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兄ではなく国の王

 ガーリックは、赤いマントを翻し、王座へ向かって歩いていた。長い廊下を、痛む足で踏みしめる。
 反逆者を捕らえた。このあとの処置は、この国に強く影響する。
 リードと青蘭を殺す覚悟が、ガーリックにはあった。だがしかし、それに付属品があるとは思っていなかったのだ。
 優秀だったイリアンは、確かに何をするか全く分からない人物だった。ガーリックにショックは少ない。
 しかし、よく愚痴を言い合ったミータン。目をかけていたオズワールド。この二人の家族が反逆者であった。そのために苦しんできたことを知っていた。裏切られたと分かったとき、近くの窓から飛び降りたいとまで思ったのだ。
 苦しめられても、好き。自分にも弟がいたな、ガーリックはその場に立ち止まって、ゆるやかに振り返る。
 そこには、慌てた顔の弟、ユリシーズが立っていた。

「陛下! ミータンとオズワールドはどうしているのです!」
「大人しいぜ」
「じゃない! どうせ青蘭に対する仕打ちを責められたのだろう! きっとイリアンもそうだ! 確実に、ミータンは罰すべきではない!」
「リードは勝手に忍び込んだと主張したが!! ……リードはあの家で暮らしていた。オズワールドという見張りを味方につけて、な。家主のミータンがそれを知らなかったわけがねえ」

 兄の威厳があるとも思えないのに、ガーリックは、ユリシーズを黙らせた。
 加担しただけの人物を殺せば、反ガーリック派から反感を買うのは必至。特にミータンは問題だ。ユリシーズはそれを言っているのだろう。いや、ただ仲が良いだけなのか。
 再び歩き出すつもりだったが、ガーリックは持っていた紙切れをユリシーズに差し出す。

「何だこれは?」
「敵国からのラブレター」
「何を馬鹿なことを」
「『今回の捕物劇は聞いた。リード、ミータン、青蘭、オズワールド、イリアン。罪人たちをこちらに引き渡さねば、人質の身柄は保証しかねる』だとよ。八年前と同じってわけだ。ところでこいつ、やけに情報早くね?」
「確かに、昨日の今日だというのに。しかし、こちらの情勢に敏感になるのは仕方ないことではないのか?」
「この事件にだけ注目していれば、な」

 ユリシーズは、どういう意味だ、と責めるような口調で言った。ガーリックを睨む眼は厳しい。
 にやりと、ガーリックは笑っていた。読みづらいほどボロボロになった紙切れを、ユリシーズの手の上で軽く叩く。

「この早さだ、リードが事前に後ろ楯を回していたのは間違いない。そして、まだ俺らもはっきり分かってねえってのにこいつははっきり書いた。疑惑のある五人の名前をな」
「! リードが仲間の名を書いて送った、ということか」
「あの五人は、曖昧だとしても結託してるぜ。リードは囮か。さて、あとはどんな刑に処するかだ」
「待て! アイアンリニスは! アイアンリニスの申し入れはどうなる!?」
「聞き入れればガネリルは事実上敗北する」
「国民を見捨てるのか!」
「……もちろんそこまで馬鹿じゃねえ。オズワールドだけだ、オズワールドだけは引き渡す。リードと青蘭は渡せない、ミータンについて、罪状はないこととする。表向きはな。イリアンは死ぬっつってんだから好きにさせろ。ミケルに、そう書くよう頼め」

 ユリシーズは、呆れるようにため息をつく。そもそも我が国はどうしてすぐ人質をとられるんだ、と、憎々しく吐き捨てながら。
 リードと青蘭は、誇りそうになるほど一身に反逆者だ。引き渡せないとするのも、変なことではない。
 ミータンとイリアンの罪状は、全く別に仕立てあげればいい。無罪とだって言えるのだ。まあイリアンは放っておいても死ぬのだし、いいだろう死刑で。
 オズワールドは大人しく引き渡す。指示する者がいなければ、彼は無力に等しい。
 全て内々におさめるぞ、と言うガーリックに、ユリシーズはもう一度ため息をつく。
 王座についてから兄は変わった。王としてどうあるべきかを迷っているのだろう。普段通りにしている兄こそ、王に相応しいと言うのに。
 そういうわけにはいかない、ユリシーズはそう頭を振った。

「具体的に、刑はどうするつもりで?」
「主犯である青蘭は今日中に死刑にする。イリアンもそれでいい。オズワールドは、あっちと連絡がとれしだい追放だ」

 一度は仲良くしたメンバーだろうに。ユリシーズは心の中で嘆いていた。

「しかし問題がある。リードが、『オフィリア勝利』でなく『戦争終結』のために動いてたと主張しやがった。そしてただ見ているだけで何もしなかったミータン。簡単には──」
「ミータンの身柄もアイアンリニスに預けるというのは」
「駄目だ。あいつは脅威になる」

 何と主張しようとリードは処刑だ。だが強引に事を進めては、国に潜む革命派を奮い立たせることになる。それが、ガーリックには何より恐ろしかった。
 そう、いっそ、もっと関係ないところで殺してしまえば。
 そして、ガーリックはとある古い因習を思い浮かべた。王座を目指していた足はくるりと振り返る。

「兄さん?」
「青蘭とイリアンを処刑する。今すぐにだ」
「早いだろう」
「何だよ、ミータンのためだろ。ミータンを完全に無力化する方法を思いついた」












兄ではなく国の王













 ユリシーズは、すまない、と消え入りそうな声で言った。
 それを聞いていたのは青蘭だった。目の前の毒を見つめながらそれを聞く。
 そして、困ったように、それでも確かに笑う。

「仕方ないよ。でも急あるな。しかも、ガーリックが何より嫌いな毒」
「リードに先手を打たれていたらしい。オズワールドの身柄は、アイアンリニスに預けられる」
「オズワールドがあるか。結局何もしてやれなかったある。ま、逞しい弟あるし、心配ないあるな」
「俺には心配しかないがな」

 声が色を帯びていたなら、それはきっと鋭いのだろう。王の髪のように、王の瞳のように。それについて、ユリシーズは兄と似ているのかもしれないと、青蘭にはそう見えた。

(私は負けてしまった。この程度の思いならば、最初からオズワールドを守るために生きればよかった──それでは、私は悲しみに負けていたかもしれんある。神は弱者には微笑まない……)

「夫はどうなるあるか」
「今日中に死刑にしろとのことだ。無罪にするという提案があったらしいが、本人が死ぬと言い張っている」
「それは諦めるしかないあるな。あっちの悲しい兄弟は?」
「よくは分からないが、古来より伝わる忌々しい因習がどうのこうの、と。陛下が刑を考えている」

 呻くユリシーズの横にいるのは、それなりに長く生きている人物だった。
 ガネリルに伝わる悪習──生き残るであろう二人に相応しき罰──青蘭は気づいてしまった自分を責める。気づかなかった自分のことも、胸中で罵っていた。
 冷たくなってきた手で、毒入りのカップを掴む。簡単だ。ガーリックは二人を、そうするつもりだ。

(イリアンじゃない……ミータンに申告させるべきだったある! ミータンを疑わせてはいけなかった、まさかこんな結果になるとは)

 一気に飲み干してから、青蘭は慌てて問う。

「どーすりゃいーあるか!」
「どうって……恐らく爪先から冷たくなっていく。それが全身に達するまでには死ぬだろう……」
「することはねえあるな。それならば、私はすでに死んだようなもんある。ああ、せめて死ぬまでは生きたかったあるな」

 気が抜けて、青蘭はそのまま寝床に飛び込んだ。浮かぶのは、どうすればよかったのかという後悔の念だけだった。
 言われた通り、爪先に感覚がない。透けていくような感覚が青蘭を襲う。

「あ、そーある、そーある」
「心残りが?」

 思ったよりも侵略は早く、青蘭は泣きそうになっていた。それでも、死ぬまで笑い続けるだろう。
 死刑囚とは思えない声の明るさが、ユリシーズに届く。

「ありがとうユリシーズ。またいつか、会えたら良いあるな」

 青蘭は自分から、白い布を顔に乗せる。そしてしばらくして、胸の上に手を出して、指を組んだ。

「イリアンが見えるある、ほら、あそこ」
「仲がいいな」
「お前もガーリックと仲良く。そしてできれば……」
「ああ」
「……」

 続きを語らない。それはどういうことだろう。
 ユリシーズが立ち竦んでいると、とんとん、扉を叩く音が鳴った。訪問者は何も語らずに部屋へ足を入れる。
 ミケルだ。珍しく、厳しい顔をしていて、それでもユリシーズはなかなか反応できなかった。
 命を失った人間というものを見て、ミケルは、きつく唇を噛む。

「イリアンを……処刑した……」
「ああ、よくやった」
「立派だったよ、かのソクラテスのように。けれど……死んじゃったよ。もう何が何だか分からないよ!」

 ミケルにも兄がいる。しかし兄は、オフィリアについた。
 それを罵倒されようと同情されようと、関係なく生きてきた。仲が良いとは言わないが、決して言わないが、それでもミケルは兄が好きだった。
 そして、それだけではない。
 仲が良くなかろうと苦手だろうと、ミケルは全員が好きなのだ。
 その信じられぬほど高潔な精神を誰しもが買っている。ミケルは、国をあげて誇れただろう英雄の死を、声をあげて悼んだ。

「何でオフィリア王はあんなことしたんだろ……あれさえなければ、ああさえしなければみんな幸せだったのに……でも、でも、僕たちも同じようなこと思われるに違いないよ! やってること一緒だ! 死んだ人にも家族がいるんだよ、何で人って死ぬの? 何で人として生まれたんだろう! 僕たちは僕はねユリシーズ、喧嘩しても簡単には死なない強さがほしい! じゃないと悔しいよ、こんな馬鹿みたいなことで死ぬなんて悔しいよ!!」
「ああ、その通りだ。そんな当たり前なことを言うんじゃない」
「人間なんか嫌だ……僕は、国そのものを作れる日が来たら、もう戦わない。でも今は、戦うしかない!!」

 ミケルはそこまで言うと、これ以上は泣いちゃうから、そうやって黙った。
 今は戸惑っている場合じゃない。そう判断して、ユリシーズはミケルの肩を軽く叩く。

「オズワールドは追放だよね……じゃあ、リードとミータンは?」
「古い因習がどうのと聞いた。それがミータンのためだと」
「何それ、あれじゃないよね……片方が死ぬまで殺し合わせるやつ。まああの二人なら言われるままにはしないか」
「ああ、『レスピーザの問』か。そんなことをしてどうする」

 兄さんはレスピーザなど好まない。ユリシーズはそう言って、ふう、と息を吐いた。
 相手は兄ではない。
 相手は、ただの王さまである。


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