第133話
『先程は失礼した。我らはアマラ近海を収める一族、私の名前はフキ。セレナと同じ一族だ』
人魚のリーダーが名乗る。とはいえ目線は俺に寄りかかってきているソラをチラチラ見つめている。
あぁ、『男のチラ見は相手のガン見』と言うのは本当のようだ。
見られている張本人は全く気にしていないようだが、流石にいつまでも乳をさらけ出しておくわけにもいかないのでソラの胸に布をまいてやった。
なんだか、隠したほうがエロく感じてしまうのだが。
今、俺がいるのは小舟の上だ。とは言えこれも『奴隷宿木』で出来た魔物船。
いきなり俺を襲うような事があればすぐに人魚たちを絡め取れる。
「近海ねぇ、この辺は人間が漁をしていると聞いたんだが」
『本来我らの住む場所はもっと沖なのだが、事情があってこの辺りを警戒していたのだ』
人間の漁場に無断で入った事は特に問題だと思っていないようだ。
「俺は海のモンスターを捕まえに来たんだ。ここが邪魔ならどこかモンスターが沢山いる所を教えて欲しい」
『モンスター、か』
フキが苦笑いしながら話し始める。
『モンスターならもうすぐこの辺にもやってくる。船を岸に寄せておけ』
そう言われたのでケルピーに指示を出して出来るだけ岸に近づけるように言っておいた。
『ほぉ、魔法で動くのかこの船は』
俺が船にも戻らずにこの船を動かしているのを見てフキが感心する。
本当は船体に浸透しているケルピーに指示を出しただけなのだが、いちいちそこまで説明してやる必要は無い。
フキの指示に従って船を出来るだけ岸に近づけ始めた頃に甲板からエミィが叫んだ。
「ご主人様、あちらから何かが来ます!!」
戦艦『天龍』の甲板の上からなら随分遠くを見渡せるのだろう。示された方向を見つめても何も見つけることができない。
『来たか』
しかし、フキには分かっていたらしく、すぐに銛を握り締め戦闘準備に入る。
「なにが来るんだ?」
『『グレートソードフィッシュ』の群れだ』
『グレートソードフィッシュ』はカジキのモンスターのようだ。
俺の知っているカジキと比べてもそれほど大きさに違いがあるわけではない。
違いは圧倒的な速度と、“吻”と呼ばれる口の近くの突起がまさに大剣であるという点だろう。
実際、『グレートソードフィッシュ』のドロップアイテムは『グレートソードフィッシュの大剣』という長い名前の大剣だ。
剣自体の性能もそれなりらしく、なんといっても水棲モンスターからのドロップなので海水に付けても錆びない防錆性能が魅力の武器だ。
この辺に手頃なモンスターがいなかったのは奴等の餌になったか、そうなるのを恐れて逃げ出したからの様だ。
その結果、小魚は大量にいるのにモンスターは全くいないという状態になったのだろう。
『小舟も下げろ。奴らの突進はそんな舟簡単に貫いてしまうぞ』
モンスターとしては分かりやすく気性が荒く、船や他のモンスターを見かけると優先的に襲って来るらしい。
小舟には現在、俺とソラしか乗っていないので小舟を捨てて甲板に戻るのも手だが。
「近くで戦闘を見せてもらうよ。なんなら手伝おうか?」
俺の世界でもカジキは泳ぐのが早い魚だったはずだ。
カジキのモンスターなら更に速いだろう。
高い攻撃性も味方にすれば頼もしい。
『必要ない。我々だけで十分だ』
そう言ってフキが水中に潜ってしまう。
おそらく迎え撃ちに行ったのだろう。
『グレートソードフィッシュ』が餌のあまりいないここに来た理由はおそらく人魚達だろう。
本来ならこの辺りにいないはずの人魚達がここにいる理由もグレートソードフィッシュが関係しているのだろう。
「ゴシュジン、でっかい魚が来るっ」
ソラもグレートソードフィッシュに気がついたようで目をキラキラさせている。
「あれはフキ達の獲物だから盗っちゃだめだよ。あとでフキにお願いしてみよう?」
「分かった!!」
50匹ほどの『グレートソードフィッシュ』の群れが凄まじい速さで突進してくる。
対する人魚の部隊は20人ほど。倍以上の数にどうやって戦いを挑むのか。
『全体、魚鱗の陣へ移行。速度合わせに気をつけろ!!』
「「「了解!!」」」
フキ達は『グレートソードフィッシュ』の進行方向に進みながら陣を形成し、グレートソードフィッシュを撃破しているようだ。
速度は少し劣るようだがその分小回りを効かせて陣形を維持している。
しかし、人魚が魚鱗の陣とは。
今度、ソラ達に鶴翼の陣でも教え込んでみるか。
数の上では1対2。
レベルなら人魚側が平均30ほど、グレートソードフィッシュは平均で20ほど。
群れを分断できれば各個撃破は容易くなるだろう。
実際、先程から戦果を上げているのは人魚側ばかりだ。
周辺の海が『グレートソードフィッシュ』の血で赤く染まり始めた。
これなら決着もすぐに着くだろう。
「魚、魚、でっかい魚♪」
ソラの巨体が小舟の上で左右に揺れる。
おかげでさっきから何度かバランスを崩して海に投げ出される所だった。
「ソラ、少し落ち着け」
「きゅるぅ」
両手で羽繕いをして落ち着かせていると、人魚の部隊から声が上がる。
「フキさん、奴だ!!」
「来たか、今日こそ決着をつけてやる!!」
後方から新たな『グレートソードフィッシュ』の群れがやって来たようだ。
数は40匹程。
どうやら『奴』というのは、『グレートソードフィッシュ』のリーダーのようだ。
ひときわでかくて速いのが群れを引っ張って来ている。
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カースドソードフィッシュ 5歳 Lv.37
スキル
【指揮官】
自身より下位同種のモンスターを指揮することができる。
指揮範囲はレベル依存。
【水棲適応】
水中で生活が出来る。
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そして、名前の通り“吻”が魔剣になっている様だ。
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カースドソードフィッシュの魔剣
効果
【防錆】
錆びにくくなる。
【水援剣】
刀身が水に触れている状態だと切れ味が上がる。
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「ぎゃぁっ!!」
カースドソードフィッシュが人魚の陣に接触してすぐ人魚から初の犠牲者が出た。
『カースドソードフィッシュ』の魔剣に腹を貫かれたままの人魚が悲鳴を上げる。
「全員下がれ!!俺が相手をする!!」
フキが後退の指示を出しながら『カースドソードフィッシュ』の側面から全力で銛を突き刺すが、鱗に弾かれ深手には至っていない。
『カースドソードフィッシュ』は、魔剣に突き刺していた人魚を首を一振りして胴体から2つに引き裂きフキに魔剣を向けた。
「来い!!」
フキは銛を引き戻し、迎撃の構えを見せている。
「おいおい、大丈夫なのか?」
完全に不意をついた一撃が通用しない相手と真っ向勝負で戦って勝てるとは思えない。
俺の疑問に答えるように他の人魚達が叫び出した。
「フキさん、ダメだ!!」
「そいつには勝てなかったじゃないか!?」
どうやらこれが初めてではない様だ。
彼らの言葉通り、あっという間にフキは追い詰められていく。
「くそぅ、まだまだぁ!!」
『カースドソードフィッシュ』は速度を活かした一撃離脱を繰り返し一方的にフキを攻める。
真っ直ぐにしか泳げない『カースドソードフィッシュ』だが、その欠点を速度でくつがえしている。
一応、セレンの身内らしいのでこのまま見殺しにする訳にもいかないだろう。
仕方がないので援護することにする。
「ソラ、あの一番大きい魚を捕まえられるか?」
「出来る!!捕まえたら食べていい?」
「ああ、剣だけ食べないようにしてくれ」
「分かった!!」
嬉しそうに飛び立つソラ。
悲壮感すら漂う人魚達とは対象的だ。
ソラにだけ働かせる訳にもいかないので俺も援護の準備をする。
【風魔法】で圧縮空気弾を準備する。
『カースドソードフィッシュ』がフキに接触する寸前に空気弾を放つ。
狙いは『カースドソードフィッシュ』ではなく『カースドソードフィッシュ』の直下だ。
あの速さでは直接ぶつける事は不可能と判断して間接的に狙うことにした。
水面に接触し爆発的に膨張する空気弾に押されて轟音と共に大量の水が宙を舞う。
『カースドソードフィッシュ』はその流れに抗い、体勢を整えようともがいている様だ。。
流石と言うべきだろう。
しかし、
「でっかい魚~♪」
鼻歌混じりに『カースドソードフィッシュ』の背に鉤爪を深く突き立て上昇を始めるソラ。
空中で『カースドソードフィッシュ』も暴れて逃げ出そうとするがさすがの魔剣も背中には届かない。
「ごちそう、ごちそう♪」
戦艦『天龍』の甲板に落とされた『カースドソードフィッシュ』は体をくねらせて跳ね回る。
「ソラ!!なんて事するのよ!?」
エミィが甲板で叫ぶ。
突然の『カースドソードフィッシュ』の登場に甲板は大騒ぎだ。
すぐにラル達が『カースドソードフィッシュ』を包囲する。
「あなた達の装備では魔剣の一撃に耐えられない。私とルビーで『カースドソードフィッシュ』の頭を押さえます!!」
鳥モンスターに騎乗する為に、現在ゴブリン達は軽装だ。
それに気がついたアイラが前に出る。
確かにアイラの【護手】なら魔剣の攻撃を弾き返せるはずだ。
そこにルビーの援護が加わるなら『カースドソードフィッシュ』はまさに“まな板の上の鯉”状態だろう。
程なくして甲板が静かになり、ゴブリン達の歓声が上がった。
どうやら仕留めたようだ。
残った『グレートソードフィッシュ』もリーダーが殺られた事で撤退して行った。
「ご主人様、この剣はどうしますか?」
アイラが魔剣を振りながら甲板から身を乗り出して確認してくる。
「アイラが使いたいなら使っても構わない。必要無いならラルに譲ってやれ」
どうやらアイラはラルに魔剣を譲ったようだ。
今度はラルが甲板から身を乗り出して俺に頭を下げ始めたのですぐに手を振り返して答えてやる。
「ヒビキ殿」
満身創痍のフキがやってきた。圧縮空気弾に巻き込まれかけていたのでそれに対する抗議かもしれない。
「・・・ご助力感謝する」
「気にするなよ。こちらこそ助太刀無用を無視してすまなかった」
フキは甲板上ではしゃいでいるソラを見つめていた。
なるほど、体の傷よりもこちらのほうが重症のようだ。