第64話
「わたくしは、この館の管理をまかされております執事でございます」
「同じくメイドでございます」
ここは、今は亡き貴族の館、という設定らしい。
無念の死をとげた貴族の怨霊が毎晩さまよいでてくる、設定みたいだ。
「町長様は、生前の貴族様と親交がおありでしたので、この館での怪異に心を痛めておられました」
奥の広い部屋でボーッと立ってましたが。
「ウ、ウ、ガァーー」
いきなり、メイドさんが襲ってきた。
手には家事では使いそうに無いような攻撃的なナイフが握られている。
「よっ、と」
さっとかわして、鞘に入れたままの刀で吹っ飛ばす。さすがにエントランスを血まみれにするのは嫌だ。
「お、おい、大丈夫か!?」
「こ、これは!? いったい!?」
サイが俺を心配して近寄ってきた。大丈夫だと伝えて、メイドを縛り上げる手伝いをお願いした。
執事が驚いた演技をするが、白々しい。
こいつも、懐にはナイフを持っている。
なぜそんなことがわかるのか?
それは、最初に館に入った時に、人形の身体検査を行っているからだ。
本当は、ナイフを取り上げようとしたのだが、非破壊の魔法によって固定されていて無理だった。
だから、メイドさんが襲ってくるのはある程度予想がついていた。
メイドさんの身体検査もたっぷりと行ったので間違いない。
彼女は、かなりの脅威(胸囲)の持ち主だった。
「わらわのほうが大きかろうに、本当に男とは難儀じゃのぅ」
「感触を確かめたいんじゃないですか?私もよくルビーの体を触りますよ?」
「ご主人様?」
女性陣の冷たい視線にもめげずに先に進む。
あっという間に冷静さを取り戻した執事が俺たちを案内してくれた。
「こちらに町長様がいらっしゃるはずです。ですが、鍵がかかって中に入ることができません。鍵は町長様が持って中に入られてしまったのです」
長々と設定を説明する執事を軽く無視して、町で回収した『重要なアイテム』である鍵を一つずつ指していく。
3つ目の鍵を指してくるりとまわすと、扉がカチャリと音をたてて開いた。
「そういえば、街にスペアキーがあると聞いたことがございます。ただ、どこにあるのかわかりませんが」
まだ説明の途中のだったため、執事は台詞を喋り続けている。
俺達は気にせず扉の先に進んだ。
「ジル、仕掛けが動き出してるだろうから、もう一度館の中を探索してくれ」
「うむ、やはり人形どもが動き出しておる。町長のおる部屋にゴブリンどもがおる。隣接した待機部屋から出てきたようじゃのぅ」
部屋を開けたら大量のゴブリンが襲ってくる。定番の罠だ。
「その部屋の先に『守護者』がおるな。これは、ミノタウロスか?」
とりあえず、町長のいる部屋までいく。
執事は未だに扉の外にいるようで話し声が聞こえる。
「ここだよな」
「うむ、ゴブリンがうじゃうじゃおるぞ」
扉をあけると、中にいたゴブリン達がいっせいにこちらを見た。
ゴブリンとはいえこの数に襲われれば、無傷ではすまないだろう。
しかし、
「お疲れさん。作業は、はかどってるか?」
俺は、中のゴブリン達に気さくに声をかけた。
「ギギ、グギ!」
ほかのやつより少しだけ大きいゴブリンが近付いてきた。彼から作業の進捗状況を確認する。もう少しのようだ。
彼らとはすでに一度会っている。
館に不正侵入した時にこの部屋をじっくり調べると、隠し扉があったのだ。
ゴーストに扉の中を探らせると、ゴブリンたちの居住スペースがあったのでルビーに協力してもらい全員を配下に加えた。
総勢36匹のゴブリンは、部屋の守護を命じられて隣接する居住スペースで生活し続けていたらしい。
そんな生活に嫌気がさしていたのだろう、あっさりと配下になることを了承された。
そのため、館を出るまでに引っ越しの準備をさせておいたのだ。
うしろのエミィの顔色が少し悪い。ゴブリンへのトラウマのせいだろう。
よそのゴブリンには未だに反応する。
ちなみに村のゴブリンなら顔を見分けられる位に馴染んでいる。
特にアーティストゴブリンの3匹は、陶芸の弟子として扱っている。
どのゴブリンも得意なものが違うらしい。
「た、助けてくれ!!ゴブリンに囲まれているんだ!!」
部屋の奥から、町長の声が聞こえる。
おそらく、館が起動した状態で扉をあけたので、イベントが発生したのだろう。
町長の熱演が静寂にむなしく響く。
町長を無視して、この部屋の終了条件を満たす。
条件は、『町長の視線から生きたゴブリンがいなくなる』だったのでそっと町長に目隠しをする。
これも、ここのゴブリン達に教えてもらった。
すると、
「ありがとう、助かったよ」
どうやら、うまく終了条件を満たせたようだ。町長の近くに階段が現れた。
「いったい、あんた何者なんだ?」
サイが信じられない物を見たという顔をしてこちらを見ている。
「ただの冒険者だよ」
目隠しをされて喜んでありがとうと言ってくるおっさんの人形をどかして、現れた階段をみんなで下りる。
そういえば、執事が襲って来なかったな。
もしかしたら、最初の扉を鍵であけるタイミングで襲ってくるシナリオになっていたのかもしれない。
階段を降りると、むき出しの岩肌が見えた広場に出た。
それで、ここが迷宮であることを再認識する。
広場の奥にいる、下層の『守護者』であるミノタウロスのステータスを確認すると、
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ミノタウロス Lv.40
スキル
【自己再生】★★★
肉体の損傷と低下した体力を回復する。
【守護者】
対象に守護を与える。又、対象の状態を把握することができる。
現対象→隠し階段
守護できる対象の上限はレベルに依存する。
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ここに来て、最強の敵が現れたようだ。
Lv.40はエヴィンと同じだが、ミノタウロスはおそらく物理攻撃重視のはずだ。
スキルのせいで少々のダメージを受けても回復されてしまう。
【守護者】のスキルは、ボスモンスターの必須スキルなのか?
ステータスで確認できるから、隠し階段があることがばればれなんだが。
どうやら、階段を降りてもすぐにこちらに襲いかかってこないようだ。
ちょうど良いので、新たに仲間になったゴブリンたちも交えて作戦会議を始める。
準備を整え、ミノタウロスに近づいていく。
「ヴモォォォォォーー」
ヤル気満々で突っ込んでくるミノタウロス。手に持った巨大な戦斧を軽々と持ち上げてこちらを狙っている。
ヤル気のところ申し訳ないが、こちらはこいつとまともにやりあうつもりはない。
早速、迷宮ゴブリンたちに指示を出す。
「大弩隊、構え!!」
いわゆるバリスタと呼ばれる攻城戦に使われる『兵器』だ。
もはや、個人が携帯する武器とは一線を画する攻撃力を誇るそれを10機並べて配置した。
「目標、前方ミノタウロス。奇数隊、放て!!」
俺の号令で5本の長大な矢が放たれる。
「グゥモォォォーー」
身の丈3mほどの巨体が矢を受けて後ろに吹き飛ばされて行く。
体に突き刺さる1mほどの槍のような矢は深々とミノタウロスの全身に突き刺さっている。
一本の矢が右目に突き刺さりっているが、ためらいもなく矢を引き抜いている。
引き抜かれた箇所の傷が煙をあげてすごい勢いで塞がっていく。
ちなみに、このバリスタ。ゴブリンの村で生産したものだ。
元々は、村の防御力をあげるために作らせていたのだが、出来が良かったので街で売ろうとした。
しかしサイズがゴブリン用であることに気がついて売るのを断念し、今回の迷宮攻略で何か役に立たないかと在庫品をルビーに収納しておいてもらったものだ。
「奇数隊、弾込め!!偶数隊、発射用意!!放て!!」
ミノタウロスが体勢を崩している今のうちに第2射を放つ。
「ヴルルゥゥ」
10射ほど放ち続けた頃、ミノタウロスの再生速度が衰えてきた。
最初のうちは体の欠損部分すら瞬時に再生、回復されていたが見る影もない。
すでに身体中に突き刺さる矢を抜く気力も無いようで、うつ伏せに倒れて動かない。
どうやら、【自己再生】はMPを使って体力や傷を治していたようだ。
今、ミノタウロスの魔力はほとんどカラだ。
おそらくあと一度でも攻撃を喰らえば残った体力も尽きるだろう。
その状態で配下になるように促す。無茶に見えるがミノタウロスは強者に従う種族だ。
どんな方法でも自分が負ければ勝者に従う。とはいえ、ミノタウロスを殺さずにここまで弱らせるのはとてつもなく難しい。
そんなミノタウロスを数がいるとはいえゴブリンなんかで倒すなんて信じられない、とサイが言っていた。
うしろのゴブリン達も自分達がミノタウロスに勝てたことに興奮しているようだ。
このゴブリン達は元々は上層に住み着いていたらしいのだが、そこに天敵でありライバルでもあるオークが現れ、生存競争に敗れてしまった。
そこを、迷宮の主セルヴァに見いだされ以来下層の町長の部屋を守り続けていたらしい。
そんな自分の強さに自信の無い奴らが格上のミノタウロスを倒せたのだから嬉しくないはずがない。
広場は興奮したゴブリンたちでお祭り騒ぎになってしまった。
「ヴィーモーー」
力なく一鳴きして、頭をたれるミノタウロス。これでかなりの戦力アップになる。
特に、俺が【自己再生】を使えるようになるのはデカイ。
ミノタウロスの傷の治り方を見ていたがMPの補充さえしっかりしていればほとんど不死身だ。
迷宮での稼ぎもそれなりにあるし、ヤクゥの兄貴もしっかり見つけたし、なかなか有意義な遠征だった。
あとは、ミノタウロスを倒したことで出てくる隠し階段を登れば迷宮から一瞬で出ることができる。
階段の出口は一方通行で、迷宮の入り口に繋がる。
昔、この迷宮をクリアした冒険者の話ではそうらしい。まあ本人はとっくに死んでるらしいが。
そんなことを考えながらなんとなくまわりを見回してみると、むき出しの岩肌にポツンと扉がひとつあるのを見つけた。