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  紫の旋律 作者:蒼夜
第一章
3 最初の記憶
 
 いつもと天井が違う。
 それが最初に思ったことだ。自分は昨夜家を出たのだろうか。それにしても私はこのような場所で起きたことは一度もない。
 少し首をひねると頭が痛む。そのまま右の手を支えにして寝台から起き上がり周囲を見渡す。思考を巡らせてもシオンの記憶にある景色とは全く一致しない。
 
「なに…ここどこ」
 
 シオンは自分に纏わりついている髪の毛を後ろに払うと自分が身につけているものも変わっていることに気づく。制服を着ていたはずのそれは綿のような生地のワンピースに変わっていた。
 
「こんなの私着たっけ?」
「おや、起きたのかい。ちょうどいい」
 
 今の状況についていこうと必死になっているところへの闖入者。声のした方に顔を動かしてみればそこにいるのはエプロンを着た恰幅の良い女性。
 
「裏にね。女の子が倒れてるって言うからびっくりしたんだ。それに三日も目を覚まさないし。もう少ししたら医者に見せようって言ってたんだ。どっか変なところはないかい?名前はなんてんだい?」
 
 女性は矢継ぎ早に言葉を振りかけてくる。女性の話しからすると私は三日の間眠っていたようだけど。変なところと言われれば多少頭痛がするということだけだ。
 
「あ…紫音です。ご迷惑をおかけしました」
「シオンね。こんなところにいったい何しに?私は長いことこの場所で商売をしてるんだけどお嬢ちゃんを見るのは初めてなんだ。親とはぐれたのかい?どの辺から来たかわかるか?」
「…日本」
 
 シオンが記憶している限り国外に出たようなことはしていないはずだった。
 
「ニホン…か」
 
 女性は考え込むように腕組みをしている。
 
「聞いたことないね。此処はルカディアの王都だ。わかるかい?」
 
 シオンは俯いて知らないと首を横に振る。
 
「わかりません」
 
 それがシオンに言える唯一の答えだった。
 冷静に思考を巡らせる。
 
 自分の部屋よりも近くに感じられる木目調の天井。私の部屋は数年前に建て替えたので実は結構近代的な部屋だったし。それに、一緒に泊まりにに出るような仲の良い友人はいないのだ。
 
 それにこの女性が着ている服にしても現代の日本人が着ている服とは思えない。エプロンで全体像は見ることはできないがスカートの部分が異様に膨らんでいる。あれだ、ロリータファッションの人のスカートに似ているんじゃないだろうか。
 
 とりあえず…この環境は今まで私がいたような場所ではないんだろう。それに先ほどから違和感なく話しているがこの言語。意味は理解することができるけど、日本語じゃない。
 でも、なぜ自分はその言語を抵抗なく操っているのか。
 
「まあ、体調が治るまでここにいるといい」
 
 女性はニカッと屈託のない微笑みを浮かべていた。
 
「いいんですか?」
「困っている人がいたら助けるのがここの流儀だ。私はまだ仕事が残ってるから行くけど、そのうち騒がしいのが来ると思う。元気があったら相手してやってくれ」
 
 それだけ言うと女性は部屋からでていく。
 
 寝台の上から降りようと床に足をつけると少し違和感を覚える。身体が随分なまっているのかもしれない。高三になって部活も早々に引退してしまったからか。
 近くにあった備え付けの鏡に映る自分を見たとき、絶句してしまった。
 見なかったといことに…できないだろうか。
 
 映し出されている女は腰にとどくまで髪が伸びていた。あどけなさは多少残っているもののその容貌は記憶のどれとも一致していない。でも母の若いころの写真に似ているかもしれない。
 
 シオンの持ち得ている最後の自分の姿では髪の毛は肩にかかる程度であったはずだった。今の時代化粧などで実年齢とは全く違う風貌をしている人はいるものの今のシオンの顔には化粧が施されているとは思えない。
 
「どうなってるのよ…ルカディアっていったい何処」
 
 起き上がろうとしたもののまだ寝台に座ったままだったのでそのまま横にボスンッと小気味良い音をたててもう一度横になった。反動で埃が部屋の中に舞う。
 
 非現実的すぎて考えたくなかったけど…ここがもし異世界とかいう場所だとして。召喚されるなら普通王宮なんじゃないの。
 それとも、ここは地球なんだけど。地図に載ってないだけの国。っていっても私いったいいつ日本からでたのよ。
 
 というかこの身体は本当に私のものなのだろうか。外見はとても似ている。でも記憶の中にある自分とその姿が一致しない。流石に三日じゃこんなに伸びるわけないし。
 知らない異国の街。わからないはずなのに理解して話せる言葉。わからないことだらけだ。
 
 ふと、足音がすることに気付いた。少し焦っているのか音がする速度が速い。
 
「起きたのか!」
「えっ!」
 
 先ほど女性が出て行った場所から今度は男の人が現れた。足音で誰かが近づいてくるのはわかっていたがそれがまさかこの場所だとは思わなかったが。そう言えば、女性が誰かが来ると言っていたか、と思いだした。
 
「ユフィからさ、起きたって聞いたから」
 
 ユフィとは先ほどの女性のことだろうか
 
 入ってきた人はフードを外すとそこからでてきたのは綺麗な銀髪の髪の毛だった。その異様な程の美しさに一瞬で釘づけになった。
 さっきの女性は綺麗な金髪碧眼で別に驚くことはなかった。服装は少し古めかしいと言ってもエプロンとスカートだったし。でもこの人は違う。
 
 銀髪に翠玉の瞳。長いローブは使い古されているのか裾はボロボロだった。
 
「あの、貴方は」
「俺?ああそっか。俺はシルバ。君を見つけたのも俺ね。名前はシオンで良いんだよね?」
「はい」
 
 自分をここに連れて来てくれたのはこの人なのか。
 
「身体は平気?もうさ、いきなり倒れるから無事だってわかるまで先にも進めないから。気がついてよかった」
 
 そう言って翠玉の瞳が細められる。
 
「ご迷惑をおかけしました」
 
 他人が来てしまったのでは寝ていては失礼になるので上体を持ち上げる。歩こうとすればシルバと言う人に手だけで小さく制止されたのでそのまま寝台の上に座った。
 
「うーん。迷惑じゃないからいいんだ。ただ…シオン。一体君はどこからきたんだ」
 
 今まさに優しさに満ちた瞳をしていたのに今シオンに向けられているのはソレではなく、まるで何かを探るような剣呑な瞳に変わっていた。
 
「あ…の」
「シオン。この名前はユフィが君から聞いたと言っていたよ。そしてニホンという国から来たということも。でもその国名は…この世界に存在しない」
 
 シルバはいったんそこで言葉を止める。開け放たれたままだった扉を閉めると手近にあった椅子をシオンの寝ている寝台の前に持っていくとドカッと座り、シオンに視線を合わせる。
 
「君は…」
「っわからないんです!!!私は確かに日本という国で育ったんです」
 
 そういうしかシオンにはなかった。確かにシオンの中には日本という国で育った十八年間の記憶があるのだ。
 
「シオン。記憶があった君に最後に会ったのは俺だ。その時シオンは泣いていて、俺に言ったんだ。連れて行ってくれって」
「わたし…が?」
 
 シルバは私の記憶の最後に出会っていると言っただろうか。でも欠片も自分にはその記憶がない。
 
「あの時。シオンはまだ君が何者であったかしっていたようだった」
 
 私は何者でもない。ただの村雨紫音という存在た。両親がいて弟がいる。ただそれだけの…
 
「い…ったい」
 
 自分のことを考えようとすると張り裂けそうに痛む。何かを思いだすことを拒絶するような。急激に強くなる頭の痛みに耐えられなくなる。
 心臓の鼓動が速くなる。呼吸をするのが苦しくて。背中に何か冷たいものが伝う感触。
 
「やめろ。今はわからないんだ。ゆっくり思いだしていけばいい」
 
 そういったシルバの対応はとても冷静だった。
 
「思いだす?」
 
 ぼやけた視界の中に翠玉の瞳が映る。
 
「シオン。落ち着いて聞いてほしい。俺は今から君の最後の言葉を伝える」
「わたしの言葉?」
 
 そうだ、と彼は頷く。
 
「『見つかりたくない。自分の記憶はもう…なくなってしまう。安全なところへ』と」
 
 知らない。そんなこと…私は知らない。
 
「細かいことは、シオンが倒れちゃったからわからない。でも、希望通り安全なところには連れてきた」
「…」
「ユフィが起きたって教えてくれたから来てみたら、本当に覚えてないんだな。びっくりしたよ」
「すいません」
 
 自分はこの世界の何から見つかりたくなかったのか。
 シルバからきいた時分の最後の言葉は…記憶を失くすことが分かっていたからこそ出た言葉だろう。
 
 この世界で自分は何かをしていた。それはきっとこの髪の毛が伸びるほどの期間。それに私の中にある記憶が本当に最後のものであったのならば私はきっと制服を身に着けていただろう。
 それに『記憶を失くす』なんてそんなこと、言わない。
 
「他には…」
「何も」
 
 いったいなんだというのか。思いだそうとしても思いだせない記憶。それは拒絶のソレと似た感覚だった。
 
「すいません、あの」
 
 自分の身の上を考えることも大切だけどそれ以上に大切なことがあったのを思い出した。
 
「なんだ?」
「働きたいんですが、良い場所はありませんか」
 
 翠玉の瞳は一瞬驚きに見開かれたが直ぐに優しい瞳に戻り、口角が少し上がっていた。
 
「何処でも良いんです。当面暮らしていけるようにしたいので。知りませんか」
「ここは安全だ。記憶を失くす前のお前の要望だ。働くならこの安全な場所で働くことを勧めるよ。食堂だからね」
 
 女性。ユフィさんが言っていた仕事とは食堂の仕事のことか。
 
「聞いて来てやろうか?」
「いいえ、自分で聞きます」
 
 自分のことなのだ。他人を使ってはいけない。
 
「そうか、ならこの世界のことを少し話してやろう」
 
 それはとてもありがたい申し出だった。今の私はこの世界のことが全く分からない。
 その後シルバの話を聞いて時間を過ごし、お店を閉めたユフィが来るのを待っていた。
 店で働かせてほしいと頼むとユフィはすぐに返事をしてくれ、今に至るのだ。


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