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第82話



 


 



 誰もが眠る深夜、ゴブリンの村に静かに忍び寄る人影があった。

 数は10を越えないくらい。全員が真っ黒なつなぎのような服を着ている。

 全員が特殊な訓練を受けているようで、物音ひとつ立てずに森の中にある村に侵入している。

 時折、男達の手が不規則に動く。ハンドサインを駆使して連携を取っているようだ。


 彼らの目標は、この村の主の眠る建物の中の人物だ。

 多くの奴隷戦士とモンスターを使役し、村の主自身も化け物のような強さを誇る男だと事前の打ち合わせで知っていた。

 そんな彼のお気に入りの奴隷を攫って来いと彼らの主は命令した。


 狙うのは錬金術師の女だ。この村の主の奴隷の中でも古参であるが戦闘力には乏しい。抵抗されても問題なく仕事をこなすことが出来るだろう。

 黒服の男の1人がすっと音も無く建物の中に入った。続いてもうひとり補助の為に入っていく。残りの男達は周辺を可能な限り警戒する。

 中に入った男達が出てきたのは15分後の事だった。肩に背負った大きな麻袋は何かが入っているようで膨らんでいる。

 外で警戒していた男の1人が麻袋の中を確認した。どうやら目標の相手だったようで頷いている。

 男達が元来た道をやはり音も無く去っていく。完璧な仕事だ。

 




 この場に彼ら以上に夜に強い者達さえいなければ。







----------------------------------



「当主様、エミィ殿が無事彼らに連れ去られました」


「ご苦労さん、ちゃんとエミィの安全は確保できてるだろうな?」


「万全を尽くしております」

 

 俺のすぐ横で地面に肩膝をついたヴェルゴードが状況を報告してくる。

 ちなみに、ヴァンパイア達はみんな俺の事を『当主様』と呼ぶ。呼び方なんて気にしてないので放置しているが

 アイラが街中で襲われた時から又なにかあるだろうと帰ってすぐにみんなに指示を出していたんだが、まさか、その日のうちに来るとは思わなかった。


 森の中で早期警戒網として放ったゴーストたちから不審な集団が来ると連絡を受けたので、これを気にできるだけ相手にダメージを与えようと色々考えた。

 奴らの狙いが俺の奴隷(アイラたち)なのは確証はないがある程度予想がついたので、誰が攫われてもいいように人員を配置した。

 

「さて、じゃあ本拠地に乗り込みますか」


「御意」





----------------------------------



 どうやら、私は無事に攫われたようです。

 敵の狙いが私達なのはどうやらご主人様の言った通りみたいですね。

 村から出て2時間ほど担がれたままで運ばれようやく袋の中から出られました。

 袋から出て最初に見たのは泣きながらお祈りをしている女性神官さんでした。

 この方がシチューのおじ様が言っていた攫われた『選定神官』でしょうか。

 それならやはり、私を攫ったのも邪神教徒と言うことになりますね。


「ああ、神よ。お救いくださいぃ。灼熱竜様、どうかお助けくださいぃ」


 こんな時でも神様を信じているのはさすが神官ですが、灼熱竜には期待しないほうがいいですよ。

 彼女(セルヴァ)なら我が家の客室でグースカ寝ていますから。

 ご主人様からできるだけ情報を集めるように、でも消して無理はしないようにと言われています。

 まずは、この神官さんに話しかけてみましょうか。


「あの、つかぬ事をお聞きしますが」


「えっ!?」


 どうやら神官さんは私がこの部屋に連れてこられた事に気がついていなかったようです。

 ちなみに今、私達がいるのは換気用の穴しかない石造りの部屋の中です。

 入り口の扉も人の力でどうこうできそうなものではなさそうです。


「あなた、教会の『選定神官』様ですよね?」


「は、はい。そうです。あなたも無理矢理ここに連れてこられたの?」


「ええ、まぁ、そうなりますね。一応」


 実際には私にはウィスパーゴーストも憑いているし、いざとなれば『切り札』もあるので神官さんとは雲泥の差ですけど。 


「そう、怖かったでしょうね。もう大丈夫です。私が何とかしますから」


 連れてこられたばかりの私を励ましてくれる神官さんはとてもいい人のようです。


「ありがとうございます。私よりも神官様の方が長くここに閉じ込められているのでしょう?」


「・・・攫われて2日経ちました」


 毎日3食しっかりと食事が出るそうだ。私も同じ扱いをしてくれるのかは疑問ですが。

 まぁ、食事を取る暇も無く問題が解決するでしょうが。


「彼らに何かされましたか?」


 邪神教の目的を探る為に情報が必要なので、ここで何をされたか位は聞いておきましょう。


「それが、何も。ここに閉じ込められたまま食事だけが運ばれてくるんです」


 外の見張りに話しかけても返事も返ってこないらしい。

 一体何の目的で神官さんを誘拐したのだろうか。


『エミィ、無事かのぅ』


 ウィスパーゴーストを通してジルが話しかけてくる。


「ジル?攻撃が始まったの?」


『うむ、すでに我が一族の精鋭達が攻撃を開始しておる。暇なら暴れても構わんぞ』


 暴れてもいいなんて、指示が来るとは思っていませんでした。


「一緒に神官さんが捕まってるの。あんまり派手なことはしたくないわ」


『そうか、では誰かに迎えに行かせるかのぅ』


「お願い」


 ふう、と一息つくと神官さんがこっちを見ていた。


「今、誰と話していたの?」


「えっと、私の仲間が助けに来てくれたみたいで」


「本当なの!?」


「ええ、私達冒険者なんです」


「そう、優秀なお仲間なのね」


「はい、いつも足手まといになっちゃってて」


「そんなこと無いわ。だって、あなたが捕まったらすぐに助けに来てくれたんでしょ?」


「は、はい」


「それだけ、あなたが大切だということじゃない」


「そう、ですね」


 

----------------------------------


 追跡部隊の指揮を執っていたジルと合流した頃にはすでに邪神教の隠れ家を包囲し終わっていた。

 後続のゴブリン部隊の配置も済んだので先ほどから攻撃を開始した。

 できるだけ静かに、相手を殺さないようにと指示してある。すでに捕虜の数は10人を越えていた。


「主よ、エミィは攫われた神官と一緒のようじゃ」

 

「そうか、神官とはあんまり関わりたくないんだが」


「ヴェルゴード達を向かわせるか?」


「いや、俺とアイラで行こう」


 教会ではヴァンパイアはグレーゾーンだ。人によっては強い拒否感を抱くだろう。


「ならば、わらわも行くぞ。この髪なら疑われることもあるまい」


「そうだな。ヴェルゴード、包囲部隊の指揮を任せる。ゴブリン側の指揮官と仲良くしろよ」


「かしこまりました」


 ヴァンパイアとゴブリンが同じ村で生活を始めて問題が全く無かったわけではないが両者の関係は概ね良好だ。

 村に来たときにお前らの立場はゴブリン達と同じだ。と伝えたときに、それはあんまりだ、とヴェルゴードが言ってきたが村での暮らしを見てすぐに納得してくれた。

 さすがに、ほぼ毎日風呂につかる清潔なゴブリンなんて想像できないだろうからな。

 うちのゴブリンはその辺の冒険者なんかよりよっぽど文化的な生活をしている。

 食事は毎日3食しっかりと取るし、道具の手入れや作成も器用にこなす。

 最近では、休憩時間にキャッチボールをしているゴブリンも多い。


 衣食住に留まらず娯楽まで行うゴブリン達にヴァンパイア達は目を丸くしていた。

 最初は懐疑的な目で見ていた者達もすぐにゴブリンたちの面倒見の良さに心を開いていくものが多かった。

 そんな両者の初の共同作業が今回の包囲戦である。

 今の所はうまく行っている。このまま何も無ければいいが。


 ジルの案内でエミィが捕らえられている部屋まで辿り着いた。


「エミィ、無事か?」


「はい、ご主人様がわざわざ迎えに来てくれたんですね。ありがとうございます」


 エミィが俺のほうまでとことこ歩いてくる。

 部屋の奥にはこちらを見ている女性がいた。


「あなたが、エミィさんのお仲間の方?」


「ああ、そうだ」


「よくここまで来られたわね。とても強いのね」


「いや、俺達がここに来たときにはほとんどもぬけの殻だった。ここまで戦闘らしい戦闘は無かったよ」


 しれっと嘘をつく。実際には50人以上の邪神教徒がいた。


「なにかあったのかしら?」


「さあな?俺はエミィさえ助けられればいいから興味ない」


 さすがに教会の神官をこのままにして帰るわけにはいかないので、縛られていた腕を自由にしてやり街の教会まで送った。

 神官を教会に送り届けた頃には夜が明け始めていた。


「あなた達にお礼をしたいのだけれど」


「気にしないでくれ、本当に何もしていないからな」


 さっさと帰って尋問を始めたい。その前にちょっと寝たい。


「本当にありがとう。このお礼は近いうちに絶対しますから」


 神官がずっと手を振ってそんなことを言ってくる。

 俺はもう何も言わずに手だけ振り返してその場を離れた。


「邪神教徒の尋問はお任せください」


 ヴェルゴードが尋問役を買って出てくれた。

 正直、眠いのですごく助かる。

 尋問をヴェルゴードに任せて、一度寝ることにしよう。

 

「ご主人様、その、ありがとうございました」


 エミィが改めて俺に礼を言ってくるが、感謝しなければいけないのは俺のほうだ。

 エミィを危険にさらしてしまったのは事実だ。


「俺のほうこそごめんな、攫われて怖かったよな?」


「いえ、怖がる余裕も無く助けていただきました」


 嬉しそうにエミィが語る。

 



 数日後、この日助けた神官が俺達を探していると聞いて嫌な予感がした。






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