第荒話
大きな嵐が来るとやはり、大変である。港町に住む者として、港を利用する人々から恩恵を受けている者として、手助けをしないわけにはいかない。
港を管理しているのは港湾管理委員会という、そのまんまな名前のお役所。
小さい港だが、国の玄関口には違いないので、勤めているのは国に任命された人たちである。ここの最高責任者が港湾主任技官。港に寄航する船舶はすべてこの人の指示に従わなければならない。
当然、沖合いに停泊している大型の船の乗組員たちも、避難勧告が出されれば陸に上がらなければならないのだが、言うことを聞かない人もいる。
船乗りはおそらく、陸にいる僕たちが住んでいる家に対して以上に、自分たちの船を大切にする。そりゃそうだ、何にもない海の上で、壊れたら魚の餌になるだけである。誰も助けてくれはしない。助けようがない。そう思えば、多少の嵐なんざ俺たちの腕で何とかして見せるさ、と頑張ってしまいたくなる気持ちも分からなくはない。
安全管理が最重要、死なないでいてもらうことが前提で仕事をする港湾技官とは、従って時折相性が悪い。なぜなら船乗りにとって、場合によっては船は自分の命と等価である。沈めば死ぬのだ。
だが、ここは港。
命があればまたやりなおせるかもしれない。船の責任者は沈めてしまうと結構な負債を抱えてしまう場合もあると聞くが、それは取り立てる人がいると言うことで、つまり待っている人がいると言うことで、迎えに来てもらえばいい話である。
と、これはどっちつかずの僕の考え。
それでも近頃では港湾委員会はあまりうるさく言わなくなったようである。船と運命をともにするというのであればそれもいい。それが船乗りの生き方と言われてしまえば返す言葉がない。何かあると港湾主任技官の監督責任が問われたりするらしいが、勧告したのに従わなかった場合の、強制執行の権限は去年の法律改正で無くなってしまった。強制出来るのかどうかの判断まで主任技官にさせるのは、酷であるということだろう。
なら、船乗り側から見た場合、生きる死ぬを自分で判断していいか、という話になる。
海上からすれば生きるためにやっているのだろうが、陸から見ればそれは自殺じゃないですかと見える。明らかに自殺であれば、国に任命された役人であれば陸上海上問わず断固として阻止しなければならない。けど、それが曖昧である場合、生きるために死と瀬戸際のところでやってるんだといわれた場合、どうなる。
仕事だの責任だのとなると、この辺がややこしい。普通に考えれば生き死にを自分で決めてはいけないし、決められない。生まれは選べないし、死だって、死のうと思うから死ぬのではなく、心臓が止まるから死ぬ。
考えるのが面倒になってしまった。つまりそのくらい、大きな嵐が来ると大変なのだ。
ともあれ、荒れる荒れないに関わらず、潮の流れがいいのか悪いのか、港にはさまざまなものが漂着する。国籍が分かるものについては連絡して、どう対応したらいいのか尋ねるのだが、分からないものについては一年間保管した上で売りに出される。
この即売会は、ものと人の出入りが多くなる秋口に行われ、これを目当てに訪れる観光客も、多くはないけどいる。
流れ着いたもので商売するなんて、いいじゃないかといわれそうだが、いくらカラリク産の最高級小麦であろうと塩水に洗われてしまっては誰も食べる人はいない。こういうものが五千デンも流れてくると港の機能は停止、細々とではあるがやっている漁業も打撃を受ける。だから回収して処分しなければならないが、当然たくさんの費用がかかる。
だが、荷主の方だって打撃を受けているのだから請求してもなかなか払ってもらえない。なので、明文化されていないが、おおむね漂着した物品の処分に関しては、それを拾得した人や組織に優先権があるとする、というのが双方の了解事項としてある。でもやっぱり、時には外交問題になりそうなものだって、潮の流れはお構い無しに運んできてしまうから、一応は連絡するわけだ。
で、今年も開かれる。
港に住んでいる人間にとってはあまり関係がない。外から流れてきたものは外に住んでいる人が持ち帰るべきである、と考えているし、国という規模で見ても、外貨を獲得しないことには回収費用の回収にはならない。だから即売会が始まって一週間は外国の人しか利用できない。その後の残り物を、国内の物好きな人が買っていってもいい、ということになっている。
国内の物好きな人の中の一人が僕の父。即売が始まるとそわそわしだす。母の機嫌はそれにあわせて悪くなるのだが、分かっていてもどうにもならないようである。
「ツルミ石のナイフとかあるかも知れないな」
事典で調べたところでは、ツルミ石とは結晶構造に柔軟性のある希少な鉱物で、ジミ・カバラ山岳地帯でしか産出しない、とある。よく分からないけどまあそういうものらしい。非常に薄く圧延でき、しかも圧延すると硬度が増すため主に刃物に使用される、と書いてあるが、そんな希少な石を使って作ったもので、何を切るのだ。人か。
「そんなものあるわけないじゃん。あってもどっかのお金持ちが買ってっちゃってるよ」
「いや、わからんよ。なあ母さん、ツルミ石の包丁、欲しくないか。台所が楽になるぞ」
「いりませんよ。それよりも仕入れたもの早く片付けてくれたほうが、ずっと楽になるわ」
そんなやり取りが数日続く。家計に余裕があるわけではないことは父も理解しているから、家中がガラクタでいっぱいになったりはしないが、即売会が終わってもしばらくはため息を着いていたりするのが鬱陶しいといえば鬱陶しい。
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