第76話
散発的だったスケルトンの攻撃が組織立ったものになってきた。
もっとも、数体で攻撃のタイミングを合わせたり、まっすぐ目標に向かって進むだけだった動きに変化がある程度だ。
しかし、防衛側のサイたちにとってはかなりの事件だ。
基本的にスケルトンは進行を阻まなければ攻撃をしてこない。それがスケルトンのほうから、しかも複数で襲ってくるのだ。
サイが何とか拮抗に持ち込んだ戦場がじりじりとスケルトン側に優勢となってくる。
「この動き、どこかに命令をしている奴がいるはずだ」
戦闘をしながらも、サイは周りを注意深く見回す。すると、
「あれ、か?」
サイの見つめる先には、体を赤い粘液に包まれたスケルトンがいた。
サイが自分を見つけたことに気がついたようで、カタカタと音を立ててサイを見つけている。
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ルビーが張り切って戦闘に参加して行った。
スケルトンを見て回っている。どうやらスケルトンを選別しているようだ。
10体ほどのスケルトンを選別したあと、ようやく気に入った個体がいたようでそのスケルトンを包み込んだ。
「なにやってるんだ?ルビーは?」
「さあ?」
段々とスケルトンの輪郭を取り戻していき、ルビーはちょうど俺との合体技をスケルトンと行ったようだ。
さすがに竜の鱗を全身に装備するのは訓練にならないと思ったのか、左腕を部分的に鱗が覆っている。
どうやら、肉体の制御権はルビーにあるようで、先ほどまでフラフラしていたスケルトンが別人のようにぬるぬる動いていた。
「【統括者】で直接操ってるのか、周りのスケルトン達もさっきより動きがいいな」
「うむ、どうやら他のスケルトンも自身の支配下に置いているようじゃの」
下級のスケルトンには自我が無いに等しい。その為、ネクロマンサーの命令を素直に聞く。
それがどんなに理不尽なものであってもだ。
ルビーはその命令権を【統括者】で自分の物にしているようだ。1体のスケルトンを取り込んだのも、スケルトンとのつながりを強くする為かもしれない。
ルビーに統率されたスケルトン部隊は少しずつゴブリンの部隊を圧倒していく。
まずは散発的だった攻撃を数体ごとでの攻撃に切り替えた。
次に、愚直に目標を狙うだけだったスケルトンに敵の優先順位を与えることで無防備に攻撃を食らうことが無くなるように設定した。
これだけで拮抗していた戦場が傾き始めたのだがルビーは攻撃の手を緩めない。
2部隊の間に自らが6体ほどのスケルトンを率いて陣取り、お互いを完全に孤立させた。
「うわ、的確な指示だな」
これでラルの部隊も前後の両方を警戒しなくてはいけなくなる。
サイのいるコンテナのほうも完全に包囲網が完成してしまった。
ルビーの指揮による攻撃が始まって約30分。
どうやら、サイはコンテナの防衛を諦めたようだ。部隊をラル側に集めて始めている。
訓練とはいえ最後の一兵まで戦うのは減点対象にするつもりだったが、なかなかの判断力だ。
訓練前の会話をしっかり考えてくれているようだ。
「でも、そうなるとルビースケルトンとの戦闘があるんだよな」
そう、サイの作戦はコンテナ防衛部隊をラル側に集結させ、あいだを守るルビーの部隊を突破しラルの部隊と合流してそのまま包囲網を抜けるつもりなのだろう。
しかし、その為にはルビーを突破しなくてはならない。
サイもそのことには気がついているだろう。
「俺が、あの指揮官を引き受ける。お前らはラル隊に合流してラルの指揮下に入れ!!」
突撃陣形をとり、先頭にいるサイが指示を出している。
どうやらサイがルビーの相手をするつもりのようだ。
「突撃!!」
残った戦力の全てをかけて包囲の脱出を図るサイ。
「セィ!!」
自らルビースケルトンに先制攻撃をかけ、他のゴブリンを逃がす。
ルビーも意図は分かっているようで、2部隊の間のスケルトンがいつの間にか増員されていた。
増員だけで対策は満足したのか、サイからの挑戦を受けるようだ。
剣での攻撃を剣で受け止めていた。
激しく鍔迫り合う2人。本来、スケルトンにこれほどの膂力は無い。
スケルトンの体を覆っているルビーが筋肉の代わりをしてスケルトンに力を与えているのだろう。
まるでパワードスーツのようだ。
「く、やはり強いな」
力比べでは勝負がつかないと判断したサイがバックステップで後ろに下がる。
ルビーはそれを追わずにその場で剣を構えたままだ。
十分に距離をとったサイがフゥ、と息を吐き、ルビーに向かって急激に再接近する。
読んでいたのか慌てずに左腕で剣を弾く。
「硬いな」
剣を弾かれて体勢を崩したところにルビーが剣を振るが、サイも右腕の義手で攻撃を受け止める。
魔鋼製の義手は竜の鱗ほどではないが、十分防御に使用できる。
しかし、利き腕である右腕で防御してしまえば剣は左手で持つしかない。
義手を渡して大した時間が経っていないというのにサイの攻撃にはよどみが無いように思える。
「やっぱり、いい拾い物したかな?」
サイとルビーの戦闘は一進一退の好勝負だった。
すでに、ゴブリンたちはラル隊と合流し無事に逃げおおせた、事になっている。
いきなり任務失敗だが、まあ訓練だ。いくらでも失敗してくれて構わない。
そんなわけで訓練終了になるはずだったのだが、サイとルビーが止まらなかった。
「こんな中途半端じゃ、モヤモヤする。最後までやらせてくれ!!」
サイが戦いながら叫び、ルビーもどうやら同意見のようだ。
「よし、とことんやれ!!」
周りにはすでにゴブリンたちが応援に回っている。
どうやらサイの応援が多いようだ。
まぁ、ルビーは今スケルトンの姿をしているからな。
何度も剣を合わせたこの名勝負の終わりは突然やってきた。
サイの剣がスケルトンの左腕に防御された瞬間、折れてしまったのだ。
普通の鉄の剣では、竜の鱗への攻撃に耐え切れ無かったのだろう。
これはルビーの勝利と思われた次の瞬間、スケルトンが崩れ落ちてしまった。
どうやら、中身のスケルトンがルビーの動きについていけなくなっていたようだ。
剣での攻撃は、スケルトンには届いていなかったので完全にルビーの動きだけでこうなったのだろう。
人型を保てなくなったルビーは周りを見回すが、すでに他のスケルトンは消えている。
「こりゃあ、引き分けかな」
野球に引き続き、最近引き分けが多い気がするがこうなっては仕方が無い。
お互い、思うこともあるだろうが今日はここまでとした。
「いやぁ、ラルもムサシもルビーも強いなぁ、あんなのが敵として現れてたら俺なんて今頃死んでるわ」
昼食を取った広場に戻るとすでに夕食の準備が始められていた。
どうやら、昼食を広場で食べたのが楽しかったようだ。
メイド服のラティアと芋の皮むきをしているフレイにあって話を聞いたらそう説明された。
というか、フレイの皮むき。すげぇ似合ってるんだが。
ヤクゥもかなり慣れてきたようで夕食の準備に参加している。
ラティアの後ろをちょこちょことついて回って働いているようだ。
「お疲れ様です。ご主人様」
「お疲れさまです」
アイラとエミィが駆け寄って来た。
「お風呂の準備が出来ていますので汚れを落としましょう」
無理矢理、風呂に連行される。
現在、ゴブリンの村には風呂が2つある。
一番初めに作った浴槽は、現在、人間用の風呂として使用している。
そして新しく作られた浴槽がゴブリンたちの公衆浴場となっている。
これは、ゴブリンたちの好みの温度が俺達とやや違っていたからなのだが、おかげで俺はいつでもゆったり湯船で足を伸ばせる。
「ふぃー、風呂ってのは気持ちがいいな」
「気に入ったか?」
「ああ、生き返るようだ」
今、その湯船には俺とサイしかいない。アイラたちが背中を流します。と言ってきたが、ルビーと激戦を繰り広げたサイが一番汚れている。
風呂はサイと入ると伝えると、仕方がありません。と諦めてくれた。
いつも一緒に入っているんだから今日は我慢して欲しい。
「それにしても本当にヒビキは何者なんだ?」
「言ったろう?ただの冒険者だよ」
「まぁいいけどな。俺の雇い主様だし」
「そうそう、敬えよ」
「これからは『旦那』とか『兄貴』って呼ぶべきか?」
「いいよ、ヒビキで」
そうか、と言って無言になるサイ。
何か言いたげな表情をしているが俺からは何も言わない。
サイが意を決して話しかけようとした瞬間、
「うっわーー すごーい」
「ヤクゥちゃん、走ったら危ないよ?」
「そうだぞ、私も何度もここで転んで尻を打ってる。ここの床は硬くて痛いぞ」
ヤクゥ、ラティア、フレイが入ってきた。
もちろん全裸で。未だに俺達には気づいていないようだ。
「こ、こらヒビキ!!ヤクゥを見るな!!」
「見てねぇよ!! 見るならラティアを見るわ!!」
「はい?呼びましたか?」
ラティアに見つかった。
「あれ、兄ちゃん。あと、ヒビキだ。お風呂入ってたの?」
「あ、ああ、そうなんだ」
「お料理の最中にフレイさんが鍋をひっくり返してしまって、汚れたのでお風呂をいただいてるんです」
どうやら、ヤクゥは幼さゆえ、ラティアは俺を身内と認めてくれているうえでの気安さゆえに恥ずかしがらないようだ。
後ろでフレイだけがイヤーと言いながらタオルを体に巻きつけてぺたんとお尻を床につけている。
決闘前夜には自分から入ってきたくせにこの態度は何なんだ?
「兄ちゃん、お風呂ってすごいよね?」
「あ、ああ、すごいなぁ」
裸のラティアたちがいる為かヤクゥを相手にややしどろもどろに受け答えする。
すでに3人とも湯船につかっている。フレイはなにやらもごもご言っていたが結局何も言わずに風呂に入っている。
「すみません、いっしょになってしまって。あ、お背中流すです?」
「い、いや、大丈夫だ」
ラティアは全く体を隠さずにいつものように話しかけてくる。
小ぶりで形のいい胸がお湯の中でふよふよ揺れている。うん、これはいいものだ。
ちなみにラティアとはそういうことをいたしていない。
形はいびつだが俺とラティアはあくまで友達なのだ。
ラティアから俺を求めてくれるなら、もちろん応じるつもりではあるが。
「わざとではないだろうな?」
フレイが少し怒ったように話しかけてきた。
こいつともまだ、いたしていない。決闘前夜の風呂場でのいちゃいちゃ以降何もしていない。
罰ゲームの件もあるのでこいつはそのうち抱くかも知れない。
まぁ、それもタイミング次第だ。
「俺の風呂に俺がいつ入ってもいいだろう?」
「それは、そうだな。すまん」
このところフレイはかなり大人しくなった。言い争いも減ったが別に仲が悪いわけではない。
どうも、俺の意見を尊重してるように感じる。
幼いヤクゥもいるので特にエロい事もせず、のんびりと湯につかってすごした。
後でエミィにばれてみんなで夜中に混浴をするハメになったが悪くは無かった。
星剣と『青春薬』があれば俺に負けは無い。
体がふやけてしまったが【自己再生】はそんなものにまで効果を発揮してくれた。