第71話
試合をすると言って3日経った。
今回、野球をするためにわざわざ森の中にそれなりの大きさの広場を作った。
観客席は周りに雛壇のような席を作り村のゴブリンが全員で座っても余るくらいの席を用意した。
これらをたった三日で準備するとはかなりのマンパワー(?)だ。
一回の表。
先行は、古参組。
1番バッター ムサシ。
初球をうまく捕らえてツーベースヒット。さすがムサシだ。
続く2番、3番と三振に終わるが、ここで4番、ラルの登場だ。
「かっとばせぇ、ラール」
監督の指示にも気合が入る。
1球目、高め、ボール。
2球目、今度は低めのボール。
どうやら、普通のゴブリンたちとは違う身長でうまくストライクを取れない様子だ。
3球目、甘い球だ。これを見逃すラルではない。
コンパクトにバットを振り、内野の頭を抜ける長打を放つ。ラルが2塁に着くとムサシはすでにホームイン。
客席から上がる歓声。
これで、1-0 だ。
5番バッターはラルに続くことが出来ずに三振。これでスリーアウトだ。
一回の裏。
新参組の攻撃。
ここで迷宮ゴブリンの話をしよう。
迷宮に住んでいた彼らは、高頻度で他のモンスターたちと交戦になる。
その為、弱い個体は淘汰され必然的に強い個体が残っていく。又、迷宮と言う特殊な環境下で独自の進化を遂げた個体も多い。
さて、一番バッターはゴブリンシーフ。
力は無いが足の速いこいつは、バットを短く持って当てに行くようだ。
1球目、見逃しストライク。
2球目、ボール。
しっかりと球を見定めているようだ。
3球目、やや低めの球を華麗にミート。自慢の俊足を生かして悠々1塁へ。
「よし、いいぞ!!続け!!」
幸先のいいスタートに監督も興奮を隠せないようだ。
新参組の観客席も盛り上がっている。
2番バッターは三振に終わったが3番バッターがなんとか塁に出る。
これで、1OUT 1,3塁。
ここで迷宮ゴブリンのリーダー、ゴブリンファイターのハモンが打席に立つ。
1球目、わずかに外れてボール。
2球目、ど真ん中、見逃しストライク。
緊張しているのだろうか、あんな絶好球に反応できないなんて。
3球目、高めのボールを真芯で捉えるが惜しくもファール。
ツーストライク、ワンボール。ここは一球様子を見て外していくのがセオリーだろうか。
緊張の4球目、ストライクゾーンギリギリ一杯に入った球を何とかバットに当てる。
ボールはファーストと、セカンドの間を抜けて内野を抜ける。
ハモンは一塁でストップ。1点を返して同点だ。
「いいぞぉ!!このまま逆転だぁ!!」
監督のテンションも最高潮だ。まだ1回だぞ。それで最終回(7かい)まで持つのか?
しかし監督の声援の甲斐なく2者連続三振に終わる。
これで、1-1だ。
2回、3回と動きのない回が続き、投手戦の様相を示し始めた。
動きがあったのは4回表、意外にも普通のゴブリンによって与えられたチャンス。
1OUT、2塁、バッターはラル。
「ここで1点、1点で良いですから取りましょう!!」
エミィが選手席から身を乗り出してラルに叫んでいる。
「みんな、楽しそうですね?ご主人様」
ルビーとのキャッチボールに満足して、実況席のような場所に一人で座っている俺の隣にアイラが座る。
直射日光を浴びていた俺にひんやりとしたルビーの体はこの上ない癒しだ。
「ゴブリン達は楽しんでるみたいだし、成功かな?」
「はい、大成功です」
アイラと楽しくおしゃべりしていると、
カッキーン、と爽快な音ともに観客席から喝采があがる。
「行け~!!伸びろ~!!」
「センター!!お前なら間に合う!!」
この広場にはフェンスなど無いので外野がボールを取れればアウトになる。
そして、センターには足が速いゴブリンシーフ。さきほどヒットを打った個体とは別の個体だ。
すばらしい足の速さでぐんぐんボールに追いつくが、残念ながらボールが広場と森の境を越えていってしまう。
「ウォォォォォーーー」
ラルの2ランホームラン。
これで、3-1
エミィはうんうんと鷹揚に頷いている。監督が板についてきている。
「すごいです。さすがラルですね」
「ああ、あいつはなんでもできるなぁ」
ラルに続いて5番打者も塁に出るが、得点にはつながらず3OUT。
4回の裏、
バッターはハモン。
1球目、ボール。先ほどの打席を警戒してか外してきた。
2球目、これもボール。
3球目、やや低めに投げ込まれた球をすくい上げるようにバットに当てる。
「よし、いいぞハモン!!」
ボールは内野の頭を越えて地面に落下する。センターが慌ててボールを拾うがハモンはすでに2塁まで辿り着いている。
次のバッターは三振、
1OUTで6番、センターを守っていたゴブリンシーフに打順が回ってきた。
なにやらフレイが手でサインを送っている。
そんなことまで教えた覚えは無いのだが。
1球目、バッターがバントの構えを見せる。
どうやらバントでハモンを3塁に送る作戦のようだ。
うまく勢いを殺してバントを成功させるゴブリンシーフ。
どうやらボールはピッチャーが処理するようだ。
「三塁は間に合いません。一塁を!!」
エミィの指示が聞こえたのかは分からないがボールを拾うや否や一塁に送球するピッチャーゴブリン。
懸命に走るがゴブリンシーフはOUT。
これで、2OUT、3塁。
7番、同点のチャンスを迎えて打席に立つのは普通のゴブリンのようだ。
「大きいのは必要ない!!コンパクトに振るんだ!!」
バントに続いて、フレイらしからぬ堅実な指示をする。それだけこの試合に勝ちたいと考えているのだろうか。
フレイの指示を受けてバットを短く持つ7番ゴブリン。
ピッチャーが3塁を気にしながらボールを投げる。
1球目、見逃しストライク。
2球目、低めのボール。
3球目、又低め、ボール。
1ストライク、2ボール。
4球目、やや高めの球に手を出す。
ボールは1塁側に切れてファール。
追い込まれたバッター。少し余裕を取り戻すピッチャー。
4球目、追い込んだことで緩んだのか甘い球が放たれる。
待っていたとばかりにクリーンヒット。
ボールは又も1塁側に流れるが今度は、フェア。
3塁のハモンはすでにホームベースに向かって走り出している。
「ライト!!」
バッターが1塁に辿り着き、
これで、3-2。
続くバッターは三振に終わり、4回の裏の攻撃は終了。
俺の知っている野球だったのもここで終了だ。
続く5回表、フレイがショートの選手を入れ替えた。
ゴブリン→ゴブリンメイジ。
体力的には普通のゴブリンより劣るゴブリンメイジをなぜ?と皆が思っていたが、すぐに理由が判明した。
ピッチャーの投げる球がカクンと曲がる。変化球だ。
「ちょっと!?今の何ですか!?」
エミィがフレイに食ってかかるがフレイはなんでもないことのように答える。
「変化球と言う奴だ」
「ウソです!!」
そもそも変化球は教えているが投げられるゴブリンはいなかった。
まぁ、野球を始めて数日のゴブリンに変化球が投げられないのは当然だ。
つまり、ゴブリンメイジが風魔法を使ったのだろう。
エミィもそれに気がついているようで講義しているが、
「そもそも、魔法を使ってはいけないというルールは無かったはずだ」
そりゃそうだ。俺の世界にはそもそも魔法が無い。
しかし、確かに魔法を使うなと言うルールは無い。
それに押し切られてしぶしぶエミィは引き下がったがこの回の攻撃は3者3振に終わった。
ここで、やられっぱなしのエミィではない。
5回の裏、すぐにエミィも選手の交代を行った。
センター
ゴブリンエリート→ゴブリンハイメイジ。
このハイメイジは、いつの間にか進化していた。現在1匹しかいない貴重なゴブリンだ。
さすがに数が増えているためリアルタイムで状態を把握し切れていない。
時々、ラルが進化した個体を俺に紹介に来てくれる。ハイメイジもラルに紹介されて気がついた1匹だ。
ハイメイジの風魔法の威力はすさまじいようで、ピッチャーの手から離れた球が減速したり加速したりする。
いわゆるチェンジアップのようなものだろうか。その上で急に曲がるから手に負えない。
フレイとエミィがまた、言い争いをしている。先ほどとは攻守が逆だが。
両陣営ともに変化球への対策が間に合わず、6回裏まで得点に変化無し。
このままでは最終回も無得点で終わる可能性が高くなり始めた。
ここで慌てたのがフレイだ。
現在、得点は
3-2
今の条件では負けるのが自分達側だと気づいたフレイがエミィに交渉を始めた。
「7回は、変化球無しにしないか?」
「そちらから始めておいてよく言いますね」
「そっちだって、ハイメイジ準備してたんだからおあいこだろ?」
「・・・仕方ありませんね。そちらがこの回、魔法を使った変化球を使わないのなら私達も使わないと約束しましょう」
「よし!!それで構わない」
両監督が握手を交わし、自陣に戻っていく。
どうやら交渉は済んだようだ。
しかし、どうにも2人とも悪い顔をしている気がする。
まだ何かあるのかもしれない。
7回表、
宣言どおり変化球を封印した本来の野球が始まった。
変化球を使用していない状態で6、7番バッターが討ち取られ2OUT。
8番バッターが脅威の粘りを見せてフォアボールで出塁するが9番バッターであえなく3OUT。
なにごともなく終わりそうだとほっとしたのもつかの間、9回裏、エミィが動き出す。
「選手交代です!!ピッチャー、ゴブリンに変わって、ルビーが入ります!!」
ザワッとする観客席。えっ!?と言う顔でエミィを見るフレイ。
急に呼ばれて、俺のひざの上にいたルビーがぷるんと揺れた。
「ルビーだって古参組の一員です。むしろ、最古参の1人?です」
確かにその通りだ。モンスター最古参はルビー。
彼?こそ古参組の秘密兵器に相応しい、
おそらく、エミィは先ほどのアイラとルビーのキャッチボールを見ていたのだろう。
「よろしいですか?ご主人様?」
アイラが訪ねてくる。ルビーはどうやら野球に参加したいようだ。
先ほどより元気にひざの上で揺れている。
「ルビーが出たいなら行っておいで」
それを聞いて嬉しそうにマウンドに向かっていくルビー。
フレイはルビーの参加に異論が無いようだ。
ルビーをただのスライムと侮っているのか、それともそれ以外の理由か。
マウンドで準備運動を行うルビー。
上にビヨーンと伸びたかと思えば横にボヨーンと伸びる。最後に全身をほぐすようにブルブル小刻みに震えて準備完了。
ルビーが投球練習を始める。
ボールを体の中に取り込んだかと思うと2塁側に体を伸ばし力を貯める。
ギチギチと音がするほどに張り詰めた体を解放すると、ドーーンと言う音と共にまるで大砲のような速度でボールが打ち出される。
「ギィー!?」
キャッチャーゴブリンが悲鳴を上げる暇も無く吹っ飛んでいく。
3mほど吹き飛んだが、ボールはしっかりミットに収まっているし、どうやらゴブリンも生きているようだ。
「なんだあれはーー!?」
フレイが悲鳴のような声を上げているが、エミィは冷静だ。ルビーの実力を低く見積もりっていたことを反省しているようだ。
「キャッチャーが持ちませんか。仕方ありません、ラル。あなたがキャッチャーをしてください」
「ギィ」
短く返答しキャッチャーのポジションに着く。ルビーがまた大砲のような弾丸をラルがなんとか受け止める。
さすがラルだ。
投球練習もおわり、プレイ再開。
しかし、先ほどの弾丸を打てるようなゴブリンはおらず、全員棒立ち。
最初のバッターだけフォアボールで一塁にいるが、すぐにコツを掴んだのだろう続く打者を3球3振で討ち取りあっという間に2OUT。
打席にたったゴブリンたちは三振したことなど気にもせず、生きて戻れたことを喜んでいる始末だ。
「ターーイム!!」
フレイが慌ててタイムをかける。どうやら選手交代を行うようだ。
しかし、ルビーのあの弾丸をうてるようなリザーブがいるのだろうか。
「バッター、ゴブリンに変わり、ミノタウロスのミノタロウ!!」
ミノタウロスのミノタロウ。迷宮で配下にした期待の新モンスター。
「ミノタウロスのミノタロウッス」
ぼそっと、ミノタウロスが喋る。こいつ、人間の言葉が喋れるらしい。
人見知りで内向的な性格のせいで迷宮では全く喋らなかったのだが、帰り道で初めて迷宮の外に出てテンションがあがったのか俺達に話しかけてきた。
あの時のみんなの顔はきっと面白いことになっていただろうが、俺もぽかーんとしていたのでよく覚えていない。
打席に立つミノタロウの手には、もはやバットというより棍棒のように馬鹿でかい丸太を切り出したバットが握られている。
あんなものを用意していたと言うことは最初からミノタロウを出場させるつもりだったのだろう。
バットを構え、ルビーと見詰め合うミノタロウ。
奇しくも配下モンスターの最古参と最新参の対決となった。
1球目、ルビーの弾丸が放たれる。ミノタロウはバットを振らずに見送る。ストライク。
2球目、同じコースに同じ速さの弾丸が通る。今度はバットを振るミノタロウ。
バットは、ボールと接触するとガッという鈍い音を立てる。ボールは1塁側ファールラインを越えて消えていく。
「あの球を打ち返した!?」
エミィが驚愕を顔に浮かべる。フレイの顔には喜色が浮かぶ。
3球目、またもや先ほどと同じコースを走るボール。心なしか先ほどよりやや遅く感じる。
ミノタロウの力強いスイングの風がここまで届きそうだ。
「ブモォー!?」
しかし、ボールは真後ろに飛んでいった。どうやら、弾丸は変化球だったようだ。
ルビーの体の中で高速回転させられた球が本来の空気抵抗による変化球を実現させている。
その恐ろしい変化に初見で食らいつくミノタロウもかなりのものだ。
「今のは反則だろ!?変化球は使わないって言ったじゃないか!!」
「私は、魔法を使った変化球は使わないって言ったんです」
丸め込まれるフレイ。それと言うのも観客からの早くしろコールがすさまじいのだ。
4球目、変化球。ファール。
5球目、変化球。ファール。
6球目、変化球。ファール。
そして、7球目。
慣れない変化球の連投で疲れが溜まったのだろうか、若干変化の鈍い球が放たれる。
ミノタロウがそれを見逃さず真芯でボールを捉えて場外まで吹っ飛ばす。
外野が懸命に追いかけるがボールは完全に森の中に落ちる。
沸き起こる大歓声。ミノタロウたちがゆっくりとベースを回る。
「よし、これで私達の勝ちだ!!」
フレイが全身で喜びを表現している。
ミノタロウがホームベースを踏もうとしたその瞬間、
「グゥガァーーー」
センターの先、ボールが飛んでいった方向から何かが迫ってきている。
「オーガです!?それも10匹も!?」
先頭を走るオーガの頭には大きなたんこぶがある。どうやら、ミノタロウのホームランボールが頭に直撃したのだろう。
外野を守っていたゴブリンが大慌てでこちらに逃げてくる。
「どうしてこうなった?」
そういいつつも、戦闘の準備を始めるが、すでにミノタロウとルビーが一体ずつを相手にしている。
ラルも観客席のゴブリン達に指示を出している。どうやらハモンもそれに協力してるようだ。
あっという間にオーガたちを取り囲み、撃破していく。
俺の出番はなさそうだ。
オーガとの戦闘はあっという間に片がついた。
本来なら10対100でも敗北するであろうゴブリンたちが、逆に簡単にオーガたちを片付けてしまっていた。
「なんじゃ、やはりわらわの言ったとおりではないか」
日も傾きかけた野球場に寝間着のまま現れたジルがあきれたようにつぶやく。
目の前には古参、新参関係なく勝利を喜び肩を抱き合うゴブリンたちの姿があった。