12-覚醒のために
──その声は、受話器越しでもわかる、いつもと様子が違うものだった。
「明日の夜、また来てくれる?」
「いいけど……どうして夜なの?」
「夫婦そろってなきゃ、意味がないと思うから。あの人、いつも帰り遅いんだ」
蘭は悟った。…おそらく、彼がいわんとしていることは、私と同じ───。
「そうだ、僕の部屋に来てくれる?見てほしい物があるから」
「ええ、いいけど。……大丈夫?」
自分を、仮にも『息子として』可愛がってくれた『両親』を傷つけるだろう事は、彼にとってもつらいに違いない。彼は数拍、沈黙した。
「………わかってるから」
最初、つぶやくようにつむいだ言葉は、やがてしっかりと意味をもつ。
「夢だって、わかってるから。醒まさせてあげないと」
「……そうね」
蘭はうなずいた。
そう、夢なのだ。度の高すぎる酒に酔わされたような、夢。
しかし、酒はいずれ抜ける。いつまでも、心地よい夢に浸かっていてはいけない。
それでは、誰も前に進めないから。
「わかった。明日の夜、またお邪魔するわ」
「勝手に入っていいよ。話をする前に感づかれても面倒だし、蘭さんならもう不審人物にはならないだろうしね」
「…それはだめでしょ」
どこまで冗談なのこの子。──心中つぶやきながら、蘭は気になっていたことを思い出した。
「ねえ、どうしてあんなこと聞いたの?」
「え?」
「ほら、…私に、す、好きな人いるかって」
思い出して、また顔が赤くなる。反対に、電話口では苦笑する気配があった。
「んー…それは保留かな。今んとこ」
「何?保留って」
「気にしないでってこと。困らせたくないしね。──じゃあ、待ってるから」
さりげなく、しかし遠慮なく切れた電話に、蘭は首をかしげた。
受話器を置いた彼は、さっきの苦笑を残したまま息をついた。
──だって、まだ言わないほうがいいから。少なくとも、今の『オレ』が言っていい事じゃない。
この気持ちはきっと、元々もっと強く、『コナン』がもっていた想い。『コナン』ではない今の自分が告げられることではない。すべては、記憶を戻してからの話だ。
そして、今自分が言った言葉を思い出す。
──待ってるから。
(……何だろう。なんか、胸がざわざわする言葉だな……)
誰かに幾度となくいわれていたような気がする。そしてその度に、何かおおきなものを、胸に抑えつけていたような。
──待ってろ。
「……!?」
不意に頭に響いた台詞に、はっとした。それはまぎれもなく。
「オレの声……だな」
つぶやいて、確認する。確かに、今のは自分の声。
(…もしかしてオレ、実はけっこう思い出してんのか?)
しかし、何かが足りない。浮かんだ欠片は本当に小さなもので、全体像がまだ作れない。……彼は自らの掌を見つめると、やがて握った。
(……あの人に)
彼女にもう一度会えば、わかる。それは妙に強い───予感だった。 |