第65話
「なんで、こんなところに扉が?」
思わず近づいてまじまじと扉を眺めてしまう。
「ご主人様、どうされました?」
「いや、ここに扉が」
「扉、ですか?どこでしょう?」
エミィが目の前にある扉を無視してまわりをキョロキョロと見回す。
エミィが冗談を言うなんて珍しいな。
「ははっ、面白い冗談だな。目の前にあるだろ?」
「・・・申し訳ありません、ご主人様。私の目には見えない扉があるようです」
エミィの目はとても悲しそうだ。どうやら本当に見えていないらしい。
「どうしたんじゃ?地上に戻らんのか?」
ぞろぞろとみんながこっちにやって来た。
「ここに扉があるんだが、見えるか?」
全員が同じ答えだった。『扉なんて見えない』
まさか、俺にだけ見える扉か?
怖くなって、扉のドアノブを握る。
すると、
「あ!?」
「なんじゃ、本当にあったのじゃな」
「扉、見えました!?」
「あんた、今度は何をしたんだよ」
みんなにも見えるようになったようだ。それにしてもサイの言いぐさはひどくないか?
「しかし、なんなんだこの扉?」
ドアノブから手を離すとみんなには見えなくなるようだ。
ジルに頼んで扉の向こうを調べてもらうが、ただの岩だと言われてしまう。
「おそらく、魔法がかかった扉なのでしょう。扉をくぐった者をどこかに転移させているのでは?」
すでに帰還用の階段は出現している。つまり、これは完全に別枠の扉ということになる。
「どうされますか?」
ここはドラゴンの迷宮だ。ドラゴンが迷宮として用意したのは下層までのはずだ。
つまり、この扉は従業員部屋に繋がっているのかも知れない。
そうなると、この扉の先にはドラゴンがいるかもしれないと言うことだ。
この迷宮を、特に下層をボロボロにされたことを恨まれているかもしれない。
「行かないほうがいいかな」
今回の迷宮探索の目的は果たした。無駄に危険をおかす必要も無いだろう。
そう思うのだが、
「扉をあけて中を見るくらいなら大丈夫かな?」
扉の先を見て危険そうならすぐに扉を閉めればいい。
ゆっくりとドアノブをまわしておそるおそる中を見る。
「ようこそ、『管理層』へ」
中にいたのは、仕立てのいい服を着た美少女だった。歳は10代前半くらいと若くみえる。
彼女はニコニコと笑いながら手招きをしている。
「あんた、何者だ?」
全員で慎重に扉をくぐりながら訪ねる。
「私はこの迷宮の主、灼熱竜のセルヴァだよ」
セルヴァ、確かに入り口にあった名前だ。しかし、この迷宮は作られて50年は経っていると聞いた。
このセルヴァを名乗る少女は若すぎる。
疑いの目を向けていると、メスドラゴンはうんうんと頷いている
「そうだよね、私のような若竜が迷宮の主と言われても信じられないよね。この迷宮は私が160歳位の時に作ったものだし」
ドラゴンは生活環境が整っていれば軽く1000歳を越える。
セルヴァは弱冠220歳の期待の新人らしい。この迷宮の作成も里の大人たちがかなり準備を手伝ってくれたらしい。
「この迷宮の下層を攻略できたのは君を含めて3組しかいないんだよ?」
少し困った顔をするセルヴァ。どうやら攻略できた人数が不満らしい。
「君は、40年ぶりくらいの迷宮踏破者だね」
今度は嬉しそうな笑顔を浮かべるセルヴァ。
「あの扉は、下層を攻略した冒険者が『加護』を持っていたときだけ現れる転移扉なんだ」
加護は、親から子へと継承されることがある。
少しでも力を持つ人間を集めるための措置だそうだ。
「普通は下層を突破された時点であの扉から私が下層に移動するんだけど、君が扉を見つけるほうが早かったから『管理層』で待ってたんだ」
見込みがありそうな人間なら、『管理層』に招待するらしいので手間がはぶたけたとカラカラ笑っている。
先ほどからくるくると良く表情が変わる。
久しぶりの来客でテンションがおかしくなっているのだろう。
「それじゃあ、私の屋敷に招待するよ。あ、奴隷とモンスターはちゃんと処分しておくから安心して」
「待て、処分とは何の事だ?」
「うん?だって君は私の伴侶になるのだぞ?私は、同族の中でも嫉妬深い方だと自覚している。新婚生活中にほかのメスが君のそばにいるなんて耐えられないと思うぞ?」
こいつにとってすでに俺は伴侶なのだ。俺の意見など関係ない。
まさに、絶対王者の考え方だ。
俺がいやな顔をしているのに気がついたのであろう。譲歩案を提示してきた。
「嫌なのか?なら、新婚生活が終わったら同じような奴らを揃えるぞ?」
アイラたちを処分するつもりなのは変わらない。
どうやら、俺の匂いがほかのメスからするのが許せないようだ。
「俺はお前の伴侶になるつもりなんてない。迷宮には稼ぎに来ただけだ。」
お前には興味がない、体だけが目当てだとセルヴァに伝える。
「・・・君の名前を教えてくれないか?」
まさか、この流れで名前を聞かれるとは思わなかった。
「ヒビキだ」
「そうか。ヒビキ、さっきも言ったが私は嫉妬深いんだ。すでに私にとって君はかけがえのない存在なんだよ?」
暗い顔でポツポツと語り出すセルヴァ。
「君が上層でグリフォンを変わった方法で無力化して配下にしたのを見てから、今度は何をするんだろうってワクワクしながら見てたんだ」
「中層で、さんざん迷宮に迷ったあげくいきなり『守護者』の部屋に入ったのはビックリした」
「下層で街を焼き払ったときは笑いすぎてお腹が痛くなった。館でのゴブリン達の裏切りにも怒りよりも納得の気持ちが強かったよ。君に仲間になれと言われたら、うん、といってしまうだろうな~ってね?」
「ミノタウロスを倒すのはここで見てたよ。扉が現れたときには、『運命』を感じたんだ」
長々と語られてしまった。その間に俺達はかなりセルヴァから離れたところに移動していた。
話しながら、セルヴァの体がどんどん大きくなっていく。
すでにかわいらしい美少女だった彼女はもういない。
代わりに現れたのは、真っ赤な鱗を持つドラゴンだ。
『ドラゴンは独占欲が強い種族だ。特にメスのドラゴンは嫉妬深い。種族として天敵のいないオスドラゴンの死因の第一位は、メスのドラゴンに殺されることらしいぞ』
「先に言えよ!?」
『ついでに話しておくとドラゴンはメスのほうが強いらしい。理由は諸説あるが、卵とはいえその身に2体分のドラゴンの力を宿すことがあるメスのドラゴンは潜在的に魔力の許容量が大きいからというのが有力だな』
これまた嬉しくない情報が入ってきた。『叡知の書』め、えらく饒舌じゃないか。
この遠征の間、叡知の書は俺が持っていた。
野宿の時の枕にちょうどいい高さなのと、こいつがいれば夜這いをかけられにくくなるということに気がついたのだ。
さすがに、こいつの声を聞きながら行為に及ぶ娘はいなかった。
話がそれてしまった。現実逃避していたのだろうか?
新たに手に入った情報をまとめると、元々、種族的に嫉妬深くてオスより強いメスのドラゴンが、迷宮での俺の行動を見て気に入り、ぜひ伴侶にと言ってきたのをお断りしてしまった。
あれ?最悪じゃん。
『叡知の書』の情報は、ひとつもプラス情報に繋がってない。
「きっと、こいつらがいなくなれば君は私を選んでくれるよね?ヒビキ?」
ヤンデレみたいなセリフを呟いて近づいてくるセルヴァ。
攻撃の目標が俺ではなくアイラ達に向いている。
まずい、アイラたちではセルヴァの攻撃に耐えられない。
攻撃の
セルヴァの興味をこちらに向けなければ。
すぐに走り出して刀でセルヴァの右の前足を突く。
ギャキッと言う音がして、刃先が鱗を滑ってしまう。
「くそ、ダメか!?」
「邪魔しちゃだめだよ、ヒビキ」
言いながら、丸太のような太さのしっぽが襲ってくる。
すぐに回避に移るが、しっぽがカスってしまう。
「う、がっ!?」
きりもみしながら吹き飛ばされる。カスっただけでこの威力とは。
早速、【自己再生】が役に立つ。
それなりに多くの魔力を回復に持っていかれたが、なんとか立てるようになった。
「あれ?良く立てたね。しばらくは動けないと思ったのに」
仕留め損なったと言うのにどこか楽しそうに言うセルヴァ。
今度同じくらいの攻撃を受けたら回復だけで魔力が尽きてしまいそうだ。
セルヴァがこちらに気を取られている間にゴブリン達が大弩の準備を始めた。
アイラとルビーがこちらに向かって走っている。ルビーと合流出来れば各種ポーションも補充できる。
そのポーションで先に元気を取り戻していたミノタウロスがセルヴァに向かっている。
ミノタウロスはなんとかセルヴァを組み伏そうと全身に力を込めるが、セルヴァはびくともしない。
「邪魔だよ、役立たず」
セルヴァが少し体をふるわせただけでミノタウロスが吹っ飛んでいく。
「さて、最初は誰かな?」
まわりを見渡し獲物を確認するセルヴァ。
そこに準備を終えた大弩が矢を発射しセルヴァを襲う。
「うん、ミノタウロスを倒した攻撃だね。流石に勢いだけはあるね。少し後ろに下がっちゃったよ」
セルヴァに当たった矢は、先端の矢じりがつぶれている。そしてセルヴァの鱗には傷ひとつ無い。
「冗談じゃないぞ」
サイがこの状況についていけずに呟いた一言は、俺たち全員の心境でもあった。