第42話
サイクロプスゾンビが消滅したので、ラル達に街の周辺の警戒を頼み、ジル達と合流する。
ジルはドヤ顔でふんぞり返っていた。
足元には今回の騒動の犯人であろう男が気を失って地面に倒れていた。ご丁寧にも両腕を体の後ろで縛ってある。
おそらくエミィがやったのであろう。
「主よ、命令通り術者を捕まえたぞ、怪しいやつを狙ったがよもや一回で見つかるとは、わらわの引きの強さも捨てたものではないのぅ」
ジルが聞き逃せない事を言った。
「ちょっと待て、一回で見つかるだの、引きの強さだの、まさかお前、怪しいってだけでこの人を襲ったのか!?」
「うむ、わらわには誰が魔力を供給しているかまでは分からんからな。主からの命令をこなすにはそうするしかあるまい」
エミィもその事実を今知ったのか、慌てて倒れている男の体を起こして、どうしたらいいか問いかけるような目でこちらを見ている。
さて、どうしたものか。対応を考えていると男が目を覚ましてしまった。
「えっと、おはよう」
自分でも何をいっているのか分からないがとりあえず挨拶してみる。
「くそっ!!どうして俺がネクロマンサーだとわかった!?魔力の流れは偽装していたし、怪しまれないようにモンスターとも戦っていたのに!!」
うわぁ、自供しちゃったよ。まぁ、本当に犯人だったのは助かった。
ジルには後で術者を見つけたご褒美と、確証も無く人を襲ったことに対するお仕置きを同時に受けてもらおう。
「視線や動きで本気で戦って無いのがバレバレなんだよ。それに、お前サイクロプスゾンビを転ばされた時、悔しそうにしていただろ?」
他の冒険者もこの男の正体をどうやって見破ったかなんて分からないだろう。それっぽいことを言って納得してもらう。
術者の男は、自分でも心当たりがあるのかはっとしてからうつむいてしまった。
「すごいな、君は。あの戦闘中に城壁の上にいた彼のしぐさをそこまで確認していたなんて」
領主のおっさんが余計なことを言ってきた。
「ああ、最初からある程度めぼしい奴らを洗い出していたからな。後は、そいつらにだけ気を配ればいい」
おっさんが、なるほど、と納得していた。こんな適当な説明で納得していていいのか領主様?
「とりあえず、この男は私が預かろう。ヒビキ君、大変世話になったね。後日改めてお礼をするよ。それにしてもさすが『全滅』の名は伊達ではないなぁ」
周りの冒険者も口々に『全滅』とつぶやいている。せっかくこの街に来て、変なあだなから解放されたというのに。
良く聞くと『ゴブリン』だの、『火炎旋風の弟子』だの、色々言われているがもう気にするのはやめた。
犯人はおっさんに任せて俺たちは宿に戻ることにした。辺りはすでに明るくなり始めていたためか、街はすでに朝の喧騒を宿し始めている。
さすがにいつも通りでは無いのだろうが、街の中は活気にあふれていた。
「ご主人様、宿に戻る前にルビーを迎えに行きたいのですが」
アイラに言われて思い出す。今回の戦闘のMVPは間違いなくルビーだ。疲れていたとはいえそんなルビーを忘れてしまうなんて。
後でルビーにお礼とお詫びをかねて【電撃魔法】入りの魔鉱石を食べさせてやろう。まだ食べさせていないのでルビーにとっておいしいのかは分からないが。
ルビーを門の外まで迎えに行くと、すでにいつものサイズのルビーに戻っていた。ルビーにお礼を言いながら体を撫でてやる。おそらく喜んでいるのだろう、ぷるぷると反応してくれる。
ルビーを連れて、宿に戻る。部屋に着いてすぐにみんなの怪我の治療と回復を行う。全員、擦り傷以上の怪我は無かったのでついでに汚れを落とすために湯浴みも行った。眼福、眼福。
『持ち主よ、なぜ我はこんなところに置かれているのだ?』
『叡智の書』は今、ベッドの下に置かれている。昨晩、ジルとのお楽しみをまじまじと観察されているの覚えていたので、今回は見られないように視線の届かないベッドの下に置くことにしたのだ。
「俺の国ではお前みたいな、|他の人に見られたくない書物は、ベッドの下に隠しておくものなんだよ」
あながち嘘ではない理由を『叡智の書』に教えてやる。
『なるほど、我のように価値の高い書物を人の目に触れるところに出しておくのは確かに危険かもしれない』
自分の事を価値の高い書物と言いなおした。俺は|他の人に見られたくない書物としか言っていないのだが。まぁ、この扱いに納得してもらえるなら何でもいい。
「ところで主は、『加護』持ちだったんじゃな?」
俺が冒険者ギルドで『加護』を持っていることを知ったジルが聞いてきた。
「そうだ。言ってなかったか?」
「聞いておらん。しかし、そうか。なるほどのぅ」
ジルが1人でうんうん納得している。
「どうかしたのか?」
「いや、主がなぜわらわの下僕にならなかったのか分かった気がするんじゃよ。しかし、戦闘でも十分に強さを発揮しておるしのぅ」
「その辺は秘密だな」
「なんじゃ、まだ信用されておらんのか?」
「いや、アイラにもエミィにも『加護』の事は詳しく説明してないよ。これは別にアイラたちの事を信用していないわけじゃない」
俺の複数の『加護』については誰にも話していない。アイラたちも『呪い』を打ち消す『加護』くらいに思っているだろう。
『加護』持ちであることが今回の件でばれてしまったが、そうなれば俺の『加護』の事を調べる奴らが出てくるかもしれない。
その時に、普段の活動の様子からアイラたちが俺の加護について知っているかはなんとなく分かるだろう。
『信用していない奴隷』を拷問しても何も分からないし、『信用していない奴隷』を人質にしても主は奴隷を切り捨てるだろうと考えてくれるはずだ。
外部から見れば『奴隷の事を信用していない主』に見える。それは、そのままアイラたちの安全に繋がるはずだ。
アイラたちの安全のためならなんだってする。
そう考えていることをアイラたちに伝えた。
すると、アイラは涙目で俺に抱きついてきた。エミィも俺の腕をぎゅっと抱くようにしてありがとうございます、と言ってきた。
ジルは、気恥ずかしいのか顔を真っ赤にして顔を横に向けている。
窓の外はすでに明るくなっているが、みんなで抱き合って眠った。『青春薬』の出番は無かったが、それでもいつも以上にみんなと繋がることができたように感じた。
目を覚ますと、窓から夕日が差し込んできていた。
「うぅん、眩しい」
まだまだ寝足りないが日の光をモロに顔に浴びてしまいこのまま寝続けることが出来なかった。
シーツを頭からかぶって日の光から逃げ出そうとするが、両腕はアイラとエミィが枕に使っていて身動きが取れない。
おまけに、ジルが両足を抱き枕のように抱え込んでいる。なんだこの幸せ固め。
『起きたのか、持ち主よ』
ベッドの下から声が聞こえてきた。
「おはよう、『叡智の書』。良く眠れたか?」
『うむ、我には睡眠は必要ない。魔力不足で休眠には入るがな。我よりも持ち主のほうが睡眠が足りていないであろう』
「うん?なんでだ?」
『ベッドに入ってからもしばらくの間、眠ってはいなかったであろう?この場所はなかなか快適ではあったが、次回は埃よけに何か布を置いてくれぬか?ベッドが軋む度に埃が落ちてくるのだ』
「その、すまんかった」
『かまわん』
書物相手にアホな話をしていると右側のアイラが目を覚ました。両腕が限界に近かったため、アイラにエミィをどかしてもらい、上体を起こしてジルを自力で引き剥がした。
みんな腹が減っていたので一階に降りて食事をとることにした。すると、すでに食堂は満員状態だった。
「こりゃ、無理か。どこか他所で食べてこよう」
「いつもの時間より混むのが早いですね」
「どこに行きましょうか?」
「お肉じゃ!!」
ジルの一声で、近くの『質より量』な冒険者御用達の大衆店、『ユニコーンの嘶き亭』に行くことにする。ここには、魔物の肉を中心にボリューム満点で味の濃い料理が多い。
俺1人なら毎日でも通うのだが、肉はともかく濃い味の料理がそれほど得意ではない女性陣2人のために、まだそれほど来たことはない。
ジルは濃い味の料理も特に問題なくうまそうに食べるので心配していない。
俺達が扉から入ると、店の中がシーンとしてしまった。店員が笑顔で席に案内してくれるが居心地が悪い。
周りの奴らがみんな俺達を見ているのだ。
『全滅』という単語も聞こえたので、おそらくばれてしまっているのだろう。ここで席を立ったら負けな気がするので気にせず料理を注文する。
「店員さん、今日のお勧めの料理ってなに?」
「はーい、今日は、ギガバッファローの肉のシチューと霜降り鳥のモモ肉のソテーがお勧めですよ」
うーん、どっちもがっつり食べられるので両方は無理かもしれない。
「みんなはどっちがいい?」
3人に意見を聞くと、アイラがモモ肉のソテー、エミィがどちらでもいい、ジルがシチュー、と見事にバラバラだ。
しょうがないのでそれぞれが食べたいものを注文するか、と思っていると、
「シチューがうめぇぞ、『全滅』さん」
と、声をかけられる。お礼を言おうかとおっちゃんのほうをむこうとすると、
「いーや、今日のモモ肉のソテーは絶品だった。夕食のメインならソテーにしとけよ」
周りで数人がうんうんと頷いていた。すると、
「ばかやろう!! シチューの中のトロットロの肉は最高にうめぇんだぞ」
最初にシチューがうまいと教えてくれたおっちゃんが反論しだした。
やはり、周りの何人かが頷いている。
すると、それを皮切りに次々と意見が飛び交ってしまう。
やれ、シチューで腹が膨れたらもったいないだの、ソテーはたくさん食べれないだの。
霜降り鳥は今が旬だの、今年のギガバッファローの肉は出来がいいだの。
今年は雨がすくなかっただの、魔物の質が上がってるだの、段々料理から離れていっている。
ジルの腹ペコも限界のようだったので、とりあえず両方を一皿ずつ頼んでみた。
店員さんも厨房のおじさんも全く動じていないのはさすが冒険者御用達か。
「はい、お待たせしましたー」
「おお、うまそう」
二品とも同時にやってきたのはおそらく厨房で調整してくれたからだろう。他の客がこの状態では、俺達が先に来た料理を口にしただけで暴動が起こりそうだ。
手早くシチューを一口食べてみる。濃厚な味付けとギガバッファローの肉の歯ごたえがすばらしい。
次にソテーを口にしてみる。うん、岩塩を使用しているようで俺の知っている塩味より様々な味の広がりがあるように感じる。
「両方ともうまい」
すぐに皿をアイラたちに回して試食させる。アイラはモモ肉を、エミィがシチューを、ジルが両方食べると言い出した。
俺も両方食べる決意をして、店員さんに追加の注文をお願いする。
「ああー、もう食ってる!!」
「なんだとー!?」
ようやく気がついたおっさんたちは俺に詰め寄るが、俺は両方うまかったと伝えた。
そのままおっさん達と話しを続けているとやはり2人とも冒険者だったようだ。シチューを勧めてくれたおっさんはギルドの会議にもいたと言われたが正直思い出せない。
昨日の夜の話で盛り上がり、誰が言い出したか分からないが飲み比べが始まってしまった。
俺と話していたおっさん2人と、飛び入り参加の若い男性二人組み、そして俺とジルが参加した。
アイラとエミィに無理に飲ませようとしたら許さない、と釘をさしておいて飲み比べが始まった。
前半は、みな静かな立ち上がりだった。乾杯の音頭と木のジョッキ同士のぶつかり合う乾いた音だけがあがりみな静かにジョッキの中身を空にしていった。
動きがあったのは中盤戦だ。べつにある程度のスピードで飲んでいれば問題ないのだが、若者2人がおっさんたちのスピードに合わせて飲み続けていたため、早々にダウンしてしまう。
おっさん連中はにやにやしながら倒れた若者2人を眺めて、まだまだ青いな、これだから若いもんは、とこぼしていた。
俺とジルは、自分のペースでジョッキを傾け、無難に数を積み上げていく。
この戦いも終盤にせまってきた。おっさん2人とジルのペースが明らかに落ちてきているのだ。
参加者でただ1人、俺だけが最初と変わらないペースで酒を飲み続けている。
なぜ俺がここまで酒に強いのか?種明かしをすれば簡単で『加護』で『酩酊』の状態異常を回復させているのだ。
この方法にクレストの護衛の時に気がついていたら、俺は帰りにミミックオークに殺されていたかも知れない。つくづく運がいい。
いくら飲んでもほろ酔いにしかならないようだ。完全に酔えないわけではなくて良かったと思うべきだろうか?
シチューのおっさんが一発逆転とばかりに秘蔵の酒を出してきた。
酒の飲めないものなら匂いを嗅ぐだけでよってしまいそうなほどのアルコール臭を放つそれを何のためらいも無くジョッキ一杯を空にすると、それを見ていたおっさんたちとジルがそろって机に突っ伏した。
「飲み比べ対決は『全滅』の勝ちだぁ!!」
どうでもいいが、本気で『全滅』が定着しそうだ。
おっさん2人を一緒に来ていた仲間達に引渡し、ピクリとも動かなくなっているジルを背中に背負い『ユニコーンの嘶き亭』を出ようと会計を頼むと、店員さんが笑って首を左右にふり、後ろを指差していた。
どうやら、おっさん達冒険者のみんながおごってくれるようだ。はじめは戸惑ったが、すぐにお礼を言った。すると、
「感謝するのは俺たちのほうだ」
「そうだ、あんたがいなきゃこの街はなくなってた」
口々に感謝の言葉をかけられる。俺は、照れくさくなってみんなにあいさつして足早に店から出てしまった。
「ご主人様、みんなありがとうって言ってくれてます」
「そうだな」
「なんだかくすぐったいですね」
「ああ、俺もくすぐったくてしょうがないよ」
「クフフ、主の偉業はぁ~あの程度のぉ~お礼ごときではぁ~全く足りんがのぅ~」
「お前、起きたなら自分で歩けよ」
「いやじゃ、ここは心地よい」
ジルがおりようとしなかったので、仕方なくそのまま宿まで戻っていった。周りはまっくらで灯りがついているのは、『ユニコーンの嘶き亭』くらいだ。
「さっさと帰ろう。明日は、ラルの村で戦利品の確認だ」
「はい、ルビーにもご褒美お願いしますね」
「明日は、仕分けが大変そうです。ゴブリンは手伝ってくれるでしょうか」
「クフフ、クフフゥ~」
宿に戻って少しだけ支度をしてすぐにベッドに入った。
明日の朝、また『叡智の書』に小言を言われるのが分かっていながら、今夜もベッドの下に埃を撒き散らす予定だ。