ロボットのこころ
人々は少し荒れた広い台地に白い半球状のドームの家に住んでいる時代。
そのドームのてっぺんには、アンテナがついていて、たくさんの電波を選び取っていて、選ばれた番組をその家のテレビに映している。
なぜなら、もうテレビには番組がありすぎて、人々はとても自分で選びきれないから。
テレビを見る人たちは、自分の好みをテレビの会社の人に伝えて、テレビの会社の人は、ドームのてっぺんについているアンテナまで登って、その家のために番組を選んで登録してくれる。
それで、番組もあっという間に新しいものが出てくるし、人の好みも変わっていくから、一軒一軒、テレビの人がお家を訪問して、好みを聞いては受信するテレビ番組を設定していってくれるのだ。
ある日、一人のテレビマンが、あるお家のお母さんからこんな注文を受けた。
「こっちの番組、もう誰も全然見ていないから、これは止めてちょうだい。代わりに、今話題の料理番組を入れてほしいの!」
「かしこまりました」
注文を受けたテレビマンは、その白い半球状のお家のてっぺん、アンテナを登って、アンテナの中央に取り付けられている器械に、持ってきたコードを繋いだ。
〝ピッ・・・『真夜中の怪人』を取りやめて、『わくわくNewクッキング会場』に変更お願いします”
《ピピッ。あの、すみません、実はですね》
アンテナの中央に取り付けられている器械から報告が上がった。
実は、みんなはあまり知らない事だけれど、テレビマンはロボットだ。
今の時代、一軒一軒お家を訪問してお話を聞いて、屋根の上に登ってさらにアンテナにまで登るなんて。そんな危険な仕事、人間はしないのだ。
だからロボットが作られて、ロボットがこんな風に仕事をしている。
皆にちゃんと話をしてもらうのは、見た目が人間の方が良かったので、見た目はどこから見たって人間そっくりなのだけど。
でも本当はロボットだから、テレビマンはアンテナに取り付けられた器械とも会話ができるように作られている。
アンテナに取り付けられた器械は言った。
《奥さんはきっとご存じないのですが、実は『真夜中の怪人』は、このところずっと坊ちゃんがこっそり楽しみにご覧になっているのです。それはそれは毎週楽しみにしているのと、あと数話で終わりますから、なんとかあと数週間、このまま置いておかれてはいかがでしょうか》
実は、アンテナの器械はテレビ画面と繋がっているので、テレビを誰がいつ見ているのかもしっかり記録に残しているのだ。今どきの器械はとても優秀。
アンテナから報告を受けたテレビマンは少し考えた。
〝それは困りましたね。アンテナQWK2号さん。あなた、まだ隠しチャンネルはお持ちですか?”
《うーん、なんとか作り出しは可能です》
〝じゃあ、坊ちゃんのために、こっそり隠しチャンネルで『真夜中の怪人』を残しておいてはいかがでしょうか”
《しかし、表のチャンネルには出せません。残すだけで、勝手に坊ちゃんにお知らせする事は私たちにはできません》
〝構いません、こっそり手配いたしましょう。私たちを信じて、隠しチャンネルに録画、お願いしますよ”
《分かりました。頼みましたよ》
アンテナをするする降りて、テレビマンは、奥さんにチャンネルの切り替えが終わったと報告をした。
3週間後に、様子をまた見に来ます、と伝えておいた。
***
「懐かしいなぁ。ミグ、これ見てごらん。おじいちゃんの時代には、本当に科学が進んでいたからね、こんな人間そっくりのロボットがあったんだよ」
「えぇー、ボロボロじゃない。人間と全然違うよ」
「そうかな」
「そうだよ」
「でもねぇ、今とは違う、昔懐かしい良いロボットだったよ」
「でもたくさん問題があったから、中央コンピューターが壊れちゃって大変だったんでしょう? 今のロボットの方が新しくてカッコイイよ」
「そうかなぁ。ミグにはそうかもしれないなぁ。おや、これを見てごらん。ここの記録に『真夜中の怪人』とあるぞ。懐かしいなぁ。毎週楽しみにしていたんだけどね。おじいちゃんのママが、ある日チャンネルを消してしまったんだよ。悔しかったなぁ」
「壊れたの?」
「違うよ。今よりずっともっと、たくさんの番組があってね、ありすぎて困るから、ロボットがお家に来てくれて、たくさんの中から、30コ程度まで先に選んでくれるんだよ。その中で、見たい番組を選んでいたんだよ。たくさんありすぎると、人は選べなくなるんだ」
「ふーん。変なの」
***
人はたくさん減ってしまった。
使われるロボットも無くなってしまった。そんなロボットを維持する事が出来なくなってしまったのだ。
技術もたくさん壊れてしまった。
空中に、地上に、地中に、海中に、技術のカケラはたくさん残っているのに、それらはただのカケラに過ぎない。
戦争があったわけではない。
どうしてだか。どこかが、疲れてしまったのだ。だから、乾いて、ひび割れるように、壊れていってしまった。
多くのものに溢れていた時代だったから、溢れている事が当たり前だったから、乾きだしたら崩壊はすぐにやってきた。
だから。
ロボットのテレビマンがいた時代は、古き良き時代で、今はもう無い。
***
今どきの機械しか知らない若い者が、昔の時代をしる老人に問いかけた。
あなたは、ロボットは人間になり得ると思いますか、と。
老人は答える。
「僕はロボットに心があるのかどうかは分からないから答えられないけれど、僕自身は、少なくともそのロボットには、ロボットを作った人たちの暖かい気持ちが入っていたと思うよ」
***
ミグの祖父には生涯大事にしていた宝物があった。
古き時代の文明がもう元に戻らなくて、それはもうただのガラクタだけれど。
祖父のかつての時代の、テレビマンとして使われていたロボットの記録部品。
すでに読みだす器械も無くなってしまったから、もう読みだすこともできないのだけれど。
かつての読み取り機が印字した記録用紙も一緒に保管されていて、その用紙にはただこう書かれている。
『2584年06月03日 『真夜中の怪人』抽出データを持参』
祖父はとても嬉しくて、その日の事は一生忘れられないよと話していた。
だから祖父は、まるで時代に逆行するかのように、ロボットの肩を持った立場で話をするのだ。