第食話
三十夜に一度くらいの割合で、子供たちを集めて会食が開かれる。僕たちくらいの年齢になると、主催する側となり、会場の飾り付けや食事の用意をしたり、遊びの相手をしたりする。といっても何から何まで、というのも難しいから、町内会の人々の助力があって初めて成り立つのではあるけど。
自分はどうだったかな、とつい考えてしまうが、子供、三歳くらいの子供さんたちはちっとも言うことを聞いてくれない。僕は食事の用意担当なのだが、外で作る食事は家屋の中でやるのとは少々勝手が違うから珍しいようで、みんな見に来てしまう。
「これはどうするの」
「これは、あ、危ないから離れて離れて」
そして質問攻撃。
「これはなんなの」
「もう三回も説明したじゃないか、火を起こすときに」
別に人間の深層心理やこの世の理を知りたくて質問を発するわけではなさそうだから適当に答えておけばいいのだが、反射的に的確な答えを探してしまい、頭が疲労する。ユウアオイは癇癪を起こして、言うことを聞かない子供を追い掛け回したりしているのだが、やはりそれはそれでひとつの騒ぎになってしまい、収拾がつかない。
「一緒に料理してしまえ」
とはミトノミノリ。「細切れにしてしまえば分からない」
「いくらなんでも、一人減ってしまえば分かるんじゃないのかい」
「そのときは、わたくしを半分にして子供を二人作ればよろしい」
料理か粘土細工か分からなくなってきた。でも、それぞれなりにそれぞれのやり方で子供さんたちと接していて、なんとなく楽しそうである。なによりだ、と思いながら料理に没頭する。
料理といっても屋外のこと、大して手の込んだものが作れるわけではない。持ち寄った野菜を煮込んで、持ち寄った調味料で味付けして、持ち寄った食器に放り込んで、いただきます。 が、単純な造りなだけに、おいしく造るのには慎重にならなければならない。火の通りにくいものを先に、煮崩れしやすいものは後、もしくは別に加熱しておいてあとで合わせる。
一人っ子であるせいか、母はよく僕を台所に立たせた。タラ芋の皮剥きなど出来るようになったのは、僕が一番早いのではないだろうか。いまだに包丁など持ったことないという人もいるくらいだから、例外か。
気がつくと火の回りには僕しかいなくなっていた。食材を整える作業は終わってしまったのだから、あとは味付け、人手はいらない。そんなにむきになってはいないけど、他の連中が子供の相手をしていてくれるのはありがたい。
ころあいに火が通ってきた。いよいよ味付け、調味料はハツマメを発酵させたトキミソ。ミソというのは、海の反対側の大陸から伝わってきたそうだが、本家のミソはこれとはずいぶん違うらしい。どう違うのかよく分からないけど、少なくとも汁物には使わないそうだ。なら、食事のときは何を飲んでいるのだろうか。ミソの汁物がない食事なんて、なんだか味気ない。
「出来た」
自分で言うのもなんだけど、おいしく出来た。変わった環境で造ったものだから、気分的なものもあるかも知れない。
目ざといユウアオイが、気がつけば隣にいる。
「出来たのか、ちょっと味見させてくれよ」
「うん、どうだろう」
「どれどれ。あ、うまいうまい。タラ芋がずいぶんやわらかいな。うちの母ちゃんが煮るとゴリゴリしてて食えたもんじゃないけど」
タチカンナも来た。一口すすって、頷く。
「おいしい。これは売り物になりそうだ」
「いっそお金を取るかい」
ナギノミミは、味見用にはちょっと多いくらいに盛ってやったのだが、物足りなさそうにしている。まあ、みんなで食べようよ、と押しとどめる。
ミトノミノリは「子供を入れなくて良かった」とひとこと。
もちろんこんなやり取りをしている間も、子供たちは黙っていない。頂戴頂戴の大合唱だが、一人にあげてしまえばみんなにあげなくてはならないから、それではいただきますの前になべが空になってしまうから、待ってて、というしかない。
そこに、母が近付いてきた。
「あのね、あれも使ってもらいたいんだけど」
示す先を見ると、大量のウロン麺。
「町役さんが、麺を打つのが上手なんだって。それで、早起きして、朝から用意してくれてたらしいのよ」
麺類は全般的に好きだし、ウロン麺はなかでも好物である。汁物にいれるのも悪くない。けど、早朝から準備してもらって、何時間たっているのだ。
僕は麺の置いてある机に向かった。少し距離を置いたところに、要するに町内会の世話役である町役さんがいて、にこにこしている。麺はすでに茹でられて、小分けされ、笊の上に置かれている。笑顔を返しつつ、ちょっとつまんでみたら、分けられたその姿のまま持ち上がる。固まってしまっているのだ。
町役さんはニコニコしている。また笑顔を返した。
麺は大量にある。
どうするか。
とりあえず笊を担いで火のところまで持ってくる。
「なんだ、これ」
麺であろうことは、疎いユウアオイにも分かっているだろう。そのユウアオイにですら、麺の異常が分かるのだから、絶望的だ。
どのように異常か。麺で何より大事なのは歯ごたえである。つるつると吸い込んで、噛み切ったときの感触である。それを維持するためには、麺を打ち、茹で、調理して食するまでの時間をいかに迅速にするかが勝負である。だから煮込みの麺はそもそも難しく、うちで食べるときはたいてい麺と汁を別にして出す。
だけどこの町役さんが用意してくださった麺はすでに茹でられていて時間がたち、いわゆるダレている状態である。ダレているから固まっていて、麺として食べようと思えばお湯を通して分離させなければならないが、もうお湯を沸かしている余裕がないし、そうしたところでダレが直るわけでもない。もっと悪くなるかもしれない。
タチカンナも不安そうに言う。
「どうするんだ、これは」
どうしよう。町役さんはにこにこしている。好意から出たものを、無為にしてはいけないような気がする。
汁はもう、食べごろぎりぎりのところで、これ以上煮込んではぐずぐずである。
笊を持ち上げ、麺をなべの中に落とし始める。が、ダレているためになかなか笊からはがれてない。手を使ってはがすと、麺は笊の形のままなべの中に飛び込んだ。
冷えた麺が温まればいい。適当な時間で火を消し、用意された食器に盛り付ける。盛りつけるったって、ダレた麺は分解し始め汁を濁してしまうほど。
悲しかった。
子供たちを席に着かせるだけでも大変だ。これも時間がかかる。駄目だ、麺はもう駄目だ。
もう、おいしくないのは分かっていたが、どのくらいおいしくなくなっているのか、興味がないこともなかった。
「いただきます」
麺を掴もうとすると逃げていく。他の具を味わおうとすると麺が張り付いてくる。汁を飲めば砕けた麺で味が薄ぼんやり。しかもぬるい。
満足した。予想通りおいしくないので、満足した。
僕とユウアオイとタチカンナは残したが、ナギノミミはぶつくさ言いながら平らげた。
だが、子供たちはおいしいおいしいと食べている。うちの子、普段はあんまり食べないのよ、などと言っている、誰のか知らないが母親の声が聞こえてくる。
何が食欲に作用しているのか分からない。料理は奥が深い。 |