第73話
「いいっすか?いきますよ?」
ユウキが昨晩のお礼だと言って俺の習得していない魔法を教えてもらうことになった。
まぁ、口止め料というのが本音だろうが。
教えてくれるのはなんと【闇魔法】だ。この魔法は魔族でも一部の者しか使えない物らしい。
「ほい」
気の抜けるようなかけ声を出し、ユウキの目の前になにやらモヤモヤした黒い煙が現れる。
すぐに手をかざして魔力を込める。少しするとモヤを操れるようになる。
ステータスを確認すると、【闇魔法】を手に入れていた。
「闇魔法は、いろんなものに闇属性を付与する魔法っす」
ざっくり説明すると、ファンタジー物のボスがやりそうなことが大概出来るようになりますと説明された。
闇魔法で誰かを洗脳したり、新たな力を与えたり、モヤの中に閉じ込めたりできるらしい。
「ただ、【光魔法】には激弱なんで注意っす」
【闇魔法】による効果は【光魔法】で消えてしまうらしい。
ただ、これは一方的なものではなく対消滅らしいので【光魔法】の恩恵も【闇魔法】で消せるようだ。
【光魔法】は勇者や聖女、一部の神官が使用できる。他の魔法と組み合わせて威力を上げて放つのが一般的なようだ。
【光魔法】+【火魔法】=【聖火魔法】
【光魔法】+【水魔法】=【聖水魔法】
などだ。
もちろん、【闇魔法】にも組み合わせがある。
【闇魔法】+【火魔法】=【邪炎魔法】
【闇魔法】+【風魔法】=【風邪魔法】
となる。
「うん、風邪?」
「はい、その風を浴びると病気になるみたいっす」
「危険な伝染病をはやらせることが出来るのか?」
「やったこと無いけど出来るでしょうね。そもそも、魔族には病気が無いんで思いつかないみたいですけど」
魔族が人間のことを舐めているおかげで助かっているようだ。
広場にいるついでに新しい【スキル】を試すことにした。
ユウキは頭が痛いので寝なおすといって貸している部屋に戻っていった。
「ルビー、アレを出して」
足元のルビーに指示を出す。
すると、ルビーの体の表面がビキビキと音を立てながら硬質化していく。音が鳴り止みそこにいたのは表面を真っ赤な鱗に覆われたルビーだった。
「【灼熱竜の鱗】を本当に再現できてるんだな」
これは、セルヴァとの戦闘中にずっとセルヴァの鱗を食べていたのが原因だろう。
ルビーは【灼熱竜の鱗】をスキルとして手に入れていた。
これまでの戦闘でもルビーには色々食べさせていたのだがなぜセルヴァのスキルだけ覚えたのかは分からない。なにか条件があるのかもしれない。
俺にも使えるはず、とスキルを意識してみるがいきなり鱗が生えてくることは無かった。
俺とルビーとの違いは、おそらく本物の鱗を体の中に持っているかの違いだと思う。
つまり、【灼熱竜の鱗】のスキルを使うために灼熱竜の鱗が必要になるわけだ。
ルビーの体を覆っているのはセルヴァの鱗だ。それをスキルを使って操っているような状態だろう。
「ルビー、少し攻撃するぞ」
ルビーが頷くのを見て鉄の剣を振りかぶる。この程度の攻撃なら鱗が無くてもルビーなら耐えられる。
剣を振り下ろすとゴーンという音がして、剣を持つ手がしびれてしまった。
ちなみにルビーはその場から全く動いておらず、確認したところ全くダメージも無いようだ。
「次は魔法だな」
まずは、ピンポン球ほどの火球をルビーにふわりと投げる。火球が鱗に触れるとすぐさま霧散し鱗を全く傷つけていない。
今度は少々大きめで行く。サッカーボールほどの火球を勢い良く投げつける。
今度は鱗に接触するとボッと一瞬大きな火柱が上がるがすぐに炎は消えてしまう。
どうやら炎を吸収しているようだ。さすが灼熱竜の鱗だ。
「よし、少し戦ってみるか」
ルビーと戦闘訓練を始める。
ルビーは鱗を引っ込めてノーマルモードで戦い始める。どうやらまずはスピードで攻めて来るようだ。
この辺の趣味はアイラと似ている。モンスターも飼い主に似るのだろうか?
ルビーは体から腕くらいの太さの触手を2本伸ばして攻撃してくる。迫り来る触手を【心眼】でかわしていると、本体は移動しており中々近づけない。
しばらく触手の結界に阻まれて膠着状態に陥った俺達の戦闘は、愛刀、絶霧に火魔法を流した魔法剣での攻撃で俺へと傾いた。
魔法剣での攻撃でルビーの触手の再生が若干鈍ったのだ。
すかさず距離をつめる俺、これでなんとか本体に刀の届く位置まで接近できた。しかし、ルビーもこれ以上接近させまいと本体部分を圧縮して放つ、野球の時の弾丸を放ってくる。
今回は自分の体を弾にしているようだ。
「ぐぅわぁ」
左肩に直撃を食らってしまい、少し距離を開けてしまう。左肩は【自己再生】ですぐに治るが痛みは残っている。
痛みを堪えて再接近しようと前を向くと、ルビーの触手が4本に増えていた。
「やべぇ!?」
すぐに後ろに逃げるが簡単に捕まってしまった。
ルビーが勝ち誇るように本体をムフーと膨らませている。
「調子に乗るなぁ」
少しだけ手加減をして放電する。粘液であるルビーの体は大きな炎や電撃に弱い。
俺を捕らえていた触手がビクンビクンと脈動し、俺を解放する。
「はははぁ、思い知ったか!!」
未だにビクビクしているルビーに無警戒に近づいていくと、両足にぐるんと巻きつくように触手が伸ばされていた。
「ま、まだ動けるのか!?」
もう一度電撃を食らわせる。しかし、
「ちょっ!?【灼熱竜の鱗】は卑怯だろ!?」
全身を鱗にガードされたルビーになすすべも無く蹂躙される。
「ま、参った!!降参だ!!」
空中に逆さ吊りにされた常態で俺はルビーに降参する。
ルビーも満足したのかゆっくりと俺を降ろしてくれる。
初敗北がスライムとは、少々泣けてくる。いや、初敗北が身内でよかったと安堵するべきか。
変なことで悩んでいると目の前が真っ赤な炎に包まれる。
「えっ?」
『ふふふ、ははは!! 魔王様が目をかけているというからどれほどのものかと思えば、たかがスライムに負けるとは。これは魔王様の目も曇ったか?』
何も無い空間からいきなり現れたのはすらりとした優男だ。しかし、こいつは人間ではない。魔族だ。ルビーの体内の探知機が反応しているのが良く見える。
『しかし、どうしたものか。あいさつに来てやったというのに、まさかあいさつだけで済んでしまうとは』
優男魔族が嘲笑を浮かべる。俺とルビーは未だに奴の放った炎の中にいる。
「そいつは失礼。今、もてなしてやるよ」
『なに!?ぐはぁ!!』
俺の全魔力を込めた電撃を突然現れた魔族にぶち込む。灼熱竜すら気絶させた一撃だ。多少は効くだろう。
『き、貴様ぁ!!』
見ると魔族は背中側から大きな火傷を負っている。特に左半身はほぼ炭化している。
「想像以上のダメージだな。セルヴァが頑丈なのか、お前が弱いのか分からんが」
ようやく炎も消えてきたので魔族に近づいていく。
『な、何だ、その姿は!?』
今の俺は、右手に絶霧、左手に星剣、そして全身を覆う竜の鱗に守られていた。
「ルビー、助かったよ」
俺が感謝を伝えるとルビーが震えて返答した。全身がくすぐったい。
そう、今俺はルビーを着ているのだ。
『くそ、私の炎をしのいだ、だと!?なんだその鎧は!?』
確かに全身を鱗で覆われている姿は鎧を着ているようにも見えるだろう。
しかし、動きは全く阻害されずむしろ全身を覆うルビーの体がひんやりしてて気持ちいい位だ。
まだ何かギャーギャー騒いでいるが構わず戦闘準備をする。
**************************
ライクォーネル・タージナル・ファイゲルシュ(以下略)
魔族 Lv.50 500歳
スキル
【火魔法】
【土魔法】
【魔族】
魔族の能力を発揮する。
**************************
レベルは50とやや高め、この前の魔族より強いのだろう。というか名前が長い。
先ほどの一撃で空っぽになっていた魔力はすでに星剣のおかげで回復している。
俺は魔族に向かって駆け出した。魔族はすでに火傷や炭化した腕の回復を始めている。目の前で映像の早送りを見せられているような速度で傷が治っていく。
スキルに回復系の何かは無かったのでおそらく【魔族】の効果のひとつだろう。
俺は、またもや全魔力を【電撃魔法】に変換し、絶霧に流し込む。星剣から注がれる魔力も随時、電撃に変えていく。
【火魔法】のスキルを持つこいつには炎ではダメージが通りづらいだろうという判断だ。
周りに誰もいないのも【電撃魔法】を選んだ理由のひとつだ。せっかくだから【電撃魔法】の練習に使わせてもらう。
「まずは、これだ」
魔族に切りかかる。
『なめるな!!』
魔族は俺の攻撃を両手で受け止める。両手でそれぞれ絶霧と星剣を握り締めている。
そこに両方の剣から大電流を通電する。
『ウギャギャギャギャ』
魔族にも筋肉があるのだろうか。感電しても中々手を離さない。
全身から煙を上げ始めた頃ようやく両手を離すことに成功したようだ。
『お”の”れ”~』
今にも飛び掛ってきそうだが、電撃のダメージのせいでまともに動けないようだ。
これは大技のチャンスだ。
魔鉱の小さな塊を手のひらで転がしながらルビーにエミィに作ってもらった銃のような物を出してもらう。
全長2.5m、強化されたステータスでなら何とか持ち運べる。
セルヴァとの戦闘での火力不足を解消するために作った秘密兵器だ。
魔鋼をセットする。魔力で作る電気なので弾丸も魔鋼が一番相性がいいはずだ。
引き金はあるがこれはただの飾りだ。この発射台も弾をまっすぐ飛ばすためのガイドでしかない。
全て俺の魔力で発射される。
砲身に【電撃魔法】を纏わせ力場を生む。この発射台も魔鋼で出来ているためどんどん魔力を吸っていく。
前に出て行きそうになる弾丸を【操力魔法】で抑えつけ、狙いを魔族に向ける。
「さて、本当にうまく行くのかな?とりあえず星剣のおかげで魔力不足にはならないが」
先ほどから俺の最大魔力の何倍もの量を砲身に注ぎ込んでいるがどれだけ注げばいいのか分からない。
そろそろ弾を抑えているのが限界の為、今回はこれくらいで放つことにする。
ぐっと両手で銃を支えて出来るだけ固定し弾を発射する。
ヒャーーンという甲高い音を立てながら、発熱して真っ赤になった弾丸がものすごいスピードで魔族の体に吸い込まれていった。
『な、ん、だ?』
まるで豆腐のようにビシャっと吹き飛んでいった魔族の左半分の体。
どうやら、魔族はいまだに自分の体の異変に気づいていないようだ。
恐る恐る残った右手で体を触ろうとするが、手は空を掴むばかり。
そこには大きな穴があるだけで魔族の体など存在しないのだから当然だ。
『い、ぎ、ぎゃぁぁぁーーーー』
魔族は今日最大の叫び声をあげた。