第59話
「迷宮?」
事後処理も済み、冒険者ギルドでのんびりしていた俺にシチューのおっさんに暇なら迷宮攻略して来いよ、と言われた。
「ああ。お前まだ近くの迷宮行ってないだろ?お前なら下層までたどり着けるかもしれんぞ?」
「街の近くに迷宮って危険じゃないか?」
「うん?ああ、お前勘違いしてるなぁ。迷宮要塞じゃなくて、遊戯迷宮だよ」
話を聞くと、ダンジョンにも種類があるらしい。
魔族の戦略的な要所である迷宮要塞と、ドラゴンが趣味で造る遊戯迷宮のふたつがそうだ。
「ドラゴンが迷宮を趣味で造るのか?」
人間より遥かに長寿なドラゴンだが、近年、その絶対数が減ってきている。
それというのもここ数百年、新たに産まれたドラゴンがいないのだ。
極めつけに、比較的若い世代のドラゴンに魔族に堕ちる者が多数出てしまい、あっという間に超高齢化が進行してしまったらしい。
それに危機感を感じたドラゴンの対策が人間から婿、嫁を迎える事だった。
しかし、仮にもドラゴンの伴侶だ。生半可な者では勤まらない。
そこで、人間の実力者を見つける手段として迷宮を利用したらしい。
迷宮での伴侶探しは、それなりの成功を納めた。
竜の子供も産まれだし、竜人という新たな亜人も誕生した。
竜人は、ドラゴンの強さと人間並みの繁殖力を持つ、いいとこ取りの亜人だ。
竜人との間に産まれる子供は、竜である可能性も高い。
今では迷宮はドラゴンにとって、無くてはならない『結婚相談所』のようなものだ。
老竜は、若い竜たちに迷宮の建設を推奨した。数が少なく、甘やかされて育った若い竜たちも他に娯楽も少ないため迷宮造りに夢中になる者が続出した。
当然、竜たちが造る遊戯迷宮には人間をおびき寄せるための宝箱が用意されている。
最階層まで突破すれば『竜の伴侶』となることすら可能かもしれないのだ。
「竜と結婚できるって、それ嬉しいのか?」
熱弁を振るうおっさんに質問する。羽の生えたトカゲとの新婚生活なんてぞっとする。そんな趣味なら、『キャット&ドッグ』に行けば一晩限りだが叶えてくれるぞ。
あとで聞いたがあの店、人間とコミュニケーションが取れる生き物ならオークのメスだって用意できるらしい。
まぁ、そんな変態野郎はそうはいないが、人魚や、魚人なんかもいるらしい。うなぎ娘とか、全身が自前のローションでぬるぬるでそれはもうすごいらしい。
マア、オレニハカワイイオンナタチガイルカラ、カンケイナイケドネ。
「おい、全滅!?」
「はっ!?」
一瞬意識が飛んでいたようだ。疲れているのかな?
「竜とつがいになれればそれだけで寿命は延びるし、病気にはならないし、なにより竜の体は全部お宝じゃねぇか」
竜とまぐわえば、それだけで色々特典があるみたいだ。それに、鱗の一枚でも大金で売れるらしい。
「それに、やるときはちゃんと人と同じになるって話だぜ」
なるほど、それなら安心だ。竜とそういうことをする予定は全くないが。
早速、村に帰って俺の愛する女たちに相談してみる。
「迷宮、ですか?」
俺の話を聞くために一心不乱に動かしていた手を止める。その手には俺お手製のアイスクリームがあった。
最近、氷を魔法で出せるようになったので試しに作ってみたが少し味が薄いがアイスクリームが完成した。
アイラたちは気に入ってくれたようで、さっきまで無言で食べ続けていた。
「迷宮ってモンスターがいっぱいいるあの迷宮ですか?」
アイラもアイスクリームを食べる手を止めて質問してきた。
ジルの手が止まる気配は無いため、そのまま説明を続ける。
「それがな?迷宮には、」
『迷宮には魔族の迷宮要塞と、竜の遊戯迷宮がある。持ち主が言う迷宮はおそらく遊戯迷宮であろう』
急に会話に割り込んできた『叡知の書』をジトッと睨むが奴には通じない。
『遊戯迷宮ならばそれほど危険も無く、実入りの良い探索になるだろう。珍しいモンスターがいることもあると聞く。魔物使いがいる我々にはうってつけであると判断する』
言いたいことを全部言われた上に、珍しいモンスターとか心踊る追加情報まであった。完敗である。
元々、おっさんに迷宮の話を聞いた時点で行くつもりではあったが。
「ヒビキさん、お出掛けになるんですか?」
メイド服姿のラティアがアイスクリームを食べながら聞いてきた。
「迷宮に行くのか?ならば私も連れていってくれ」
お嬢様のお見舞いを済ませたフレイもちゃっかりアイスクリームを食べている。
こいつは最近、本当によく来る。夜泊まっていくこともあるので村での拠点が若干手狭になってきた。
ゴブリン達に屋敷でも建ててもらうかな。メイドさんもいることだし。
「お前、お嬢様のお見舞いはどうするんだよ?日帰りは出来ないぞ」
「そうなのか?」
おっさんに教えてもらった迷宮はここから馬車で丸一日くらいかかるところにある。
移動でそれだけかかるのだ。迷宮をある程度攻略するとなればそれなりに時間が必要だろう。
「悪いがラティアはそこの馬鹿と留守番しててくれ。ちょうど、白磁器の納入もしなきゃいけないしな」
錬金術師ギルドならラティアに任せても大丈夫だ。フランクさんならラティアを怖がらずに取引してくれる。
「わかりました」
「馬鹿は、暇ならラティアの護衛をしてろ。良い子でいたらご褒美をやるから」
「私は子供ではない!!・・・ちなみに何がもらえるのだ?」
これで根回しは完了だ。あとは必要な物を街で買って、明日にでも出発しよう。
「主よ、何を焦っておる?」
アイスクリームを食べ終わったジルが不思議そうに聞いてきた。やっぱりこいつは鋭い。
「何でもないさ。迷宮は男の夢だから興奮しちゃってるのかもな~」
「アイラ、女の匂いはせんか?」
信用度ゼロか。
「えっと、知らない匂いはします。女、の子?」
途端に全員からまたか、という目で見られた。観念して説明することにした。
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事の始まりは冒険者ギルドでの会話まで戻る。
おっさんと迷宮の話をしていると、やや薄汚れた格好の子供が俺たちのテーブルによってきた。
「迷宮にいくの!?」
その子供は、切羽詰まった顔で俺たちを見ながらそんなことを聞いてきた。
「なんだ、坊主?なんか用か?」
おっさんが聞くと子供はポツポツと事情を説明し出した。
2週間前に迷宮に行った兄が帰ってこない。1週間ほどで戻ると言っていたが戻ってこないのだと。
「そりゃあ、お前の兄貴は・・・」
おっさんが言葉を濁す。俺を含む冒険者という奴等は誰がいつそうなってもおかしくない。
だからこそ、生きて出会えたときに馬鹿騒ぎするのだ。
「違う!!兄ちゃんは生きてる!!」
おっさんが言いかけた事を理解したのだろう。子供が泣きわめいて否定する。
「お願いだよ!!兄ちゃんを助けてよ!!お金だって持ってきたんだ!!」
そういって子供が出したのは、皮の袋に入れられた銀貨数枚と、つぶれたり表面の凹凸がかすれていたりする銅貨数枚だった。
こんな格好の子供が持つにしては大金だ。もちろん、兄の救出を依頼するには少なすぎるが。
「この銀貨は?」
銀貨と銅貨で状態が違いすぎる。あんな状態の銅貨は使えない店も多いだろう。
「兄ちゃんが、何かあったら使えって」
なるほど、しっかりしているお兄さんだ。まさか、こんな使われ方をされるとは思っていなかっただろう。
「坊主、こんなんじゃ全然足りないぜ?」
俺はやれやれと言った感じで教えてやる。
まわりも同情はしているんだろうが、救出依頼を受けるようなやつはいない。
慈善事業で冒険者をやっているのではないのだ。
「そ、そんな。だって、兄ちゃんが」
「そうだな。足りない分はお前の兄貴に全額支払って貰うとするか。とりあえずは、前金を貰っとくぞ」
そういって、ボロボロの銅貨をひょいっと拾い上げてポケットにしまった。
「え、あ、ありがとう、お兄ちゃん!!」
「お、おい、全滅!?良いのか?」
「俺なら最下層まで行けるかも知れないんだろ?ならそのついでの小遣い稼ぎだよ」
自分でも格好つけすぎなのはわかっている。だから、アイラ達には内緒にしておこう。
「坊主、名前は?」
「坊主じゃないよ。私、ヤクゥ」
どうやら、男子ではなく女子だったようだ。
ヤクゥから、兄貴の特徴や名前を聞いてすぐに村に戻った。
さて、まずはみんな大好きアイスクリームでご機嫌を取って、自然に話を切りだそう。
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「と、言うことがありまして」
俺は今日の街での事を洗いざらい白状した。
「なるほどのぅ。主らしいといえば主らしいのかのぅ」
「別に隠す必要なんてないではありませんか。迷宮探索のついでに人探しをすると言うことですね」
「ご主人様、ご立派です」
「うん、素晴らしい行いだ。まぁヒビキらしいかは私には疑問だが」
「フレイさん、ヒビキさんは優しいですよ?」
どうやら、考えすぎだったようだ。おおむね好意的な意見だ。
賛成多数で迷宮行きが決定した。一応、人名救助が必要なため出来る限り急ごうと言うことになった。
迷宮行き組で街に行き、移動用の馬車を購入することになった。
まぁ、最近なんやかんやと身内が増えたし、いつもルビーに荷物を持たせていたら不自然に思われるかもしれない。
これから、ラティアが街での買い物を行う時に馬車があれば便利だろう。俺達がこうして遠征することもあるだろう。
「いらっしゃい。どんな馬車をお求めで?」
「5,6人がゆったり乗れるサイズの馬車が欲しいんだが」
大きめの馬車があれば便利だろう。そんな軽い気持ちで注文した。
出てきたのは、モンスターに引かせるややごつめの幌つきの荷馬車だった。一応人が乗ることも考えられているようだ。
「あんた、冒険者だろ?このくらい頑丈なやつでないと荒野も森も越えられないぞ」
なるほどと思い購入を決めた。
牽引するモンスターは魔物使いギルドで買ってくれと言われて馬車を店においておき、すぐに魔物使いギルドに向かう。
受付で相談すると、モンスターの牽引する馬車は普通、先に牽引するモンスターを選ぶものだと諭された。
確かに、どんな魔物を使役できるかわからないのに馬車を買えるわけがないだろう。
「この中で、お客さんが買った馬車を引けるのはこいつくらいですよ?」
紹介されたのは、グランタートルという亀のモンスター。すごく遅そうだが、馬なんかよりも断然速いらしい。
性格はおとなしいし、モンスターに襲われても甲羅の中に隠れてやり過ごす。馬と違い、魔物に襲われても守る手間が少ないとのこと。
「あとは、お客様がこのモンスターを従えられるかですね」
とりあえず、近づいて、
「お手」
グランタートルがのそりと立ち上がり、器用に前足を上げて手のひらにおこうとするが、体が重いのだろうぷるぷるしている。
「す、すまん。悪かった。もういいよ」
ほっとした顔に見えるのは気のせいだろうか。
「お前、うちの子になるか?」
こくりとうなずいた。
「じゃあ、このモンスターください」
そこまで、ボーッと眺めていた案内係の人がようやく反応した。
「は、はい。ありがとうございます!!」
これで、馬(?)も馬車も手に入った。
俺達は食糧と水、必要な道具を詰め込んで迷宮に向けて出発した。