第85話
「なんだこりゃ?」
村に戻ってみれば入り口に人だかりが出来ている。どうやら、村に入れろ、入れないの問答が続いているようだ。
「私達はこの村の主に我が部族でもっとも美しく気立ての良い娘を輿入れしやってきました。お願いです、村に入れてください」
入り口で足止めされている集団の代表らしき男が村の入り口を封鎖しているゴブリンたちに懇願している。
「私達の主はあなた達の連れてきた女性との結婚などしません。この村にも我が主の許可がある物だけが立ち入ることが出来ます」
対応しているのはエミィだ。許可などと大げさなことを言っているが、不審な人物達を入れるなと言ってあるのは本当だ。
「無理は承知でお願いいたします。このまま、何の成果もなく戻れば長になにをされるかわかりません!!」
「こちらはそんなこと頼んでもいないです。欲しくも無い物を渡されて代金を払えなど押し売りでしょう」
「そこをなんとか!!」
「申し訳ありません。お話をここで伺うことならできますが」
「直接会ってお話したいのです!!」
代表のほうがヒートアップしている。周りの連中も悲壮感にかられているようだ。
村のゴブリンたちも彼らの異様な気配に怯えて武器を構えようか迷っているようだ。
一触即発の状況だ。仮に戦闘になってもあっと言う間にかたが着くだろうが、村の入り口を血だまりにするわけには行かない。
「そこまでだ!!」
声を張り上げながらミノタロウと2人で集団の間に割って入り、エミィたちに背を向け代表の男に話しかける。
「あんた達、一体何のようだ?」
「あなた、ここの村の方ですか!?」
「まあ、村の住人といえばそうだけど」
「でしたら、あの方の説得に力を貸していただけませんか!?」
「うーん、話ならここでもできるでしょ?あんまり知らない奴らを集団で村に入れたくは無いんだけど」
「でしたら、私と花嫁だけでも構いません!!」
しかし、何の前触れも無くいきなり花嫁を送ってくるとは、よく分からん奴らだ。
しかも、
「お前達、リザードマンだよな?ここの主は人間なんだけど」
「それがなにか?ああ、確かにこれほどの美人です。人間の嫁に出すのは惜しいくらい。しかし、花嫁の父君である我らの族長がそれだけこの友好に心をくだいているという証にはならないでしょうか?」
いや、全身鱗に覆われたトカゲの嫁さん貰ってもなぁ。『君、良い鱗してるね』が褒め言葉なのかセクハラなのかすら分からんぞ。
リザードマンの外見は、二足歩行のトカゲだ。
ヴァンパイアと同じで場所によっては亜人扱いだったり、モンスター扱いだったりする。
街の外に住んでいるリザードマンは、裸であることが多いが、街の中に住む者たちは服や靴を履いて生活している。
基本的に一定の数で部族を作り生活している。
ブレトの街にはリザードマンが普通に服を着て歩いていた。ブレトでは亜人扱いなのだろう。
ウェフベルクではあまり見かけない。亜人扱いかモンスター扱いかは分からない。
仕方ない。この男と花嫁だけ村にいれて残りのやつらはここで待っていてもらおう。
「エミィ、この人ともう1人だけ村に招待しよう。残りの人たちはここで待っててもらおう。食事くらいは出してあげてくれ」
「よろしいのですか? まさか、全身鱗が生えている女性が好みなのですか!?」
「嫁に貰うつもりはないよ!!話だけでも聞こうと思っただけ」
エミィがほっとしている。村の入り口にある門が開く。木製の安っぽい門だが、有るのと無いのでは防御力がぜんぜん違う。
「あなた、この村の有力者だったのですか?」
人数限定とはいえ、簡単に許可が出たことに驚いたリザードマンの男が俺に質問してくる。
「まあ、この村は俺の村だしね」
「なんと!?では、あなたが『全滅』殿か?」
どうも、『全滅』の名前は俺が思っている以上の範囲で使われているようだ。
リザードマンの男と花嫁を俺の家に招待した。
「粗茶ですが」
応接室にラティアがお茶を持ってきてくれた。
日本人的なお茶の出し方は俺が話した俺の世界のメイドの作法をきちんと実践してくれているからだろう。
「さて、まずはあいさつからかな。俺はヒビキ。冒険者で、この村の責任者かな」
「私は、ゲルブ族のヤテルコと言います。こちらの花嫁が族長の娘、ピノ様です」
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ヤテルコ・ゲルブ (リザードマン) 25歳
戦士 LV.18
スキル
【水棲適応】
水中で生活が出来る。
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ゲルブ族は水辺に住むリザードマンのようだ。
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ピノ・ゲルブ (リザードマン) 14歳
族長の娘 LV.12
スキル
【水棲適応】
水中で生活が出来る。
【水魔法】★★
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職種が族長の娘となっている。
それって職業なのか? まあ、確かに今回みたいに政略結婚に利用されることもあるだろうから仕事と言えば仕事か。
「申し訳ないが、俺はゲルブ族ってのを知らない」
「そうですか、この森にあるゲルブ湖の周辺に住むリザードマンの部族なんですが」
ウェフベルクの周辺には湖は無かったはずだ。一体どこからやってきたのやら。
「我々の部族は男は全て戦士になります。なかでも実力者はウェフベルクで冒険者になり、金銭を手にいれます」
集落では手に入らない物を買い付けに来るらしい。モンスターを狩って街での買い物の代金を手に入れているわけか。
「少し前、族長がウェフベルクに出かけたんです」
「それで?」
「そこで『全滅』という冒険者が森を支配していると聞いたそうで」
族長が情報を集めると、
いわく、『全滅』が迫り来る1万の大群を蹴散らしウェフベルクを救った。
いわく、森のモンスターは全て『全滅』の支配下にあり、通行料を払わないとモンスターに襲われる。
いわく、この街の領主もすでに『全滅』に脅されている。
いわく、女好きでメスなら何でもいい。
いわく、むしろ男でも問題ないらしい。
そんな噂を耳にしたらしい。ここまで集めた情報が嘘のような(実際、大半が嘘だ)話ばかりだったので、試しに本人を見に行こうと言うことになりこの村の周辺まで来たらしい。
その時、彼が見たものは多くのゴブリンが見たことも無い儀式を行っている様子だったらしい。
なんでも、棒を持ったゴブリン目掛けて何かを投げつけたり、
その棒を振り回すと周りのゴブリンが興奮しだして歓声をあげたり、
広場に立っていたゴブリンがいきなり走り出したり、頭から他のゴブリンに突撃して行ったりと訳の分からない行為を行い、
しまいには、オーガがどこからか現れたがあっという間にゴブリン達に退治されてしまったりと全く理解できなかったそうだ。
「あ~、野球見てたのか」
「ヤキュウという儀式なのですね、ゴブリンたちがあれほど統率の取れた動きをしているのは始めてみたと父も言っておりました」
ここで初めて花嫁さんが言葉を発した。
「あれは、別に怪しい儀式じゃないよ。ただの遊びさ」
「あそび?」
「そう、ルールが分からず見ていたら確かに変な儀式に見えるかも知れないけどね」
ピノの親父さんは野球を見て、あんなゴブリン達に集落を襲われたらひとたまりもない、と急いでピノを送り出したわけだ。
「それより、君はいいのか?俺みたいな種族すら違う男に嫁入りなんて」
「それで、集落のみんなが無事に過ごせるなら」
気丈に答えるピノ。しかし、その手はかすかに震えていた。
「はぁ、とりあえず族長に集落を襲うつもりは無いと伝えておいてくれ」
俺の言葉にピノは緊張を解いたが、浮かない顔をしている。
「おそらく納得しないと思います。父は私を使ってこの村とのつながりを作るつもりのようですから」
「別に嫁さん貰わなくても、友好的な関係は築けるけどね」
「そのようですね、見たのはわずかな時間でしたが村人はみな明るく朗らかでした」
ゲルブ湖はここから1日ほどの位置にあるらしい。水源も豊富だし、ブレトとの中継基地に出来たら便利そうだ。
「親父さんに直接来てもらうのはだめかな?」
「それは、可能だと思います」
「だったら、お互い言いたいことを言い合おうか」
村の外に残っていた人たちに族長を連れてくるように頼んだ。
ピノからの手紙も渡しておいたので、何も問題ないだろう。
あとは、ゆっくりとゲルブ族の族長を待つだけだ。