第161話
私、ビグル・ノートルは教会の優秀な『審査官』である。
いや違う、優秀なビグル・ノートルの職業は『審査官』であると言うだけだ。
私が才覚を発揮するのは何も『審査官』という限られた分野だけではない。
魔術の才能にも溢れ、ひとたび部隊の指揮を取れば私に率いられた者達は古今無双の精鋭へと変化する。
そんなあらゆる才能に恵まれた私ではあるが、欠点が無いわけではない。
私の欠点。それは、『敗北』を知らない、と言う事だろう。
私は今までの人生で勝負事に負けたことがないのだ。
しかし、これは当然と言ってもいいだろう。
あらゆる才能に恵まれたこの私に対して『神』は、私と言う存在に相応しい受け皿と言える『名門貴族・ノートル家』の嫡男と言う地位を用意してくれた。
これで負けろというのが無理な話だ。
おそらく、このように話してしまえば多くの者が私について誤解をするだろう。
そう、ビグル・ノートルの数多くの輝かしい勝利は貴族という肩書きによってもたらされた物、という誤解をだ。
もちろん知性にも秀でている私は今までの勝負事に『ノートル家』の肩書きを躊躇なく利用している。
しかし、それはあくまでも武器の一つ、と言うだけのことだ。
使い勝手の良い、目減りしない武器を多用するのは当然の事だろう?
それに、優秀な私は『ノートル家』の肩書きなど無くとも全ての勝負にあっさりと勝利している事だろう。
そんな私が許せないモノが二つある。
1つは、与えられた身分もわきまえず私達の近くに這い上がって来ようとする痴れ者。
特に、『獣人』や『亜人』などと言った獣共を一部とは言え、私と同じ『人間』扱いする『背信者』や薄汚い方法でかき集めた金銭などで成り上がろうとする『冒険者』共。
もう1つは、これほどまでに『神』に愛されている私すら持っていない『加護』を何の間違いか手にしている恥知らず共だ。
身の丈に合わぬ物をその身に宿したのなら、早々に自害すべきではないだろうか。
そんな不心得者から『財産』を!!『仲間』を!!いや、全てを本来の持ち主である私へと取り返せる『審査官』と言う仕事はとても私に合っていた。
そして、いつものように大陸中の簒奪者共から『私の財貨』を取り戻すためにせっせと仕事をしている時にひょんな事から『あの男』の事を知った。
『冒険者の街』での数々の武勇伝が綴られた十数枚の『報告書』には、彼が『獣人』や『亜人』だけではなく『モンスター』すら人並みに扱い、あまつさえ『加護』を持った『冒険者』であると記載されていた。
『報告書』を読み終えた私は、すぐに部下を『冒険者の街』へと送り情報収集を行わせた。
『あの男』の追加報告が入った。
どうやら奴は『奴隷』を自分のパーティメンバーにしているらしい。
『虎獣人』で【魔物使い】の雌と『ヴァンパイア』でおそらく【魔術師】の雌、そして【錬金術師】の女性の奴隷がメンバーのようだ。
パーティ構成から考えて【魔法剣士】である奴と獣どもが戦闘を担当し、【錬金術師】がサポートに回るのだろう。
これは噂の域を出ないが、街の近くにある『灼熱竜』様の遊戯迷宮を踏破した、などと言う荒唐無稽な話まで出ていた。
「これは、ダメだね」
そう、ダメだ。こんな奴が『加護』を持ち、あまつさえ『灼熱竜』様の遊戯迷宮にまで足を踏み入れるなんて、許されない。
こんな事になったのも、奴がそれなりの大金を手に入れたことが原因であろう。
少し調べて分かったのがそれなりに高価な薬である『青春薬』と『白磁器』と呼ばれる金属でも木製でも無い新しい高級食器を『錬金術師ギルド』へと定期的に納めていると言う事だ。
おそらく、これらで手に入れた金銭で装備を充実させ、遊戯迷宮に挑んだに違いない。
これだから、身の程を知らぬクズは嫌いなのだ。
しかし、奴はこれらの品をどこから調達してるのか?
部下の続報を待つ間、私は奴の事をより知っておく為にも『報告書』をもう一度最初から読み直すのだった。
「そうか!!どちらも街の近くにある奴らの拠点で生産されているのだな」
部下から送られて来た新たな『報告書』の情報によって、ついに奴らの資金源を突き止めた私は出かける支度を始めることにした。
拠点で作られている、とは言ったがおそらく奴が自分のそばに置いている【錬金術師】の女性が鍵を握っているはずだ。
そうで無ければ、戦闘が得意では無い【錬金術師】を無理に自らのそばに置いておく必要は無いはずだ。
つまり、『彼女』さえ押さえてしまえば奴らの活動は停滞するはずなのだから。
やはり『神』は私の味方のようだ。
合理的な考えから同行を決めた『魔術小隊』を引き連れて私は『冒険者の街』へと向かっていた。
その途中、ブレトでの休息中に『冒険者の街』にいる部下からの連絡が入ったのだ。
今、奴は街に居ないらしい。
その報告を最初に聞いた時、私は奴に憤りを感じていた。
私が怖くて逃げ出したのだ、と。
しかし、続く部下の報告は私を一瞬にして歓喜させた。
【錬金術師】の女性は時折、一人で街や村に戻ってきているようだ。
「奴に会わずに『彼女』を『保護』出来そうだね」
別に奴と会いたくない訳ではない。
聡明な私は無駄な労力を使いたくないだけだ。
『彼女』さえ押さえてしまえば、あとは勝手に奴の方から私に会いに来るだろう。
ただの奴隷なら戻ってこない事もあるだろうが、大事な収入源をみすみす見捨てる筈がない。
私は準備万端整えて、奴を返り討ちにしてやればいい。
ならば行うべき『神の采配』は『代理決闘』が良いだろう。
力を試したいペットもいるので丁度いい。
もちろん、奴らの拠点は封鎖しておくべきだろう。あの拠点にはミノタウロスがいると言う情報だ。
もちろん私のペットには敵わないだろうが、用心に越したことはないだろう。
きっと、奴らは『ヴァンパイア』の【魔術師】を『決闘』に参加させるはずだ。
しかし、今回の私のペットには【魔法】は通用しない。
ついでに、装備品の使用を禁止にしてしまえば奴らは手も足も出ないだろう。
「くくっ、なにが『加護』持ちだ。私の足元にも及ばないではないか」
私は、少し早めの勝利の美酒を楽しむのだった。
「この村に、【錬金術師】の女性がいるはずだ。おとなしく私について来てもらおうか」
『冒険者の街』に到着してすぐに奴らが『ゴブリン村』と呼んでいる拠点を訪ねて、【錬金術師】の女性を探し始める。
「私が【錬金術師】です」
私の前に現れたのは、やや小柄な女性だった。
確かに報告書にある情報と背格好が一致する。そうか、こいつが巨万の富を産む金の成る木か。
「あなたの主人に背信の疑いがかけられている。あなたにも参考人として意見をうかがいたい」
【錬金術師】は少し考えて小さく頷いた。
おそらく、上手く立ち回れば奴隷の身分から解放される、とでも考えているのだろう。
「では早速、同行願おうか」
「待ってください。何の準備も出来てないんですよ。少し、身支度の時間をください」
確かに、いくら『奴隷』の身分とは言え人間の女性に対してあまりに無作法だ。
「わかりました。しばらく待ちましょう」
あくまで、村からは出て行かない事を伝えて、村の入口で待つ事にした。
なにやら、村人達に言い含めているようだが大した事など出来はしないだろう。
「お待たせしました」
小さな鞄一つで身支度を終えた【錬金術師】が私達の前にやってきた。
「そんなに小さな鞄一つでいいのですか?」
「ええ、問題ありません」
周りに居た護衛たちが鞄の中を確認しようと『彼女』に近づいて行くのですぐに制止をかけた。
「やめなさい。女性の鞄の中身を暴くなど、紳士のする事ではないよ」
「しかし、」
未だに引かない護衛をギロリと睨みつける。
この私に口答えするつもりかい?
「・・・失礼しました」
まったく、最初から素直に私の言うことを聞いていれば良いんだよ。
どうせ、あの中では何も出来ないのだから。
【錬金術師】の女性は私の予想を裏切り、奴隷身分の解放を求めては来なかった。
それどころか、彼女から奴の新しい情報を得ることすら出来ずにいた。
「私がご主人様を裏切る?そんな事はありえません」
きっぱりと【錬金術師】の女が答える。
考えるまでもないことだが冒険者に買われた奴隷達は解放を望むのが普通だ。
戦闘では矢面に立たされたり捨て駒にされたりと散々な扱いを受けるのだから当然である。
とは言え、目の前の【錬金術師】は実際に私が提示した条件を断っているのだ。
これは少し角度を変えて攻めてみるべきかもしれない。
「分かった。では君の主人に直接交渉してみるとしよう」
高値で売れると分かれば奴もすぐに頷くはずだ。
「構いません。どうぞお好きに交渉なさってください」
そう言って、【錬金術師】はそれ以降一言も口を開かなくなってしまった。
私は、『彼女』に言われたとおり、奴に奴隷売買を持ちかける事にした。
「断る」
『彼女』の主人も私の予想に反してきっぱりとした拒絶の言葉を発した。
『彼女』が私の下での生活を気に入っている、と話した時には動揺していたようだが、いざ売却の話を振ってみると全く取り付く島も無かった。
せっかく、こちらは金貨30枚もの大金をくれてやる、と言っていると言うのに。
もっともこれは、奴が『彼女』が金の成る木である事を知っているからだろう。
奴との決着を明日に控えて私は今一度、奴との会話を見ていた『彼女』の説得を試みる事にした。
「君も見ていただろう?彼は、君が思うほどの男ではないよ?」
奴が私との会話で動揺していた事を指摘して『彼女』を落としにかかる。
しかし、
「あぁ、ご主人様。あんなに悲しそうな顔をして。私をだれかに奪われるのがそんなお辛いんですね」
なぜか『彼女』は恍惚とした表情で潤んだ瞳で何もない中空を見つめている。
どうやら、私の言葉は届いていないようだ。
まあいい。明日の『決闘』が済めば、『彼女』を含む奴の財産を全て奪う、もとい没収する事が出来るのだから。
「君の主人はどうやら、ヴァンパイアの雌を明日の『決闘』に出すつもりの様だよ?」
あの奴隷は、かなりの強さのようだが情報によれば【魔術師】系統の職種だ。
私の用意した『アレ』に敵うはずが無い。
「あぁ、あと今日屋敷に来なかった『獣人』は街と森を行ったり来たりして彼らと合流したみたいだね」
当然の事だが、相手の人員くらいは把握している。
あの『獣人』が奴の右腕とも呼べる存在だと言う事くらい調べはついている。
「明日も屋敷には来ないんだろうね」
この屋敷に忍び込むか、森の部隊にちょっかいをかけるかのどちらかだろう。
部下をはりつかせておけばどうということもない。
「これで明日には君は私の物になる訳だ」
すでに『彼女』の主人は詰んでいる。
やはり『加護』を持っていると言っても大した事は無い。
明日は奴の悔しがる顔を見てそれを肴に勝利の美酒をあおるとしよう。