第89話
ブレトまでの道のりは恐ろしく楽だった。ピカソの引く馬車に揺られているだけで戦闘も何も無い。
もちろん何度もモンスターや盗賊の襲撃はあったが、全てゴブリンたちが片付けてくれた。
まさに、我が道に敵無し、状態だ。
「ブレトへの道のりってこんなに楽だったんだな」
そんな俺の呟きを聞いて、ルクスは苦笑しながら首を横に振る。
「そんなわけ無いだろ、ヒビキのゴブリン達が異常なほど優秀なんだよ」
今回連れてきているゴブリンの半分は、前回ブレトまで護衛を果たした経験者達だ。
野営にむいた場所や、水源の場所をしっかりと覚えている為、ほとんど無駄なくブレトまで着いたそうだ。
「御前試合は明日からだっけ?」
「そうだよ、一般参加の登録だけでもしておくかい?もしくは、俺の推薦ってことで本戦に枠を取ってもらおうか?」
「いいよ、そんなことしたら目立っちゃうじゃないか。俺は本戦でそこそこ勝って金貨でも貰えれば御の字なんだから」
ルクスにはそう説明している。冒険者の行動としてはそれほどおかしいものではないはずだ。
「そうだったね。じゃあ一般参加の登録に行こう。それが終わったらバーラ達と合流して食事にしようか」
冒険者ギルドの近くにある広場で御前試合の一般参加者を募集していた。
「それでは、ご主人様。私達は用を済ませてきますので」
「ああ、頼むよ。昼ごろにまたこの辺に集合だ」
「はい」
アイラとエミィが俺から離れる。ジルは俺の後ろできょろきょろしている。おのぼりさんがばれてしまうぞ。
「アイラさん達は、何のようなんだい?」
「ウェフベルクじゃ買えない物の買出しだよ。せっかく馬車が空だからな」
「ああ、そういうことか」
買い物の内容は俺も詳しくは知らない。エミィに丸投げだ。
そもそも、買い物も嘘ではないが本当でもない。
最大の目的は別にある。
「はい、これで登録完了です」
参加するための手続きは、名前とどんな武器を使うかを記入するだけで済んだ。
それでも、かなりの時間がかかったのは登録希望者が列をなしていたからだ。
腕っ節に自信がありそうな奴はもちろん、ただの町人にしか見えない者達まで並んでいるのはなぜなんだ。
「それは、この御前試合の一番の見所が本戦での勇者同士の戦いだからよ」
声に出していないのに俺の心を読んだかのような言葉をかけてくるのは久しぶりに再会した師匠だった。
「久しぶり、師匠。お変わりなく」
「ヒビキも変わって、・・・訂正するわ。しっかりと魔法の修行をしているみたいね」
何を見て判断したのかわからないが、頷いておく。
先ほどの町人まで参加していることへの回答だが、『予選を運よく勝ちあがれれば本戦の勇者同士の戦いが間近で見られる』と言うことらしい。
「よう、ヒビキ。あの綺麗な嬢ちゃん達はどこだ?」
ゲイリーも怖い顔でニカッと笑ってあいさつしてくる。
「うちの娘たちは野暮用で別行動中だよ」
「そいつは残念。それで、その後ろの黒髪のお嬢さんを俺に紹介してくれねぇのか?」
「そいつはジルだよ。見送りの時にはいたはずだけど?」
ゲイリーは首をかしげて考え込んでポン、と手を打った。
「こいつは失礼したな、お嬢さん。お詫びに今度酒でも飲みにいかねえか?」
ジルの髪の色が変わっていることに気がついたようだが口にもしないとは。
「ゲイリー、ヒビキに失礼でしょ」
以前とは異なる神官服に身を包んだバーラがゲイリーの頭を後ろからはたく。
「ごめんなさいね、ヒビキ。久しぶりに会ったのにこんな感じで」
「いや、気にしないでくれ。ジルも別に嫌がってるわけではないみたいだし」
それどころか、この街の酒はどんなじゃろと行く気満々である。
再会のあいさつとジルの紹介も終えた頃周りがざわつき始めた。
「どうかしたのか?」
「どうも、変なのが登録所のいるみたいだな」
言われて視線を登録所に向けると、確かに目を引く存在がいた。
「竜の戦士・・・」
ルクスがボソッと声に出す。
そう、そこにいたのは赤い鱗に覆われた『竜の戦士』がいた。
中身は俺ではない。では、誰が中に入っているのか?
もちろん、アイラだ。
しかし、ウェフベルクで噂になっていたとはいえよくルクスがその名前を知っていたな。
先ほどの別行動の最大の目的はこれだ。
サイとルクスに出来るだけ詳しく一般参加者について聞いたが、顔を隠していても問題が無く、偽名でも構わないとのことだった。
まあ、一般的に考えても参加者は名声が欲しいのだから顔など隠さないだろうし偽名など使うメリットも無いだろうとの判断なのだろう。
おかげで、竜の戦士の中身について突っ込んで来るものもいない。
竜の戦士はさっさと登録を済ませて人ごみにまぎれていった。
何人かが受付にさっきの奴の素性を教えろと問い合わせているようだが、
登録者名 エコー
使用武器 剣
そっけなくこれだけの情報を書き込んだだけだった。
偽名のエコーはもちろん、俺の名前からだ。
「エコー、気いた事が無い名前だな。ルクス、なんか知ってるのか?」
「ウェフベルクで噂になってたな。エコーなんて名前は聞かなかったけど。なあ、ヒビキ?」
「うん?そうだな。俺も噂くらいしか知らないな」
いきなり、話を振られたが顔に出ないように受け流す。
なぜ俺に話をふる。と思ったが、ルクス以外では俺かジルしか竜の戦士について情報を持っていないからだろう。
「ただ者じゃないな、ありゃ」
ゲイリーが竜の戦士が消えたほうを見ながら呟く。
「あの鎧からすごい魔力を感じた。強敵だよ、ルクス」
クェスもうんうん頷いている。
「ねぇ!!ちょっと!!」
耳元で大声で叫ぶ声が聞こえる。これまで意識的に無視していたがあちらの限界が来たようだ。
「・・・何かようか?」
はぁ、とため息をつき目をあわせてじっと見つめながらセイラに話しかけてやる。
「きゅ、急にこっちを!?あ、あなた、また私を無視していましたわね!?」
「無視なんかして無いだろ。他の奴らはみんなあっちから声をかけてくれてるだけだろ。お前は俺に言いたい事が無いんだろうと思って何も言わなかっただけだ」
「ぐぬぬ」
セイラはクェスたちと一緒にいたのだがここまであえて無視していた。
えらく、意味ありげにこちらをチラチラ見ていたがあえて話すことも無いのでスルーしていた。
他の奴らは苦笑していたが、こうやって一緒に行動しているのだ、上手くやっているのだろう。
「あなた、ウェフベルクでほんの少し活躍したからと言っていい気にならないことですわね。今回の御前試合の優勝は私の勇者様であるハイルクス様に決まっているのですから」
「ああ、ルクスが誰の物かは知らんがルクスの実力なら優勝するんじゃないか?」
「ええ、あなたがいくら悔しがろうとも優勝は不可能ですわ」
「別に、俺は金貨でも貰えればいいから優勝する気ないぞ」
「なっ!?」
それを聞いて、セイラはなぜか顔を真っ赤にして怒り出した。
「なんて事をおっしゃるの!?あなたは王族の方まで見に来られている御前試合で手を抜くというのですか!?」
こいつには進歩が無いのだろうか。少し試してやろう。
「・・・本気で言っているのか?」
「えっ!?」
セイラがビクッと反応する。今のセリフに聞き覚えがあったのだろう。
「御前試合だからと言って後先考えずに全力を出し切ってしまえば、何かあったときに対応が遅れることになるんだぞ」
正しいことを言っているようだが、完全にイチャモンだ。何かがあったら俺などが動くまでも無く王族の護衛やこの街の警備兵が動くだろう。
「あ、あぅ」
しかし、セイラには効いたようだ。つまり、ルクスにも効いているということだ。
「ヒビキ、君の言う通りだ。やはり俺はまだまだ・・・」
ルクスはなぜ俺への評価がこんなに高いのだろうか。
ルクスに『試合は全力を出すのが当然。俺は、なにかあったら逃げるつもりだから』と自分でも訳の分からない言い訳をして何とか納得してもらった。
師匠に、あまりルクスをからかわないで、と釘を刺されたがそもそもからかいの対象はルクスではなくセイラだ。
この2人、勇者のイメージだけは似通ったところがある。
ずばり、物語に出てくるような全ての人間を救うような存在が2人にとっての勇者像なのだろう。
「お待たせしました、ご主人様」
用事を済ませて、アイラとエミィが戻る。
荷物はすでに馬車に積んだか、足元でプルプル揺れているルビーの中だろう。
「さて、少し遅くなったが昼食にするか」
ルクスが自然と全員を引率する位置に立つ。やはりこいつにはカリスマ性のようなものがあるのだろう。
俺達、勇者様ご一行は周りにチラチラ見られながら広場を後にするのだった。