第139話
今日はこれからもうひとつの換金資源の候補である『珊瑚』を見せてもらいに行く予定で朝から里を出ている。
『これはどうだ?』
すでにフキと周辺を回っていくつか珊瑚が生えている地点を見に行くがどれも普通の珊瑚に見える。
「もっと鮮やかな色だと思う」
血のような赤や薄桃色がかった珊瑚に価値があると聞いたことがある。
『真珠』が思いのほか簡単に見つかったので『珊瑚』もすぐに見つかると思っていたのだが。
『鮮やか、ならアレも一応確認しておくか』
フキが何か思い付いたようだ。今来た道を戻って里の方へ近づいて行く。
「里に戻るのか?」
『あぁ、『堅牢珊瑚』の再生部分が確か鮮やかな赤だったのを思い出してな』
祠を守る珊瑚の迷路まで戻る。
いつもの迷路の入口に向かわず、迷路を俯瞰する位置から眺める。
すると、一番外周の所々に赤い珊瑚が生えていた。
『グレートソードフィッシュ』に体当たりをされて破壊された部分が再生してるらしい。
『欠けたり折れたりすると、こうして内側から赤い枝を伸ばして修復するんだ』
そう言いながら、赤い部分の珊瑚を無造作に折り取って俺に手渡してくる。
「いいのか?」
受け取りながら尋ねる。
『傷口自体は塞がっているのでな。このままにしていてもこの枝は明日には傷口から落ちる』
手渡された『堅牢珊瑚』の枝はカサブタのようなものらしく、傷口が塞がると真っ赤な枝はポロッと取れてしまうようだ。
ステータスには、『堅牢珊瑚の赤枝』と表示されている。
「確かに鮮やかな赤だけど、『堅牢珊瑚』だと硬くて加工が出来ないんじゃないか?」
『この赤い枝はそんなに硬くはない。俺が手で折り取っただろ?』
そういえばその通りだ。
肌触りは普通の『堅牢珊瑚』と変わらないように思えるが、
『そこの『堅牢珊瑚』に打ち付けて見れば分かる』
『堅牢珊瑚』同士をぶつけると金属音にも似た軽い音が響くらしい。
言われた通りぶつけるとゴツッという音がして、手に持っていた赤枝に傷がついてしまった。
「すまん、売り物を傷つけちまった」
『気にするな。そうしろと言ったのは俺だし、本当にそれが売り物になるのかを調べてもらっている所だろ?』
珊瑚は確か加工して装飾品に使われるはずだ。
珊瑚で出来た数珠なんかを見たことがある。
「うん?『数珠』、なんてこっちの世界にあるのか?」
そう言えばこっちでは十字架のアクセサリーも見たことがない。
教会の神官達は赤い神官服を着ていて見分けがつきやすかったが、そういった宗教的意味合いのあるアクセサリーを付けていたかまでは覚えていない。
セイラやバーラの胸元にそういったアクセサリーが無かった事は断言できるのだが。
「エミィに聞いてみるか」
赤い『珊瑚』もそれなりの数を回収できたので戦艦『天龍』に戻ることにした。
「で、これが『人魚の里』で獲れた『真珠』と『珊瑚』なんだけど」
フキとの探索を終えて戦艦『天龍』に戻り、エミィに大きめの布袋一杯の『真珠』と布に包まれた30本ほどの『珊瑚』を手渡すと驚いた顔をしていた。
「こんなに沢山、すごいですね」
やはり異世界でもこの量はおかしいようだ。
『真珠』は、傷がつかないようにひとつずつ布にくるんでいるので嵩張っているとは言っても軽く100個はある。
「俺の知ってる『真珠』はそもそも貝の中に入っていることがまれなんだが違うのか?」
「漁師が時折獲る貝の中には大抵『真珠』が入っているそうです」
そもそも俺の世界の真珠とは違うものなのかもしれない。
こちらの世界で『真珠』が貴重なのは、漁師が貝を見つけること自体がまれなせいだろう。
『真珠』が入った貝はステータスでは『真珠貝』と表示されていた。
元の世界には真珠を作る貝をそう呼ぶらしいがそのままズバリそんな名前の貝はいなかった気がする。
「『真珠』は『真珠貝』が集めた魔力の塊だと聞いたことがあります」
やはり、俺の世界とでき方が違うようだ。
エミィの話の通り、余剰魔力を備蓄するために『真珠』を作成するのなら、魔力の多い海域の『真珠貝』にはほとんど『真珠』が入っていてもおかしくない。
「御主人様、『真珠』をいくつか分けて頂きたいのですが」
エミィが小粒の物や形の歪なものを選り分けながらそんな事を言い出した。
「うん?あぁ、綺麗だもんな」
エミィも年頃の娘だ。宝飾品のひとつくらい欲しくなるのも当然か。
だったらもっと大きくて形の綺麗な物を選んでも構わないのに。
「ち、違います!!」
「いらないのか?ジルもお土産、お土産と騒いでいたからこの『真珠』を渡そうと思うんだが。アイラも選びなよ」
近くにいたアイラも呼んでひとつ選ばせる。
「ありがとうございます。えっと、ではこれを」
エミィが選別した山から少しだけ大きめの『真珠』をアイラが選ぶ。
掌で転がして光を当てて輝きを楽しんでいるようだ。
もちろん人魚たちには代金は払う。ここにある『真珠』はあくまでも人魚達の資産なのだ。
商売で大成したければ商道徳を大事にしろ、と日本の昔の商人が言っていた。
「で、エミィはどうする?」
「・・・私も欲しいです!!でも違うんです。それとは別に傷のある物や小さな物をいくつか頂きたいんです」
「ふぅ、エミィは欲張りだなぁ」
「違います!!」
もちろん分かっている。『真珠』を何かのアイテム作成の素材に使いたいのだろう。
とは言え慌てるエミィが可愛かったのでついからかってしまった。
「分かってるよ。ちょっとイタズラが過ぎたな。ごめん」
「い、いえ、分かっていただけたら構いません」
「何かの素材になるんだろう?」
「はい」
エミィが4、5粒の粗悪品を選んで袋に入れる。
「これでお肌の美白効果がある塗り薬ができます」
「楽しみです。最近、海水に浸かり通しでお肌が気になっていたんです」
小声だったし、俺に聞かれているとは思っていないのだろう。
まさか、化粧に使う魔法薬の素材とは思わなかったが、エミィならその薬を独占はしないだろう。
アイラも楽しみにしているようだし、ピノに『変身薬』を渡したのは薬を管理しているエミィのはずだ。
口では敵だなんだと言いながらも、村にいる時からピノとはそれなりに仲良く出来ていたのだ。
「『珊瑚』の方は必要ないのか?」
「残念ですが『珊瑚』は宝飾品としての価値しかありません」
元々はその為に獲って来たのだからそれでいいのだが、なんだか損をした気分である。
「それでは、こちらの『真珠』と『珊瑚』をいくつか売りに出してみます」
海の近い港街で売るよりブレトやウェフベルクで売るほうが高値が付くというので、エミィはグリフォンに乗ってウェフベルクへ戻る予定だ。
「気を付けて戻るんだよ、エミィ」
「ひゃ、ひゃい!!」
急に話しかけられて裏返った声で返事をするエミィを後ろから軽くハグして見送る。
エミィはどんなに早くともとも明後日の晩までは戻らないだろう。
その頃にはブレトからサイの連絡も戻ってくるはずだ。そうすれば『水晶松明』の価格も決まる。
「今日は、もう里には戻らずに甲板でゆっくりするか」
アイラもここ数日、俺に付き合って船と海を行ったり来たりしている。
ここらで一度休んだほうがいいだろう。
「はい、ではなにか飲み物をご用意いたしますね」
「ああ、ありがとう。アイラの分も用意して一緒に飲もう」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせていただきますね」
アイラがお茶とお茶請けを持って戻ってきた。
「久しぶりにルビーとゆっくり遊ぶのも良いかもね。最近別行動が多くて拗ねてるから」
「ルビーは海の中は苦手みたいですから」
そうなのだ、ゲルブ湖の時はなんとも無かったルビーだがどうも“海水”が苦手のようだ。
具体的には、海水に浸かると全体的に粘度が下がり身体が緩くなるようだ。
無理して長時間、海水に身体を浸けていればおそらく融け出してしまうのだろう。
それを知ってからのルビーはけして甲板には出てこずに【天龍】のいる部屋でずっと【天龍】とおしゃべりしているようである。
「少しだけ甲板で休んだら2人で【天龍】の部屋に行ってみるか」
「はい、でも2人でどんなお話をしているんでしょうか?」
確かに気になる。
しかし、今はこの暖かい陽気に身を任せてまどろみの中に落ちて行こう。
近くにはアイラがいるのだ。
自然と目が覚めるまではこの最高の抱き心地を手放すつもりはない。