第132話
俺は『亜人街』の外れで身を隠しながらあるモノを待っていた。
「・・・来たな」
正面の空に複数の点が現れた。
点は急速に大きくなり、すぐにそれが翼を持ったモンスター達だと分かるほどにこちらに近づいて来た。
バサッ、バサッ
翼の羽ばたきの音まで耳に届くようになった頃には、ハーピーを中心とした鳥系モンスター達の群れは俺のすぐ近くに迫っていた。
「ゴシュジン!! ソラ、荷物運んできた。エライ?」
先頭を飛んでいたアルビノハーピーのソラが減速しないまま俺に飛び込んできた。
「ぐぅおっ」
普通のハーピーよりかなり大きい体をなんとか受け止め、軽く羽繕いをしてやる。
「キュルル」
ソラは村に来てしばらくすると片言だが人の言葉を話すようになっていた。
まぁ、ハーピーの上半身は人間と変わらないので声帯の形状も近いはずだ。
言葉を話せるのもスキル【アルビノ】の効果もあるのだろう。
それに元々ハーピーはビルギットの演奏会にも参加したがる個体が多かった
種族的に音楽関係に興味を持ちやすいのだろう。
「ラルも護衛お疲れ様」
「ギィ」
今回呼んだのは、輸送部隊であるハーピー30匹とその護衛の新設したばかりの『ゴブリン空軍』30騎だ。
ゴブリン達にはハーピー以外の鳥系モンスターに騎乗してもらっている。
ゴブリン達はソードフェザーとホーンバード、そしてラルはテンペストイーグルに乗ってここまで来た。
物資がそれなりの量だったので1日半ほどかかってしまったがそれは仕方がない。
「じゃあソラ、広場まで荷物を運んでくれ」
「りょーかい、オマエタチも来い!!」
他のハーピー達にも指示を出しながらソラが飛び立った。
広場には3人の『巫女』がハーピー達の到着を待っている。
亜人達はすでにゴブリン達を受け入れている様なので、この調子でハーピー達も受け入れてくれると助かるのだが。
「ラル達はこのまま海岸線まで移動だ。疲れているとは思うけどよろしく頼むよ」
少し離れた海岸に『天龍』を停泊させている。『ゴブリン空軍』は出来るだけ人目につかない様に『天龍』を目指して貰う。
「見せ札はハーピー達で十分だし、『暗殺者』の雇い主も未だ分からないから切り札は残しておきたいしね」
それと、今日は『天龍』を本格的に運用して水辺のモンスターの捕獲をしておきたいのだ。
『信者』からの献上品に投網や捕獲用のアイテムもあったのでぜひ有効活用したい。
『亜人街』では無事、ハーピーが受け入れられたようだ。
まあ、少し大きいがソラは美人だし他のハーピーも可愛い顔をした仔が多い。
ハーピーには人間的な部分も多いので亜人達には受け入れ易かったのだろう。
「で、今は街にいるはずのお前がなぜここにいる?」
「きゅる?」
『天龍』の甲板上でソラが俺に擦り寄って来る。
エミィがヤキモチを焼くかと思ったがどうやらソラの感情が男女のモノでは無いと判断しているようで気にせず作業を進めていた。
「そのバリスタはここでお願いします。水面を狙えるように角度に注意してください」
「ギギィ」
本日到着したラル率いる『ゴブリン空軍』より先に、ゴブリンサモナーに呼び出され『天龍』で作業をしていたゴブリン達が武装の最終調整を行っている。
「街にいたら雄の匂いした。あいつらソラにヨクジョーしてた」
ハーピーたちは上半身裸で下半身は羽毛に覆われている。
一度服を着せようとしたのだが、両腕が翼になっているので普通の服を着ることができない。
こいつらには『ゴブリン運送』空輸部門を担当してもらわなければならないので、服が2枚の布に分かれるタイプのワンピースを作らせている。
今回の輸送部隊に優先的に支給はしたが、体の大きなソラ用の物は後回しにされているようだ。
そんな扇情的な姿のソラに欲情してしまった獣人の雄達の匂いに危機感を覚えて逃げてきたようだ。
「ここで俺にベタベタしてたら意味ないだろ」
「きゅ?」
本気で分かっていない様だ。まあ俺も今は特に仕事がないのでされるがままにしておく。
準備を終えて沖合に出るが全くモンスターと遭遇しない。
『亜人街』の元漁師達に聞いたポイントで餌が多くいつもなんらかのモンスターがここにはいると聞いていたのだが。
「場所を間違ったか?」
目の前に広がっているのは静かな海だった。
ソラの背に乗って水面を調べてみると確かに餌となりそうな小魚の群れが悠々と泳いでいた。
「魚、いっぱい。食べていい?」
「夢中になりすぎて俺を落とすなよ」
ソラは器用に足だけで魚を取っていく。
しかし、背中に俺を乗せているためそれを口に運ぶことができないようだ。
仕方がないので一度甲板に戻ることにした。
甲板に戻ると、アイラとエミィが俺の傍から離れなくなった。
2人とも割り振った仕事は終わった様なので今回もされるがままにしておいた。
少しだけ船を動かし風のない海域で少し休憩を取っていると、海から放たれた銛のような物が甲板に突き刺さった。
「なんだ?」
水面を見ると『天龍』の周りを20人ほどの人魚が取り囲んでいた。
彼らはどうやら亜人の人魚のようだ。セレンの話だと積極的に人を襲うことは無いという話だったのだが。
まぁ、甲板までにかなりの高さがあるので、彼らが船に乗り込んでくることはあるまい。
もし船体に取り付こうものなら『奴隷宿木』が彼らを絡め取って養分にしてしまうだろう。
『お前ら、何が目的だ!?』
意識して人魚の言葉で話しかけてやると、人魚たちは僅かに動揺した。
船を取り囲んでいた人魚たちが一人の人魚に視線を集めている。
『人間、ここは俺達の棲家だ。すぐに出て行け』
人魚達の視線を集めていた男の人魚は堂々とした態度でこちらを睨んできている。
『そうか、ここはお前達の縄張りだったんだな。すぐに出て行くよ』
ゴブリン達に指示して急いでこの場を離れようとした時、船内から『人魚運搬機』に乗ってセレンが現れた。
『どうしたの?お昼寝の時間じゃないの?』
眠そうに目を擦りながら運搬機を動かす為の杖で地面を蹴って俺の近くまでやってくる。
「おはよう、セレン。そうだ、あそこの彼らの中に知り合いはいるか?」
『知り合い?この辺には人魚は住んでないはずなんだけど、』
そう言いながら水面を覗き込むセレン。
『あ、知ってる人いるよ。ほら、あの真ん中の偉そうな奴』
先ほど睨んできた男の人魚だ。
『セレン?セレンなのか!?一体今まで何をしていたんだ!!』
『うるさいわねぇ、この人と一緒に居たのよ』
そう言いながら俺の首に手を回してくるセレン。知り合いの男の人魚は何やら怒り狂っているようだ。
『セレン、離れるんだ!!』
『嫌よ。寝起きだし体温回復させたいもの』
『まさか、その男と!?』
『そうね、もう彼とはヂュエットを歌う仲だから』
意地の悪そうな笑顔で笑うセレン。これじゃ俺がセレンを奪ったみたいじゃないか。
『人間を、好きになるなんて、魚が猿を好きなるようなものだ!!』
『いいじゃない、私たちは魚と猿じゃない。ちゃんとお話もできるんだから』
『しかし、だな』
延々と続く2人の会話にまず、ソラが飽きた。
獲ってきていた魚も平らげてしまって暇だったのだろう。
バッと翼を広げたかと思うとすぐに飛び立つ。
そしてソラは船と人魚達のちょうど中間地点、人魚のリーダーの真ん前に急降下した。
『な、なんだ!?』
おそらく、そこで魚でも跳ねたのだろう。
大きな水柱が上がる。すぐに中から純白の羽を持つソラが現れた。
その姿は、遠目で見ていた俺でも幻想的な何か感じざるを得ない光景だった。
目の前で見ていた人魚のリーダーは、
『う、美しい』
うっとりとした顔でソラを眺めていた。
それを聞いたセレンがため息混じりにつぶやいた。
『人魚がハーピーに恋するなんて、魚が鳥に恋するようなものじゃない』