第136話
俺はとっさに動こうとしていた体を無理やり押さえつける。
俺の『加護』に『海神』からの『加護』は無い。
つまり無関係かもしれない。
無差別に『神』を敵視していたら両当主の亜人嫌いを笑えなくなる。
『YES』
ここぞとばかりに【神託】が告げてくる。
何に対しての『YES』なんだ?
当主を笑えなくなるってところか。
『YSE』
せめて『海神』は無関係かどうかだけでも教えてくれ。
『・・・』
そちらに不利になる情報は教えない、ね。
ついでに聞いとくか。
お前は俺に『加護』を与えた『神』の1柱か?
『・・・』
無回答か。これはある程度予想していた。
『どうかしたか?』
頭の中での会話に夢中になりすぎていてフキに心配されてしまった。
とりあえず、人魚達と『海神』の関係を聞き出して見るか。
「綺麗なお宝だな。さぞかし凄い力があるんだろうな」
『代償』を求めるアイテムなんて初めてだ。
そもそも『代償』とはなにに対してだ?
『これは『海神の心臓』と言う。海に異変があればこれを使って治めるのが我らの仕事だ』
それなら今回も使えば良かったのではないか。そうしないのはやはり『代償』が原因か。
「へえ、効果が海全体に広がるのか?すごいな。魔力を根こそぎ持って行かれそうだ」
普通のアイテムで考えれば、『代償』とは魔力の事だろう。
しかし、そういった物のステータスには『魔力を消費する』と書かれている。
『代償』を支払うとは書いていなかった。
『いや、この至宝に支払う『代償』は魔力とは限らない』
フキが答えてくれた。
『『代償』として支払われる物は様々だ。時には生贄を要求された事もあるらしい』
我々が管理を始めてからは一度も使用していないがな。と誇らしげに語る。
しかし、『海神』とは本当に神の事なのだろうか?
「『海神』ってのは神様なのか?」
『人魚にとって『海神』とは『深海竜』様の事だな』
『深海竜』は近くの洞窟に住んでいると聞いたが、つまり実体を持って存在してると言うことだ。
どうも俺の思い描いた『神』のイメージとは違う気がする。
これは、一度『深海竜』に会ってみるべきだろう。
珊瑚の迷宮を戻ると里全体が活気付いていた。
避難していた人魚たちが戻ってきたようだ。
人魚たちは始め、俺達を警戒していたがフキの説得と子供たちの好奇心に助けられてなんとか受け入れられた。
それからは人魚たちと目が合う度にお礼だと何かを手渡され続けた。
食糧や物資は嬉しいが子供達からは壊れかけたおもちゃなんかを渡されてしまった。
仕方がないので修理して子供たちに返してやるとなぜか後ろを付いてくる人魚の子供達がどんどん増えていった。
『元々、里に流れ着いた漂流物だからな。壊れていない物の方が珍しいんだ』
だから修理してやってくれとでも言うつもりだろうか。
まあ、受け取ってしまった分は直してやろう。
『セレン!!無事だったんだな!!』
『パパ!?ママ!?』
戻ってきた人魚達の中にセレンの両親がいたようだ。
セレンは『人魚の里』が『グレートソードフィッシュ』の群れに襲われる少し前に行方不明になっていてご両親はひどく心配していたらしい。
『人間に捕まってたんだけど、ヒビキに助けてもらったの』
セレンの両親は何度も頭を下げ、ありがとう、を繰り返していた。
夜が近づくと、途端に里中が暗くなってしまった。
人魚達の住居には薄明かりが灯っているが光量は微々たるものだ。
これではいくら息が出来るとはいえ帰路に不安が残る。
完全な暗闇に包まれる前に戦艦『天龍』に引きあげる事をフキに伝える。
『わざわざ船に戻らなくても里で一泊すれば良いだろう?』
「船に残してきた仲間に悪い」
エミィはもちろん、ゴブリンやハーピー達まで船で待たせている。
『そ、それもそうだな。よし、俺が送っていってやろう』
『あ、ヒビキ。船に戻るの?じゃあ私も戻る~』
フキの狙いは当然ソラだろうが、助かるのは事実なので遠慮せずに送ってもらう。
セレンもせっかく両親に会えたのだから今日くらい両親と一緒に居れば良いのに。
海面に顔を出すとかなり薄暗くなっていた。
すぐにエミィが甲板からランタンの光を振って誘導してくれたので助かった。
「おかえりなさいませ、御主人様。湯を沸かしてありますが体は冷えてませんか?」
【水棲適応】のおかげで体に不都合は無いが、そう言われてぶるりと体が震えた。
「ありがとう、エミィ。じゃあ風呂をお願いしようかな」
戦艦『天龍』の浴場は5人も入ればいっぱいの小さなものだ。
そこに、人が2人も入ればいっぱいになる浴槽替わりの桶を置いている。
ハーピーにも渡してある『操火』系のアイテムを使えば湯を沸かすことはたやすい。
あとは、海水を真水に変える濾過装置があれば、戦艦『天龍』の居住性は格段に良くなる。
今は俺が毎日【水魔法】で濾過していくつかの大樽に貯めている。
生き物は生きているだけで大量の水を使用する。
それは、亜人でもモンスターでも同じだ。
そんな、海の上では最高の贅沢である風呂を用意しておいてくれたエミィに礼を言って浴場に向かう。
『風呂?確か人間が身を清めるために入るものだったな』
ソラ目当てで甲板まで上がってきたフキが興味深そうに訪ねてくる。
『お風呂はね、すっごく気持ちが良いのよ~』
人魚搬送装置の桶に一緒に入っていたセレンが訳知り顔でフキに説明している。
日中ずっと水の中にいる人魚にはやはり良く分からない感覚なのだろう。
フキはしきりに首をかしげている。
「なんなら入っていくか?そのまま今晩は泊まっていけよ」
チャンスだぞ、と小声で伝えてやると、
『いや、その、せっかくの好意を無下にするわけにはいかないな。これも大恩あるヒビキとの良好な関係を築く為・・・』
フキは誰に言い訳しているのか、ブツブツと呟きながら泊まっていく、と答えた。
風呂にはまず、俺とフキが。そのあと女性陣が入った。
風呂は人魚用には出来ていないのでフキとセレンが入るにはどうしても誰かの補助が必要なのだ。
『すまんな、ヒビキ』
「誘ったのはこっちだよ。気にするな」
『しかし、風呂とは良い物だな。生まれ変わったような感覚だ。里にも作れんだろうか?』
フキがなにやら真剣に考え込んでいると。
「歌の奴!!」
ソラがヨタヨタと甲板上を走ってきた。
『ソ、ソラ殿!?』
「なにか歌って!!」
フキにソラが歌をリクエストしていると伝えると、鼻息荒く胸を張り美しい歌声で歌いだした。
『ルルル、ラ~、ル~♪』
「ラ~、ル~♪」
ソラもすぐにあとに続いて歌いだす。
案外このふたりは上手くいくかもしれないな。
俺は二人の邪魔にならないように静かに二人から離れていった。