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第159話



「結論から言おう。敵は馬鹿だし大物だ」


 俺がややうんざりしながらそう結論づけると、アイラやジルはおろか、フレイまで頷いていた。


 あれから情報収集の焦点を『審査官』に合わせたのだが、中々に酷かった。

 彼は『審査官』らしく非常に優秀な頭脳を持ち、その上努力家らしい。

 本人も『魔術師』の才能を持っており自ら前線での指揮を取ることもある。


 しかし、性格はまるで子供のようだった。

 『魔術小隊』を引き連れている事からも薄々気づいていたが見栄っ張りで負けず嫌い。

 自分が優秀で実家が有力な『貴族』である事も自覚的である。

 そしてそれらが原因で人間関係をこじらせてトラブルを起こす事が多い。

 極めつけはそうして起こった諍いを他人のせいにする。




 なんと言い表せば良いのか迷ったあげくの言葉が、『馬鹿で大物』。


「学校の成績だけは良かった使えない社会人、ってのが近いのかな?」


 俺はまだ元の世界で社会に出たことが無い。

 しかし、サラリーマンである父は良くそんな愚痴をこぼしていた気がする。

 いわく、大した仕事も出来ないのにプライドばかり高くて協調性がない、のだそうだ。

 未だに会ったことは無いがそんな奴なのだろう。

  

「とにかく、頭だけは良いみたいだし気をつけないとな」


 協調性は無くても、教科書通りのセオリーは知っている、と言う事なのだろう。

 

 その証拠にエミィの居場所すら掴めない。

 同時に短気そうな彼が苛立っていない、と言うことは今の状況は想定していたのだろう。

 それを隠せていないので何か考えがあるのがバレバレなのだが。

 

「つまり、探索に本腰を入れない理由があるわけですね?」


 フレイの家で集めた情報を整理しながらアイラが俺に確認してくる。


「多分、エミィの身柄を押さえた事で自分が有利だと確信しているんだろうな」


「しかし、何故そう思うんじゃ?」


「それは、多分『白磁器』や『青春薬』の制作者がエミィだと知っているから、じゃないかな?」


 厳密には俺やアーティストゴブリン達がいるのだが、流石にゴブリンが『白磁器』を作るなんて想像してないのだろう。


 俺達の主な資金の調達方法が『白磁器』と『青春薬』だと考えているのなら『錬金術師』であるエミィの身柄さえ確保出来ていれば近いうちに降伏するはず、と考えているのだろう。


「とは言え、『教会』としての建前は必要、なんだろうな」


 今までの彼の『審査』についても調べたが実にワンパターンだった。


 今回の俺達の様に要となる部分を押さえて、相手からの接触を待ち続ける。

 そして『チャンス』と言う名の絶対に勝てない勝負を持ちかけるのだった。

 

「そのためにわざわざ【契約】まで使う徹底ぶりだしな」


 これでは、勝負の最中に相手の罠に気がついても約束を反故にできない。

 詐欺師のような手際だ。

 

「勝負、とはどんな事をするんじゃ?」


「多分、『神の采配』じゃないかな?」


 ジルの質問に答えたのは、ちょうど扉から入って来た灼熱竜のセルヴァだった。


「なんだか、面白い事になってるねぇ~」


 言葉通り楽しそうに話すセルヴァ。

 街に戻ってから彼女とは連絡を取った覚えは無いが、彼女の鼻なら居場所など筒抜けなのだろう。


「大丈夫。ヒビキならあんな奴らに負けるわけ無いよ。私に勝ったヒビキなら楽勝だよね」


 つまり、助けてくれるつもりはない、と言う事だろう。

 まあ、これはある程度予想していたことだ。

 助けてくれるつもりがあるなら、すでに解決しているはずなのだ。

 それに、助けてくれない理由もなんとなくだが、想像がつく。


「はぁ~、『教会』の連中相手にヒビキがどんなふうに戦うのか、今から楽しみだなぁ」


 これが灼熱竜と言う生き物なのだろう。


 彼女に、俺と君の関係は?と問えば、モジモジしながら頬を赤く染めて、


『友達!!』


と答えてくれるだろう。

 友人の少ない彼女にとって俺たちは数少ない遊び相手でもあるはずだ。


 しかし、灼熱竜は物見高いのだ。

 お気に入りの人間が困難に立ち向かう姿を好む。

 もちろん、助力を請えば答えてくれるだろう。しかし解決はしてくれない。


 勇者に魔王を倒せる装備を与える事はあっても、勇者と共に魔王を倒しには来てくれない。


 今回も、俺を応援してくれてはいるが仲裁に入ってはくれない。


「『神の采配』ってのはなんなんだ?」


 だから、どこかひとごとなセルヴァの態度を気にせず質問する。


「えっと、この世のあらゆる事は神々が決めるから偶然なんて無い、だったかな?」


 この後、フレイにも注釈してもらったが、つまりは『神はサイコロを振らない』と言うことらしい。

 争いが起きてもそれは神によって勝敗を決定されるので、勝負の後に文句を言うな。と言うことだ。


 この世はいかに不利な状況でも、正しい方が勝つように出来ている。


「それ、本当なのか?」


 流石に複数の神から『加護』を与えられ【神託】で神から返答までもらっている身としては、そんなファンタジーな言葉も真に受けてしまいそうになる。

 今までの戦闘の結果も全て決められていた、と言われると流石にショックが大きすぎる。


「まさか。そんなわけ無いじゃない。戦いは強い方が勝つに決まってるじゃない」


「『全滅』。お前、そんなに神様に夢を見てちゃだめだぞ。もっと現実をみろよ?」

 

 ファンタジー世界の住人に夢見がちとか言われてしまった。

 若干理不尽に思えるが仕方がない。

 話を進める事にした。


「じゃあ、他の街でやってたって言う『アレ』が『神の采配』ってやつか」


「そうだろうな。しかし、本当に『アレ』で勝負するつもりなら残念だが今の我々では勝ち目は無いぞ?」


 フレイが渋面で俺に進言してくれる。

 確かに村を封鎖されている事が効いている。

 せめてルビーを連れて来ていれば良かったのだが。あいにくと、ルビーは街に残ってテオを苛め、もとい特訓中だ。


 まさか、『審査官』はここまで考えていたのだろうか。


「何をいっておる?ここに頼りになる者がおるではないか」


 ジルが胸を張って自らを指す。


「いや、ジルじゃ駄目なんだよ」


 『審査官』の提示するであろう『神の采配』にはジルだけではなくアイラや俺も参加できない。

 ここで『アレ』に参加できるのはゴブリン達だけだが、それでは流石に戦力不足だろう。


「くふふ」


 なぜかジルは嬉しそうに笑っている。


「どうかしたのか?」


「いや、主の優しさを噛みしめておったところじゃ」


「うん?どういうことだ?」


「主よ、わらわとの出会いを少し思い出してみるとよいぞ」



 そう言いながらジルが上機嫌で部屋を出て行った。

 他のヴァンパイア達も少し嬉しそうにしていたのを見て、ようやくジルが言いたい事に気がついたのだった。







「頼もう!!」


 昨晩の話し合いである程度の『勝算』を見出した俺達は出来るだけの準備を終えて領主の館を尋ねる事にした。

 俺達はすぐに館の使用人によって館の主であるギーレンを通さずに問題の『審査官』の元に案内される事になった。


「ギーレンを通さずに直接『審査官』の所に連れて行かれるって大丈夫なのか?」


「普通はありえんじゃろう。これでは領主のメンツを潰してしまいかねん」


 つまり、この対応には理由があるのだろう。

 その理由がギーレンの物か『審査官』の物かは分からないが。




「ようこそ、冒険者ヒビキ殿」


 使用人に案内された先の部屋では『審査官』が優雅に飲み物を飲んでいた。

 これまでこの世界の『貴族』と言うものにそれほど縁があったわけではないがどうやら俺の持つ『貴族』のイメージはそれほど間違いではないと理解した。


 言葉だけなら一介の冒険者である俺に丁寧な対応をしてくれている様に思えるが、目の前にいるこの男の目には嘲笑と侮蔑がありありと浮かんでいるが分かる。

 俺の事などどうでも良い。さっさとその身に余る利益を手放せ。と目で語ってきている。


「エミィを返せ」


 こちらも彼の思い描いているであろう『粗野な冒険者』を装って端的にこちらの要件を伝える。


「エミィ?あぁ、『錬金術師』の彼女なら私が丁重に持て成しているよ。どうやら、私の下での生活を気に入ってくれているようで君の元に帰りたく無いと言い出してね」


 『審査官』の言葉に少しだけ反応してしまう。

 全く考えていなかったがほんの一瞬、本当にそうであったらどうしよう、と不安になってしまった。

 連絡が取れないのも、居場所が掴めないのも、エミィが自ら姿を隠しているのだとしたら?

 そんなエミィに対して失礼すぎる想像をしてしまったのだ。


「馬鹿者。あのような戯言を信じるな」


 ジルがそんな情けない俺を現実に引き戻してくれた。


「だいたい、あの男はエミィの名前すら覚えておらんかったろうが」


 確かに『錬金術師』の彼女、と『審査官』は話した。

 奴にとって『エミィ』と言う個人は重要では無い、という事だ。


「それに何より、あの女が主以外の者にかしずく姿など想像も出来んわ」


 その通りだ。エミィの事を疑うなんてそれこそ彼女の主人失格だろう。

 エミィからは契約を超えた愛情をもらっているのだから。

 これ以上彼女達の信頼を裏切るわけにはいかない。


「ありがと、ジル」


「かまわぬ」


 俺はニヤニヤとこちらを見ている『審査官』に顔を向けて話し始めた。


「それが真実だろうがあれは俺の所有物だ。『教会』は他人の財産を盗むのか?」


 奴の言葉に対する返答としてはいささか情けないが、これが『正論』である。

 想像でも気分のいい物ではないが、例えエミィが本当に戻りたくない、と主張していてもエミィは俺の所有物だ。

 そんな奴隷を匿って主人から引き離せばそれは立派な財産の略奪だ。


「そうですね。ではこうしましょう。私が彼女を買いましょう」


 この展開は想像していた。

 自分にとって有益な奴隷を他人から購入する、と言うのは当然違法ではない。

 しかも、この場合真実はどうであれ、横暴な主人から可哀想な奴隷を買い上げた『教会』に所属する心優しい『貴族』に見えるのではないだろうか。


「断る」


 だからこそ、俺は一瞬の躊躇も無く返事を返すことにした。


「・・・金貨30枚までなら出しましょう」


「断る。さっさとエミィを返せ」


 金額など関係ない。

 これも間髪を入れずに断る。


「やれやれ、強情ですね。いや、強欲なのかな?」


 この金額で手を引けばいいものを、と『審査官』が言葉を吐き捨てた。



「では仕方がありませんね。冒険者ヒビキ、あなたには大量のモンスターを街の近くにおびき寄せ、ウェフベルクの街を危険に晒した疑いにより身柄の拘束と財産の没収を宣言します」


「異議あり、だ」


 忌々しそうに『審査官』が俺を睨んでくる。

 『教会』の教義ではあらゆる疑いに対して『異議』を申し立てることが出来る、と明記されている。

 とは言え、多くの人達はそんな事も知らずに生活し、高圧的な『審査官』からの『嫌疑』を受け入れてしまうらしい。


 セルヴァが言っていた『神の采配』は被告側の『異議』があって初めて執り行われる物なので俺はしっかりと『異議』を申し立てた。


「・・・では、この審議は『神の采配』にて決着を付ける事とする」


 『異議』の申し立てを握りつぶされる可能性も考えていたのだが、どうやら『神の采配』は行われるようだ。

 まぁ、揉み消されそうになったらギーレンを連れて来るつもりだったので問題はない。

 とは言え、ギーレンには『神の采配』の見届け人を頼む事になったのでその後すぐに顔を合わせることになった。






 

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