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第141話



 その日は朝から薄暗い日だった。

 空が雲に覆われて日の光がほとんど届いていないためだ。

 しかし『亜人街』の住人達の顔は一様に明るい。

 なにせ今日は一週間に一度の『演奏会』の日だ。

 老いも若きもウキウキして『奇跡の家』のある広場に向かっている。


 しかし、その満面の笑みは広場に向かって歩くごとに変わっていく。


 あるものは不思議そうに。

 またあるものは不安げに。


 広場に到着した者達は、所狭しと広場を埋め尽くしているが、不思議な事に広場の中心には空白地帯があった。


「どうなってるんだ!?」


「巫女様もいないのか!?」


「『奇跡の家』が無いだと!?」


 そう、住人達の精神的な支えとなっていた『奇跡の家』が消えていた。

 

 騒ぎは広場から『亜人街』全体に広がって行く。

 しばらくするといたるところから悲鳴や泣き声が飛び交う様になってしまった。

 しかし一部の者達は落ち着いていた。


「巫女様は旅立ちに俺達を連れていってくれる、と言っていた」


「ああ、すぐに出立の準備をしよう」


 彼らの冷静な行動を見て、悲観に暮れた者達も置いて行かれては敵わぬ、と半信半疑で荷物をまとめ始める。

 こうして、『亜人街』が一時の平穏を得た頃、街の外から『旅立ち』を告げる者が現れた。



 雪のように純白なハーピーの背に乗りやってきたそれは、『亜人街』の上空を一回りするとゆっくりと『奇跡の家』跡地へと降り立った。

 

 広場は既に出立の準備を終えた者達で溢れ返っていたが誰も言葉を漏らさずただ純白のハーピーの背から降りた『天龍の巫女』を見つめていた。


「向かいましょう。新天地へ」


 『天龍の巫女』が両手を天にかざし言葉を呟く。

 すると空から光が降りてきた。

 まるで、天が彼らの出立を祝福するかのような光景だった。


 囁くようなその言葉を聞き漏らす者はここにはいなかった。

 一瞬の間をおき、爆発のような大歓声が上がる。


 いつまでもやまない歓声の中、『天龍の巫女』が自らの手を海に向ける。

 住人達が釣られてそちらに顔を向けると海より巨大な1体のモンスターが雲を引き裂き天に昇っていく。

 再び静寂に包まれる『亜人街』の住人達の『頭の中』に声が響き渡る。


『向かえ、我らが新天地へ』


 次の瞬間、空を覆い尽くしていた部厚い雲は全て吹き飛んだ。

 空には太陽の光を浴びて黄金に輝く1体の『龍』だけが残っていた。

 その『龍』がゆっくりと海岸線に沿って進んでいる。


『新天地へ!!』


 『天龍の声』を受けた者たちが一斉に天に向けて拳を振り上げそう叫ぶ。 


 これが一切の縛りが無い『天龍教』に唯一信者達が自主的に定めた最重要儀礼。

 『天龍の声』が初めて信者に届いた日となった。


 



「すごいなぁ」


 『亜人街』の外れから【天龍】の様子をうかがっていたが住人達の熱気に圧倒されてしまう。


「なにがすごいな、じゃ。全部、主が仕組んでおったではないか」


 ジルが馬鹿にするような顔で俺を見ているが、流石にこれほどの迫力は想像できていなかった。


 『天龍の巫女』にタイミングよく天使の梯子エンジェルラダーを降ろすために地上と連絡を取り合ってグリフォンで雲の中を駆け回っていたのだ。

 【天龍】の方は、セリフの指導だけであとは本人に任せていたので楽なものだった。

 今ここにいないアイラとルビーには【天龍】の引率を任せている。 


「しかし、よろしいのですか?」


 エミィも俺に質問してきた。


「何が?」


「『東街』『西街』にも信者は居たはずです。彼らに全く声を掛けずに出発しても良いのでしょうか?」


「ああ、それはわざと直接は声を掛けずにおいたんだよ」


「と言いますと?」


「声をかけても、『東街』『西街』の連中はほとんど首を縦に振らないよ。家族や仕事がこの街にあるんだから」


 『亜人街』の住人達に財産と呼べるものはほとんど無い。

 その為、身支度も非常に簡単だ。


 しかし、『東街』『西街』の人間には街での立場がある。

 そんな状態で『新しい街に行こう』などと言っても断られてしまうのがオチだ。

 そして、一度断ってしまえば意地でもこの街に残ろうとしてしまう。


 『ある日突然、置いていかれた』ほうが後から決心して追いかけて来やすい。


「追いかけて、ですか?」


「『東街』『西街』の生活はそのうち破綻するだろうし」


 大量の下働き(亜人達)が居なくなればこの間のような事になるだろう。

 それが続けば『東街』『西街』に住んでいる信者達も俺達を追ってくるだろう。

 

 そうなると問題になるのは当主だが、両当主の性格上『亜人』を返せとは言わないはずだ。

 まぁ、追い詰められた当主たちが何を仕出かすか、までは分からないが。


 港街が廃れれば、『天龍の巫女』が予言した『災い』も当たった事になるだろう。


「あとは、残ってる信者達にどうやって新しい街の場所を教えるか、だな」


 これも一定以上の信仰心があるなら『天龍の声』が届くはずなのでそれほど気にしているわけではない。


「よし、それじゃ彼らに『流れの冒険者』として付き添うか」


「うむ、わらわはミラ達の近くにいてやるとするかのぅ」


「私は物資の管理の為にハーピー達の所に行きます」


 俺たちは、空を飛ぶ【天龍】に導かれるまま進む信者たちの集団に合流しそれぞれの役割を果たすことにした。






 港街を出発して3日が過ぎようとしていた。

 ここまで、ほぼ予定していた通りに進んでいた集団に最初の難関が訪れようとしていた。


「モンスターの群れ?」


「はい、進行方向に20匹ほどのモンスターの群れがいくつか存在します」


 日中はバラバラになっている俺達だが、日が落ちてからはこうして一緒に夕食を取ることにしている。

 情報の共有とその対策を話し合うためでもあるが、単純に日中の疲れをアイラ達を見て癒したいと言う意味合いが大きい。

 そんな焚き火を囲んで星を眺めながら一家団欒の夕食中での会話の一つが『モンスターの群れ』だ。


 この辺りには他に人の住む集落も無く『魔物の荒野』にも近い。

 【天龍】を引率のために常に集団の前にいるアイラが言うには、おそらく明日、明後日には『モンスターの群れ』と遭遇するらしい。

 とは言えこちらは数百人を超える集団だ。それほど危険もないだろう。


「では明日の朝、ミラ達に伝えておくかのぅ。主よ、なんならまた『予言』にしておくか?」


 3日のうちにも何度か『予言』をしている。

 内容は、どこに水源があるか、など小さな事だが。


「そうだな。ついでに彼らに戦ってもらおう」


 戦闘に際しての指南役としてでも俺を紹介して貰って亜人の戦士たちを育てるのに都合の良いポジションを確保するのもいいかもしれない。


「そうか、なら明日はわらわと一緒じゃな」


 ぐい、っと腕を絡ませて密着してくるジル。


「ジル。食事中でしょ」


 エミィがたしなめるがジルは止まらない。


「これくらいよかろう?そもそも毎夜の夕餉をみなで取ろうと言ったのは主じゃろう?」


「それは、そうだけど」


「つまり、主もわらわ達との触れ合いに飢えておるということじゃ」


 どうやら見透かされているようだ。


「ならば、遠慮するだけ損というものだのぅ」


 いつの間にかアイラも寄って来ていた。

 エミィにはまだ葛藤があるようだが、ジリジリと近づいて来ているので陥落も時間の問題だろう。


「おいで、エミィ」


 ここは主の貫禄を見せつける事にしよう。

 なに、野外とは言ってもすでに周りは薄暗い。

 【闇魔法】を使えば誰かに見られることも無いし、【音魔法】を応用すれば外に音が漏れることもないだろう。


 明日はモンスターとの戦闘でへとへとになるだろうから今日の内に済ませておきたい、と言う思いもある。

 しばらくエミィと見つめ合い、焦れったくなってやや強引にエミィをこちらに引き寄せた。


「あっ!?」


 引き寄せた勢いのままエミィを地面に押し倒し、不足していた触れ合いを行うことにした。




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