第41話
「ちくしょう、もうおしまいだ!」
「なんで、こんな、」
周りの冒険者はみんなあきらめムードだ。ギルドでも思ったがよくこんなにネガティブで冒険者なんてやってるな。
そこまで考えてふと気づく。
今、この街に残っているのは救援隊に選ばれなかったような奴らばかりなのだ。
能力的にも精神的にも一流の奴らに劣っているのだろう。
しかし、あんな巨体が今までどこにいたんだ?
「主よ、あれもゾンビじゃ」
言われてよく見れば確かに所々が腐っているように見える。
今まで見つけられなかったのではなく、いなかったのだ。
「あれが、敵の切り札か」
「そのようじゃのぅ。街の周辺におった偵察用のゴースト共も消えておる。恐らくあのサイクロプスに力を集中しておるのじゃろう」
本命のモンスターの大群がやられてしまい、慌てて切り札を切ってきたってところか。
街中にサイクロプスを召喚しなかったのはなぜかは分からないが。
サイクロプスゾンビがゆっくりとした足取りでこちらに向かってきている。
この街の城壁は15mほどだ。奴がここまでたどり着けば城壁の上にいる冒険者達は、腕に持った大木のようなサイズの棍棒を降り下ろすのにちょうどいい高さになる。
サイクロプスが城壁までたどり着いたらアウトだ。そうなれば本来俺達を守るためにある壁は、俺達を叩き潰す凶器になりうる。
奴を倒すなら、周りに何もない今が最大のチャンスなのだ。
それに気がついているのか、城壁の上にいた領主が魔法による一斉攻撃を指示し始めた。
様々な人間の魔力が城壁の上に集まるが、目を見張るほどの魔法は無いように感じる。
これなら俺の方が強力な攻撃を放てるだろう。
「放て!!」
領主の号令で魔術師達が一斉に火魔法を放つ。
放たれた火魔法は、弧を描きながらサイクロプスの胸部に激突していく。
魔術師以外の者が歓声を上げる。
魔法を放った当の魔術師達は今の攻撃でほとんどのものが力尽きて気絶してしまっていた。
モンスターの大群との戦闘でかなり消耗していたようだ。
煙がはれると火魔法が直撃した部分は、消し飛んでおり、首の骨が折れたのかサイクロプスの頭はぶらぶらと左側で揺れていた。
しかし、そんな状態からこちらを見続けている瞳はなんの感情もうつしていない。
直撃を受けてなお前進を止めないサイクロプスに冒険者達はみな唖然としていた。
「領主のおっさん!!無駄だ。あのサイクロプスはゾンビだ!」
俺の声に領主が反応する。声をかけて思い出したが、俺は領主の名前を知らない。
サイクロプスから淡い光が放たれる。光が消えると、体の損傷が無くなっていた。
やはりスケルトンウォーリアーやゾンビマザーのように再生するようだ。
「ジル、アンデッドの再生って自動なのか?」
ゾンビマザーの再生は自動で行われていたように思う。
「いや、絶対にそうというわけではないのぅ、作戦に必要だったりする特別な個体をのぞけばアンデッドの再生は術者の意志で行うんじゃ。あんなデカブツの再生にはそれこそすごい量の魔力が必要じゃからな。そんな魔力をいきなり自動的に吸われたら術者も倒れてしまうわ」
つまり、どこか見えるところに黒幕がいる訳だ。
それも、おそらく冒険者のなかに裏切り者がいる。人類の裏切り者が。
「ジル、俺があのサイクロプスをなんとか足止めする。その間に術者を見つけて何とかしてくれ」
「うむ、不可能ではないがなかなか骨が折れる話じゃのぅ」
「アイラ、すまないが一緒に来てくれ。エミィ、ジルに協力してやってくれ」
「はい、ご主人様」
「術者のほうはお任せください」
ジルとエミィが街の中に戻っていくのを見届け、アイラと共にサイクロプスゾンビを迎え撃つために前に出る。
城門から200mほどのところで止まり迎撃の準備をするがもう目の前までサイクロプスゾンビがせまって来ている為、ポーションで体力と魔力を回復させるくらいしか出来ない。
ラルたちには遠距離からの弓と魔法攻撃を担当する部隊と、俺と共に直接サイクロプスゾンビと戦う部隊に分かれるように指示した。
ルビーは先ほどの暴食で食べた物の消化が済んでおらず、体積をコントロールできない状態だったので西門付近において来た。一応、何匹かゴブリンをつけているので大丈夫だと思う。
「ラル、遠距離攻撃部隊には足元を狙うように指示しろ。接近戦闘部隊も近づき過ぎないように注意して槍での攻撃を中心にして時間を稼げ」
ラルが了承の意を示すと、ゴブリンたちは統率された動きを見せる。
総数16匹のアーチャー系ゴブリンとメイジ系ゴブリンは矢と魔法の届く限界の距離からサイクロプスゾンビの右足を集中的に狙い始めた。
矢でのダメージは微々たる物だと思っていたが、どうやら火矢を作成して攻撃を行っているようだ。
先ほどの火魔法での攻撃をしっかりと見て火での攻撃が有効であると理解しているようだ。こいつら本当に賢くなってるな。
ラルたち接近戦闘部隊も、己の名にこだわらずに俺の指示通りに槍での攻撃に専念しているようだ。こいつらも右足を狙っているが遠距離組の射線をしっかりと確保している。
ゴブリンたちの攻撃が始まってわずかに進行速度が落ちてきた。まぁ、いくらゾンビでも物理的に足が破壊されていれば歩く速度は落ちるに決まっている。
俺も、ラル達だけに押し付けず左足のほうを狙う。絶霧に【回復魔法】を纏わせて最高速度で刀を振りぬく。
左足首が半ばまで切断され、切った部分がサラサラと崩れていくが数十cmほどで崩壊が止まる。
再生は出来ないようだ。これならジル達を待たずにこいつを倒せるかもしれない。
そう考えていると、サイクロプスゾンビは自らの右足首を太ももの半ばから引きちぎりバクバクと食べてしまった。
少しすると引きちぎられた部分から足が再生し始めたため、サイクロプスゾンビの撃破はあきらめることにした。
「それでも、【回復魔法】での攻撃が有効なのは事実だししばらくこれで行くか」
サイクロプスゾンビが自らの足を引きちぎっている間は足が完全に止まるのだから時間稼ぎは可能だ。
サイクロプスゾンビの右腕が上がったかと思うと、俺の胴体よりも太い大木で出来た棍棒が俺の頭上からすごい勢いで降って来た。
やばい、回避が間に合わない。と両目を棍棒に固定しながら考えていると、俺の左側からアイラがものすごいスピードで駆け寄ってきた。
来るな!!と叫ぶ間も無く、アイラは棍棒へと向かっていった。勢いをつけジャンプしトリプルアクセルのように空中で体を回すアイラ。
空中で棍棒と接触する瞬間、右手の【護手】を回転の勢いそのままに棍棒にたたきつけたその瞬間、
サイクロプスゾンビの棍棒が弾き飛ばされ、サイクロプスゾンビが尻餅をついてしまった。
目の前でありえない現象が起こっているが、すぐに原因に心当たりが浮かんでくる。
アイラの【護手】の効果だ。
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護手+5
【衝撃反射】+5
一定の確率であらゆる攻撃をはじき返す。
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いわゆるノックバックってやつだ。
本来、防御の為の効果なのだろうが、ここまですごいと攻撃としても優秀だ。
「ご主人様、ご無事ですか!?」
アイラが慌てて俺に確認を取る。
「ああ、助かった。ありがとう、アイラ」
「いえ、当然のことです」
俺は、サイクロプスゾンビが立ち上がろうとしているのをみて、土魔法でサイクロプスゾンビの右手の辺りに1mほどの穴を作り、サイクロプスゾンビの体勢を崩させる。
「ラル!!」
一言声をかけると、ラルはすぐさま俺の意図を理解する。近接戦闘組を引き連れてサイクロプスゾンビの四肢を狙い体勢を整えさせない。
その間に出来うる限りの【回復魔法】を刀に込めておく。【回復魔法】は魔力を循環させなければいけないため、本当は患部に長く触れているほうがいい。
しかし、何度かサイクロプスゾンビを攻撃しているうちに気づいたが、接触面積が多ければ接触時間の短さをカバーできるようだ。これは普通の【回復魔法】でも応用できるかもしれない。
ラル達との連携でサイクロプスゾンビは両手両足を土の中で固定され、ブリッジのような姿勢のまま動けなくなっていた。
後は、ジルたちが術者を見つけ出して術を止めてくれれば解決だ。サイクロプスゾンビが消滅したのはブリッジの姿勢にしてから15分後の事だった。
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わらわは、主からの頼まれごとを果たすために城壁の外から街の中へと向かっておった。
主は、わらわ以外のネクロマンサーを探して術を止めさせろと頼んできた。
親愛なるわらわの主からの頼みじゃ、見事果たしてみせよう。
「とはいえ、ネクロマンサーはどこにおるんじゃ?」
後ろでエミィがため息をつきよった。失礼な奴じゃ。
「ジルさん、なんの考えもなしに街に戻ったんですか?」
「そ、そんなこと無いわぃ。えっと、そうじゃ、冒険者の中にネクロマンサーがいる可能性が高いのぅ」
なぜかは知らんが主がそう言っておったからきっとそうなんじゃろう。
「そうですね。サイクロプスの出現のタイミングが良すぎますし、なにより用意が周到すぎます」
わらわも、うむ、とうなづいた。
ゾンビマザーでの内部への攻撃。その後、本命の圧倒的数のモンスターの大群。さらに本命すら破られたときの為の切り札。
どれも主によって早期に対処され大事に至らなかったが、
魔族はそんなにまどろっこしい作戦は考えない。そう言いたいんじゃろ。
「この攻撃は人間臭すぎます。でも、あの数のモンスターをただの人間が操れるとは思いません」
「そうじゃな、あのモンスターたちはちゃんとした意思でこの街を襲っておるようじゃったし」
「つまり、おそらく相手は『邪神教』の信者であると思われます」
『邪神教』の名はあまり好きではない。わらわたちヴァンパイアは普通の人間や亜人の神を崇拝していないのだ。
その為、わらわが『邪神教』の名前で呼ばれたこともある。
「そうか、気をつけねばの」
『邪神教』の信者は、邪神からモンスターを与えられることがあるのだ。
つまり、そんな邪神から手に入れたモンスターがまだその術者の近くにいる可能性があるのじゃ。
む、む、城壁のほうで大きな魔力が城壁の外に向かって流れている。
これは、術者がサイクロプスゾンビに『回復』用の魔力を送っているのだろう。
「エミィ、おったぞ。城壁の上じゃ」
「えっ? ああ、魔力の流れで見つけたんですね。分かりました。術者はまだ上にいますか?一緒に行きましょう」
どうやってみつけたんですか、と聞かないのはさすがじゃのう。すぐに魔力の流れでの感知に気がついたようだ。
すぐに城壁の上に移動したが、今現在城壁の上には100人位の冒険者がおった。
この中から、さらにネクロマンサーを見つけねばいかんとは。主にも言ったが骨が折れるのぅ。
すると、ズドンッとすごい音が東門の外から聞こえてきおった。なんと、音の原因はサイクロプスゾンビの尻餅のようじゃ。さすがわらわの主じゃ。
そう思っておったが話を聞いておると、どうやらサイクロプスゾンビに尻餅をつかせたのはアイラのようじゃ。
ふと、周りを見渡すとみながアイラと主に夢中になっておったが、1人だけ憎々しそうにわらわの主を見ておる。
「どうやら、あの男が術者のようじゃ」
「あの人ですか?随分普通ですね」
「そんなものじゃろう?さっさと捕まえてしまおう」
「そうですね」
わらわとエミィで背後から近づいていき、術者を気絶させた。
使用したのは、別行動が決まった時に主から渡された『スタンボール』と言う魔鉱石製の金属の弾じゃ。
魔鉱石には特別に【電撃魔法】を込めてもらっておる。それをぶつければ一瞬で体が動かなくなると主が言っておった。
「これで、大丈夫ですか?」
「そうじゃな、後はそこの男にでも聞いてみるしかないのぅ」
サイクロプスゾンビが身動き取れない状態で辱めを受けておる。見ていて忍びないが、術者を気絶させたのですぐに消えるじゃろう。
「サイクロプスゾンビが消えていくぞ!!」
周りで上がる歓声。みなはわらわの主に賞賛を送っておるようじゃ。ようやく、長い夜が終わったのかのぅ。