茶番劇の閉幕は突然に
ずっと会いたいと思っていた相手との思わぬ再会に、俺と、そしてハルもまた驚きを隠せないようだ。剣が震えている。そのおかげで、周りからは力と力がぶつかり合う拮抗した試合だと思われているかもしれない。
(ハル、なんでここにいるんだ?)
(この勝負が終わった後で、そちらの海賊船に乗せて貰う手筈でした――)
なるほど、ハルがポートイサカまで来ている可能性は考えていたが、ハルはじっと漁が終わるまで待っている性分ではない。なんとかしてポートコベに向かってくる可能性を考慮していなかった。
(ご主人様こそ、どうして海賊の味方を?)
(あいつらは海賊じゃなくてただの漁師なんだよ。本来なら毎年、漁場を半々にしているはずなのに、今年はポートコベの海賊が全員自主退職して無職になっちまってな、俺が海賊のふりをして交渉に来たんだ)
(そうだったのですか――どうやら私は騙されていたようですね……もっとも神聖な戦いに小細工するような者たちを信用してはいませんでしたが)
どうやら、ハルは俺の剣に小細工がされていたことを根に持っているようだ。
(ところで、マリーナはどこだ?)
(マリーナなら海賊船の中です)
海賊船の中か……となると、ハルが負けたとき海賊共が何をするかわかったもんじゃないな。それなら――ちょっと悪いが、
(ハル、この茶番をもう少し続けるぞ)
(――畏まりました。茶番とは言え、ご主人様の胸を借りるつもりで精一杯戦わせていただきます。その後、主に刃を向けた不忠に対する詫びはいかようにも)
いや、本気で戦うなよ?
戦闘狂の性とか求めていないからな。あと不忠に対する詫びとかそういうのはもっと求めていない。
ハラキリとかいらないぞ?
俺は後ろに大きく飛びのくと、剣を上段に大きく構え、
「スラッシュっ!」
と剣を振り下ろし、剣戟による真空波を放つ。ハルの僅か右に。当然ハルの動体視力と、甲冑を着ているとはいえその身のこなしではスラッシュを楽々と躱した。元より当たらない位置に放っていたが。
そしてその真空派は大地の表面を穿ちながら、相手海賊たちの群れの中に入った。三人の海賊たちが吹き飛ぶ。
「てめぇ、どこ狙ってやがるっ!」
海賊が叫んだ。
「お前たちの船長が勝手に避けたんだ、俺のせいじゃないだろっ!」
と叫び返す。後ろでハロックたちが笑っているが、やれやれ、このペースで相手海賊全員気絶させられるのか。
もういっそのこと戦いを無視して直接ぶん殴れば早いのだが。
そう思っていたら、ハルの短剣、火竜の牙剣の刀身を炎が纏った。直後、その炎が剣から放たれる。
「うおっと――」
避けられる位置に放たれたとはいえ少し驚いた――と思ったとき、ハルがいつの間にか俺に急接近し、まわし蹴りを放った。
(そうかっ!)
と俺は吹き飛ばされるふりをして、自分で横に大きく飛ぶ。その位置は当然、敵海賊の元船長の腹。つまりは体当たりをしたわけだ。
「おぉ、いいクッションがあって助かったよっ!」
と俺はそう言いながら、仰向けになって倒れる海賊元船長についでに肘打ちをした。泡を吹いて倒れる海賊船長。
「介抱してやってくれ」
と俺は言うと、立ち上がって剣を構えた。
「面白くなってきやがったぜ」
本当に面白い。長い間離れていたのに、ハルが何をしようとしているのか、何をして欲しいのかが手に取るようにわかる。
ハルも同じく、俺がして欲しい動きをし、そして俺の動きに合わせるように自らも動く。
まるで時代劇の殺陣のような、そして舞いのような俺たちの動きに、いつの間にかハロックたちは無言で見入っていた。そして、敵海賊たちは無言で気絶していた。
「どうやら、いつの間にか全滅したようだな」
「ええ――それではもう――」
ハルがわざと負けようとしたその時だった。
「――――っ!!」
なんだ、この感覚は。
一気に寒気がした。気配探知スキルが自動的に作動し、その化け物の襲来を俺に告げたようだ。
ハルも同じように、南の空を見上げて震えている。
離れていてもわかる。対峙していなくてもわかる。
その隠そうともしていない殺気――恐らくレヴィアタンと同じレベルの強敵がこちらに向かっている。
(まさか――魔王かっ!?)
俺が思わず呟いたのを聞き、ハルがこちらを見た。
(魔王様がどうしたのですか?)
(ハルには後で言おうと思っていたんだが、どうも魔王が復活し、ポートコベ付近にいるらしい)
(魔王様が……復活なされた)
ハルも驚きを隠せないようだが、これほどの気配なら相手が魔王であることを望むところだ。ハルがこちらにいる以上、戦いにはならないだろう。
だが、そうじゃないかもしれない。
俺たちはハロックたちの方を見て叫んだ。
「ハロックっ! お前たちは船に避難しろっ! ヤバイ奴がこっちに来ているっ!」
「ヤバイ奴……もしかして海賊潰しの例の――」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。わからないが避難していろっ!」
「わ、わかりやした!」
ハロックはそう言って船の方向に走って行く。
これで、ハルと魔王が知り合いだとばれても問題ないだろう。
そう思ったのだが――
「――っ!」
気配が向きを変えた。その方向は――
俺は東のハロックが走り去った方向を見て、そして己の愚かさを呪った。
相手が海賊を潰す目的で動いているのだとすれば、逃げ出そうとするハロックたちを先に狙う可能性もあったし、実際そうなってしまった。
東に強大な闇の爆発が吹き荒れ、そのオーラが闇の風となって俺たちを吹き飛ばそうとする。
両手で顔を覆うように抵抗し、今すぐハロックたちを助けに行こうと思ったが、どうやら戦いはもう終わったらしい。
気配がゆっくりとこっちに向かってくる。
「ハル、言っておくが、俺は魔力のほとんどを使い切って、今は魔法職から剣士職への職業変更もままならない――全力の五割ってところだ」
「――あれで五割だったのですか――ご主人様の偉大さを身に染みて感じました」
「世辞は終わってからにしてくれ――相手がハルの知っている魔王ならすぐに自ら名乗りを上げてくれ――そうでないなら、隙を見てマリーナのところに逃げるぞ」
俺たちがマイワールドに逃げ込めば海賊船にいるマリーナが危ない。
かといって、マリーナのいる海賊船に向かえば魔王は速度を上げて追ってきて、話し合いもせずに戦いが始まるだろう。
今は待つしかない。
そして、その気配の主はゆっくりと足音を立てて現れた。
奇しくも、その相手も俺たちと同じ甲冑を着ていた。
俺が金色の甲冑、ハルが銀色の甲冑なら、そいつは青銅の甲冑だ。
だが、オリンピックと違い、鎧の素材がそのまま強さに繋がるわけではないのは、その気配でわかった。
「ハル――あれは」
「いいえ、魔王様はあんなに小さくはありません」
「……だよな」
その姿はハロックたちから聞いていた海賊を潰す謎の少女の身長を思わせる。ちょうどキャロやミリくらいの身長の青銅甲冑を着た相手に、俺はかなり危険な香りを感じた。
間違いない、あれがハロックたちから魔王と恐れられる海賊潰しの少女だろう。
確か名前は――
謎の青銅の甲冑の正体は一体――
次回に続く。