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第144話





 戦闘を終えて海岸線沿いに待機していた信者達と合流する。

 戦闘に参加した者が全員無事だと聞いてその家族や友人たちから安堵の声が漏れる。

 俺達も信者達からもみくちゃにされて帰還を祝われた。 





「こっちですよ、冒険者さん。もうすぐです」


 俺に『医者』の存在を教えてくれた猫獣人の男性に連れられて信者達の列の中を歩く。

 長く続く行列にはある程度の住み分けが行われているので少し歩くとガラリと様子が変わる。

 とは言え数の多い猫獣人はどこでも見かける。

 特にこの辺りには猫獣人が多く住んでいるようで先程から猫獣人とばかりすれ違う。


「デトク先生は猫獣人なのか?」


「えっと、違います。確か『羊獣人』です」


 『羊獣人』は数が少なく、俺も街で何度かすれ違った事くらいしかない。

 道案内の彼が言ったとおり、少し歩いて目的の場所に着いたようだ。


「先生、デトク先生。冒険者さんを連れてきたんだけど、いる?」


 デトクはやや大きめの荷台の中に簡易的な診療所を設置しているらしい。

 返事を待たずに中に入る猫獣人の彼を追って俺も中に入る。

 荷台の中はかなり散らかっており、乱雑に積まれているのは薬の材料らしき植物の根や葉、擂り潰された鉱物など多彩だ。


「あぁ、今行くからあまり奥には来ないでくれ。荷が崩れてしまうよ」


 のそのそと荷台の奥から這い出るように出てきたのは意外にも女性だった。

 すらりと伸びた手足と男性と見間違われるほどスレンダーな胸。

 頭には小さいながらも特徴的な巻き角があり、それを狭い荷台の中の荷物に引っ掛けないように屈んだままこちらにやって来た。

 ステータスに間違いが無ければ38歳らしい。

 とても40近い女性とは思えない外見だ。


「うん?君が患者かい?生憎だけど君のような若者の欲しがりそうな薬は取り扱ってないんだよ」


「俺のようなって例えばどんな薬の事なんだ?」


 興味が湧いたので聞いてみることにした。


「そうだね、一晩中疲れ知らずになる薬、感度を何倍にもする薬、相手をその気にさせる薬、とかかな?」


 エミィもそうだが、なぜ俺とそう言った薬を結びつけるのだろうか。


「どれも間に合ってるよ。そもそもなんでそんな薬を例えに出すんだ?」

 

 少々トゲがある言い方になってしまったが彼女は笑って答えてくれた。


「君は亜人街では有名人だったからね。沢山の可愛い娘達をはべらせている凄腕の冒険者だってね」


 奴隷をパーティに加え、なおかつそれが美人揃いと来ればそういう趣味だと思われても仕方がないがまさかそれほど目立っていたとは思わなかった。


「人魚にも手を出す節操無しなんだろ?『医者』として、あんまり他の種族との交わりはお勧めしないよ」


 なにより、非生産的だからね。と付け加える。

 亜人との間には子孫が生まれない、と言われているからだろう。


「大丈夫、用があるのは薬じゃなくてあんただから」


 とは言え、こんな話を続けている方が不毛だ。

 なんとか話の流れを戻そうとするが、


「・・・参ったな。こんなおばさんまで狙うとは君は本当に節操無しなんだな」


 呆れた顔でこちらを見るデトク。


「ち、違うぞ!?」


 いつもの癖で慌てて後ろを振り返って言い訳をしようとするが肝心の言い訳相手は今日は別行動だったので後ろには誰もいない。

 しかし、馴れとは恐ろしいものでデトクの発言を聞いた瞬間にぐいっと袖を引っ張られたように感じた。


『熟女がお好みですか?』


 こんな幻聴まで聞こえたような気がしたのだ。


「なにやら挙動不審だな。確かに何かお薬が必要かも知れないね」


「いや、今のは・・・」


 酔っぱらいの『酔ってない』が誰にも信用されないように俺の言い訳もデトクに一蹴されてしまった。


「とはいえ、すまないが今は出せる薬に限りがあってね。とりあえず一回分で許してくれ」


「薬が足りないのか?」


 中に薬草などが入った小さな袋を受け取りながら話を聞く。

 この袋を焚き火に投げ入れればリラックス効果のある匂いが出るらしい。

 まるでアロマテラピーのようだ。


「あぁ、情けない事に材料を確保出来なくてね」


 それでも1年ほど前まではなんとかやれていたらしい。


「『亜人街』にはほとんど物資が届かないからね。薬草を森に取りに行ったりしたんだが患者が増える一方でね」


 デトクはけして熱心な『天龍教』の信者ではないようだ。

 もちろん炊き出しには感謝しているらしいし『天龍教』によって『亜人街』の雰囲気が良くなった、とも言っている。


「しかし、病人達にこの移動は辛いものだ」


 だからこそ、彼女はこの行軍に参加したらしい。

 その為少しずつでも採集していた薬草も取れなくなり、元々十分とは言えない量だった薬がついに底を付き始めたようだ。


「そうか、分かった。『天龍の巫女』に伝えておくよ」


「それは、薬を分けてくれると言う事かい?」


 デトクがこちらをしっかりと見つめて訪ねてくる。

 こちらも真剣に答える。


「それは分からないよ。俺はあくまでも雇われの冒険者だ」


 薬草の手配は俺の中ではほとんど決定事項だが、『雇われ人』の俺にそんな権限があってはおかしいのでそう答えておく。


「頼む。もう薬が無くて動けなくなる者も出始めるはずだ」


 俺は頷いてすぐにその場を後にする事にした。

 ここまで案内してくれた猫獣人の男性に礼を告げ足早に集団の先頭を目指す。







「薬、ですか」


 『天龍の巫女』達とジル、そして今日の分の搬送を終えたエミィとソラが『天龍の巫女』専用の天幕の中で寛いでいたので先程の話を進めることにした。


「あぁ、魔法薬では無い『薬』だな」


 デトクから受け取った薬草入り小袋をエミィに渡しす。


「『医者』の使う薬の材料なら、森でも見つけられますよ」


 エミィが袋の中身を確認しながら答えてくれた。


「本当か?」


「ええ、獣人達なら薬草の匂いを覚えさせればすぐに見つけてくれると思います」


 どうしても必要なら街でも買えますが、と付け加えてくれる。


「じゃあ、早速明日『巫女』の誰かに要望を聞きに行ってもらうか」


「当主様、私が行きます」


 ミラが率先して手を上げてくれたので任せることにした。

 ジルもそうだが、吸血鬼には薬に詳しいものが多いのでデトクの要望をしっかりと聞けるだろう。

 『巫女』が直接動けば、デトクも安心するはずだ。


「で、エミィよ。その袋は使うのかのぅ」


「そうね、夕食の後にでも使ってみましょうか」


 ジルも興味があるようで、袋ごしにくんくんと匂いを嗅いでいる。

 そろそろ、【天龍】の引率をしているアイラも戻ってくる頃だ。

 天幕を離れて野宿の準備を始める。


「申し訳ありません。当主様が外で寝ていらっしゃるというのに」


 ミラが天幕の外までついて来て謝罪してくる。


「いや、いいんだよ。お前たちは『天龍の巫女』なんだから」


 彼女たちは信者達にとってはいわば『アイドル』のようなものだ。

 もちろん『アイドル』は、トイレにも行かないしスキャンダルも起こしてはいけない。

 わざわざ生活感ある姿を見せて、失望されるよりは謎に包まれていたほうが何かと便利だ。


「じゃあお休み。明日はよろしくな」


「はい、おやすみなさいませ」



 天幕を後にして本日の寝床に戻る。

 とはいえ野宿に適した場所を見つけ火を起こすだけだ。

 辺りはすでに暗くなり始めているので急いで火を起こさなくては。


「冒険者さん達、今から焚き火の準備かい?」


 近くの亜人達が話しかけてきた。


「ああ、これから夕飯の準備だよ」


「そりゃ大変だなぁ。ウチの火持っていけよ」


 赤々と燃えた薪を一本手渡された。

 これで種火から火を育てる手間が省けてしまった。


「飯がまだならウチのスープも飲むかい?」


 別の亜人がスープの入った木製のカップを手にやって来た。  

 彼は今はいないアイラの分までわざわざ持ってきてくれた。 


「今日獲った魚が余ってるからこれも食べてくれよ」


 すでに処理が済んで串に刺さっている魚を人数分持ってきてくれた亜人に感謝を伝えて魚を受け取る。


「うむ。みなの心遣い、感謝するぞ」


 ジルは早速スープを飲み始めたが少し熱いようでふぅふぅと何度も空気を送り込んでいる。


「いつもありがとうございます」


 エミィはしっかりと頭を下げてお礼を言ってからカップを受け取る。

 そう、ここ最近いつも、だ。


「なぁに、俺たちは『巫女』様に貰ったもんを返してるだけさぁ」


「そうそう、あんたたちだって同じ『天龍教』の仲間みたいなもんさ」


 彼らが俺達にこうして良くしてくれているのも『天龍の巫女』の教えの賜物のようだ。


「さあ、我らが『巫女』様に」


「ああ、乾杯だぁ」


「いざ、新天地へ」


 『巫女』も『新天地』も事あるごとに口にされる言葉だ。

 それだけその2つへの期待は大きいということだろう。

  

「ただいま戻りました」


 アイラも戻ってきたので食事にすることにした。

 どんなに忙しくても、こうしてみんなで食べる夕食があれば疲れも癒されるというものだ。




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