挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

ブックマークする場合はログインしてください。

迷いの森

作者:キュウ
ちょっとメルヘンチックなミニ短編です。
お茶とかカフェオレとか片手にゆっくりどうぞ。
 ある日の昼過ぎのことである。一人の少年が、仄暗い森の中を歩いていた。
 日の光のほとんどを遮るほどに鬱蒼と葉が茂り、肌を引っ搔いて行くような冷たい風が吹き、まるで、少年の行く手を意図して妨げているかのようだった。
 彼は焦げ茶色でボロボロのマントと赤のマフラーで寒さを忍び、周囲を綿密に見渡しながら、居なくなってしまった弟を探していた。
 一週間ほど前、彼の弟は森に入り込んだ。この森は、町の人達から「迷いの森」と呼ばれて恐れられていた。人から人へ伝播する噂が大きな波となり、誰も寄り付かせず、その不思議な魅力が、多感な時期の、好奇心旺盛な弟の興味を大いに惹いたのである。
 きっと、迷いの森だなんて嘘に違いない……弟はそう思って、なんら怯えることなく森へ入って行った。兄や家族が引き止めるのなど意に介さず、唯、その衝動に身を任せるのみだった。
 ……以来、少年は弟の姿を見ていない。毎日毎日、いつでも一緒だったのに。誰もがそう思った通りに、弟は帰らなかった。「ちょっと行って帰るだけだから」なんて、そんなものが最後の肉声だなんて、信じられなかった。
 しかしながら捜索に行こうと言う人など誰もおらず、そのまま、一週間が過ぎたのだった。
 その間、焦燥と葛藤、そして弟への罪悪感を渦巻かせていた少年は、とうとう弟の捜索を決心したのだった。家族が引き止めるのなど意に介さず、森の中へ入って行った。彼は、「弟を連れて帰る。それだけだから」と言い残して、家族の前から姿を消した。

 ……歩けど歩けど、鯨幕みたいな木々が次々差し迫るばかりで、景色は一向に変わらない。辺りを見渡しても、限りの無い草木が生い茂っているばかりである。町で恐れられているだけあって、確かに路と呼べるようなものは、それこそ獣路から草分けの路に至るまで、何一つ無いのである。そこにはもはや、太陽の光すらも届いてはいなかった。
 そんな中、少年は迷いの森で迷わない為に、一つの対策を取っていた。
 それは、少年が首に巻きつけている赤のマフラーから少しずつ糸を抜き、手近な枝に結び付けておくというものだった。後ろに続く己の軌跡には、赤の輪っかが点々と雑多に並ぶものだが、無かったはずの路をそこに描く。そうして歩いてきた道程に目印を付けることで、きっと帰ることができるだろうと思ったのだ。
 しかし、少年は一抹の不安を感じていた。本当にこんなことで、迷いの森からの脱出を謀れるだろうか。所詮はまだ若葉みたいに小さな子どもの浅知恵。こんなことで脱出できるのなら、誰も迷いの森だなんて思わないのではなかろうか。具体的に迷いの森を恐れる人たちが、どんな噂を流しているのか、情報は、上は森が空まで浮かび上がるとかいう話から、下は屈強な幹の巨人が襲い掛かるという話まで、大小無数の話が錯綜しているのだった。
 そして少年の危惧は、すぐさま克明に現実のものとなった。
 風が眼前を通ろうとしたので、少年は、目をキュッと閉じた。瞬間、背後でザワザワと葉鳴りがして、手招きされるように、彼は後ろを振り向いた。
 結論から言うと、そこには何も無かった。ただただ風が吹いたというだけで、少年が刹那に思い描いた恐ろしげな巨人も、森の浮遊も、決して存在していなかった。
 しかしながらそれでも、少年が目を剥いて驚いたのは、そこにずっと続いていたはずの赤の路、さきほど自分が付けておいたはずの目印が、全く見当たらなくなっていたのだ。
 一番新しい目印を付けてからは二、三歩ほどしか歩いていない。しっかり目を凝らせば見つけることができるはず。そう思って近辺の木々を仔細に観察したが、悲しくなるほどに、どの枝にも赤い毛糸は結ばれていなかった。
 彼は振り向いたままの方向へ進みだした。今まで付けておいた目印を探しに行ったのだ。
 目をよく凝らし、足を延ばし、できうる限り隈なく探したがなかなか見つからず、そのままトボトボと歩いて行くと、ようやく一本の枝に赤い毛糸が巻きついているのを発見した。どうやら全てが消えてしまっているわけでは無いようだと分かり、少年はホッと胸を撫で下ろした。
 しかし、その次の瞬間に、少年は度肝を抜かれた。思わずギョッとして息をするのも忘れてしまうほどだった。
 彼の目の前で、何枚もの葉っぱたちが小さく渦を巻いて華麗に空中を舞っていた。その緑色の竜巻は、ヒュルリと毛糸に接触し、目にも留まらない速さでサッとそれを外してしまった。
 まったく予想外の光景に、少年は二、三度目を擦ったが、その竜巻は、赤い毛糸を手に持って弄ぶかのようにくるくると回していた。
 しばらく茫然とその様子に目を奪われていたが、やがてどこからともなく声が聞こえてきた。
「……立ち去りなさい」
 彼は再び驚いて振り返るが、そこには誰もいない。
「誰!?」
「ワタシたちは、この森で哀れにも力尽きてしまった、ある少年を護っている……」
 何人もの人間が一度に喋っているかのような不気味な声だった。実体の無いその声は、さらに続けた。
「ワタシたちの不始末で、その小さな身を傷付けてしまったのだ……」
 少年はすわ何事か、現実なのかと疑いはしたが、それを、森自体が話しているのだと、不思議にもあっさり悟った。
「あなたたちの……不始末?」
「そう……ワタシたちは、この美しい森を、美しいままにするために、森中の木々をワタシ達自身の手で育んできた。だが、それがあまりに整然としていたために、人間達は木々の景色の同じことによって路に迷い……いつしかワタシたちは、彼等から恐れられる存在になっていった。ワタシ達は自らの粉骨砕身努力してきたものが裏目に出たと悟り、少しでも森を元に戻そうと、森を形成し直していたところだったのだ。そのさなか、あの少年を、ある木の形成に巻き込んでしまった……」
 森の声は、そこで言葉を区切った。ひょっとして、涙でも拭っているのだろうか、と、少年には感じられた。
「ワタシたちは、彼への償いとして、彼の身体をこの森で永劫護ってやることにした。だから、ワタシ達は、お前が森の奥へ入ろうとするのを阻まなければならない。人間はもの珍しいものに無作法に群がる習性をもつ。……ここを通すわけにはいかない」
 少年は、涙が出そうになるのを堪えて、森に向かって言った。
「……そうだったんですか。実は、その少年は、僕の弟なのです。どうか、最後に弟と会わせてくれませんか……」
 森の声はハッと胸をつかれたように押し黙った。そのわずかな沈黙が、少年にとってはひどくつらいものだった。
 やがて森の声は、一言一言を慎重に、手探るような調子で、こう言った。
「そうか……それは本当にすまないことをした。彼のもとへはワタシが案内しよう。着いて来なさい……」
 さきほどの緑の竜巻が、ヒュウウと云いながら動き出した。少年はそれに重い足取りでトボトボ着いて行った。
 一歩一歩進む毎に、身体全体の血や肉が足先にズンと落ちてきているような、そんな気がしていた。眼前に迫る暗闇に、近づきたくなくとも近づきたくなる、井戸の底へ惹かれるような不思議な衝動に身を任せて、それでも歩いていった。
「迷いの森なんて嘘だよ」と、弟の言葉を何度も反芻しながら、森の道標に着いていった。きっと、いや必ず、笑う弟と肩を並べて、母のもとへ帰ることができる、と、少年はにわかに期待した。
 そして、緑の竜巻が突然数枚の葉っぱに戻って、辺りに散らばり消えた。諦観の念のためふっきれたように散らばった葉っぱたちが路を切り開き、少年はゆっくりと進んだ。
 そこでは、一本の木にもたれかかった子供が独り、寝息も無しに眠っていた。
 いつの間にか、上からは真っ赤な明かりが、射し込んで、精霊のように青く光るその子どもを、悲しく照らし始めていた。それはあたかも、その光のもとへと導くための、明るい隧道のようであった。
お疲れ様でした♪
HP(→http://kyunote.blog.fc2.com/)にて
コメントや編集後記、ほかのお話のまとめも掲載しておりますので
ぜひこちらにもどうぞ

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
― 感想を書く ―

1項目の入力から送信できます。
感想を書く場合の注意事項をご確認ください。

名前:

▼良い点
▼気になる点
▼一言
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ