第58話
魔族との戦闘から一夜明けて、俺は事後処理に追われていた。
まず、教会から料金未払い分の『滅魔薬』の支払いを要求された。これは何とかギーレンに押し付けたので問題ない。
次にフローラお嬢様。広場で倒れてからずっと昏睡状態が続いている。
ステータスで確認したが状態異常に陥っているわけではなく、魔族に精神そのものを傷つけられたせいではないかとのことだ。
この先、目が覚めるかは分からないとのことだ。
フローラの騎士、いや元騎士なのか?とにかく、フレイはこの街でお嬢様を見守るとのことだった。
ただ、フレイでは専門的な何かが出来るわけではないので、毎日のお見舞いくらいしか出来ないと、本人が苦笑いしながら教えてくれた。
そして最大の問題、ラティアについてだが、この街にはいられなくなりそうだ。
ジルに『滅魔薬』の準備を頼んだ時に、『滅魔薬』に近づけないようにお願いしたのだが、
彼女の性格では、周りが忙しく働いているのに自分だけ何もしないなんてありえないことだったようで手伝いに参加していたようだ。
その時に、『滅魔薬』を手に浴びてしまったらしく、火傷のような怪我を負ってしまった。
怪我自体はポーションで痕すら残らず完治したが、問題はそれを周りの奴らに見られてしまった事だった。
「その娘は、わが主、『全滅』の保護の下におる。文句がある奴は、あとで主に直接申し出よ!!」
そう言われてその場は収まったようだが、やはり人の口に戸はたてられない。あっという間に街中に広まってしまった。
そのことでジルに謝られてしまったが、こんなのジルのせいではない。もちろん、ラティアのせいでもない。
もうひとつ、問題かは分からないが、ラティアは自分に魔族の血が流れていることを知らなかったようだ。
「お父さんもお母さんも本当の両親じゃなかったんですね。だから私を・・・」
結局、ラティアは俺が引き取ることにした。ジルの宣言もあって、俺の所有物という認識が出来てしまっていた。
しかし、悪いことばかりでもなかった。
一部の冒険者や、ギーレン、そして、錬金術師ギルドのフランクなどは、気さくにラティアに話しかけてくれている。
「街で話しかけてくれる人が増えたんです!!」
ラティアがやや興奮気味に教えてくれた。
ラティアは現在、ゴブリンの村に住んでいる。ゴブリンたちでは調達不可能な物を街で購入してくるという仕事を任せるつもりだ。
ラティアをゴブリンの村に連れて行き、すぐに『呪い』を解き、ついでに転職させようと、転職可能な職種を確認すると、
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ラティア LV.7
◎村人
○メイド
○商人
○魔術師
●魔王
●魔将軍
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なんとも、突っ込みどころの多い職種だ。
魔王や魔将軍は、半分とはいえ魔族の血が流れているから『可能性はゼロではない』って感じで表示されているのか?
まともそうなのは『商人』だ。ここでの役割を考えても『商人』でいい気がする。
しかし、メイドかぁ。確か、ジルを購入する時近くにいた女性の職種にも『メイド』があった気がする。
まぁ、俺達がいない間のハウスキーパーが必要だったりするし試しにメイドに転職させてみる。
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ラティア Lv.7
メイド
『癒神の加護(従者)』
効果 神聖職のステータスが上昇(大)
対象 本人
スキル
【家事】★★
屋内においてステータスが上昇する。
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メイドって神聖職なの!?
メイドさんに癒されるって考えがこっちの世界にもあるのか!?
まぁ。ステータスの強化が効くのは良い事なので文句は無いが。
とりあえず、ラティアは俺のメイドさんになった。もちろん、今までどおり俺とは友達だと伝えてある。アイラたちとも仲良くしてくれるように頼んだ。
友達と言えば、ラティアとフレイが仲良くなっていた。
ラティアは今、ゴブリンの村にずっと住んでいるし、フレイはこの前の特訓の時にゴブリンたちと仲良くなっているので毎日のように村に来る。
気がつけばお友達になっていた。まぁどっちも友達少ないからなぁ。
楽しそうにおしゃべりしているラティアとフレイの姿が村でよく目撃されるようになった。
封印されている魔族についてだが、ずっとすすり泣く声が聞こえるという苦情が教会に殺到したため、急遽掘り出すことになった。
穴にそってセメントが固まったため、ややいびつな円柱の形で掘り起こされた封印石を領主の城に運び込み、ギルドの受付広場に設置することになった。
あそこならいつでも冒険者の目があるので、めったなことにはならないはずだと、ギーレンが判断した。
すすり泣きも、騒がしいギルドの中なら気にもされないだろうと言うことらしい。
今ではすっかりギルドの名物扱いだ。『すすり泣きの封印石』の泣き声を聞けば生きて帰れるなんて与太話が広まるのに対して時間がかからなかった。
俺がギルドに行くたびに『泣き声』を確認してまだ生きてるか調べていたのが噂の原因らしい。知らんがな。
そして、最後に報酬だが元々、魔族探索の依頼は受けていたのでその分をしっかり貰って、討伐報酬も上乗せしてもらった。
「そのうち、この街の経済は君への報酬で破綻するかもね」
と苦笑いを浮かべながら俺に報酬を支払うギーレンはここ数日で少しやせたように感じる。
魔族の街への進入については、だれもギーレンを責めなかった。理由のひとつに今回の『短剣の姿をした魔族』など今まで見たことも聞いたことも無いからだ。
人間に化けて潜伏することは過去にもあったが、その場合は『探知機』に引っかかったのだという。
しかし、今回の魔族は短剣の状態では全く反応していなかった。魔族の探知機無効化の為の新しい戦術ではないかと言われている。
そして、そんな新種の魔族の攻撃にさらされながらも街に大きな被害も無く事態を収拾させたと評価されているようだ。
案外、ギーレンには人望があるようだ。
事後処理が落ち着いたのは1週間後の事だ。いくつか残った確認事項の為にギーレンの執務室を訪れていた俺に、ギーレンがにこにこしながら話しかけてきた。
「ヒビキ、この後は暇かね?」
すでに辺りは暗くなっている。午後8時を過ぎた頃だろうか?
「そうだな、今日は遅くなると分かっていたからみんなも村においてきたし、あとは帰りに飯食うくらいだな」
「そうか、そうか。なら私に付き合ってくれるかな?もちろん夕飯もご馳走しようじゃないか」
領主の夕食に興味があったのでギーレンに付き合うことにした。
ギーレンとの夕食は想像していたものより質素だった。もちろん出てきた料理はどれも美味かったが贅を凝らしたといった感じではなかった。
「もっとすごい食事を取っているのかと思っていた」
そういうと、ギーレンが苦笑する。
「夢を壊して申し訳ないが、これがいつもの私の食事だよ。品数も多いしいつも食べ過ぎてしまう」
「そうか」
「ああ、もちろんそういった食事を準備する時もあるが、君はそういうの苦手だろ?」
「そうだな、食べ方が分からないような食事はごめんだ」
両親に連れて行ってもらった高級レストランで『エスカルゴ』が出されたときの事を思いだしてしまった。なんだよ、トングって!!
「私もそうなんだよ。せっかくの食事でどうして疲れなきゃいけないんだろうね」
楽しそうに笑いながら食事を続けるギーレン。出された料理も粗方食べ終えた。そろそろ本題を聞き出すか。
「で、なにか俺に言いたいことでもあるのか?」
「ああ、そうだね。食事の後も少し付き合ってくれないか?」
「そっちが本命なんだろ?」
「くっ、ふふ、そうだ。ある意味本命だよ」
口に手を当てながら笑いをこらえるギーレン。なにかおかしなことを言ったか?
「すまない、なんでもないよ。ついてきてくれれば分かる」
食事を終えて、暗くなった道を護衛もつけずに歩く。ギーレンに先導されて歩いているとどんどん人気の無い方へと歩いていく。
これはもしや、口封じとかそういうやつか?やや緊張してギーレンのあとに続く。
「さぁ、ついたここが目的地だよ」
とうとうついたか。俺は油断せず周りを見渡し、誰もいないことを確認する。
「なにきょろきょろしてるんだい?中に入ろう」
そういってギーレンは正面の建物に入っていく。
建物は全ての窓がカーテンでさえぎられ、中の様子を伺えない。
看板にはこの店の名前だろう、『キャット&ドッグ』と描かれている。
意を決して、店の中に飛び込む。するとそこには、
「いらっしゃいませ~。ようこそ当店へお越しくださいました~」
粘っこく話すこの店の支配人に出迎えられた。
「支配人、しばらくぶりだな」
ギーレンが親しげに支配人に話しかける。
「これはこれはギーレン様、お久しぶりでございます。今夜はミネアですか~?ロラですか~?」
「今日は、彼が主賓なんだ。一応数日前に予約をしてあるんだが」
ギーレンが俺を支配人の前に押し出した。
「これは、失礼いたしました。ご予約のお客様でしたか」
「ちょ、ちょっと待ってくれギーレンさん。この店はなんなんだ?」
「ヒビキ、君こういう店は初めてかい?」
今日いちばん嬉しそうな笑顔で俺に聞いてくる。こういう店?まさか、ここは。
「ここは、この街でも一、二を争う、夢を売る店。亜人専門店、キャット&ドッグさ」
キャット&ドッグ、つまりここは娼館というわけだ。
しかも、ギーレンが力説するには、ここは冒険者の街ならではの『高級亜人専門店』らしい。
一般的に亜人の娼婦は、最下級の扱いを受けるものらしい。
これは、亜人差別が原因のようだ。
しかし、ここは冒険者の街、ウェフベルク。
亜人差別?何それおいしいの?と言った具合に全く気にしない。
それと言うのも冒険者には多く亜人がいるため、亜人になれている。
そして、こう言っては何だが人間の娼婦よりも整った顔立ちの者が多く、生まれながらの戦士が多い亜人の夜の戦闘は筆舌に尽くしがたい。
そんな需要に真っ向から答えたのがこの店というわけだ。
「さて、ご予約頂いたのは、当店でもっとも人気のあるコース、『キャット&ドッグ』でございます」
店の名前でもある『キャット&ドッグ』。どんなコースかと言うと、同ランクの猫獣人と犬獣人を店側が用意し、お客様のお好きな方と一夜をお過ごしください、というコースらしい。
そして、ギーレンの計らいでこの店でも最高ランクの2人を準備いたしました、とのことだ。
ギーレンになんでこんな店に連れてきたんだ?と聞いたら、
「君には隠しても無駄だろうから言うけど、接待だよ。接待。君とは仲良くしておきたいんだよ、私は」
確かに、本音を隠されるよりはぶっちゃけてもらったほうがこっちも楽だ。ここは、素直に楽しむべきか?
「さぁ、ヒビキ。どっちにする?私のお勧めは犬獣人かな。犬獣人の娘はそれはもう、情熱的に愛してくれるよ~」
おぉ、そうなのか? 元の世界では高校生だった俺だ。こんな店には当然、来た事が無い。ここは、ギーレンのアドバイスを聞いて見るのもいいかもしれない。
「おいおい、黙って効いてれば言いたい放題言いやがって、猫獣人のほうが良いに決まってんだろう!!あの、つんとした態度とは裏腹にベッドの上では殺されるかと思う位に求められるギャップ!!それを知らずにこの店の事を語ってもらいたくねぇな」
話に割り込んできたのはなんと、シチューのおっさんだ。
「おっさん、本当に良く会うな」
シチューのおっさんも俺に気がついて少し気まずそうな顔をしたがすぐに猫獣人の良さをアピールし始める。
「それではお客様、本人達を見てお選びください」
そう言って、店の奥に連れて行かれる俺。後ろでは未だにギーレンとおっさんが熱い討論を交わしている。
奥には個室があって、そこにはすでに2人の女性が待っていた。
「犬獣人のリナです。この店で働き始めてまだ日は浅いですが、きっとご満足頂けると思います」
リナは笑顔でこちらを見ている。犬獣人のトレードマークの犬尻尾がパタパタと振られている。
「こちらが、ダイアン。猫獣人でございます。気分屋ですがどうやらお客様の事を気に入ったようです。これなら、ご満足頂けるでしょう」
ダイアンに気に入られたって、こっちを見もしないんだけど、本当だろうか? やる気なさそうな目でこちらをちらりとだけ見て後は横を向いている。
しかし、支配人の言葉を信じるならどちらを選んでもご満足いただけるわけだな。
俺が選ぶのはもちろん!!
○犬獣人
○猫獣人