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  喚び寄せる声 作者:若竹
第34話 奇病 2

 案内された治療室には、医師と治療士やスタッフが入れ替わり立ち替わり、せわしなく動いていた。
 ベットを見ると、蝋人形のようなクリス先生が横たわっていた。

 ベットに横たわるクリス先生の体には様々な治療用の器具が取り付けられていた。
 沢山の医療器具に繋がれているその姿。体に繋がっているチューブ。投与される薬。
 青白い顔。意思の力では動く事のない体。
 その様は、まるで元の世界での自分を見ているようだった。

「……先生」

 それ以上の言葉が出てこない。事態は私の予想以上に悪いようだった。
 クリス先生の元へ行く事を許された私は様子を見に治療室に入ったのだけれど、奇病への知識がなく治療士としても不十分な実力でしかない自分には、何もできない事を悟った。
 とはいえ、奇病事態が未知の病気であるため、治療は症状に合わせて対処する事しか出来ず、根本的な治療法が無い状態だった。

 クリス先生の呼吸は弱々しく、本当に息をしているかどうかさえ分かり難い程微か。力無く閉じられた瞳はピクリとも動かない。
 そして弱りきった体を包む、オレンジの陽炎。クリス先生の魔力はより一層強く燃え上がっていた。魔力が自分の意思とは関係なく消費され続けているのだ。魔力が無くなれば己の生命力を削り、燃やし尽くしてしまう。
 その輝きは、まるで蝋燭の最後の明かりのようだった。その炎は、燃え尽きれば命と共に消え失せる。

 クリス先生の傍らには治療士の姿があった。
 治療士は意識の無いクリス先生の状態を観察し、留まる事無く流出し続ける魔力を押し止めるように、手を心臓の上に当てている。必死に魔力を注いでいるのだが、一向に改善する兆しが現れなかった。
 私は傍らの治療士に許可を得て、クリス先生の青白く血の気の無い手をそっと握った。その手は氷のように冷たく、じっとりと汗で濡れている。
 今の私にある、僅かな魔力だけでもいい。少しでもクリス先生に注げればと思ったのだ。

 ひやりとした手を握った途端、クリス先生の手から黒い何かが這い上った。ぞわりと私の掌を撫でる。
 黒い物はねっとりとして氷のように冷たく、なのにゾワゾワと熱くおぞましい。
 私の体はビクリと震えてこわばり、反射的に握っていた手を放してしまった。
 治療士が一瞬怪訝そうに私を見たが、すぐにクリス先生に集中する。

 一瞬だったけれども、真っ黒いモノがうねうねとクリス先生の内側に蠢いているのを感じた。
 
 今のは一体何なの? 他の人は、何も感じないの?

 ふと、クリスの体が二重写しのように重なってぼやけた。ぶれて見えるその姿は。
 クリスの内側から陽炎のようにめくれ上がって見えるのは?
 内側から広がるように黒い影がじわじわと広がっていく。
 一体何が起こっているの?
 私はじっと眼を凝らして視ようとしたその時、治療士から声がかかる。

「これ以上の面会は治療の妨げになり、クリス先生本人への負担もかかる。悪いが今日はここまでにして下さい」

 はっとして集中が解けた途端、クリス先生の影も視えなくなった。まるで、クリス先生の体の中に黒い何かが潜り込んだようだった。
 私はもう少し、先程の何かの正体を見極めたくて傍にいたかった。

「あの、クリス先生に黒い何かが……」
「黒い何か?」

 治療士は怪訝そうに私を見たけれど、それ以上の会話は受け付けなかった。治療士は私の両肩に手を置くと、そのままそっと体をベットの傍から押し出した。

「ユウさん、気持ちは分かりますが今日はここまでにして下さい。今から他の処置に入りますので」 
「……そうですか。分かりました。また明日来ます」

 私の存在は、次の処置を行うのに邪魔になるだけのようだった。
 これ以上傍にいる事は出来なくて、私はその部屋を後にした。私の言いたい事は、治療士には全く伝わって無いようだった。
 私だけが、クリス先生の中の黒い物を感じたようだった。



 今日はこれ以上治療院での仕事は無く、もう良いと言われたので部屋へと戻る。
 私は一人、じっと先程視えたクリス先生の状態を考え込んだ。
 私は今の様な状態をかつて一度見た事がある。
 ……似ている。
 今の状況はこの世界に召喚された時に見たシリウスと、とても良く似ている。ただし、シリウスの方は姿形が大きく変わってしまい、なお且つ過激な変化だったけれども。
 全てが一緒では無いけれども、ある程度の共通点があった。
 私の唇は自分では気付かないうちに、勝手にその名を零していた。

「……シリウス」

 その瞬間、周りの空気が一瞬震えた。その名は鐘のように幾重にも重なって鳴り響き、私を取り巻く空間さえも打ち鳴らす様に震撼させる。
 窓を開けていないのに、何も無い空間から強い風が吹きつけて私の髪と服を攫う。

「あっ!」

 思わず髪と服を手で押さえると、私のすぐ後ろから唐突に声が聞こえた。
 囁くような声で、私の耳をくすぐるように温かい吐息がかかる。

「漸く呼んでくれたね、僕の女神」
「ひゃあっ!」

 微かに擦れて聞こえた懐かしいその声。はっとして振り返ると、そこには懐かしいクリムゾンの瞳があった。

「待ち遠しかった」

 私の眼の前には、いつの間にかシリウスが立っていた。




今回も読んでいただきまして、ありがとうございます。


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