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  紫の旋律 作者:蒼夜
第一章
6 その先にあるのは
 
 ――奏でる
 感情の渦に飲み込まれながら。
 音を奏で続けた。
 この世界にはない言葉で。
 
 


 どこともわからない場所でシルバに抱きついて、何かを言った気がする。一度波紋を呼べば水面はそれに呼応するように次々に円を描く。
 途端、冷静になった自分がいて我にかえる。
 気づいたら走り出していたんだ。後ろからシルバの声が聞こえるような気がしたけど、その投げかけられる言葉の意味を理解したくなかった。
 
 その声が届かなくなる場所まで、逃げ出した。
 
 走り続けた。
 息が切れて、身体が重くなってきたことで走るのをやめた。辺りは知らない景色。見たこともない建物。目の前には青々と茂った草原が広がっている。
 
 ここも…王都の中なのか、それとも気付かないで出てきてしまったのか。
 
 ポタッっと落ちてきた雫。気づけば堰を切ったように再び涙があふれてくる。
 逃げた。向き合うのが怖くて。
 シルバの唇から発せられるその言葉を聞きたくなかったから。
 
「はは…」
 
 口をついて出たのは自嘲的な笑い。
 
「泣いてる?」
 
 聞こえてきたのは子どもの声。
 周りを見渡すがその声の主は見当たらない。多少建物はあると言ってもそのほとんどは見晴らしのいい草原で埋め尽くされているのに。
 
「ねぇ、そんなに悲しい?」
 
 悲しむなんてそんなんじゃない。
 ただ、自分の愚かさに――。
 
「愚か者なの?」
 
 姿が見えない子どもの声。それには心の声まで聞こえるのか、発していない言葉を読み取りシオンに質問を投げかける。
 
 愚か者だ。いつだってビクビクして。そんな弱い自分自身を暴かれない様に虚勢を張って。
 
「そうなんだ」
 
 急に声の位置が変わる。それはシオンのすぐ背後から。
 シオンが振り返るとそこには一人の少年が――浮いている。少年本来の身長はシオンの腰あたりだ。しかし、少年は宙に浮いているため絡まる視線は同じ高さ。
 
「僕もね、愚か者なんだ」
 
 少年は笑う、子どもに似つかわしくない静かな笑い。
 
「信じてあげられなかった。」
 
 少年は語り出す。
 
「信じなきゃいけなかったのに…僕は信じきることができなかった。愚か者なんだ。ちょっと人より魔法を使えて、力があるってだけなのに。僕は間違えて…大切な人達を傷つけて、一人はいなくなった。愚かな僕は大人たちの思惑に気付けなかった。気づいた時には…もう。ねぇ、君ならどうする?」
 
 大切な人を私が傷つける?
 私が…。他人を傷つけるの?
 私の様な存在が誰かを、傷つけるなんて許される筈ない
 
「僕は許して欲しいんだ。また一緒に遊びたい。」
「傷つけて…その後?」
 
 ――コワイ。
 
 唯の想像なのに。今まで私は、誰を傷つけたのか。母はきっと傷ついている。私がいたから母はあんな風になってしまったのだと聞いた。
 他は…わからない。どうだろう、面と向かって言われたことはなかったけど、私の存在はそれだけで沢山の人を傷つけていた。
 どれだけ自分を悪く言われたって構わなかった。相手の気持ちを慮って、聞いていれば。
 
 ココロなんて置いてきてしまって良かったから。
 
 でもこの世界は違った。一から自分で築いていて、昔のように上辺だけのどうでも良いという関係、考えでは生きていけなかった。
 今の私にとってかけがえのない宝物。
 それを、その人達を自分が傷つけて、嫌われたら…無いものの様に扱われたら
 
「どうするの」
 
 少年は変わらず微笑み続ける。
 
「…逃げてしまう」
 
 今の自分がまさにそうだった。自分の都合の悪いことは聞きたくなくて、彼から…シルバから逃げ出した。
 
「僕もね、逃げた。でも…もう一度あの時間が欲しい」
「そんなの、向き合うしかないじゃない。勇気がいるけど」
 
 定石。いつも言われ続ける言葉。
 
「怖いね」
「でも欲しいんでしょ」
「…うん」
「なら立ち止まってたら駄目だよ」
 
 自分には到底無理だ。立ち向かう勇気なんて持てない。
 
「ルイ。許してくれるかな」
 
 少年の大切な友達。親友。
 友情は築き上げるのは大変なのに、いくら頑丈に造っていたと思っても想いもよらないところから欠けて、脆く崩れ去って行ってしまう。儚いそんなモノ。
 
「それはこれからの貴方しだいでしょ」
「うん。帰る」
 
 目の前にいたはずの少年は一瞬でシオンの前から掻き消えた。
 
 臆病な自分。偉そうなこと言っておいて自分は何もできない。あの少年の様に向き合うことなんて怖くてできそうにない。
 
 他人に嫌われたくないからずっと良い子だった。少しでも両親の自慢の子どもだと言ってもらえるようなそんな子になりたかった。
 物わかりのいい姉として弟に好かれていたかった。
 そんなの夢物語でしかないのに。
 ずっと自分はそうなって欲しかった。
 
 でも怖かったからずっと向き合わなかった。この世界に来ていなくてもきっと向き合わなかった。あの後、自分は両親の言う大学にきっと進学した。そして文句も何も言わずに結婚もしただろう。
 従ってさえいれば、邪険にされていても…まだそこに存在することは許されていたから。
 
 この世界で目覚めてからの自分は元の世界の自分と少しは変わったんだろうか。
 
 他人の負担にならない様に。この世界で一人になっても生きていけるように。誰の『嫌な人』にもなりたくなかった。
 
 形のない不確かなモノには怖くてしょうがない。友情。愛情。どれをとってもそうだ。人の感情なんてこの世で一番わからない。
 ソレは雪崩の様に緩やかに、時に速く。緩急をつけて崩れ落ちていく。
 一か所でも崩れたらその欠片を埋めるのはとても大変で。埋めたと思ったらまた違う場所が欠けていく。その繰り返し。
 
 いつもと違う感情を見せるシルバに自分は戸惑っていたんだ。終始自分には穏やかに接していたシルバが怒りという感情を露わにして向かってきたから。
 なんとか、繋ぎとめたかったのかも知れない。いつもの穏やかなシルバを。だからあんな風な行動に出てしまったんだ。
 
 寄り辺などあってはいけないのに。あればソレは心を弱くするだけでしかないのに。
 自分を庇護してくれている存在。
 この世界で生きていくのになに不自由なくしてくれる存在達。
 
 それを――。
 いやだ。コワイ。
 身の毛がよだつ感覚。
 
 それを肯定しちゃいけない。
 いつの間にか止まっていたはずの涙がまた零れだす。
 
 アスカという日本人。自分と同じ世界にいた人間。
 この世界でのわたしを知っている人。私がわたしを知るために重要な人物なのに。
 
 アスカはなんでシルバに冷たく接したの?
 シルバもアスカの存在を知っていたのなら教えてくれればよかったのに、なんで教えてくれなかったの。
 
 私のことなのに。
 
 アスカは言っていた。ユフィの店に行っても会わせてもらえないと。
 最近になってよく急な休日を言い渡されるようになった。『面倒な客』が来るという理由での休日だ。
『面倒な客』と私はユフィによって会わせてもらえなかった。
 自分が会わせてもらえない。そんな人は『面倒な客』だけ。
 アスカが『面倒な客』なのか、とやけにクリアになった思考が途切れていた糸を繋げていく。
 
 最後には考えたくない結論に達する。
 考えたくもない。自分の恩人を疑うなんて。それこそ恩を仇で返すようなものなのに。
 行きつく答えは何通りと頭の中で繰り返しても同じ。
 
 ユフィとシオン。二人は自分の何かを隠そうとしている
 
 辿り着きたくなかった結論
 
 このことをいったら傷つける。そんな二人の顔を私は見てられない。
 傷つくことは慣れた。でも自分から進んで傷つけることなどできない。
 
 最善の路とはどれなのか誰か教えて欲しい。
 誰も傷つかない様にするにはどうしたらいいんだろう。
 偽善者と罵られ様と、自己犠牲で払えるものなら、何でも払うのに。



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