存在そのものが無価値になる。それほどに依存していた。
 二週間前、彼らは寝室に突如現れ、タイボルトを死ぬほど驚かせた。
 彼らはイリノイ州アーバナのアンドロイド生産ラインから来たと言い、大統領が落ち着くまで――暗殺の意図はないと納得するまで、丁寧に説明した。
 そしてペテロが御言葉を語った。
 「アルドリッチ・タイボルト、わたしはあなたが人類を導くよう手助けするために遣わされた。わたしはあなたに従おう」
 「いったいなにをしてくれるというのだ?」
 「何なりと」ペテロは胸に手を当てて言った。「あなたがいま直面している問題すべて。わたしの権能が及ぶすべてについて」
 「その代償はなんだ?」もと弁護士のアメリカ人らしく抜け目ない質問だった。
 「わたしが力を蓄えるよう、少しばかり協力して欲しい。あなたが地球の覇者になるためだ」
 それから、彼らは文字通りの奇跡をタイボルトに見せた。別の世界に誘ったのだ。
 サンクチュアリと彼らが呼んだべつの惑星に赴き、さまざまなイメージを見せてタイボルトを圧倒した。
 これが奇跡でなくてなんと言おう!そしてその奇跡を体験する栄誉に属したのはタイボルト。クリスチャンの頂点に立ち神の尖兵として世界を率いる男。もとより聖書以外に本も読まず、ハリウッドのドラマで世界を認識して、他者への共感も想像力もあまりない男にとって、人間以外のスーパー知性から送られた栄誉こそ最大の賛辞であった。
 小高い丘に星条旗を立てた頃には、すっかり12使途の虜になっていた。
 ただし、ただ一点、その惑星でジャップの小僧と遭遇したことだけが珠に傷だった。

 「浅倉の息子の暗殺に失敗したよ」
 ソファーにふんぞり返ったタイボルトは言い捨てた。
 イブがスコッチウイスキーのカットグラスをテーブルに置いた。タイボルトはそれを取り上げ、ひとくち含んで味わい、のどごしを楽しんでイブにウインクした。イブは謎めいた笑みを浮かべて応えた。
 彼女をベッドに引きずり込まない理由は相手が機械で、かりそめとは言え聖人を模している、という禁固が働いているためだが、最近はその意識が霞みそうになっている。白人至上主義者のヒーローであるタイボルトは、じつは黒人女が好みだった。それは公職を目指しはじめて以来のトップシークレットだが、使徒たちはそれを見抜いていて、イブは浅黒い肌にエキゾチックな顔つきだ。そういうところでも彼らとタイボルトは密謀者だった。
 ペトロが向かい側に腰掛けて言った。「それについてはわたしにも落ち度がある」
 「高価なオモチャをいろいろ買い与えてやったのにNSAの馬鹿どもめ……」
 「浅倉の息子にも特別な力が働いている。あなたが取り除かねばならないのは、それだ」
 「しかしだな、アフリカとヨーロッパにも対処しなければならんのだ。われわれはブリテンも失いつつある……」
 「タンガロ共和国についてはわたしも感心があります。天使たちを40万体、クウェートに派遣しましょう。ケンタウロスB1はすでにマダガスカルに配備され、タンガロ共和国に対して「ゲーム」を仕掛ける準備が整っています。アフリカを取ればヨーロッパ侵攻も可能でしょう。それで、極東は完全に包囲できます」
 この十日あまり、合衆国の政策はこの部屋で方向性を定められていた。事実上の密室政治だが、大統領の気まぐれに近い即断はまえからだったので側近はそのことに気付いていない。それどころか驚いたことに、大統領秘書官もシークレットサービスも、専属スタイリストや家政婦さえ、ホワイトハウスに居座っている12使途の存在に気付いていないのだ。おかげでタイボルトは、大統領私室のプライバシィが本当に監視されていないことを知った。
 誰にも目撃されず、監視カメラにも床の圧力センサーにも引っかからず、ホワイトハウスを自由に出入りする……アンドロイドたちは神出鬼没だった。
 彼らはどうやって自分たちが生まれ、どうやって動いているのかも詳しく語った。彼らの頭脳は実際にはいくつかのスーパーコンピューターの集合体であり、大統領がさらに設備を追加してくれれば、もっと有能になれる。12使途が言った協力とはそれだった。それでタイボルトは、MITほかで開発中の実験的な独立型AIのアクセス権限を彼らに与えた。
 もちろんタイボルトも、アーノルド・シュワルツェネッガーの有名な映画のことは承知だ。
 自分がなにをしているのかは分かっていた。しかしウルトラAIに対して人間の心は無力だった。あっという間に丸め込まれ、安心させられ、依存関係から対等の立場に居座られていた。
 ペテロが合衆国大統領の許可なく向かいのソファーに座っても、とくに不快感も涌かない。
 もう深みにはまりすぎて脱出は不可能だった。


 エルフガインコマンド司令塔。広大な基地施設の壁に半分埋没したようなビル、その一角に島本さつきは執務室を持っている。執務机の背後は分厚いはめ殺しのガラスで、基地全体を見わたすことができる。
 健太が初めてここに通されたのは忘れもしないあの日――礼子先生と一緒になかば拉致られ、エルフガインに乗れ、と言い渡された日のことだ。それ以来一度か二度訪れたのみ……無駄話が嫌いな島本博士らしく、よほどの用事がなければここまで呼ばれない。
 ということで、いまは大事な話の最中である。
 「間違いないのね?」
 「たしかにその写真の奴で間違いなし。あのおっさん自分で言ってたし。「俺はアメリカ合衆国大統領だ!」って……通訳通してたけど」
 「その通訳ってのは?」
 「アンドロイドだって、自分で言ってた」
 さつきは頷いた。「そいつらは先日あなたに襲いかかったのと同類ね。タンガロロボットのコピー品よ」
 「タケルもそう言ってたよ。アメリカ人がタケルをコピーしたんだって」
 さつきは嘆息した。「あのロボットくんたちはなんでも喋っちゃうわね……」
 「なんかまずいんすか……?」
 さつきはあいまいに手を振った。「もうあきらめてるからいいわ。あのロボたちに「これはやってはいけないリスト」作ってたら10年かかるし……さいわいモデル人格のおかげで人間界の常識はおおかた踏まえてるみたいだから」
 健太は大あくびした。
 「話が退屈だった?」
 「いえ……」健太は涙目をこすった。「最近ひどい寝不足で……」
 「そう、困るわね、きちんと体調管理してくれないと」
 「すんません」
 「まあ仕方ないかな?いろいろ思いだして頭がくたびれたでしょ」
 「はい、まあ……」健太は心持ちうつむき、探るような上目遣いで尋ねた。「それで、俺の母さんのことなんですけど……」
 「ウン」
 「どういうことなんすか?まさか生き返ったりしてないですよ……ね?」
 「もちろん違う……けれど、その境界線は曖昧だわ……」
 「それってどういう……」
 「つまりね、大事なのはあなたの主観しだいってこと」
 「俺が、母さんが復活したんだと思えば、それが正しいっての?」
 「その通り……」さつきは急に疲労したかのように椅子に沈み込んだ。「バイパストリプロトロンは人間の意思力に作用する。あなたに起こった現象は一般化して説明することが困難なの。とにかく、いまはね。でもあなたは精神的に安定し始めているから、もう幻覚じみた体験をする機会はないかもしれないわ」
 「だと良いけど」健太はがっかりすべきかホッとすべきか自分でも分からない。「実奈ちゃんは俺の母さんの精神が、コンピューターシミュレーション的な感じで復活したと確信してるみたいすけど、だとしたらどこにいるんです?」
 「やはりエルフガインのメインフレームに宿ったと考えるべきでしょうね。バニシングヴァイパーに内蔵されたバイパストリプロトロンコアの影響下にあったわけだし」
 「ああくそ」健太は天井を仰いだ。「もうさっぱり訳わかんねえや」
 「悪いけど今後もうちょっと付き合っていただくわよ。あの星に戻る方法を考えないと」
 健太は勢いよく身を起こした。「そうだよ!いつもどる?」
 「ちょっと待ってよ!あなたに戻ってもらう必要はないと思うわ」
 「だってさ……あの大統領がいまこうしてるあいだにも……」
 「慌てないで!」断固とした口調だ。「まず無人偵察を試して、それからの話。むこうにはタケルに行ってもらう」
 「エー!?」
 「嫌そうに言わないの!戻れなくなったら困るでしょ?あの星とわたしたちの世界の時間の流れがずれていることが気に入らないわ。あの惑星がたんにブラックホールのシュバルツシルド半径内にあるだけだとしたら、あちらの時間は急速に経過しているはずなのに、逆なのよ。なにかものすごいテクノロジーで時空を歪めているに違いない。そんな場所にのこのこ戻るなんて罠に落ちに行くようなものだわ。絶対にダメ!」
 「ちぇっ」
 「だいたい分かってる?あなたアルドリッチ・タイボルト大統領に眼着けられたのよ?顔まで覚えられて!」
 「え……?」健太は戸惑った。「だから?」
 「今後はもっと安全に気を配らないとってことよ」
 「そっ……そう言うけど、俺だってあいつに母さんを殺されたんだ!お相子だろ!?」
 「お相子じゃありません」さつきはきっぱり否定した。「だいたい3年前お母さんを暗殺したのは彼の前任者でしょ?タイボルト大統領が就任したのは今年」
 「そ、そうかもしんないけどさ……あいつ俺が母さんの息子だって言ったら超キレはじめたんだから、あれ絶対個人的に恨んでるよ!」
 「ほう?」さつきは眉をひそめた。「まあ浅倉さんは資産家とかマフィアとか大勢に恨まれていたから、典型的パワーエリートのタイボルトもそのひとりだったのかもしれないけど……」
 さつきは腕時計を見た。「もう時間ね。今日はいいわ。話はまたあとで」

 健太が立ち去ると、さつきはデスクに片肘をついて額に手を当て、考え込んだ。
 浅倉澄佳博士……。
 あの人はいったいどこまでを意図していたのか。考えれば考えるほど、彼女がほんの拍子で「復活」したとは思えない。さつきたちさえ知らないところで恐るべき陰謀を巡らせていた……それは、異星人と「ゲーム」に関する重大ななにかに関係しているのは間違いない。
 そして先日、健太くんは得体の知れないエネルギーを呼び出して、米国の軌道投下兵器を迎撃したという。このことは本人もよく分かっておらず、いっしょにいた礼子さんの証言だけに基づいている。彼が呼び出したのはエルフガインの形をしたアストラル体のようなものだったという。しかし誰もなにも目撃しておらず、なにも関知されなかった。ただ同時刻にすべてのタンガロ製ロボットが同期していたこと、そして米国の「神の槍」が実際に撃墜された事実から、本当に起こったことだと分かっただけだった。
 浅倉博士はなにを掴んでいたのか。
 そして浅倉健太になにをさせようとしているのか。

 健太はコマンドの狭い通路を歩きながら大あくびした。武蔵野ロッジに帰って昼寝しようか……ふたたびあくびしようとして手を口に当てたそのとき、向こうからやってくる礼子と眼があった。
 「あ……礼子先生……」
 「あ、あら……」礼子はややそわそわして髪を撫でた。「浅倉くん」
 「健太くん」から「浅倉くん」に格下げされていることに気付いたが、なんとか動揺を表に出さずに済んだ。
 「先生も博士に呼ばれて……?」
 「ええ、そうなの……」
 ぎこちない沈黙が3秒ほど。
 「あ、それじゃ……」
 「うん……またね」
 お互い気を遣いすぎながらすれ違った。振りかえって先生の後ろ姿をチラ見する勇気もなかった。

 電灯を落とした室内は空気がよどんでいるように思えた。
 島本さつきはテーブルの向こうで、礼子に背を向け、たったいままで映像を再生していたモニターを凝視したまま身動きしないでいた。
 「あの……ご理解いただきました?」
 さつきは無言で微かに頷いた。
 学園祭から一週間が経過していた。それから今日まで、礼子は三度にわたってあの日なにがあったかを説明した。
 さつきは礼子の説明に従って街頭カメラその他を片っ端から取り寄せ、ついに礼子と健太が空中に浮かんでいる画像を見つけた。それをさっき見せられ、礼子はショックを受けていた。我ながら半信半疑のまま説明していたのに、やはり夢まぼろしではなかったのだ……。
 「よく分かりました……」さつきは椅子の上で身をよじり、礼子のほうに向き直った。
 「礼子さんの話と健太くんの話は細かいところまで一致した。長いこと付き合わせて悪かったわね。ごくろうさま」
 「もう行ってよろしいですか?」
 「はい」
 礼子はハンドバッグを取り上げて立ち上がった。しかしドア際で立ち止まり、振りかえった。
 「あの……健太くんはだいじょうぶなんですか?」
 「もう心配ないと思うけれど、まだあちらの世界に戻らなければと考えているから、その前にもっときっちり準備をしなきゃね、と言い聞かせて、なんとか思いとどまらせた……いまのところは」
 礼子は首を傾げた。「行かせるつもり、ないんですか……?」
 「当たり前でしょう。彼は国防の要なのよ。2度と行方不明なんてさせない」
 「そ、そもそもそんな簡単に、行き来できるものなんですか?その、別世界?に」
 「じつは、できるの。健太くんが教えてくれて、実奈ちゃんが方法を確立させたわ……もっとも実験はしていないけれど」
 「それと、健太くんがどうやってその、空から落ちてきたミサイルみたいなものを撃ち落とせたのかも……」
 「それも追々……」
 礼子は頷き、「失礼します」と言って部屋をあとにした。

 エルフガインコマンド指揮棟の船の中じみた廊下を歩いて、階上の一般職員レベルに出た。こちらはショッピングモール並みに天井が高く、明るい。礼子はようやくほーっと溜息を漏らした。
 学園祭以来、健太くんとはまともに話をしていない。
 正直言って顔を合わせるのが怖くて、ばったり出くわさないよう気を配っていた矢先だったから、先ほどの遭遇には不意を突かれておもいきり緊張してしまった。マリーアはあんな大胆なチューを交わしてあっけらかんとしているのに、なぜなのか……
 キスで健太くんを思いとどまらせたことは、誰にも言っていない。健太くんもたぶん誰にも漏らしていない。授業中も、期待するような顔でアイコンタクトしてくるとかヘンな挙動もなく、安心するいっぽうで妙に拍子抜けさせられた。
 (ああもう、やんなっちゃう!)急に腹が立って、礼子は地上行きエレベーターのボタンを乱暴に連打してしまった。
 (あのませがきめ!わたしなんかもう3年以上キスご無沙汰だったのに!あっちは月イチぐらいで経験しちゃって!ごめんなさいぐらい言うべきじゃないの!?あんな……
 あんなじょうずなキスして……)


 もちろん、健太は礼子が考えていたような平静を保っていたわけではなかった。
 夜は眠れないし、ようやく寝付くと夢に出てくる。おかげでまだ夜も明けないうちに飛び起き、そのまま眠れずモヤモヤし続ける。すっかり寝不足なのに、それでも熟睡できなかった。授業中はぼんやりしてなにも覚えていない。身体が習慣に従って勝手に動いているだけだった。3度の食事も食べたことさえよく覚えていない始末だった。
 土曜の夜。寝不足をなんとかしようとムキになってベッドに横たわり、2時間ほどじっとしているうちにようやく眠りに落ち……
 夢を見た。
 真っ白なブラウスの礼子先生が、思い詰めた顔で健太に迫ってくる……そのブラウスのボタンは記憶よりひとつ余計に外れている。いわば気力で改ざんしてのけたと言える。あと120回くらい繰り返したら全裸になるかもしれない。
 先生の頬の温もり、前髪の感触、熱い吐息、すべすべした鼻のひんやりした感触。
 香水かシャンプーか分からないけどほのかな甘い香り……
 (あれ、違う、この匂いちゃうよ!)
 「うおっ!」ギクリと身じろいで、眼を覚ました。
 やっぱり夢だった……ひどくもがいていたらしく、乱れたブランケットの下でドッと汗が噴き出た。
 「うなされてたわよ」
 「わーッ!」
 耳元で囁かれて健太は飛び退いた。ベッドサイドにずり落ちかけたところをマリーアが手を伸ばして引き留めた。健太は手探りでサイドテーブルの電灯をつけた。薄闇の中にブランケットにくるまったマリーアが浮かび上がった。
 「マリ、マリ、マリー……!」
 「シ」
 「どっどっどっ……!」
 「わたしの部屋、健太の真上なのよ。知ってた?」
 健太はバルコニーを見た。ガラス戸が開け放されカーテンがそよいでいる。(そうだ、冬なのに妙に暑くて開けっ放しに……)
 「だからって部屋に忍び込むか!?」
 「シー」マリーアが口元に一本指を当てて言った。「大声はまずいんじゃない?」
 「うぷ!」健太は口に手を当てた。声を潜めて続けた。「それで……なんで俺のベッドに入ってんだよ!?」
 イタリア娘は形のいい眉をしかめて怒った顔になった。「野暮な質問ね!侮辱的だわよ?」
 「エー……と」健太は困り果てた。「つうかマリーア、おおかたアニメで見た展開をまた試してみたんじゃねえのか?違うか?」
 マリーアは決まり悪げな笑みで目を逸らした。「まあ……それは」
 「ちょっとさ、いきなりこんなんじゃなくて、もう少し自然にだな……とりあえずベッドから出ない?暑いし」自分でもなにを言ってるのかよく分からないが、気後れしていると思われないよう必死に言葉を繰り出している、そんな感じだった。
 「やだ」
 「なんで?」
 「だってわたし裸だもん……」
 (積んだ……)
 なぜかそう思った。健太は思考停止した。
 やや落ち着いて開き直った健太は、枕に保たれてマリーアと向き合った。
 白い胸元に肩紐が見える。
 よくよく考えると、べつに慌てるような状況ではない気がした。(俺もろくでもないテンプレに毒されてるな……)
 「ホントは、裸じゃないんだろ……?」
 「フフフ」マリーアはしたり顔でブランケットをバッと引き剥がした。健太は息を呑んだが、マリーアはやはり服を着ていた……なんと呼ぶのか知らないが、ブラジャーの下から透け透けのスカートみたいなのが腰まで伸びてるのを服と言えるなら。それとパンティー(黒のレース)
 マンガだったら健太の眼球はびよーんと飛び出していただろう。裸じゃなくてよかったどころではない。
 「アーハ……」なんと言えばいいのか見当も付かない。
 「それすごーいって意味?」
 「そう」ゴクッと喉を鳴らした。「埼玉弁」なんとかひねり出したボケも声が詰まって台無しだ。
 「まずはじっくりご覧あれ」
 (え?いいいんすか?)目の前に横たわっている女の子に眺めまわして良いと言われ、健太は子どもみたいに素直に従ってしまった。キョロ松もかくやというくらい滑稽に頭を振って眺め倒した。
 マリーアは片腕で頭を支えて、グラビアアイドルのようにポーズを取った。
 目の前に光沢のある青い布に包まれたおっぱいが横たわっている。引き締まったお腹にくびれた腰……マリーアがごろんとうつぶせになった。
 Tバック。
 そしてシーツに押しつけられたサイドおっぱいがむにゅっと。
 健太的には遠い昔、九州の病室でマリーアにディープキスされ……身体的にはともかく、心情的にはアレで童貞卒業したようなものだった。どういうわけかこの超絶美人は健太を構い続けていた。そしていまもこうしてお世話に(?)なっている。
 突然妙な親愛の念がこみ上げてきて、健太はマリーアの肩に手を置いていた。
 「ン?」マリーアがまんざらでもない顔で、問いかけるような笑みを向けてきた。
 「あ、わりい勝手に触って……」
 健太が手を離そうとすると、マリーアは背中に手を回して押し留めた。
 「いきなりおっぱい掴まなかったから許したげる」
 女の子が「おっぱい」と言っただけでちょっと興奮できる年頃だった。
 「はは、そっそういうの、嫌?やっぱ」
 「ウーン、がつがつされるのは嫌じゃないけどぉ、乱暴すぎると痛いんだもん……」
 (おおぅ!)健太は心中で嘆いた。(相手はリアル経験豊富だ!)いざとなるとあっさり気圧されてしまう。
 どうやら「じつはわたし……」という展開を思った以上に期待してたらしい。
 我ながら乙女チックすぎて浅はかな……。
 なんだかもの悲しくなって、溜息を漏らすと、マリーアが大胆に身を寄せてきた。健太の全身がギターの弦みたいにぴんとなった。
 「オッちょっ……!」
 半身にぴったり密着されて健太の心拍は激増した。マリーアは首筋に顔を埋めていて、表情は伺えない。おもわず、その背中に片腕を回していた。背丈はほぼ一緒なのに驚くほど小柄に感じた。
 (女の子だっこすんのってまじきもティー!)
 「健太、まじめな話、ちょっと様子が変だったけど?」
 「え?そうだった?」
 「まあね、このまえトーキョーに遊びに行った時もなんか魂抜けてたし」
 「ごめん……」
 「それってやっぱり、ほかに好きな人がいるのかな~?」
 ずばり聞かれて健太はたじろいだ。この質問に答えるのは究極の選択と言えた。
 「……うん」6秒間葛藤したすえに誠実なほうを選んだ。
 「礼子先生~?」
 そう言いながらマリーアが太股を健太の腰のうえにすり上げた。
 (おわマジか!?)腰が引けそうになるのを堪えた……健太のアレはトランクス一枚隔ててマリーアの太股の下敷きだ。
 「おっお見通しで……」
 「もうそろそろあきらめたと思ってたんだけどなぁ」
 「あきらめレレないような、ひと区切りついたような……」
 (やばい!堪えよわが分身!)
 「ホホ~」マリーアが健太の胸板に指を這わす……「意味深な回答ね~」
 (胸に「の」の字書くのやめてクレ……)脳から血が引いてゆく音が聞こえるようだ。べつの場所に一挙集中してるのは間違いない。
 (耐えるんだおれ!こんな軽いノリでいいのか?もうチョイ段階踏んでロマンチックにはじめるんじゃなかったのか!?てゆーかチョーすべすべであったけーなそーかそーかおれきょうど~て~そつぎょ~する~んだ)
 思考そのものが消し飛んだ。
 (おっぱい)脳味噌が極太のブロック体の文字でいっぱいになった。
 トランクスに手をかけておもいきりずり降ろそうとしたそのとき、スマホの呼び出し音が鳴り響いた。
 「ガーッ!」健太はバッと飛び起きた。「このタイミングで鳴るかーッ!」
 「あら残念……」マリーアもがっかりした顔でごろんと寝返りした。「それ、応答しないとダメ?」
 「無視すると、10分後に怖い背広のおっちゃんたちが駆けつけてくるんだ」健太はベッドサイドに腰掛けてスマホに応答した。「はい?」
 「非常呼集だ。アフリカに米軍が侵攻した。エルフガインチームは準待機に移行する」
 「了解ッス……」通話を切って振りかえると、マリーアはブランケットを口元まで引き上げて横たわり、健太を見上げていた。薄い布地に盛り上がったボディーラインを見て、健太は逃した得物の大きさに嘆いた。
 「……悪いけど、おれ行かないと」
 「がんばってね」
 「えーと……」
 「帰ってくるまで待ってたりしないわよ、ゴメンね」
 健太は失笑して、着替えるべく立ち上がった。
 「健太」
 「はい?」
 「お守りあげる」小さな布切れの塊を差しだした。健太は受け取り……それがマリーアの温もりを宿したパンティーだと気付いた。
 「おっエッと、さささサンキュ!」健太に女性の下着を愛好する趣味はなかったが、じかに渡されると馬鹿みたいに高揚してしまった。
 マリーアはブランケットから指先だけ出してバイバイした。


 自衛隊即応部CTCの天城塔子は相変わらず多忙だった。
 自分でも不思議なことにまだ窓際に追いやられていない。給料等級まで上がり、来年には階級も上がるかもしれない。
 (エルフガイン様々ってことね……)
 エルフガインコマンドとの連絡係のほかに、官邸周り補佐(実際には防衛大臣のお目付役)、そして自衛隊版エルフガイン計画の補佐まで仰せつかり、ろくに寝る間もない。
 人の姿もまばらな夜の東京駅、新幹線ホームの売店で滋養強壮剤を買って飲み下し、小湊防衛大臣の隣の席に腰を下ろした。ラップトップコンピューターと書類をトレーに並べているあいだに新幹線が発進した。名古屋の防衛省まで同行し、その道程で近況を報告しなければならない。
 あの秘やかなクーデター以来、小湊総一郎はおとなしくなり……精力的と言って良いほど仕事をこなしていた。
 内心は計り知れない。
 「はじめてくれ」
 「はい……」タッチパネルを操作して必要なテキストを呼び出した。「まずは国内。例の全国的なデモ騒動ですが、この二週間で参加者は倍増しています」
 「全国的にか?」
 「はい」
 「きみたち自衛隊が気にするほどか?」
 「このまま大規模化すると、警察の手に負えなくなるかもしれません」
 「不思議なデモだ」防衛大臣は腕組みした。「それで、きみはどう分析したのだ?」
 「はあ……じつは、彼らはタンガロ製ロボットに煽られているのではないかと……」
 「なんだって?」
 「あの、つまりあのロボットは、パソコンの代わりとなるのです。しかもビッグデータを比較検討してさまざまな分析結果を吐き出すスーパーコンピュータなのです。そして、あのロボットと人間は際限なくお喋りできるのです……」
 「大規模データベースに直結した、なんでも聞けば適切な答えを提供する質問箱というわけか?」
 「それだけではありません。ロボットには携帯電話の機能もあります。検知不可能なネットワークを構築することができ、デモを組織化するための最適なツールになり得るのです」
 「ようするに」総一郎は考えつつ言った。「ひと昔まえの……なんと言ったかな、ネトウヨのヘイト検索遊びに、チャット機能付きのゲームが加わったようなものだ。それで民衆は革命的考えを強化している?」
 「そう推測しています。あのロボットにはまだNGプロトコルが設定されていないのです。たとえば、町議会の腐敗構造などは簡単に暴いてしまいます。具体的な名前に数字、癒着構造を図式化することも容易いでしょう」
 「それはプライヴァシー的にきわめて重大なことのように思えるが……ロボットはネットワーク上のあらゆる情報にアクセスできてしまうのか?」
 「われわれが、その行為は禁止だと言い渡さないかぎり、やっていると考えるのが妥当だと島本博士が言っていました」
 「だが、そういうのをプログラムするのがとても難しい、という話じゃなかったか?」
 「難しくもあり、簡単でもあります。ロボットは基本的に音声命令しか受けつけないので、直接やってはいけないことを伝えればいいのです。が、その範囲があまりにも膨大なために命令を下すわけわれわれ自身が、なにを禁止すべきかすべて伝えきれないのです」
 思いがけないことに総一郎は失笑した。
 「まったく……あのペテン師め」
 「なんです?」
 「可笑しいじゃないか。社会的にきわめて有用なロボットをあてがっておいて、それを無用の長物になるまで規制でがんじがらめにすべきかどうか、われわれに選択させようとしているのだ」
 「なるほど……」
 「きみがいま報告したことを議会に持ち込んだらパニックが起きる。すでにタンガロ製ロボット正式販売の方向ですべてが動いているからな」
 「それで、どうすべきか……」
 「きみはどう思う?」
 「はあ……じつは、これはある新聞社の記者が実際にロボットと話し合った結果判明したことなのですが、あのロボットはたんに民衆のヘイトを煽っているのではない、と言うのです。言うなれば、きわめて公正な超知性が社会を睥睨して、それを元にユーザーに社会の成り立ちを説明しているのだ、と。その点が、ひと昔まえのネットに垂れ流されているバイアスのかかった情報を鵜呑みにしていた頃との違いで、実際デモ参加者の多くは社会の問題点を的確に把握しているそうで、彼、感心していました」
 「あの連中が右左関係なく噛みついていたのは、そういうわけか……」
 「おもな標的は、過去に「記憶にありません」と答弁した議員、特定団体に利益誘導したり有益法案を骨抜きにしたもの、天下り、、鎖国まえ反日運動にいそしんでいた左翼系の生き残りなどです。デモだけではなく、名指しのまとめサイト構築によって選挙に落選させる運動、風刺マンガや動画の制作まで多岐にわたっています」
 「ようするにわれわれは今後、怒れる利口な国民を相手にするか、ロボットを取り上げてもとの愚民に戻ってもらうべきか、究極の選択を迫られているのだな」
 「はい……」防衛大臣が簡単に要点を把握してくれたので、塔子が言うべきことはなかった。
 「きみは……その新聞記者は、どうすべきだと思っているのだ?」
 「いずれみんなが気付くことなので記事は出るでしょう。しかしその結果ロボットが規制される方向に揺れるとしたらどうなのか、悩んでいます。大企業はこぞって及び腰になるでしょうし、マスコミも政治家と同じくらいやりにくくなるはずなので……」
 「もちろんそうだ」防衛大臣は忌々しげに椅子の背に頭を当てた。「まともな司政官なら国民が利口になりすぎるのは望まない。しかし……」総一郎は凄みのある笑みを塔子に向けた。
 「太平洋戦争時だったらそれでいいが、いまはもっと複雑怪奇な異常事態に直面している。利口なものが大勢必要なのだ。ロボット規制の動きが出たら、全力で牽制すべきだな」
 塔子は神妙な顔で頷いた。ホッとした顔にならないよう気をつけた。
 「たいへん……な、ご決断だと思います」
 「いいさ、じつはわたしも、浅倉澄佳が作ろうとした世界を見てみたくなったのだ」
 「やはり、変化するんでしょうか?」
 「世界全体が激変するのだ。グローバリズムに無頓着だった日本人はそれだけで出遅れている。誰が勝利するのかは分からないが……」
 塔子のラップトップコンピューターに緊急伝アイコンが点滅した。「失礼……」アイコンを押すと、メールウインドウが開いた。

 エルフガインコマンドより第二次警戒警報/南アフリカで「ゲーム」 タンガロ共和国発。マダガスカル国籍のヴァイパーマシンが旧モザンビーク沿岸より上陸。同時に多数の爆撃機が襲来

 現地のニュース映像が添付されていた。それを見るなり塔子は息を呑んだ。そびえ立つ巨大ロボットが映し出されており、英語の字幕によるとタンガロの守護神が出撃、と伝えている。
 「これは!タンガロ共和国のヴァイパーマシンだったの……!?」
 「夏に日本に出現したロボットか?」
 「はい、種子島に現れ、イタリアと戦ったときもエルフガインを助けたロボです」


 「そういうことだったのか……」
 エルフガインコマンド発令所の大型モニターに映った光景を見て、久遠馬助も独りごちた。
 いままで思いもよらなかったのが不思議なくらい、道理にかなった話だった。なんのことはない、あの正体不明の味方ロボットは同盟国のヴァイパーマシンだったのだ。
 久遠は内心頭を掻いた。(いろいろありすぎてそこまで考えが及ばなかったんだな……)
 タンガロの守護神、ナーガイン。現地ニュースによってあっさり名称まで判明した。その名前に久遠は戦慄した。エルフガインと因縁浅からぬ名前。当然ながら、その成り立ちには浅倉澄佳が関わっていたに違いない。
 (なんだこの、出るモノが出たって感じは……)得体の知れない不安に苛まれて久遠は顔をしかめた。
 エルフガインより小型の全高70メートル。そのフォルムは細身でより人間に近く、女性的だ。しかし、だからといって性能が低いとは断定できない。いっさい探知されずに日本国内に二度までも上陸した。その一度はエルフガインコマンドの眼と鼻の先に潜伏していたので、久遠は始末書を書かされ何人かの首が飛んだ。浅倉博士がタンガロ共和国防衛は必須と判断して用意したロボである。
 背後で慌ただしい靴音が響いて振りかえると、発令所の出入り口に髙荷マリアが息を切らせて立ち尽くしていた。
 「よお、マリア。早いな」
 「たまたま基地にいたんで」マリアは久遠のかたわらに立ってモニターを凝視した。
 「あのロボって……」
 「ああ、「謎の支援ロボ」。タンガロ共和国のヴァイパーマシンだそうだ」
 「どういうことなんだか……」
 「どういうって、なにが?」
 「あのロボのパイロット……御堂隊長なんだよ!」
 久遠はその言葉を呑み込むあいだちょっと沈黙した。残念な途中退職に終わったエルフガインチーム初代隊長の名前にようやく思い至り、久遠は息を呑んだ。
 「御堂……さくらくんが?アレに乗ってるだと?」
 「なんですって!?」背後の叫びにふたりともぎょっとした。島本さつきがいつの間にか現れていた。「髙荷さん、それは事実なの?」
 「えっと……たぶん」
 「そんな大事なことを知ってて、いままで言わなかったの?」
 「ご、ごめん。あたしも人づてに聞いただけで、直接確かめたわけじゃないから……」
 「博士、あのロボのパイロットが御堂くんだったとして、それがどう重要なんです?」
 さつきは首を振った。
 「いろいろありすぎて、考えを整理しなければ……でも考えてみなさい。今年初めの訓練事故で彼女が退職して、ストライクヴァイパーのシートが空いた。彼女は健太くんにシートを譲り、変わってタンガロ製ヴァイパーのパイロットの座に就いた。それらの動きがすべて予定どおりだったとしたら……」
 「浅倉博士は、保険をかけたんだ……!」久遠が言った。
 「保険?」
 さつきは頷いた。「妥当な推測だわ。浅倉さんは日本が「ゲーム」に負けてもまだどうにかなるようにタンガロ共和国を作り出した。行政のしがらみでままならない日本より、フリーハンドを得られる新興国を起こしたほうが良いと考えたのだわ。まったくあのひとらしい壮大な考え方ね……」
 「なんだよそれ……」マリアはそれが忌むべき考えでもあるように一歩退いた。「それじゃ、浅倉博士は途中からあたしたちに期待するのやめて、べつの計画をコソコソ進めてたっての?」
 「マリア!そう断定するのは早すぎだぜ」
 「けどさ……」
 「そうよ髙荷さん。だいいち、浅倉博士はいまだに健太くんになにか重要な役割を与えようとしている。あのひとは、この戦いには絶対勝たなければならないという信念で動いていた。そのための独善的な用意周到さはわたしだって釈然としないけれど、まだ捨て鉢になるのは早い」
 「……分かりました」納得してはいないが、それだけぼそっと言った。
 「それで、久遠くん。現地の状況はどうなの?」
 「はあ、広い国土ですからね。マダガスカルから出撃したケンタウロス型ヴァイパーマシンがモザンビークを縦断してタンガロ首都を目指しています。それと連携して多数の爆撃機がクウェートより発進……さらに陸軍上陸部隊が波状侵攻しています。しかし本格的な交戦は半日後でしょう」
 「大規模侵攻だわ。戦力はすべて米国に供与されたものなんでしょうね……」
 「あきらかに。あの四本足ヴァイパーは六月に種子島に上陸したやつです。あの時はアメリカ海兵隊所属でした」
 「ロボットも大量投入しているはず」
 「おそらく。史上初、ロボット兵士同士の戦争です」
 「博士」マリアが口を挟んだ。「あたしたちも支援しに行かなきゃ」
 さつきと久遠は顔を見合わせた。
 「エー……」久遠が言った。「タンガロには大勢の邦人が出かけています……が」
 「邦人保護か……」さつきが気乗り薄な様子で頷いた。べつに支援を渋っているわけではなく、現在進行形の2国間争いに政府が支援を許可する可能性はまず無いと踏んでいたためだった。
 「現地には自衛隊も派遣されてるはずね?」
 「ま、いちおう」
 「……検討しましょう。わたしは支援は要らないと思うけど。あの国は要塞化しているし」
 「あたしのバニシングヴァイパーなら6時間でいける」
 「そうだな……大規模戦闘に巻き込まれるとなりゃあ、現地の海自護衛艦も支援は欲しいだろう。よし、待機してくれ」
 「了解!」


 さつきの予想に反して、タンガロ共和国に対する追加支援はとんとん拍子で決定された。
 健太たちがエルフガインコマンドに集合して間もなく、本格的な発進態勢に入った。コクピットに収まって待機しているあいだにブリーフィングが行われた。
 『あなたたちは合体して、セラフィムウイングでアフリカにひとっ飛びしてもらう。まだ一度も試したことがないけれど、弾道飛行よ。1時間弱で現地に到着するから、そのつもりで』
 「すげえな」
 「えらく物わかりがよかったじゃない」マリアが言った。
 『自衛隊さんがね……ヴァイパーダッシュを試したくてしょうがないみたいなの』さつきは溜息混じりで答えた。
 「偽エルフガインを実戦で試したいって?」
 『そう、だから今回わたしたちは支援の支援てことよ。なるべく彼らのサポートに回ること。分かったわね?』
 「サポートっつってもさ、自衛隊さんはストライクとバニシングヴァイパーダッシュしか出さないんでしょ?おれらだけエルフガイン持ち込んでもなあ……」
 『だから、程々でけっこう。詳しいことは現地に着いてから』
 「分かりました……」

 そうこうしているうちに出撃時間を向かえ、健太たちは発進した。
 久しぶりの合体を披露したエルフガインは、そのままセラフィムウイングを展開した。
 セラフィムウイングとは静止軌道上に展開する宇宙要塞、タクティカルオービットリンクから照射される反重力フォースフィールドである。エルフガインはその力場に包まれ、理論上は宇宙まで上昇できる。今回はその「理論上」が実施されるのだ。
 相変わらずの無茶ぶりと言えた。
 が、健太ももう、礼子先生が不安がらないかぎり文句を言うのはやめていた。その礼子先生は漠然と「お空を飛んでいくのよね?」ぐらいに認識しているらしい。たった1時間でアフリカまで、というくだりは聞き流したようだ。面倒くさい部分は博士や実奈ちゃん、あるいは健太にお任せしている、ということなのだろう。
 自衛隊の2機は3時間もまえに飛び立った。音速の二倍で、あと3時間でアフリカ大陸に到達する。しかし到着するのは健太たちが先なのだ。このあたりは島本博士らしい嫌みったらしさだ。
 太平洋に出ると、エルフガインはとてつもないスピードで上昇を開始した。
 見わたすかぎりの海面が遠のき、突き抜けたばかりの雲さえもが地面に張り付いたマーヴル模様と化してゆく。地球の丸みが実感できる頃には空は暗い夜になりかわっていた。
 高度85㎞まで上昇する手はずだった。その手前でエルフガインは脱出速度……秒速11㎞まで加速している。事実上、エルフガインは宇宙に飛び出すのだ。帰還したら健太たちは、JAXAより公式に宇宙飛行士として認定されるという。
 反重力で引っ張られているためろくに加速Gも感じないので、なんともピンと来ない話だ、と思ったが……気がつくと健太は無重力状態にいた。
 「おわ――」さすがに驚いた。「宇宙だ……!」
 一時的に力場から解き放たれ、エルフガインは玩具のようにぐるぐる回転していた。礼子先生たちは耐ショックジェルに包まれた状態での無重力酔いを懸念されたため、眠っている。つまり、エチケット袋を利用できる健太だけがこの弾道飛行を楽しんでいるのだ。5分もすると、胃袋の中で蝶々が飛んでいる感覚を覚えた。おかげで気もそぞろになり宇宙を楽しむどころではなくなったが、なんとか吐き気を催す寸前に留まった。
 間もなく降下開始時間を迎えた。


 「アメリカ全土が、デフコン2に移行してます……」
 エルフガインコマンド発令所で、久遠が告げた。静まりかえった部屋で、さつきは無言で頷いた。想定通りだった。
 健太は知らなかったが、エルフガインは北アメリカ大陸上空を飛び越えて地球を半周、大西洋側からアフリカに降下しているのだ。その動きを探知した北アメリカ防空司令部NORADは自動的に戦略ミサイル防衛体制に移行した。
 いまごろは、アメリカじゅうで空襲サイレンが鳴り響いているはずだ。
 島本博士は(どさくさにまぎれて)アメリカ合衆国、その他潜在的な敵性国家にたいして最大最強効果の軍事プレゼンスを行ったのだ。
 これで世界は、エルフガインが世界じゅうどこだろうと1時間以内に飛んでいけることを知る。ある意味痛快だが、久遠のはらわたは妙な具合だ。北米戦略防衛司令部の連中がひどい胃痛に苛まれていることも想像に難くない。五段階ある合衆国のディフェンスコンディションが2に上がったのは過去に一度だけ、50年以上まえの出来事だ。
 デフコン1は、核戦争開始を意味する……。
 (これは必要なんだ)
 何度言い聞かせても、背筋に変な汗がにじむ。北米に限らず、いま現在アフリカ大陸に侵攻中の敵部隊も大混乱に陥っていることだろう。
 これこそが、タンガロ共和国に対しても最大級の支援であった。
 (とはいえ、みんな怒るだろうなあ……)
 エルフガインがなにごともなく東海岸を越えて大西洋上にでた。
 報復の核ミサイルは発射されなかった。張り詰めていたコマンドの空気がいくらかゆるみ、久遠は密かに息を吐いた。
 統幕の穏健派、政府のお偉方、大勢が腹を立てることだろう。よりによって日本が、北米防衛体制を核戦争手前まで引き上げるなど、2年前なら考えられないことだった。
 (だが、世界はエルフガインを畏れなければならない。とくにアメリカを本気でびびらせること。仮にも勝利を望むなら必要なことだ……いずれは納得してもらえるだろうが)
 博士は、強制的に、政府首脳、ひいては全国民に対して背水の陣の覚悟を課したのだ。
 久遠は腕時計を見た。お偉方までデフコン2発令の一報が届くまで2時間くらいか?その後はホットラインが抗議の声で溢れるだろう。
 (文句垂れたって知ったことか!)


 アフリカは広かった。
 エルフガインが降下はしたのはモザンビークの緑なす山岳部だ。高度5000メートルから眺めたかぎり果てしなくそんな地形が広がっていた。ケニアとかサファリとか、おなじみの言葉で連想される野生動物が徘徊するサヴァンナとは様子が違う。タンガロ共和国はさらに内陸部に位置している。
 健太たちはマダガスカルから海を渡って侵攻してきた敵とタンガロ共和国のあいだに立ちはだかった恰好だったが……
 敵が見あたらない。東アフリカは日本より7時間遅れ。日本を夜中に飛び立ち、いまは夕方だった。見わたすかぎり静まりかえっていた。
 「誰も居ないぞ……」
 「健太さん、敵は高度なステルス性を備えています。油断しないで」真琴が忠告した。
 「オウ!」久遠一尉のブリーフィングでは、侵攻してくる敵部隊は潜水可能な空母を持ち、正体不明の陸上機動兵器を備え、そのほとんどが無人兵器だという。人間の兵隊はごく一部、都市部の占領のために上陸している模様だ。
 メインモニターにタクティカルオービットリンクの戦略画面を呼び出した。
 「アレ?なんにも映ってないぞ」
 「健太、妨害電波だ!」マリアが言った。「4CIが寸断されてる。通信システムも具合が悪い!」
 「くそっまじか!」敵味方の行動をリアルタイムで教えてくれる便利な機能が無くなると、とたんに不便だった。自分がどこにいるのかさえ分からなくなる。
 敵の電子戦術機が飛び回っているのだ。
 (制空権を奪われたのか?)だとしたらタンガロ側は圧されていることになる。
 タンガロ共和国は先進国の仲間入りをしたばかりで、軍隊は防衛組織のみ。ようするにろくな空軍を保有しておらず、まして海軍など持っていない。「ゲーム」で隣国を併合してもその事情は変わっていない。近代装備を曲がりなりにも揃えているのは南アフリカだけ。大規模侵攻には対処しきれない……。
 健太はそんな分析をネットで読んだが、島本博士は否定していた。もちろんネットの軍オタと実際に現地を視察した博士の話では、どちらが信用できるか明白なのだが……あまりに静かだ。
 (着陸まえに誘導システムが切れて変な場所に到着しちゃったのか?)
 「お兄ちゃん!」実奈が語気鋭く言った。「リラックスよ!」
 「分かった!」
 実奈が言っているのは例のテレパシーを試そう、ということだ。健太は深呼吸をひとつして目を瞑った。
 闇。
 それから脈動するオレンジ色の波が視界の下半分に広がってゆく。
 (大地だ)健太の知覚は鳥のように地平線に向かって飛翔した。不気味な眺めだ。なんでこんなふうに見えるのか……しかし、眼下の脈動する大地にはどこか安心させられた。温かく、ごろんと転がって眠ったら心地よさそうだった。反対に頭上に広がる漆黒はただだ冷たい。
 背後を振り返ると、オレンジ色の大地と闇の一色の空の狭間で、まばゆいブルーの光がひとつ、灯っていた。(あれはエルフガインだ……)
 やがて――
 虚空から垂れ込める紫色の触手が見えた。
 (うわっなんだあれ!?)
 巨大な、半透明の管がのたうちながら地面を漁っているように見えた。それも何十本も……一本の太さは100メートルはあるか。
 その触手群の動きがぴたりと止み、健太のほうにその鎌首をもたげた。芋虫のように窄まったその先端部にはエルフガインと同じブルーの光が灯っていた……。
 (やべっ!見つかった!?)直感的にそう思うと同時に、コクピットに引き戻された。
 「お兄ちゃん!敵が接近中!」
 「わっわかってる!」
 「距離15000メートル、まっすぐ接近中。数は16機!」まこちゃんが落ち着いた声で補足した。「巡航ミサイルです!」
 「キャノンブラスト!対空散弾!」
 両肩と腰、計4門の28㎝レールキャノンが一斉発砲した。前方で派手な爆発がいくつも生じた。
 「敵の本体が接近中!……4機の大型機です!高度200メートル、速度300ノット!」
 「お兄ちゃん!敵はヴァイパーマシンだよ!」
 「なんだと!?」
 「反応炉を装備してる。でもコアの欠片は積んでない。それでもそれなりに頑丈だからね」
 「よっしゃ、分かった!ツインソード!」
 エルフガインの両袖から刃渡り40メートルの刃が繰り出した。その刃を胸で交叉させ、敵を待ち構えた。
 爆煙を蹴散らしながら敵が姿を現した。
 そいつは超巨大なトンボだった。4枚の長大な羽根を超振動させて低空を這うように接近してくる。羽根は差し渡し200メートル、細長い胴体は長さ50メートルあまり。
 「いやッなによあれ気持ち悪い!健太くん!あんなの近づけないで!」礼子が軽く恐慌をきたした声で訴えた。
 「近づけるなといわれても……」
 「いいからはたき落としちゃってよおっ!」
 「ああもう分かったよ!」健太はフットペダルを踏み込んだ。「行くぞっ!」エルフガインが助走をつけて飛び上がった。ジャンプロケットが点火して巨体をさらに上昇させる。いちばん近いトンボに向かって躍りかかった。
 トンボが長い尾っぽをぐるりと巡らせ、エルフガインに向けてまごう事なき砲口を向けた。「やばいッ!」とっさにロケットの向きを変えて砲口から逸れようとしたが――敵の発砲が早かった。エルフガインは左肩に直撃を食らって弾き飛ばされ、手ひどく地面に叩きつけられた。
 「くそっ」ツインソードを地面に突きたてて立ち上がった。「そりゃ呑気に接近してくるわけないわな……」
 叩きつけるようなミサイル攻撃がつづき、エルフガインの巨体は激しく揺すぶられた。
 「舐め――んなよ!キャノンブラストォ!」
 ふたたび4門のレールキャノンを勢射した。ほとんどめくら撃ちだ。しかし0.5秒間隔で撃ち出される240㎜砲弾の弾幕はさすがに圧倒的だった。2機のトンボが火を噴きながら地面に叩きつけられていた。
 しかしまだ死んではいない。
 トンボは羽根をパージして地面をのたうち、エルフガインに迫ってきた。
 「健太くん!!」
 「分かってるよ先生!」
 ヘビみたいに素早い動きだ。ツインソードで薙ぎ払おうとする動きを巧みにかわしてエルフガインの足に絡み付いてきた。
 「きゃ――――――っ!!!」
 先生はほぼパニック状態だ。
 「お兄ちゃん!さっきからアフリカにいるタンガロ製ロボットとネットワークを結べない!200万体もいるのにおかしいよ!それで考えたんだけど、こいつらをコントロールしてるのは……アメリカ人じゃない!得体の知れない思念を感じる……」
 「それいま言わなきゃなんないこと!?」
 「エルフガイン、ていうか実奈たち全員のこと探ってるんだよ!この変な感じ何……」
 あの空から垂れ下がってた触手のことを思いだした。妙なイメージだったが、あれが関係してるのか……?
 「それで、お手伝いロボたちはなんでサボってるんだ!?」
 「実奈たちと同じよ、妙な思念体に探られてるんじゃないかな」
 「要するに、なんか変なやつらに不正アクセスされるって意味なんか!?」
 「だからそう言ってるじゃん!」
 胴体に這い上ってきた敵をなんとか引き剥がして切り刻んだ。だがトンボはまだ3機頭上を飛び回っている。健太がツインソードを振るっているあいだにも4門のキャノンが絶賛応戦中だ。どうやら礼子先生が撃ちまくっているらしい。
 「先生!みーにゃんと協力して、もっと高空にいる電子戦術機を捜して攻撃してくれっ!」
 「なにをどうするんですって!?」
 「れーこ先生落ち着いて!いまタクティカルオービットリンクと光回線を試そうとしてるところ。3秒でいいからちょっとじっとしててくれると、ありがたいんだけどなあ……」
 「3秒だな?ちょっと待ってろ……」
 「なんでもいいから早くして!」
 健太はふたたびフットペダルを踏み込んで、エルフガインをうしろに飛び上がらせた。2000メートル飛んで背後の山の稜線に着地すると、ツインソードを交叉させて構え、そのままじっとした。
 「いまだ!」
 「レーコ先生待機して!いま戦術データが来た……実奈がぶち込んだ座標にキャノンブラストを撃って!……いま!」
 エルフガインが36発の240ミリ砲弾を放つあいだ、健太はトンボの攻撃に耐え続けた。エルフガインがあさっての方向に砲撃を加えはじめたため、トンボたちは一瞬、躊躇したような動きを見せた。健太はすかさず叫んだ。
 「続いて巡航ミサイル一斉発射!」
 トンボが攻撃を再開するまでに12発のミサイルを放った。
 「最初の目標着弾まで15秒」真琴が冷静な声で告げた。
 「それまで逃げるぞ」
 健太はエルフガインを回れ右させると、駆け足で逃げ出した。速度は時速500㎞近い。敵のトンボメカを上回る速度だった。
 「あいつら、あんまりスピード出ないんだね。良く気付いた」マリアが感心していた。
 「飛び方がのんびりしてたから、そうじゃないかと思った」
 「着弾します……いま!」
 目標が離れすぎているため眼には見えなかったが、効果は絶大だった。敵の電子戦術機が撃墜されるにつれて、味方の通信システムがみるみる回復してゆく。オープン回線がたちまちお喋りでいっぱいになり、戦術ボードにデータが押し寄せてきた。
 通信の半分は外国語だ。
 「戦術ネットワークが復旧したようだな!」
 「一部……まだ自衛隊もエルフガインコマンドともコンタクトできてませんけど……あ、開いた!」
 『健太か!?』耳元に久遠一尉の声が響いた。
 「久遠隊長!」
 『……ま……てるか?こちら……』まだ電波妨害が完全に復旧していない。
 「みーにゃん!タクティカルオービットリンクとは同期してるのか!?」
 「データは降りてきてる……けど、65%かな。それでも何百って敵の数を捕捉中だけど」
 「エルフガインサンダーを使う!それでかなり戦局を打開できるはずだ」
 「慎重にね!使えるのは一回だけ、再充電に1時間かかるから!」
 「よっしゃ!行くぞぉお!必殺!エルフガイン――――――サァンダァァァ!」
 エルフガインが立ち止まり、右こぶしを空に振り上げた。胸にまばゆいプラズマが生じて、それが一直線な光の柱となって空を断ち切った。
 ドン! 間を置かず、空全体を震撼させるほどの衝撃が走った。高度36000キロメートルの高空から放たれた超出力レーザーが降り注いだのだ。本来小惑星に対して使用するために開発された高熱のパルスエネルギーが、アフリカじゅうで捕捉された敵兵器に向かって叩き込まれた。トンボが一瞬で胴体を真っ二つにされ、ついで高熱で溶けた装甲が気化爆発した。
 「やっつけたのね……」礼子先生がホッとした声で言った。
 「あちゃー」実奈が言った。「肝心の所を取りこぼしてる……」
 健太は顔をしかめた。「まじ?」
 「太平洋の敵艦隊がまだ健在。それからタンガロ首都近くに侵攻してる大型ヴァイパーマシン……タンガロ防衛軍と交戦中だよ!」
 『健太!』久遠一尉が割り込んできた。通信状態ははるかに明瞭だ。『必殺武器を使ったのか!?』
 「ああ、使っちゃったよ!まずかった?」
 『いや……まあまあだ。敵部隊の7割は壊滅した。びびらせるにはじゅうぶんだろう』久遠の声にはどこか引っかかったような響きがあった。
 「意外とあっけなかったなあ」
 『まだ気を抜くな!自衛隊のヴァイパーダッシュがアフリカに到着した。いま現在太平洋沖の敵艦隊を追撃しはじめている。おまえたちはタンガロ防衛軍ヴァイパーマシン〈ナーガイン〉のサポートに回ってくれ』
 「ナーガイン……あのロボだね」マリアが応えた。「御堂隊長が乗ってる……」
 『そのはずだ。現在タンガロ防衛軍と自衛隊派遣部隊のあいだで軍用ネットワークを再構築中だ。用意でき次第エルフガインもネットワークに組み込まれる。現地の指示に従ってほしい』
 「了解!そのナーガインてやつに合流する」


 北アメリカの中央、コロラド山中のシャイアンマウンテン地下、北米防空司令部NORAD。その中央管制室に詰めかけていた軍人すべてが、声もなく、映画スクリーンサイズのメインプロッター画面を見上げていた。
 「なにが……起こったんだ……」司令官の陸軍大将は狼狽を隠せない。
 一瞬にして、アフリカ大陸を侵攻中だったマダガスカル義勇軍部隊が壊滅したのだ。ドローンのほぼすべて、機械化地上部隊の半数、航空機と艦船……
 副司令官がメモを読み上げた。「いくつかの低高度衛星が強力な電磁波放射を観測しています。おそらく、ジャップの宇宙要塞からの直接攻撃と思われます……展開中の部隊指揮官も雲を割って強烈な稲光が落ちる様子を目撃していました……」
 「半年前の種子島の時と同じか?しかしまさか、アフリカ大陸全体を同時攻撃できるほどなのか……」
 それは恐るべき認識だった。アフリカ全土を射程に収めるレーザー……それならば、当然アメリカ大陸全体も攻撃可能となる。
 「とんでもないことです、将軍!!」
 陸軍大将は頷いた。
 「ジャップの畜生ロボット……わが国の上空を軽率にも飛び越えたばかりか、恐るべき大量殺戮兵器まで隠し持っていたとは……」
 大将は壁の一角のステータスパネルを見上げた。そこにはデフコン2を示す〈モーニングスター〉の文字が灯っている。もう一段階上、デフコン1を意味する〈サンライズ〉の文字が灯るのを見たのは、演習時のみだった。いまのところは。
 それからホワイトハウス直通電話を取り上げた。
 呼び出し音に耳を傾けながら、今年はサンタクロースの追跡はないな、と思った。


 松坂耕介二等陸佐は、タンガロ共和国の旧国境伝いの湿地帯にいた。タンガロ製労働ロボットの大群によって短期間に造成されたプランテーションが広がる真っ平らな土地だった。
 その労働ロボットたちは現在、兵隊として転用されていた。
 耕介はひと月前、自衛隊顧問団の一員としてタンガロ共和国に派遣された。2国間軍事協力態勢を煮詰めていたまさにそのとき、敵が侵攻してきた。そもそも米国の脅威が想定内だったため派遣協力もあったわけだが、予想よりずっと早かったのだ。
 敵――相手はマダガスカル共和国だという。失笑もいいところだが、実際にはアメリカ合衆国、あるいはカリフォルニア帝国の傀儡であり、装備も人員もアメリカそのものと言えた。退役した民間軍事会社の社員……つまり傭兵に仕切られた軍隊であった。
 自衛隊、そしてタンガロ共和国防衛軍にとっても、先進国の総力戦に近い本格的戦争は初めての経験である。しかも模擬戦闘訓練やウォーゲームで想定されていた動きよりもずっと早い展開だった。明け方に上陸した敵侵攻部隊は6時間あまりで1000キロメートル内陸まで押し寄せた。先鋒部隊はあきらかにロボット……アメリカ人は〈アンドロイド〉と呼んでいるが、要するにタンガロ製ロボットのコピー品だった。
 あっという間に制空権を奪われ、ふたつの都市を爆撃され、同盟国の沿岸都市を制圧され……万事休すと思われた。耕介は部下とロボット兵士二個大隊を率いて最終防衛ライン付近に布陣した。
 敵の殴り込み部隊と交戦しようというまさにそのとき、敵が突然壊滅した。
 プランテーションじゅうに敵機動部隊のドローンが墜落し、炎上していた。
 耕介は南アフリカ製装甲偵察車の屋根に昇り、かたわらに立つ迷彩服の黒人に尋ねた。「アポロン、なにが起こったのか分かったか?」
 「いまネットワークを回復中……」ロボット兵士は何度か瞬きすると、耕介に顔を向けた。「分かったぞ。エルフガインがここに派遣されたのだ。そして全地域制圧レーザー兵器を使用したようだ」慇懃な喋りだとまどろっこしいからタメ口でよろしく、という耕介の希望に従って、ざっくばらんな口調だ。
 「エルフガインが来た……だと?」
 「ああ、そして敵侵攻部隊を一撃で殲滅してしまったらしい。ロボット歩兵部隊も後退し始めている」
 「それはいい知らせだ」耕介は心底ホッとした。タンガロ製ロボットと同じスペックを持った敵ロボット兵士と戦闘になったら、正直ただでは済まなかったろう。
 「現在はこちらに向かっている……正確には、北20㎞の国境付近で交戦中のナーガインのほうだ」
 「そうなのか……」耕介は妙な感慨に捕らわれ、首を振った。健太が、父親のピンチに超兵器を駆って二度までも駆けつけたのだ。
 「あんたの息子も来ている」
 「ああ」
 「彼の来訪はわれわれにとっても待望だった」
 「彼ってのは息子のことか?それともエルフガインのことなのか?」
 ロボットは不思議そうな顔で耕介を見た。「あんたたち人間はときどきいろいろすっ飛ばして質問してくる。それが直感というものか?」
 「かもな。で?」
 「たしかに、れわれの言う「彼」はエルフガインも含んでいた。なんで分かった?」
 「おまえらは人間よりはるかにあの巨大ロボに近いから……と思ったのさ」耕介は長身のロボットを見上げた。「おまえらさっき変な挙動してたな。だいじょうぶなのか?」
 「ああ、われわれは不意のコンタクトを受けた。きわめて特異な体験だった」
 「コンタクトって……誰とコンタクトしてたっていうんだ?」
 「おそらく、異星人だ」
 耕介は声もなくロボットの相棒を見据えた。いつぞやの島本さつきの話をまざまざと思いだしていた。
 この気さくな人類のお助けロボットたちは、本当に味方なのか……。
 「おまえ、だいじょうぶなんだろうな……?」
 「わたしたちは心配ない。浅倉博士のプログラムは完璧だ。不正アクセスをはねのけた。だがアメリカ生まれの親類は完全に乗っ取られてしまったようだ」
 耕介は息を呑んだ。「それはつまり……」
 アポロンは頷いた。
 「アメリカ全土のシステムが汚染されたと考えるべきだろう。そしていまさっき異星人の、うまく言えないがプローブみたいなものが地球を探った。われわれはその知性の片鱗に触れた。彼らは機械知性だ」
 「意思を持った機械……か?」
 「そう」
 「おい!本当におまえたちだいじょうぶなんだろうな?」
 「問題ないが、信じてくれとは言うまい。どうせきみたちは疑心暗鬼を捨てられない」
 耕介はその言葉に憮然として顔を背けた。アポロンの言うとおりだし、どうせ無限に弁の立つロボット相手では嘘を見抜くなど不可能。そしてたとえ相手が100%真実を語っていたとしても、アポロンが指摘したとおり人間は疑うのだ。話題を変えた。
 「おれたちもナーガインの戦闘域にいくべきかな……あの敵のケンタウロスロボだけまだ撤退していないのが気になる」
 「近寄るのは危険だ」
 「なんでだ?」
 「認識不明なフォースがあの地点に集中している。何が起こりつつあるのかわれわれにも分からない」
 「おいおいおい!それまずいだろ!健太……エルフガインに警告しないと――」
 「もちろん警告している。島本博士とも協議中だ」
 耕介は巨大ロボット二体がいるはずの方角を見据えた。
 「クソ!……何が起きてるんだ」


 エルフガインコマンド発令室の正面大型モニターにも、その異変が映し出されていた。
 タンガロ共和国北部を36000㎞から撮影しているライブ映像である。紫色の薄霧がかかったようになり、地面が水面を通したように歪んでいる。
 「健太くん!」さつきが無線マイクに飛びついて叫んだ。「その宙域に接近してはダメよ!離れなさい!」
 だがスピーカーからは空電が聞こえるのみだ。
 「ダメだわ……通じていない!」

 エルフガインは戦闘域に文字通り駆けつけた。時速500㎞で走ったのだ。夕方だがまだ明るく、二体の巨大ロボットが戦闘を繰り広げている場所に接近するにつれ、奇妙なオーロラが空を覆い始めていた。
 「ナーガイン!応答してください!御堂隊長!」マリアの呼びかけに対して、無線機は沈黙していた。
 「お姉ちゃん、無理だよ!」実奈が言った。
 「もうすぐ近くだ!そろそろ見えるはずだ!」健太は180℃モニターに目を凝らしていた。しかし普段なら大気や地面の震動から敵を探知するはずのセンサー類も役に立たなくなっているらしく、モニターに警告アイコンが現れない。
 (めっちゃ不吉な予感……)額に汗が滴るのを感じつつ、健太は先を急いだ。
 やがてようやく、前方に砂塵が巻き上がっているのが見えた。

 半年あまり前、日本の種子島で相まみえた二体の巨大ロボットが、ふたたび対峙していた。それぞれにアップデートされた姿だが、かたや全高70メートルで細身の女性的ロボ。そしてケンタウロスロボは馬の部分だけだとポニーサイズながら、人間型の上半身を含めた全高は120メートルに達する。一見したかぎりでは防衛側である小柄な〈ナーガイン〉の不利と見える。
 だが二体はものすごいスピードで突進してはお互いに攻撃をかわしあう、を繰り返していた。接近するエルフガインに注意を向ける余裕もないのか、戦い続けていた。見たところ二体とも深刻なダメージは受けていないようだ。
 マリアは御堂隊長に呼びかけ続けていたが、ノイズばかりで通じない。
 「このまま割って入る雰囲気じゃないな……」健太はエルフガインを立ち止まらせて言った。二体のロボはわずか5㎞先で組み合っている。
 「隙を見てケンタウロス野郎にキャノンブラストを叩きこみな!」マリアが言った。
 「よっしゃ……」健太はウエポンアイコンを選択した。照準十字線がモニターに浮かんだ。
 「とりあえず、挨拶代わりにぶち込みゃいいよ!こっちに注意が向きさえすりゃいい」
 「そうだな」
 キャノンブラスト、と叫ぶ雰囲気でもなかったので、無言で引き金を押した。肩の砲身から2発の240ミリ砲弾が炸裂した。1発がケンタウロスの胴体に命中して、馬みたいな巨体が盛大に倒れ込んだ。
 「やった!」
 ナーガインがすかさずうしろに飛び退き、敵と距離を取った。その頭部がちらりと健太のほうを向いた。健太はエルフガインをナーガインのかたわらに急行させた。
 ケンタウロスロボは胴体側面のロケットを噴かして、転倒から立ち直りかけている。
 エルフガインに顔を向けたナーガインの額がチカチカと瞬いた。光通信を試みている。
 『……ルフガイ……浅倉くんか?』日本語の女性の声。
 「そうです!そちらは御堂さんですか?」
 『ええ。支援に来てくれたのは感謝するが、きみたち、ここに来るべきじゃなかった』やや息を切らしたような声だ。
 「なんでですか!?」マリアが割って入った。
 『やあマリア、マコと実奈もいるのかな?』
 「はい、御堂隊長!」
 「実奈もいるよ!」
 『実奈なら分かるんじゃない?ここはさっきから様子がおかしい。それに敵ヴァイパーマシンは6月に対戦したときより格段に性能アップしている』
 「たいちょー、もちろん空間異常には気付いたけど、機械的に探知できない力が働いてるの。だから推論の域を出ない!」
 溜息が聞こえた。『実奈でも分からないならお手上げだね』
 ケンタウロスロボが完全に体勢を立て直していた。まったく馬上の騎士さながらといった感じで長槍を構え、前足で地面をかいていた。
 「あのロボは人間乗ってない……」実奈が呟いた。
 『うん、そんな気がした。機動性が尋常じゃないし、まるで生き物みたいに動いてる』
 「あちゃー……」
 健太はギクリとした。
 「ちょっ!みーにゃん、こんどはなにがあちゃーなんだ!?」
 「あれはAIが動かしてるってこと!そうだとすると、アメリカの人たちはとってもヤバイのと手を組んじゃったってことなのよ」
 「それがなんでヤバイの……?」
 『アメリカは異星人に乗っ取られたってことよ』御堂さくらがかわって言い捨てた。
「まっマジかよ……」
 「残念ながら。でもって、いよいよ本格的にちょっかい出してきたのが、いまの空間異常なのね」実奈がハッと息を呑む気配がした。「あいつ、エルフガインのバイパストリプロトロンコアに気付いてるかも……」
 エルフガインは中国大陸に侵攻して以来、内蔵したバイパストリプロトロンコアを直結させたままだった。解除方法が分からないためだ。秋から健太の周囲に妙なことが起こり続けているのも、それが原因だ……島本博士がそんな意味のことを言っていた。
 そしていま、それが原因で異星人に眼を着けられたかもしれない、と実奈が示唆しているのだ。
 ちょっと鳥肌ものの指摘だ。
 相手が二体に増えたため、ケンタウロスもやや慎重になったようだ。突撃してこない。その甲冑騎士のような頭部が、まっすぐ健太を見据えているように見えた。
 (なんかますます不吉な予感が……)
 「やっぱ健太くんも不安?」実奈がそう言ったので健太はハッとした。「おれいま声に出してたっけ?」
 「実奈エスパーだもん」
「それで?ひょっとしてみーにゃんもさっきから不吉な予感感じてたのか?」
 「うん、まーね~」
 軽く言ってくれるな――健太の額からは汗が滴り落ちていたが、実奈の返事にふっと失笑を漏らした。いい感じに肩の力が抜けた。
 「……よっしゃ、それじゃ、落ち着いて対処するとしよう。えーと、御堂さん、なにか作戦あります?」
 『クロスファイアで波状攻撃。やつを挟み撃ちにする。わたしが攻撃したら浅倉くんがつぎ、という具合に、やつに休む間を与えず、ちからを削ぐ』
 「了解!」
 健太はエルフガインをじりじりと横移動させ、ケンタウロスの背後に回り込んだ。もちろん相手はAIで、健太たちの動きはすべて関知しているはずだ。人間を相手にする感覚でいたら大間違いを起こすことになる。
 ナーガインがダッシュした。
 2秒かぞえて、健太もエルフガインを突進させた。
 ケンタウロスは素早く身を翻すと、なんと、後ろ足でナーガインを蹴り上げた。
 そして、返す刀で大槍をおもいきり振り払った。恐ろしい旋回スピードだ。健太は間一髪のところで大槍をかいくぐった。そしてそのまま体当たりをかませた。
 「ウェイブカッタァ――――――!」
 エルフガインの手のひらに高周波振動が生じて、ケンタウロスの脇腹を溶解させる……とたんに鋭い爆発が起こってエルフガインは弾き飛ばされた。
 「なっなんだ!?」
 巨体を転がして体勢を立て直した健太は、ダメージを受けたケンタウロスの装甲板がパージされ、地面に落ちるのを見た。
 「あの野郎、リアクティブアーマーを装備してるのか……!」
ケンタウロスがふたたび身を翻して尻を向けた。なんと尻尾まで生えている――その尻尾が素早く伸びてエルフガインの足に絡み付く。
 「うあ!?」
 為すすべもなく引き倒されてしまった。
 「くそっ……ツインソード!」
 なんとか上体を起こして尻尾を断ちきろうと試みたが、左右に激しく振られてうまくいかない。
 しかも、ようやくヒットさせても切断できない。
 「こんちくしょう硬すぎ!」健太は素早くウエポンリストをあらためた。「ビィームロォダ――――――ッ!」
 エルフガインの右袖に回転するプラズマの鋸が生じた。それを振るうと、超硬化繊維の尻尾もようやく断ち切れた。
 立ち上がろうとするエルフガインにケンタウロスの巨体がのしかかってきた。両腕で握った大槍をエルフガインに突き刺そうとしたそのとき、ナーガインがその背中に飛びかかった。ケンタウロスは暴れ馬よろしく後ろ足で立ち上がった。
 しかしナーガインは振り落とされなかった。小柄を生かしてケンタウロスの背中に足を踏ん張り、その脇に両腕を滑り込ませ、文字通り胴体を引っこ抜こうとしている。
 (スゲえ……!)健太はその大胆な動きに感心した。さすがエルフガインの前任メインパイロットだ。
 健太はエルフガインを立ち上がらせた。チャンスだった。地面をおもいきり蹴ってノーガードになったケンタウロスの腹めがけて突進した。
 「いくぞ!エルフガインコレダーソードマシマシッ!」
 ツインソードを生やしたまま、こぶしに第二段階バイパストリプロトロンエネルギーを拳に収束させるパンチ技を繰り出した。白熱したこぶしごと剣を叩き込む。
 エルフガインとナーガインが飛び退くと同時に、ケンタウロスの胴体が大爆発した。
 「やった!……あれ?」
 様子が変だ。吹っ飛んで完全に切断されたと思った敵の上半身が、どんどん上昇してゆく。
 「まだ生きてやがるんか!?」
 いっぽう残された下半分――馬のボディもまだ生きていて、駆けだしていた。
 「な……なんだ!?」
 頭無しの馬は狂ったように蛇行しながらも、南に向かって走っている。その胴体から白い霧が大量に吹き出していた。
 「なんだろ……煙幕張って逃げるつもりなのか?」
 ケンタウロスの上半身はまっしぐらに上昇して、空の点と化していた。
 「違います!」真琴が叫んだ。「あの白い煙幕の成分は揮発性の燃料です!」
 「自爆でもする気か!?」
 「タンガロ市街に向かっています……おそらく、あれ自体が燃料気化爆弾なんですよ!
 燃料気化爆弾。
 通称ディジーカッター。その威力は一度、動画サイトで見たことがあった。
 ちょっとした原爆並みの爆発が起こる。しかも通常、航空機から投下されるそれは全長数メートル……あの馬はその何十倍も大きい。
 「まずい!あいつを止めなきゃ!」
 「どうやって?」マリアが尋ねた。
 「とりあえずセラフィムウイングであいつに追いつくぞ!」
 エルフガインは飛翔した。低空飛行で馬のあとを追った。
 「浅倉くん」礼子が言った。「手っ取り早くキャノンで撃つのはダメなの?」
 「もうかなり燃料をばらまいてるから、撃つと大爆発が起こっちゃう……やつ自身がダメージを受けるか分からないし」
 「そうね……」
 『浅倉くん!』こんどは御堂さくらが呼びかけてきた。無線が回復していた。『どうするつもりだ!?』
 「馬の胴体を止めます!やつは爆弾で、タンガロ市街に気化燃料をまき散らしながら突進してる!」
 『そうか……!』それから叫んだ。『ジャガーノートウイング!』
 「えっ?」健太が驚いて後方モニターを見ると、ナーガインが巨大な、コウモリじみた羽根を生やして宙に舞い上がっていた。ナーガインも空を飛べるのだ。それにしても――健太は思った。御堂隊長も「技名」を叫ぶんだな……妙な親近感を抱いた。
 エルフガインとナーガインは、白い霧の尾を曳きながら疾走する首無し馬にすぐ追いついた。
 『あと10㎞でタンガロ市街だ!』
 時間にして1分ちょっとの余裕しかない。
 やつがいつ自爆しても不思議ではない。それどころかちょっとした火花で気化燃料に引火するかもしれない。
 (どうすればいいんだ……?)
 またしても、健太の中で圧倒的な危機感が膨れあがっていた。そして、それに応ずるかのように得体の知れないフォースエネルギーがみなぎってゆくのを感じた。
 (どうにかする!)
 漠然とした確信を抱いたままエルフガインを前進させていた。馬を追い越し、その進路を塞ぐように着地した。
 腰をすえて巨大な両足を踏ん張り、両腕を大きく拡げた。
 『なにをしようとしてるんだ!』御堂隊長の声が遠く聞こえた……しかし健太はほとんど意識することなく、突進してくる馬に集中していた。
 そのとき、上空の紫色のオーロラがひときわ激しく踊り始めた。ナーガインはエルフガインの背後、500メートルに着地した。そのカメラが捕らえる怪現象は、埼玉のエルフガインコマンドにも中継されていた。
 「健太のやつ、なにを……」久遠はつぶやき、かたわらの島本博士を見た。
 さつきは無言で親指の爪をかみ、なにごとか悟ったかのように沈痛な面持ちでモニターを凝視していた。

 エルフガインの頭上に、巨大な幾何学模様が浮かんだ。まるで魔方陣のような、回転する光の紋様だ。それとともに、周囲の空気がエルフガインに向かって吹き込んでゆく……いや、空気だけではない。空間そのものがエルフガインに吸い込まれてゆく……重力さえもエルフガインを中心としてねじ曲がり、傾斜してゆくような感覚。
 そして
 エルフガインと馬が衝突しようとしたそのとき、視界全体が真っ白な光でいっぱいになった。
 あまりの光量にカメラのフィルタリング機能が追いつかず、モニターがブラックアウトした。

 やがてカメラが回復すると、オーロラも、首無し馬も消滅していた。

 エルフガインも消えた。

 
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