第78話
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「ジルコニア・ヴラド様」
今日も皆の買い物に着いていき主から貰ったお小遣いとやらで自らの腹を満たしておると、後ろから声をかけられた。
「なんじゃ、お主は?わらわはすでに『ただのジル』じゃ」
顔まですっぽりと覆うローブを着た見るからに怪しい男じゃ、わらわに声をかけておいて顔すら見せぬとは。
後ろに同じ格好をした男が2人おった。どうやら、目の前の男だけが話すようじゃ。
「いえ、あなた様は今でも『ヴラド家のジルコニア姫』様でございます」
恭しく頭を下げているようじゃが、まさか姫と呼ばれるとは思わんかったのぅ。
「はっ、こんなみすぼらしい姫がどこにおる?」
そう言いながら自分の格好を見てウッと唸ってしもうた。今日のわらわの格好は一番最初に買い与えられたゴスロリ服とかいう服じゃ。
エミィが選んでくれた物でわらわもかなり気に入っておる。みすぼらしいは取り消したいのぅ。
「あなた様が着ればどのような服でも極上のお召し物となるでしょう」
歯の浮くような台詞に少しイラッとしてしまう。主にならいくらでも言われたいのじゃがこいつに言われるとバカにされているように感じてしまう。
「わらわの顔も見えぬであろうによくそんな世辞が言えるのぅ」
「これは、失礼いたしました」
わらわの皮肉を真面目に取ったようで目の前の男がフードを取る。
「自分は昔、ヴラド家でお世話になっていたことがあります。ヴェルゴードと申します」
「知らんな」
わらわの幼い頃のヴラド家には多いときには100人もの人たちが滞在しておった。
一々客の顔を覚えてなどおれん。
ヴェルゴードと名乗った男もわらわが覚えていない事は想定済みじゃったようで別段焦った様子もない。
「で、なんのようじゃ?」
「時は来ました。今こそヴラド家再興の時です。永らくお待たせして申し訳ございません」
「再興?すでに父上も母上も死んでおるのだぞ?今さらわらわに何をしろというんじゃ」
「『吸血卿』」
「なんじゃと?」
「我々はあなた様を吸血卿にする準備がございます」
吸血卿。それはわらわたちヴァンパイアの長にして、最強の個体。
千にも届く生贄を喰らった果てに辿り着くと言われる存在じゃ。
「それは生贄を準備した、と言うことか?」
そうであるなら、こいつらとこれ以上関わるべきではないのぅ。厄介ごとでしかない。
「申し訳ありません。お恥ずかしい話ですが、今の我々では人間どもに気づかれずに生贄を集めることが出来ませんでした」
「では、どうやって吸血卿になる?」
「我々にはとある協力者たちがおります。その者たちより譲り受けたアイテムによって人間の生贄を必要とせずに吸血卿に成ることが可能であります」
どうやら、犠牲者はまだおらん様じゃ。だからと言って吸血卿に成りたいかと言われても答えは否じゃ。
「悪いが、わらわは今の生活がそれなりに気に入っておる。奴隷ではあるが今の主は悪くないからのぅ」
悪くないどころか主の事は気に入っておる。同じ境遇のアイラやエミィも嫌いではないしのぅ。
「しかし、このままではその者たちの命も危ういでしょう」
聞き逃せない言葉を耳にする。
「どういう意味じゃ?」
少し声が低くなってしまったかのぅ。ヴェルゴードとやらが後ずさりをしておる。
「ご、誤解です。我々が手を出すという意味ではございません!!」
ヴェルゴードが慌てて話を続ける。
「このまま儀式を行わなくてもあなた様は吸血卿に成るでしょう。すでに兆候は出ているはずです」
そういえば最近、主の血を吸うのに自制が聞かなくなることがあったのぅ。あれも兆候か?
「おそらく、血を吸うことに押さえが効かなくなっているはずです」
ずばりと考えていたことと一致してしまった。
「このままではいずれ、あなたの周りの者達は死に絶えるでしょう」
そんな状況を想像してブルッと体が震えた。思っていた以上にわらわはあやつらを気に入っているようじゃ。
「明日の朝、街のはずれにある洋館においでください。そこで儀式を行います」
ヴェルゴードが頭を下げてわらわから離れていく。どうやらわらわはこのままじゃと主に迷惑をかけるようじゃ。
さて、どうしたものか。
「ジル?」
主が急にわらわに話しかけてきた。どうやらなにか態度に出ていたようじゃ。
わらわは美人じゃし、スタイルもいいがどうも繊細すぎて悩みが顔に出てしまうようじゃ。
わらわの唯一の欠点と言えよう。
「な、なんじゃ!?」
「どうかしたのか?」
「な、なんのことじゃ?」
主が心配そうに見つめてくるのですかさず顔の表情を消してなんでもないとアピールした。
うまくいったのだろう、主がこれ以上の詮索をやめてくれた。
「ジル」
「なんじゃ、しつこいのぅ」
話は終わったというのにまだ主が話しかけてくる。しつこいのぅ。
「大丈夫なんだな?」
そう言った主の顔はとても真剣で、わらわの事を案じてくれているのが分かる。
やはり、主に迷惑をかけるわけにはいかんのぅ。
「・・・主は優しいのぅ」
「ジル?」
けして肯定も否定もせぬ、答えでもないつぶやきを聞いて主が心配そうな顔をした。
「大丈夫じゃ、絶対に主には迷惑をかけん」
そう、わらわがどんな目に会おうと、絶対にこれだけは守ると約束しよう。
わらわの為、ではなく主の為に。
気づくのが遅れたがダンジョンであった竜がギルドにおった。
どうやら遊びに来ると約束しておったらしい。
本来ならわらわたちを殺そうとした奴など村に入れたくは無いが主が許したのだしかたがない。
それにどうやら竜を歓迎するために皆、忙しそうじゃ。
これなら、主との時間を作ることが出来るかもしれん。
うむ、ここまでうまくいくと少々作為的なものを感じてしまうが、主と2人きりで閨を共にするのは久しぶりじゃ。
気にせず楽しむことにするぞ。
「さあ、主よ、可愛がっておくれ」
最近の主は本当に夜に強くなった。わらわ1人では持て余すほどのほとばしりを与えてくれた。
もう何度目なのかすら覚えてないほど頂きを見せられ、目の前が真っ白になってしもうた。
いつもならぎゅうぎゅうにせまい主のふところを独り占めできるのが嬉しくて知らずに牙を立てておった。
危ない、危ない。本当にこれが吸血卿への兆候なのじゃろうか。
首筋への噛み付きはすぐに報復を受けた。
全身にあるジンジンとした甘い痛みは余韻に浸っている今でこそ甘美な物であると感じる。
これでもう、思い残す事は無い。窓の外を見れば未だ暗いが朝がすぐそこまで来ている。
もうすぐ時間じゃ。隣ですやすや寝ている主の頭をそっと撫で、ベッドから立ち上がる。
簡単に身支度を整えてまだ薄暗い外へと歩き出す。
「いってきます」
再びこのドアを開けて部屋に戻る時の事を考えながら夜の森を歩き出す。