君は良いガイコツになる
ぼくを知っている人はみんな死んでしまった。
大変なことが起きて、町はボロボロになった。
生き残った人たちはぼくの通っていた学校で食事をもらい、ふとんを借りている。
ぼくは朝ごはんを食べ終わると、自分の家があった所へ向かう。
がれきに隠しておいたピッケルをふるい、そこらを掘り返す。
「そのピッケルで、自分の腹をグサリとやるのはどうかねえ?」
しわがれ声で話しかけてきたのは、掘り出したばかりのガイコツだった。
大変なことが起きたせいで町はガイコツであふれ、時にはガイコツが動きまわり、中には話しだすガイコツまでいるらしい。
みんな忙しくて、そんなことは気にしていられなかった。
「たくさん血がでるだろ? いたくて泣きわめくだろ? きっとみんなが心配して集まってくれる。かわいそうに思って、いっしょに泣いてくれる。いい死にかただろう?」
ガイコツは楽しそうに笑う。
「どうせみんなに心配してもらうなら、掘りまくって倒れてからでいいよ」
まだみんな、家族のガイコツすら見つかってない。
ぼくがガイコツを見つけて学校へ持っていくと、喜んでもらえた。
たくさん持っていった中のいくつかは、生きている人の家族のガイコツだった。
ぼくの家族のガイコツはまだ見つからない。
自分の家があった場所を掘って、そのまわりも掘ったけど、見つかったガイコツは知らない人のガイコツばかり。
今日はまた少し離れた場所を掘っている。
「ガイコツになった人を家族と見分けるのは難しいだろう? 服を着ていたり、家の中にいればわかりやすいけど、そうでなければ歯医者の記録を調べるとか、とても運がいる。見つけたガイコツのほとんどは、誰だかわからない。君がとっくに家族を見つけていたとしても、わからないかもしれない」
それでもまだ、見つかるかも知れないと思って探している。
「見つからないよ。死んだほうが楽だよ」
ずっと前にも似たようなことを言われて、死にたいと思ったことがある。
小学校に入ったばかりのぼくは背がとても低くて、マコトという大きいやつにいじめられていた。
「ジュンは小さいなあ。なんでそんなに小さいんだよ?」
「すぐ大きくなるよ。好き嫌いしないで食べて、よく運動していれば大きくなる」
「すぐっていつだよ? ジュンが大きくなるころには、みんなはもっと大きくなって、やっぱりジュンが一番小さいままだろ?」
マコトはしつこくて、最初は言い返していたけど、だんだん言い返すことに疲れてきた。
だんだん、マコトの言うとおりのような気がしてきて、なにもかもが嫌になってきた。
「ねえ、包丁どこ?」
お母さんたちに話しても、がんばれとか、気にするなとか、まるでぼくが苦しんでないみたいに思っているみたいだったから、わかりやすく見せてやろうと思った。
ぼくは死んだほうが楽だと思うくらい苦しんでいる。
お母さんは包丁を持ってきたけど、ぼくには渡そうとしなかった。
「ジュンは私たちが産んで育てたから、勝手に死なれるくらいなら、私たちで殺したい」
ぼくはどう返事をしていいかわからなくなった。
「でもジュンを殺すくらいなら、先にマコトくんを殺したほうがいい。今からマコトくんを殺しに行っていい? それでジュンは死ぬのをやめる?」
怖がっているようなお母さんの表情で、ぼくまで怖くなる。
ただ黙って首を横にふり、そのあとであやまった。
それからも、つい『死にたい』と思ってしまうことはあったけど、すぐに『ちがう』と思いなおすようになった。
口には絶対に出さないように決めた。
何日も『死にたい』と思うことなんて、ほとんどなかった。
お母さんに一度だけ「あれは本気だったの?」と聞いたことがある。
『もちろんじょうだん』なんて笑ったりはしなかった。
「どうしていいかわからなかったの」と困り顔になった。
お母さんたちのガイコツはまだ見つからない。
家にいるはずなのに見つからない。
嫌な時も怖い時もあったけど、いなくなってみると、ぼくの体に力が入らなくなった。
いつでもどこでも、なにかをしなくちゃいけない気がして、なにかをやめなきゃいけない気もして、そのどちらにも自信がもてないままになる。
今もそうだ。ぼくはお母さんたちに、どれだけ支えられていたんだろう?
『ありがとう』と言いたい。
もう返事はもらえないけど、せめてガイコツに向かって言いたい。
「見つからないよ。死んだほうが楽だよ」
ガイコツがからかうように笑う。
「見つからないかも知れないけど、死んで楽になりたいとは思わないよ」
『ありがとう』と思いながら掘っていたかった。
この町に大変なことが起きてから、もう何か月たつだろう?
夕暮れが早くなって、雪でも降りそうな寒さだった。
公園だった場所に、池だけはきれいに残っている。
乗ったら割れてしまいそうな、うすい氷がはっていた。
「この寒さの水の中なら、きれいな死体になれそうじゃないか?」
ついてきたガイコツがまた物騒なことを言いだす。
「今日は一日、地面を掘ってばかりだったろ? 毎日そんな暗い顔で泥だらけになるくらいなら、この中へ飛びこんで人生の最後をきれいに飾るほうがよくないか?」
ガイコツはカタカタとアゴを鳴らして笑う。
「死んで飾るくらいなら、生きてきれいになったほうがいいだろ」
言い返したけど、あまり本心じゃない。
ぼくは町に大変なことが起きる少し前にも『死にたい』と口に出してしまった。
町の近くで新しい遺跡が見つかり、ぼくたちの間で冒険ブームが起きた時期がある。
仲間を集めて冒険旅行の計画をいくつも立てたけど、どれも中止になったり、ただの遠出遊びになったりして、みんなはだんだんとほかのゲームやマンガの人気に流されていく。
結局『冒険クラブ』は正式な部活動としては認められないまま、翌年まで発掘や探検について熱く語り合っているのはふたりだけになった。
ぼくたちふたりだけはどうしても本当の、それも本格的な冒険をしてみたくて、将来は本気で冒険家になろうといろいろ調べはじめた。
でもその最後のひとりまで、もうやめると言いはじめてしまう。
マコトだった。
ぼくの身長はのびて平均に近づいていたけど、マコトの身長はのびなかった。
マコトだけ取り残されるように、教室で一番小さくなっていた。
珍しい病気が原因らしくて、病院にも行っていたという。
病気とわかったのは、ぼくと最初の仲直りをしたすぐあとで、言い出せなかったらしい。
マコトは口が悪くて、背の高さだけでなく、なにかとぼくをからかってきた。
「まだ自分のことを『ぼく』なんて言っているのかよ」とか。
でも本当に嫌な時は、だまってにらめばあっさりとあやまってくることがわかった。
生意気なやつだったけど、年上や大人が相手でも堂々としていた。
そんなマコトが暗い顔で、体の病気についてボソボソと話す姿は見たくなかった。
「ジュンみたいに好き嫌いなく食べていたら、こんな病気にならなかったのかな?」
「マコトは冒険中にケガをしても同じことを言ってあきらめるのか? それなら病気がなくたって、冒険家にはなれないだろ? ぼくだったら、まずケガを治す方法を考える。冒険を続けるための方法だけ考える」
「じゃあ、病気が治ったら追いかけるから、ジュンは行けるなら、いつでも先に行けよ」
「マコトは冒険中に仲間がケガをしたら、同じことを言って見捨てるのか?」
くわしく聞いてみると、原因はわからないけど、治るかもしれない方法もいくつかあるらしい。
その中で、食べ物の好き嫌いをなくすとか、体をきたえるとか、手伝えることはなんでも、強引に手伝うようにした。
「ジュンになにか言うと、いつも反対のことをするよな? もうのびないと言えば背をのばしてくるし、冒険をやめると言えば続けさせるし。いつまでも自分のことをぼくって言うし」
そんな風に文句を言いながらも、マコトはまたよく笑うようになっていた。
マコトのほうがよほどひねくれている。
ぼくが冒険に熱中していたせいか、お母さんたちも家族旅行は少し冒険気分を味わえる場所を選んでくれるようになった。
ぼくが校内マラソンで一番になると、その年の夏休みは少し本格的な山登りへ連れて行ってもらえることになって、デパートへ登山用品を買いに行った。
そのまま夕飯は外食になって、たまたまマコトの話題になる。
「入学したばかりのころをおぼえている? マコトくんという子にいじめられて、絶対に大きくなれないなんて言ってすねていたのに、今では教室でも高いほうで、競走も一番。あの子のほうはどうしているの?」
ぼくはマコトと仲直りしたこと、今では一番よく話す仲になっていることをお母さんたちには言えないでいた。
「もうあの子のほうがジュンに追いつけなくて悔しがっているんじゃないの?」
ぼくがなにか言おうとした時に、背中合わせの席の家族が立ち上がり、店から出て行った。
後ろ姿しか見えなかったけど、マコトだった。
少しだけふり返ったマコトのお母さんの青ざめた顔が忘れられない。
半分も食べていなかったマコトたちの食器を見て、急に気分が悪くなる。
「別に気にしてないよ」
マコトは何度もそう言って笑った。
それでもぼくから話しかけることはできなくなった。
話しかけられても、なにを言っていいのかわからなくて、すぐに黙ってしまう。
あの日、マコトたちは偶然に同じ店に入っただけでなく、病院であまり良くない知らせを受けたあとだった。
そしてぼくは家まで待ちきれなくて、新品のピッケルを包装から出していた。
信じられないほど嫌な偶然が重なっていた。
あの時すぐにお母さんに言い返せなかったこと。
マコトがいると気がついたのに、なにも言えなかったこと。
そのあともずっと、誰にもあやまれないで、誰にも打ち明けられないでいる自分が気持ち悪くて、なぜかマコトに怒りをぶつけていた。
「もう死にたい気分なんだよ。ほうっておいてよ!」
思わず言ってしまったけど、本気で死んだほうがいいように思えた。
「じゃあもう一生、そうやって悩んでいろよ。もうオレを手伝わなくていいから楽だよなあ?」
マコトはわざと嫌味ったらしく言った。
「ぼくはそんなこと言ってないだろ!」
はじめてなぐりあいのケンカになって、だけど翌日もマコトは話しかけてきた。
「まるきりジュンの逆ギレだろ? ひねくれにもほどがある」
明るく笑った顔を見て、ぼくは昨日よりもはっきりと『死にたい』と思って、そのすぐあとで、もっと強く『絶対に死なない』と決めた。
どんなにかっこ悪くても、どんなに自分が嫌いでも、そこから逃げ出すために死ぬよりは、つらくて苦しくても生きて向かい合いたいと思った。
ぼくたちは何年も先を考えた旅行の計画を立てはじめる。
マコトのお母さんはあやまったら許してくれたけど、そのあともまだ、どこかよそよそしかった。
お母さんたちにはマコトと仲直りしていたことまでは話したけど、病気のことやデパートでのことは言い出せなかった。
どう言おうかと考えていた。
そんな時に町に大変なことが起きて、みんな死んでしまった。
お父さんも、お母さんも、マコトも、マコトのお母さんも、元は冒険クラブにいた六人の友達も、担任の先生も、隣のおじいちゃんと叔母さんも、そこで飼っていた犬も、向かいのお兄さんも、本屋のおねえさんも、町内会のおばあさんも。
言おうとしていたことや、予定していたことがすべていっぺんに無くなりすぎて、なにが無くなったのかもなかなかわからない。
今でもあまり、わかってそうにない。
行事の日が来るたびに『今年はやらないんだな』と思って、『今年はみんな、いないんだな』と思って、『来年からもずっといないのか』と気がついて、そこから先はなにも考えられなくなる。
「なんのために生きているんだよ? つらいだけだろ?」
気がつくと、ガイコツは頭だけで氷の上をすべりまわっていた。
ぼくはみんなを掘り起こそうとするばかりで、なんのために生きているんだろう?
「よくわからない。わからないけど、つらいことや苦しいことは、死ぬ理由にはならないよ」
ぼくはかじかんだ手をもみ合わせて、沈んだら気持ちのよさそうな池の底から目をそらして歩き出す。
「そうかあ? でもよく考えてみろよ。死ぬ理由さえあれば、楽になれるってことだろ?」
変な考えかただ。でもそんな理由はわざわざ探さなくていい。
それにぼくは、意外と落ち着いていた。
掘る作業であちこちケガをして、手はマメだらけになっている。
寝泊りしている教室はボロボロで、息が白くなる中で眠っている。
食事は少なかったり、同じものが続いたりしている。
みんながまだ生きている夢を見て、目がさめると知らない人に囲まれている。
そんな生活にも、ほかの人たちよりは早く慣れていた。
死にたい理由があるとすれば、なんだろう?
「なあ今、死ねる理由とか考えてないか?」
ガイコツの頭はコロコロと転がって、犬のようについてくる。
「そんなに深く考えるなよ。みんなのガイコツを探すよりは、ガイコツの仲間入りをするほうが楽だって思わないか?」
話しかけてくるガイコツははじめてだったけど、ガイコツをたくさん並べて置くたび、呼ばれているような気はしていた。
人はガイコツになると、仲間を増やしたくなるのか?
もうすぐ夕陽も沈んで、あたりは真っ暗になってしまう。
それでも学校へ帰る前にもう少しだけ、寄り道したい気がした。
あまり通ったことのない帰り道。
あまり近寄るなと言われていたあたり。
フタの開いたマンホールは落とし穴のように人を殺すけど、何ヶ月もたった今は、ぜんぶ板きれとかでふさがれている。
暗い道でもそれほど怖いとは思わない。
人通りがないから、ひびの入った塀がくずれて下敷きになったら困る。
困るだろうけど、なぜか怖いとは思えない。
ぼくはずっと、別のことを怖がっていた。
「なあ、死ぬための理由、見つかりそうか?」
痛い、苦しい、つらい……とかは怖くない。
そんなことを死ぬ理由にしたくない。
その気持ちは今も変わらない。
つまさきに当たった小石がはねて、ほんの数歩先の闇でコツン、コツンと落ちていく音がした。
それはずっと下のほうで、もう一度だけ音をたてる。
ゆっくり半歩ずつ進んでみると、はるか深くまで広がっている巨大な穴が見えた。
大きなビルのあった場所だ。
地下は五階以上の深さまで、床が抜けている。
その闇を見つめていると、体を吸いこまれる感じがした。
ここからは早く離れないと危ない。
「そこからたった一歩、踏み出すだけで、ぜんぶ終わるだろ?」
足元でカラリと止まったガイコツの頭が低くつぶやく。
「床につくまでは怖くなったり、やめたくなったりするかもしれないけど、とにかく飛べば終わる。床についたら一瞬で終わる」
なんでこんな場所に来てしまったのだろう?
このガイコツには、悪い幽霊でもとりついているのか?
はじめからぼくを殺したくて話しかけていたのか?
「なあ、死ぬ理由が見当たらないみたいだけど、どうせ生きる理由だってないんだろ?」
「生きる理由ならある。ないわけがない」
「そう思いたいだけじゃないのか? もう誰も知っている人間がいないなら、それは死んだ人間となんのちがいがあるんだよ?」
「生きる理由は……」
勉強して、受験に合格しないと。
志望校に入れたら、計画していた旅行に行っていいと言われていた。
でも今は入学できたとしても、それを伝えるお母さんたちはもういない。
いっしょに行くはずだったマコトもいない。
マコトのお母さんへ、マコトと冒険旅行をしてきたことも話せない。
旅行計画を応援してくれたおじいちゃんや、向かいのお兄さんや、担任の先生もいない。
マコトとの仲が悪くなった時に心配してくれたクラスのみんなもいない。
誰とも話したくなかった時に、足へぴったりくっついてくれた隣の犬もいない。
誰ひとり、ガイコツすら見つからない。
いないというだけで、なんで足元の感触が薄れてフワフワするのだろう?
どこへ踏み出しても進まない気がして、どこかへ行きたいとも思えない。
すごい冒険ができるなら、人生を賭ける価値があると思っていたのに。
それで命を失うなら、いい人生だと思っていたのに。
今は計画していた冒険旅行でさえ、行きたいとは思えない。
……生きたいとは思えない。
死にたいとは思っていないけど、生きたいとも思っていなかった。
そんな自分が怖い。
今ここで足をすべらせて、闇の底へ落ちても『ああ、よかった』と思ってしまうかもしれない。
本当はぜんぶ、このガイコツが言っていたとおりのような気もしてきた。
「ほらな。やっぱりその程度の人生だったんだ。まわりにいたやつらもみんな、死んだらその程度のやつらだったんだ」
「その程度って、なんだよ!?」
そのとおりだとしても、お母さんたちをその程度なんて言われるのは腹が立つ。
だから、つかみあげたガイコツ頭を、全力投球するつもりだった。
でも、こんなやつでも誰かの家族や知り合いかもしれないと思うと、手が止まる。
「ぼくはまだ生きているし、まだみんなを忘れていない。みんなに応援してもらった冒険旅行は、また計画を立て直す。マコトとぼくで練り続けた計画だから、ぼくひとりでもやりとげる。ぼくだけでもマコトとの約束は守る」
「でもどうせいつか死ぬんだから、わざわざ苦しんで長引かせるほどの人生じゃ……あ、待って待って。もう言わないから」
ぼくが無言で投球姿勢になると、ガイコツは急にしわがれ声をやめてしおらしくなった。
「どうせいつか死ぬなら、冒険家みたいに『生きつくした』とわかるガイコツになって、見た人を生きたくさせるガイコツになりたい。ここに落ちて頭を砕いて、君みたいに誰かを死なせようとするガイコツにだけはなりたくない」
「じゃあもうどうしても、死ぬ気はないのか?」
「なんで君はそんなに、死ね死ね言うんだよ?」
「だってジュンは、そう言えば反対のことをするだろ?」
(『君は良いガイコツになる』おわり)
あとがき
完読ありがとうございました。
イベントページのヘルプには「残酷描写の存在する童話での参加も受け付けております。ですが、あくまで児童が読むことを前提とした描写をお願いします。」とありましたので、意識して書きました。
『児童向け』がすなわち残酷描写、あるいは性や暴力、死と言ったテーマを扱わないわけではなく、むしろそれらは児童であっても現実には避けられないこともあるため、排除してはいけないと思っています。
しかし細心の注意が必要なことはまちがいありません。
今回の作品は特に、悩みながら表現を選びました。
お気づきの点などございましたら、どうかよろしく御指導お願いいたします。