第142話
「この先に我々の歩みを阻むものがいます。しかし皆で力を合わせれば乗り越えられるはずです」
『天龍の巫女』によって信者達に『予言』が下された。
信者達は少しだけざわつくがすぐに平静を取り戻す。
天に愛され、遠くの事すら見通す『巫女』が乗り越えられると言ってるのだから。
「我こそはと思う者は前に出なさい。我らの友人である彼があなた達に戦う術を与えてくれます」
俺を含めた数人の冒険者達を『巫女』であるミラが紹介する。
信者の中には俺が『亜人街』にいた事を知っている奴もいるが不思議そうな顔をしている者が殆どだ。
「冒険者のヒビキだ。戦闘について指南させてもらう」
俺は、冒険者の代表として挨拶する。
俺以外の指南役冒険者は、ヴェルゴードを含んだ冒険者登録をした吸血鬼達だ。
信者たちから戦闘参加希望者を募るとすぐに受付がパンクする事態になった。
「ええい、希望者は一列に並べっ!!ここに名前と特技を書いたらさっさと次の者と入れ替わらんか!!」
ジルに受付を任せたがあまりの数にキレ始めたので俺達も手伝うことになった。
「これじゃキリが無いな」
「はい、一度募集を打ち切って登録済みの信者達から見込みのありそうな者を選りすぐりましょう」
このままだと信者全員が参加しかねない勢いだったので、ヴェルゴードの意見を採用して募集を打ち切り登録済みの信者達から50人を選抜した。
「まさかあそこまで殺到するとは」
「ここにおる者達は【天龍】をその目で見ておるからのぅ」
老若男女関係なく参加希望者が後を絶たないわけはその辺にあるのだろう。
さて選抜メンバーの50人だが、とりあえずある程度のレベルでスキル持ちを優先して選択した。
中でも変わり種は『象の獣人』のボーデンだろう。
彼は、象そのままの顔を持ち器用に鼻で物を運ぶ事ができる。
もちろん体も大きく力がある上に【先制攻撃】と言う戦闘が始まって最初の攻撃に補正のかかるスキルを持っている。
もっとも、本人は非常に気が弱く【先制攻撃】を一度も発動させた事がないようだ。
「オラ、喧嘩とかからっきしだよぉ」
とはいえ、彼は熱心な信者だ。彼の腕力に見合った重量系の武器を渡すとひと振りで木をへし折る威力を見せてくれた。
おまけにまだまだ余裕がありそうだったのでガチガチの重装甲を纏わせて盾役をお願いすることにした。
ビクビクしながらも首を縦に振ってくれたのでその心意気を買って戦闘が始まったら後ろから【音魔法】で援護してやることにした。
一番多いのは猫獣人だった。ちなみに今回のメンバーの約半分が猫獣人だ。
元々港街にいた獣人の中でも最も多いのが猫獣人だ。
猫獣人は種族的に魚介を好む性質らしく別の港街でも猫獣人はよく見かけられるらしい。
とりあえず、彼らはその身軽さを最大限に発揮してもらうために軽装備で固めてもらった。
森の薄暗い中でもしっかりと相手が見えるので半数に弓を渡し全体の援護を、残り半数にショートソードを渡してさらに2班に分けた。
「では、当主様。部隊をお預かりします」
ショートソードの班の1つをヴェルゴードに任せる事にして森の中で左右から挟撃を仕掛ける予定だ。
相手の正面には重装備のボーデンを戦闘にオーソドックスな鉄の剣と木盾を装備した猫獣人では無い信者の部隊が固めている。
「今は当主様はやめろよ。それと部隊も俺の持ち物じゃないぞ」
「はっ、申し訳ありません」
小声でヴェルゴードをたしなめながら、挨拶を交わし部隊を森の中へと進める。
「ジル。ヴェルゴードと別れたぞ。指示をくれ」
『うむ、よく見えるぞ。ヴェルゴードの奴、張り切っておるな。少し主が遅れておる』
ジルが上空からグリフォンで全体の様子を伝えてくれる。
もちろん、ヴェルゴードにもゴーストを憑けているので左右の部隊の動きの差はすぐに修正されるはずだ。
『うむ、予定通り正面からモンスターの集団が来るぞ。あれは、何と言うモンスターじゃろうのぅ』
ボーデン達からある程度離れた場所で音を立てないように待機を始める。
ボーデン達がいるのは森の中にある開けた場所で、おそらく敵からは丸見えであるはずだ。
その分、ボーデン達も不意打ちを喰らいづらい陣形と言えるであろう。
そこまで考えていた時に目の前をモンスターの集団が横切った。
「ウホッ、ウッホ」
「ギィーギ」
どうやら、一種類のモンスターの群れのようだ。
ステータスには『コークスコング』と表示されていた。
全身を黒い石炭のような物で覆われてるゴリラがナックルウォーキングでドタドタと走り去っていった。
「コークス?」
コークスと石炭の違いが良く分からない。石炭は確か植物か何かの化石だったはずだ。
それと、写真で見た石炭はもっと光沢があった気がする。
「えっと、」
スキルに【精製】があったがもしかしてコークスは石炭の精製物なのだろうか。
見た感じ、それほど鎧に適していない気がするが。
『主よ、そろそろ正面の部隊の弓の射程に奴らが入るぞ』
その言葉に我に返り、戦闘に集中する。
「弓兵部隊の攻撃を開始させろ」
『うむ、攻撃開始じゃ!!』
途端にボーデン達がいる辺りから叫び声が聞こえ始める。
これで『コークスコング』の目はボーデン達に集中するだろう。
「矢の攻撃がやんだら俺達の出番だ」
後ろの10人ほどに話しかける。戦闘経験がある者は一人も居ないようだ。
全員がほとんどあの街を出たことがないらしい。
「あの、大丈夫でしょうか?」
お供の猫獣人が不安そうにこちらを見て聞いてくる。
「今は作戦通りに動いてるから問題ない。ここから先は俺達の頑張り次第だよ」
笑いながら答えて緊張を解こうとしたのだが誰も笑う余裕がないようだ。
「大丈夫さ、『巫女』様達が付いてるから。オレ達は言われた事をやるだけでいいんだ」
不安そうな若者を彼の仲間がなんとか励まそうと努めていた。
徐々にではあるが緊張もほぐれて来たようなので突撃の準備をさせる。
「よし、行くぞ!!」
これが信者たちの初戦闘である。
俺が引き連れていた10人程のお供は思い思いに叫んでモンスターの群れに突っ込んでいくのだった。