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エッセイ

「小説家になろう」でお話を書いてみたいと思いながらもなかなか書けなかった訳

作者:秋野 木星
今日、水源さんのエッセイを読んでいたら、ついつい書きたくなっちゃいました。
 昔から本を読むのが好きだった。
自分では漠然と「私、本を読むのが好き。」と思っていたので、自己紹介や履歴書の【趣味欄】を見ると、「趣味・読書」と書いてはいた。しかし、「私は真の読書好きではない。」とも思っていた。
何故なら難しい本が嫌いだったからである。

私の本好きのベースは児童書にある。
保育園の頃に読んだ「おさるのジョージ」シリーズ。これがどうも私の本好きのきっかけを作ったらしい。らしいというのは、自分では覚えていないからだ。母親が言うのには、保育園に行くとこの本があるコーナーから離れなかったそうだ。

次のエピソードも人伝である。忘れっぽくて物覚えの悪い私らしいと言えば私らしいが・・。
大人になってから参加した高校時代の同窓会で聞いた話だ。保育園の頃から同じ学校に通っていた幼馴染みが話してくれた言葉に驚いた。
「お前は、幼稚園の時に俺を無理やり家に連れて行ったかと思うと、ほれディズニーの『眠れる森の美女』というアニメがあっただろう。その絵の描かれた子供向けの分厚い本を俺に見せて、これがいかに面白いかを長々と熱く語ったんだぞ。その時から俺は、お前のことを無類の本好きだと思ってた。」と言われた。・・・全然覚えていない。
このK君、小学校と中学校を通じてほぼ同じクラスで、私と頻繁にぶつかって血で血を洗うつかみ合いの喧嘩をしていた間柄だ。何故そんな男にわざわざ自分のお気に入りの本を熱く勧めたのか謎である。

しかしこの2シリーズを見ても判るように、私の好むものはアニメや漫画系の楽しい話が多い。
小学校で読んだのも、佐藤さとるや若草物語、あしながおじさん、小公女、小公子、ロビンソンクルーソー、アルプスの少女等々である。特に高学年になって読んだ赤毛のアンと大草原の小さな家にはハマった。何冊もあるシリーズのすべてをセリフが、どの場面のものかあてられるぐらい読み込んだ。

中学や高校では本当の文学好きがいて、その人たちにアンニュイな感じの明治文学とかを勧められたのだが、ベースが児童文学とマンガで出来ていた私には難しくてめんどくさくてとてもじゃないけど読めなかった。

大人になって本屋や図書館で面白そうな本を見つけて読む生活になると、読める作家さんと読めない作家さんがくっきりと分かれてくる。大変有名で人気のある作家さんでも、この人病んでるというようなものは全然読めない。主人公に思い入れをして読むタイプなので、生きていくのにもいろいろあるのになんで架空人物の面倒事までしょい込んで悩まねばならんのじゃ。という気分になるからだ。

どうしても読後感のいい、いわゆるハッピーエンド好きになってしまう。
これに物申したいものは、言えばいい。痛くも痒くもないからね。歳をとるとそう言う意味では面の皮が厚くなって便利である。

しかし、本当に面白いものばかりチョイスして読むようになると、「いずれ自分でも書いてみたいな。」と思っていた夢はどんどんと萎んでいった。
「あんな面白い話が自分に書けるわけがないっ。」という変な自信が生まれてしまったのだ。
なにせ論理的な思考の苦手な私である、緻密に練られた展開は好きだが自分では考えられない。
忘れっぽい私である、フラグや仕込みも忘れてしまう。そう仕込むのも回収するのも。

歳をとって老眼になってくると、大好きな本やマンガが読みにくくなってきた。
特にマンガのト書きが読めなくなったのがショックだった。一番いいところが楽しめない。老後に不安を覚えた頃にネット小説に出会うことになる。

娘にパソコンの字を大きくして見る機能を教えてもらったのが、私のターニングポイントと言えよう。
「なんて便利なんだろう。」
そして娘たちの大学費用と住宅ローンの返済、同居している両親の介護。お金のない私にはネット小説の世界というのはオールフリーの夢の世界だった。図書館で毎週五十冊以上の本を借りて日々読んでいる者にとっては新作の本に出会える可能性は滅多とない。それが、特にここ「なろう」では、毎日新作に出会えるのである。それもリアルタイムでっ。
狂喜乱舞のていで、毎日パソコンにかじりついていた。

ネット小説に慣れてくると、その中でもお気に入りの作家さんができる。
星のマークのお気に入り欄にいつも二十人以上の作家さんのサイトをリザーブして毎日更新されるのをチェックしていた。しかし、人を絞ってしまうと更新スピードの遅さにじりじりしてしまう。主人が帰って来ると「今日もあの人は続きを上げてくれなかった。」と愚痴ることになる。
「そんなに待ち遠しいんなら、自分で書けばいいじゃん。」「でも、あんなに面白い話は考えつかないもん。」このやり取りを何度したことか・・・。

「なろう」の登録サイトにも二回ほど侵入してみては、パソコンが苦手な自分にサイト運営が出来るわけがない。と躊躇して撤退していた。

私のような人が多分大勢いることと思われる。
そんな人に言いたい。ここのサイトは初心者に優しい設計だ。大丈夫、登録したその日からお話を書いて公開することが出来る。
多少、あたふたはするがそれもご愛敬である。

そして、一念発起して覚悟を決めたきっかけは、と言うと三つある。

一つは江口 連さんの「とんでもスキルで異世界放浪メシ」に出会ったことだ。
起承転結のあまりない水戸黄門のようなネットでしか味わえないお話が、妙に心地よかったのだ。話の筋とかに関係なく毎日読みに行きたくなってしまうお話。こういう形態もありなんじゃないのと衝撃を受けた。
歳をとると感情に翻弄されるよりも、縁側でひなたぼっこをしながら友達と話をする、そんな感じの心地いい温かいお話を提供することならもしかして私にもできるかもと思ったのだ。

二つ目は、自分ががん患者になった事である。
「いつかやろうと思っていても、いつかがやってきたら自分の上には寂しい十字架が建っている。」というようなことをもっとうまい言葉で相田みつをさんが書いていらしたけれど、「こりゃあ、やるなら早くやらないとな。」とまず思った。そして、うちの実家の両親、特に母親が終活に凝りだしたことだ。百歳を超える舅を見送って感じることがあったのだろう。遺書ではないが、お別れの書をしたためたと言っていた。私なら寂しい遺書なんか書かないなっ。もっと楽しい遺書を書きたいっ。と強く思った。今回は私も早期発見とかで、なんとかエピローグまで神様にインターバルを頂いたけれど、いつ「もうそろそろおいでよっ。」と声をかけてくれるかわからないのだ。

「私が死んだ後に、娘や孫たちが電脳の世界の中に紛れ込んだばぁちゃんの書いた楽しい遺書を発見して大笑いしてくれる。」これが目標だ。

三つめは、本屋に行った時にいつもチェックする科学コーナーを見た時に、多重宇宙理論の本の表紙を見た時だ。幾つもの銀河を内包した風船(本当は風船ではないと思う。なんせ表紙を見ただけで中身は読んでいないのだ。)が何個も描かれていた。この絵を見た時に「これだっ!」とひらめいた。そう「めんどくさがりのプリンセス」の始まりである。

書きたいものが決まってからは早かった。
家に帰ってパソコンを立ち上げると、「なろう」に登録し、その勢いで書き始めたのである。

書き始めてからは、毎日楽しくてたまらない。
書いたことで多くの人とご縁ができた。
この充実感は何にも代えられない。

さあ、ここまで読んでくださったあなた。

「小説家になろう」でお話を書いてみたいと思いながらなかなか書けなかった訳

が解ってくださいましたか? そして、こんなばあ様にも書けるんなら自分も書けるかもしれないと思ったでしょ。
命短し恋せ〇乙女じゃあないですけど、まずは一歩踏み出してくださいな。
そして・・・私に面白い読み物を提供してくださいませ。(笑)



エッセイを書いてみて面白かったのでまた書きます。

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