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  紫の旋律 作者:蒼夜
第一章
4 休日の過ごし方
 
 朝。何度目の朝か数えることはもうしなくなった。
 
 余計不安になるから。
 
 シルバが私に語ってくれた過去も何もかも私に確信を持たせるものはない。本当なのか、嘘なのか。
 それでも私はこの世界で生活している。それが今私の直面している現実だ。
 
 時間がたっても私はこの世界でのことなんて思い出せていない。覚えているのは自分が過ごしていたはずの世界での出来事。
 思いだそうとしているからだろうけれど、昔よりも鮮明に蘇ってくる。
 
 私はこの世界でいったい何をしていたのか。
 何を忘れたかったのか。
 
 それだけでもわかれば先に進める。でも記憶が戻ってこない。忘れるほどの何か…ソレはいったい何なのか。私がここで行っていたことは何なのか。
 
 思いだそうとしてもポッカリと穴が空いたかのように何も思いだせないでいた。
 ただ…本当に一瞬の邂逅。自分と、誰か。私は――。
 その先が知りたいのに顔はおろか何も情報になるものがないのだ。その記憶が本当にこの世界で起きたことへの記憶なのか。それともただの夢なのか。
 
 考え出すと止まらない。堂々巡りになる思考はいつものことなのに、無性に腹が立ってくる。
 
「こういう時に限って、なんでお店いっちゃいけないんだろう」
 
 最近良く来るようになった『面倒な客』。何でも今日は朝からずっと居座り続けるという。
 そのため私は店に入店するのも、近くをうろつくのも禁止。と昨日ユフィに言い渡されたのだ。
 ユフィの借家はお店から遠くはないけれど、近くもないという立地。そして、あの食堂の周りは武器屋などで食堂の手伝いをするでもない私がうろつける場所ではない。
 
 勝手にうろついてたことがばれたら明日大目玉だ。
 
 そう。困ったことに…暇なのだ。いつもの休日ならシルバを伴ってのお出かけをするのだが、生憎私の休みが決まったのはシルバが帰宅してから。
 シルバは今日森の方に仕事で出向くと言っていたのできっと街中ににいない。
 
 仕事がない日はぐうたらしているシルバは仕事があると太陽と同時ぐらいに活動を始めるのだと本人が前に言っていた。
 きっと夕方まで帰ってくることはないだろう。それに仕事だと言っていたのだから私が邪魔することもできないし。
 
 シルバといるか店にいるかしか最近していなかった。というか目覚めてからずっとそうだ。家に帰った時や店にいるとき以外は常に誰かがついていてくれて、ユフィもシルバも忙しくてもどちらかはいつも私を家まで送り届けてくれていたから。ただ例外なのが店に行くときは一人だ。朝早く人もあまりいないから。
 
 寝台の毛布から顔を少しだけ出す。そこは昨日自分がいた部屋だ。六畳ほどの広さの部屋にキッチン。奥に行くとお風呂やトイレが付いている。一部屋しかないわりに使い勝手はずいぶんといい。日本にある自分の自室ではない。いくらわかっていると言ってもまだ心のどこかで否定していたい。
 
 夢だと――。
 
 そうだ。通りの中央にある噴水広場にでも行こうか。あそこは何でも魔法というものでとても綺麗な水の芸術がある。でも、一人で外出するなってシルバに言われてるし、どうしよう。
 
 何でも私の倒れた一角は王都の中でも特殊地域なのだという。そしてそれは中央の噴水広場で隔てられている。一般人は知らないらしいが『裏』といわれるものを生業としている者や少しでも関わりのある者の間では当たり前の話なのだという。
 
 目に見えない透明の境界線。
 例え王族だとしても治外法権とされる場。如何なる権力も不可侵の絶対領域。
 
 といっても街から閉鎖されているわけではない。一般人も普通に歩いている。
 事実を知っている者が一部の人間だというだけの話なのだそうだ。
 
 私には一般人なのか『裏』と言われる人なのかの区別がつかない。シルバ曰くここに住んでいれば雰囲気でわかるようになるそうだ。なんとなく、そうだと思ったものは大概当て嵌まるそうだ。「てきとう過ぎない?」といったらシルバにはそんなもんなんだと返された。
 
 何故シルバがこのような結構重要そうな話を私にしたのかと言えば、私がどんな理由でここに来たかわからないから。だそうだ。
 そして、わからないのだから一人で出歩くべからず。ということだ。
 
 もし私が『裏』に出入りしていた人間だったら『保証人』といわれる人が私を探しているはずだそうだ。そして、ここから私はいなくなる。消されるか、拉致されるか。それは私の元の立場によるだろうということ。
 私が倒れたのはそんな治外法権とまで言われているような一角であって、そして記憶を持っていただろう私はその存在を知っていたようだとシルバは言った。
 
 だから教えたのだと。
 
「この世界に来ていったいなにしてたのよ」
 
 何度同じことを考えれば気が済むのだろう。今の自分はなにも解決の糸口につながる欠片すらもっていないというのに。
 
「なにかすることないのかな」
 
 ムクリと今度こそ寝台から起き上がる。部屋に一つある窓を開けて部屋の空気を入れ替える。陽の光がサンサンと照っているもののソレは春の陽光のように優しいものだ。
 
「掃除と洗濯しよう」
 
 掃除はまめにしているのでそこまで目立った汚れもない。洗濯といっても昨日の分が溜まっているのみだ。洋服の洗濯は何と洗濯機と似たようなものがあるので手洗いではない。
 何でも魔力で動いているそうなのだ。販売するときすでに魔力が籠められていて別に魔法が使えなくても動かせるというから楽なものだ。放り込んだまま一日ほうっておくと乾燥までしてくれている。
 
 小さな声で歌を歌いながらシオンは軽快な動きで活動を開始する。
 
「寝間着も洗っちゃおう」
 
 洗濯機もどきの中に服を放り投げる。そして隣に畳んである一着のワンピースを着用する。丈は膝よりも長い。
 他のものはないのかといったらユフィにドレスを渡されそうになったのだ。ワンピースを着て何か羽織ったり着こんだりするのが今の街娘の間で流行っているそうだ。
 
 上流貴族の皆さまはそれは豪華絢爛なドレスをお召しになっているらしい。
 
 
 終了してしまった。
 寝台も整えた。埃も落ちてない。換気もしている。洗濯している服はほっておけば乾いてくれるから心配無用。
 
 お昼時は過ぎたようだがまたしても時間が余ってしまった。シルバの家にでもお邪魔してようかな。掃除して、軽く料理を作っておけば彼が帰ってくるまでに終わるだろう。
 どうせ帰りは遅いのだから私は帰ってきてしまえば良い。
 実はシルバが鍵を失くした時にとシルバの部屋の鍵を一個預かっているのだ。
 
 一人で出歩いてはいけないと言われていても、シルバの今いる部屋はこの一角からでていないのだからきっと大丈夫だろう。
 
 シルバやユフィからあまり顔を見せない方が良いだろうと言われているので店の中や親しくなった人以外には顔をあまり見せない様にしているため初めて会った時シルバが着ていたようなローブを身につける。
 
 当初変な格好だと思っていたがこの世界では別段珍しくもないらしい。
 眼深くフードを被る。部屋の中の戸締りをして。お金を持って。部屋の鍵をかける。
 
 心は初めて一人のおつかいに出陣する子どもの心境。
 
 いつも通っている道なのにいつもと違う。時間が違うからなのだろう。普段よりもわくわくする。そしてそれと同じぐらい大きくなる不安。だけれど今シオンの心の中では好奇心の方が勝っている。
 
 シルバの今暮らしている場所はシオンの借家から三本向こうの通りにある。隣は城壁という。王都の端も端だ。
 シルバがその場所に居を構える理由として語るのは「夜中でも外にでられるから」ということだ。
 
 王都からでようとしないシオンには定かな情報ではないが、王都の城門は夜中になると閉じられてしまうらしい。シルバ曰く、旅人の彼には少々不向きな街なのだという。
 気が向いたら次の町に行く。そのため夜中に出立することも多々あるそうだ。思い立った時中央にいすぎると抜け出すのが面倒なので端っこにいるという。
 
 抜け出すその技術は謎だが抜け出せるらしい。現に何度も夜中でているのだと話している。
 
 借りている部屋からでて街を一人で歩いているとなんだか街が何時もより静かだ。普段から騒がしいほどの喧騒にまみれている街ではないが、それでも異様な程人がいない。
 店の中に入ってみれば店番の人はいるものの外で立ち話をしている人がいないのだ。
 
 一人で街を歩くということが初めてで緊張しているからなのか。シルバやユフィといるときは話していてあまり周りを気にしてなかったから本当はこれが普通なのかもしれないけど…。
 でも、何時もと何処か違う。街全体が何かに緊張して、張り詰めた空気を纏っている。そう思わせるような…言い知れぬ不安が圧し掛かってくる。
 
 シルバ御用達の食料品店で適当に食材を見繕う。いつもなら世間話でもしていくのに今日はそんな雰囲気ではなかった。平素、和気あいあいとしている店の中も静まり返っていたのだ。
 
 シルバの部屋に逃げ込むようにシオンは駆け込んだ。食料品の店まで来ていると自分の部屋に帰るよりもシルバの部屋に来てしまった方が近い。
 シルバの部屋の中に入っていつも座っている椅子に座る。
 固く握っていた手のひらを開くと汗ばんでいた。
 
 不安に駆られているシオンにとってシルバの眉を顰めたくなるような乱雑な部屋も今はシオンを安心させるものの一つとなっている。
 
 鍵、持っていて良かった。部屋の外で待ってるなんて羽目になったら耐えられなかったかも。
 
「早く帰ってきてよ。シルバ」
 
 最初は勝手に忍び込み、部屋の掃除をして料理を作って、帰って。次に店に来た時に驚いたというシルバを見るつもりだったのだが。
 一人でももう一度あの中に出るなんて怖くてできない。いっそのことシルバの部屋にこのまま泊めてもらおうか。というか…ちゃんと今日中に帰って来てくれるよね。
 
 そうだ。この世界には携帯もないのだ。アポイントもなしに来てるんだからシルバがここに今日私がいるなんてこと知らないわけで。彼は今日仕事。旅人とかいうわけわかんない職業だし。
 
「でも…一人じゃ帰れない」
 
 陽が沈むまで随分時間はあるだろう。他のことをして少し落ち着こう。買ってきた食材を手に台所にたつ。あるのは少し切れ味の悪い包丁と木のまな板。ないよりはましだ。
 フライパンはないので鍋に切った食材を放り込んでいく。スープもついでに作ろう。
 
 煮込んでいる間に次は部屋の掃除だ。以前あまりの悲惨さに片付けたときにあらかたの場所は聞いたのでその場所に置いておけばいいだろう。
 
 シルバの持ち物には様々な文字が書いてありシオンには読めないものが多い。このルカディアという国は強大な国らしいがそれでも他の文明、文化も発達している。その他国の文字なのだろう。
 
 時たまシオンにも理解できる単語も書いてあるのだが前後の文節の意味がわからないので最終的に意味がわからないのだ。
 
 これだけの書類の山ができるくらいの期間。いったいシルバはこの国にどれだけ滞在しているのだろうか。彼は戦を嫌っているというので長く居ても二年程。そんな長い間同じ場所に留まっている理由はなんなのか。最近思うようになったのだが、彼は本当に旅人何だろうか。
 それでも彼がシオンの恩人だということに変わりはないのだが。
 
 ただ、ここにある書類が難しいのだ。ただの旅人の彼がなぜこんな書類を持ち歩くのだろうか。
 
 シルバが私に教えないということはきっと私が知らなくてもいい内容だから。シルバはシオンがここで生活していくためなら彼の知識を惜しむことなく提供してくれている。文字の勉強の教材が政治についてだったりしたこともあった。
 
「意外にシルバって物知り。しかも綺麗好き?」
 
 書類を片付けると綺麗なのだ。寝台は全く使っている様子がないほど綺麗に整えられている。部屋にある家具は少ないけど、必要最低限揃っている。寝台と食卓と椅子。それ以外は書類の山。
 窓を開けているのが常なのか、換気もしっかりとされちえるので空気がこもってしまっているということもない。
 掃除をしている間に料理の方も程よく煮込めていたようだ。
 
 肝心の人物が帰ってきていないのだが――。
 
 陽が沈むのはまだか。夜になるのはまだか。シルバが帰ってくるのはまだなのか。料理はまだ皿に移していない。シルバが帰って来たときにもう一度火を通してあったかい料理を食べてもらいたいから。
 
 
 
 
 
 ――バンッ
 
 騒がしい足音と共に勢いよく扉が開かれる。
 
「シオンッ!!いるのか」
「はっはい!います」
 
 すでに辺りは暗くなっていた。シルバの部屋は三階にあり、すごい勢いの足音で誰かが上がってきていると思っていると、それは待ち人シルバであったようだ。
 シルバは誰が見ても焦っていることがわかる。
 肩が上下に酷く揺れており、陽気は春だというのに額には玉の汗をかいている。
 
「えっと…水、飲む?」
 
 どうしたら良いか解りかねるシオンはとりあえず落ち着いてもらおうと一つ提案する。
 
「そう、だな。もらう」
 
 シルバはローブを脱ぎ部屋にある椅子をひいて食卓用の机の前に項垂れる様にして座りこんだ。
 
 シオンは目の前に水を入れたコップを置く。
 
「びっくりした。部屋に行ったらいなかったから」
「今日、お店に入店禁止って言われちゃって…部屋勝手に入ってごめんね」
 
 シルバに向かい合う形でシオンも椅子に座る。
 
「いや、別に。それは良いんだけど…」
 
 最後の方はとても小さな声で聞き取ることができなかった。
 
「シオン。変な人部屋に来た?」
「変な人?今日は別に誰も来てないよ」
 
 自分の部屋も。シルバの部屋にも来客は一人もなかった。
 
「なら、いい。」
「でも…街がなんだか、すごく緊張してたみたい」
「あ~そうだろうね。」
「そうなの?」
「そ、面倒な客のせいでね」
「シルバ、その人っていったいなに?」
 
 シオンはシルバの表情一つ見逃すまいとシルバの顔を見つめる。
 
「内緒だよ」
 
 シルバは柔らかく微笑む。
 
 そう言われたら聞けない。自分には話せないこと。自分はシルバのすべてを知っているわけじゃないから、入り込めない領域があることだってわかってるつもりだ。これは聞いてはいけないことなんだって、わかったけど。でも、なんだか寂しい。
 
「料理。作ったんだ、食べよう。ちょっと待ってて」
 
 シオンが料理を皿に盛りつけようと立ち上がると、シルバもそれに倣う様にして立ち上がる。
 
「手伝う」
「うん」
 
 少し、一人になりたかった。
 自分が踏み込んで良い領域を…しっかりともう一度考えたかったのに。
 


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