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  喚び寄せる声 作者:若竹
第38話 記憶 1
 名前を呼んでいる。
 誰が?
 子供のような必死さで。
 誰の?
 縋りつくような声音で。
 この声、知っている。懐かしいこの響き。

 わたし、私の名は……。

 「ヴァル?」

 星を宿した夜空の瞳が私を映していた。白眼の部分が少し赤いように見えるのは、泣いていた所為だろうか? けれども涙なんて見当たらない。
 何故そう思えたのだろう。ほんの一瞬だけ見えた表情によるものか、先程夢の中で聞こえた声の所為かもしれない。
 彼は只静かに居るだけなのに。
 ヴァルサスはゆっくりとした動作で、私の頬を緩やかに撫でた。眉を伝って目尻を親指で触れ、私の顔をその手で包み込む。
 頬に伝わってくる感触はひんやりとして、微かに震えていた。

「ユウ、どうだ体調は?」
「……とても眠いの。起きていられない」
「そうか、もう少し眠るといい」

 私の意識は深く沈んだ。頬を包む掌を感じながら。


 次に眼が覚めたのは、酷い口渇からだった。
 視界にはシリウスがいて、何事か話をしたように思う。でも、どんな内容だったのかはっきりしない。シリウスが飲ませてくれた水はとても甘く、喉を潤した途端強烈な眠気が襲ってきてまた意識が途切れた。
 私は起きては眠るを繰り返し、しっかりと覚醒した時には一週間も経っていた。
 よくもそこまで眠っていられたものだ。
 少量の水分のみで殆ど何も摂取せず、こうやって生きているのが不思議だった。

 私は今だ力が入らない体をベットの枕に凭れかけさせながら、上半身を何とか起こした。身の回りの事すら自力で出来ず、思い通りにならない。今は専ら人の世話を受けるばかりで何とも歯痒かった。
 
 ただ有り難い事に、その役目はフランが受け持ってくれた。
 フランは魔物の襲撃にも無事で、今は元の仕事をこなしている。とは言っても決して無傷という訳では無く、所々にかすり傷や包帯の取れていない部分もある。私は申し訳なく思いながらも、大人しくフランの世話を受けていた。

 今頃になって、自分がベットで寝ていた間の事を知った。
 王都の状況はほぼ壊滅的で深刻な被害を受けていた。
 目覚めてからまだ外の様子をまだこの眼で見ておらず、人から聞いた話だけれど、地割れに魔物の襲撃と目撃した光景は悲惨で十分に想像する事ができた。

 城下は地割れなど初めから何も無かったように、魔物も姿を消していた。
 けれど影響は大きく、大地に飲み込まれてしまった町の一部や魔物の襲撃によって、無残な姿へと変貌してしまった。
 ただ不幸中の幸いで、城は大きな被害無く所々一部分の破損や火事で済んでいた。おかげで政治の中枢としての機能は何とか保っている。人的被害がどの程度及んでいるのか不明だけれど。
 また、住居を失った者や怪我人など生活困難な住民に、王城の一部を開放し避難所となっている。
 それだけの数を収容できる広さを持つこの城は、一般住民解放区画と特権階級の活動する区画をきっちりと分別されていた。
 私が知る限りでは、普段使用している区画はほぼ今まで通り使用出来ているらしい。



「失礼します。入りますよユウ」

 フランがワゴンを押しながら部屋へと入ってきた。
 ワゴンにはお湯とタオルに着替えが準備されていて、体を拭いてくれる時間のようだ。

「あら、起きていたんですねユウ。今日は随分と顔色が良いみたい」

 話しながらも、フランの手元は無駄なく動いている。

「ええ、もう起きていても平気なの。これもフランのおかげよ」
「いえいえ。それよりもまだ油断は禁物ですわ。漸くここまで回復出来たのですから大事にしないと。さあ、汗をかいているでしょう。体を拭きましょうか」

 私の体調に合わせて、午前中の体力がある内に体を拭き着替えさせてくれる。ここ数日間で日課のようになっていた。
 ベットの上に座った姿勢で服を脱ぎ、拭いてもらう。肌に当たる温かなタオルは心地好かった。

「ユウ、肌にも艶が出てきましたね。しっとりしているわ」

 何と答えて良いやら。それはただ単に、お風呂に入れないからではなかろうか? 返答に困ってしまう。 
 そうこうしている間に、すっかり着替えまで済んでしまった。フランは丁重な手つきで髪にブラシを掛けながら言った。
 
「ところで何か必要な物はありますか?」
「フラン、宗教関係の歴史書をお願いしたいんだけれど」
「あら、前に持ってきた本はもう読み終わったのですか? あんまり根を詰めて読むのは良くありませんよ」

 眉間に皺を寄せて言う。でも、そんな顔をしたところでちっとも怖く無い。

「分かったわ。フランの言うようにするからお願い」
「もう、しょうがないですわね。その代わり一冊だけですよ」
「ありがとう!」

 溜息を漏らしながらも許可が出た。そんなフランの姿が可愛らしく、思わず笑顔になってしまった。
 フランは私の反応に少し困った様な表情を浮かべながらも、笑顔を見せてくれた。



 私は五日間、ただ眠っていた訳では無かった。
 夢の中でかつての記憶を甦らせていた。それはとても断片的で、穴の空いたパズルのようだったけれど。
 私が何者であり、どのような経過で最後を迎えたのか。
 
 それは、私がこの世界へ呼び喚せられた理由を教えてくれていた。




読んで下さいまして、ありがとうございました。


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