第131話
『天龍』の性能を確認し終えて『亜人街』に戻る。
『天龍』は、ルビーに収納し、ケルピーは普通の馬ほどのサイズになってもらい今はエミィが乗っている。
しきりに恐縮していたが、船酔いの事もあるので命令として言いつけた。
街に入ってすぐにジルから連絡が入った。
『主よ、戻ってすぐで悪いが『奇跡の家』の周辺に怪しい奴等がおる』
すでにゴブリンシーフ達に監視をさせているが、炊き出しを行っている広場に紛れているようでモンスターであるゴブリンシーフでは目立ってしまいあまり近づけないようだ。
広場に向かうと確かに人だかりが出来ており俺達も『巫女』達に近づくのが難しそうだ。
「ここで様子を見るか」
「はい」
「かしこまりました」
広場には3列に並んだ人達とその周りにすでに配給を受け取りその場で食べ始めている人が大勢いた。
3列に並んでいるのは『巫女』が3人でスープを配っているからだ。
「怪しい人影、か」
ステータスを確認しようにもこれほど人や物が密集するとキメラほどではないが表示された情報が重なって読みにくくなる。
検索機能が欲しくなる。
「あ、そうか【選別】を使えばいいのか」
『鑑定神の加護』で表示されている情報群から必要な情報を【選別】する。
今まで、そう言った使い方はした事がなかったがどうやら上手くいったようだ。
『虎獣人』で選別すると情報郡から『虎獣人』だけ浮かび上がる。
もちろん、アイラのステータスも浮かび上がっている。
この広場には『虎獣人』が6人いるようだ。
さて、本番だ。
まずは、職種『盗賊』を検索、 0件。
次は、職種『人さらい』を検索、 0件。
職種『海賊』、 18件
職種『暗殺者』で検索、 4件。
『暗殺者』か。
職種『海賊』は今回は無視しても大丈夫だろう。
なにせ、ここで炊き出しを始めてから一番最初に仲良くなった獣人たちの集団だ。
確かに顔は怖いが今も列の整理を自主的に買って出ているような気のいい奴らだ。
アイラとエミィに『暗殺者』4人を確認させておく。
「エミィはケルピーとここで待っていてくれ」
「分かりました。ご主人様、お気を付けて」
ケルピーがいれば簡単にはやられないだろう。
『暗殺者』は広場にバラバラにいるので俺とアイラ、そしてルビーで3人までなら片付けられるが、ひとり足りない。
奴らに近づきながらジルに連絡を入れる。
「ジル、見つけたぞ。『暗殺者』が4人いる。3人はこれから片付けるがもうひとりは任せていいか?」
『そうか、『巫女』にはわらわがつく。奴らが近づくようならすぐに始末してやる』
頼もしい言葉を聞けたので一安心だ。
アイラとルビーにゴーストで合図を送り、『暗殺者』3人をあっという間に気を失わせる。
残りの1人も流石に異変に気が付いたようで、『巫女』たちに向かって特攻をかけてくる。
『巫女』と『暗殺者』の間に割って入るジル。
『暗殺者』は少しだけ速度を落としたが構わずそのまま突っ込んでいった。
その手にはいつの間にかナイフが握られていた。
「くふふ、その気概だけは褒めてやろうかのぅ」
ジルはナイフを寸前で躱し、『暗殺者』の手首を握りつぶす。
技術ではない、純粋な腕力だ。
「ぎぃぃぃいぃやぁぁぁ」
ナイフを持った右手の手首を握り潰されてはどうする事も出来ずにナイフを取り落とす『暗殺者』。
ジルや周りの人達が、落ちたナイフに気を取られた一瞬の隙を付いて『暗殺者』は、『巫女』たちへと肉薄する。
「ちっ、中々の根性じゃな」
ジルを無視して『巫女』たちへとたどり着いた『暗殺者』は、もっとも近くにいた『巫女』の首筋へと噛み付いた。
「こいつら、まさかヴァンパイアかぁ!?」
ジルが叫ぶ。
違う。ステータスを確認した時には、全員人間だった。
「きひひぃ」
『巫女』の首筋から離れた『暗殺者』は、そのまま高笑いしながら血を吐いて倒れた。
「なんなんじゃ一体!?」
「ジル様、ミラがっ!?」
ミラとは噛まれた『巫女』の名前だ。
俺たちも『巫女』に駆け寄るが人だかりが邪魔をして中々近づけない。
「ミラっ!!しっかりせんか!!」
「あぁ、ジル様、大丈夫ですよぉ」
大丈夫そうには聞こえない声だ。
ようやくジルたちの近くまで行き、ミラのステータスを確認する。
ミラは、【特化毒】という状態異常のようだ。徐々に体力が減っている。
あの『暗殺者』の犬歯に毒が仕込んであったようだ。
強く噛み付くと容器が破れて毒が広がる。自決にも使える最後の武器だ。
持っていたナイフにも同様の毒が塗られていた。
「【特化毒】は、専用の解毒剤でなければ解毒できません」
エミィがそう教えてくれる。
すぐに捕らえた3人の『暗殺者』に解毒剤を出すように言うが誰も出そうとしない。
彼らも同様の装備をしていたので、迷わず彼らの手足に毒付きナイフを刺す。
「さぁ、どうする?」
彼らもプロだ。おそらく何も話さないだろう。
だから、こいつらは犬死にさせる。
弱り始めたミラに近づきしっかりと手を握ってやる。
すると、ミラの体が光を放ち、次の瞬間には【特化毒】の状態異常は消えていた。
驚愕に包まれる広場、『暗殺者』達は、目の前で起こったことが理解できないまま死んでいく。
「【天龍】様の奇跡だ!!」
どよめきがやや収まった頃に、今の現象に名前をつけてやる。
『神の奇跡』だ。
その言葉は、周りの人達の心に染み込んでいく。なんせ【音魔法】と【光魔法】で作った【聖歌魔法】で発声した言葉だ。
人は、目の前の現象に名前が無いと不安になる。
1人の人間を『聖女』にも『魔女』にもしてしまう。
だから、先に答えを教えてやればいい。
これは、俺の力ではなく『巫女』に与えられた『神の奇跡』だ、と。
【特化毒】は消えたが毒によって失った体力は自然回復を待つしかない。
その為、ミラは『奇跡の家』で休息を取る事になった。
炊き出しは、『海賊』の人達がさらに協力を申し出てくれた。
「『巫女』様に早くよくなって欲しいしな」
「これ、『巫女』様に渡してくれよ」
「これも、お願いします」
広場は、炊き出しが済んでもお見舞いの品を届けに来る『信者』達で埋まっていた。
「ミラ、大丈夫か?」
「あ、当主様、もう大丈夫です」
ベッドから体を起こそうとしていたミラを制してベッドに戻す。
「辛いなら【回復魔法】をかけてやる。遠慮するな」
「はい、ありがとうございます」
多少顔色が悪いことを除けば確かに大丈夫そうだ。一応、【回復魔法】を軽くかけてやり、万全を期すことにする。
さて、あとはあの暗殺者が誰に雇われたのか、だ。
彼らは装備も揃いの物を使用し、なにより尋問でも一切情報を漏らさなかった。
つまり仕事として殺しを請け負うプロだ。
それは彼らを雇った奴がいるという事だ。
怪しいのは両当主だろう。
とりあえず、2日後に会う『西街』の当主に話を聞いてみるか。
アンクレットは『西街』にある当主の館まで取りに来るように言われていた。
アイラとエミィをお供にしながらジルのゴーストに周辺を警戒させて『西街』を歩いていると何人かに呼び止められた。
聞かれる内容はどれも同じで、
『巫女』が毒を盛られたと聞いたこの話は本当か?
『西街』に居を構える『信者』達にとって、『亜人街』に出入りしている冒険者、つまり俺からなら信憑性の高い話を聞けるはずだと考えて声をかけてきたようだ。
「本当だよ、いくら『巫女』様が邪魔だからってやっていい事と悪い事があるだろうに」
「どういうことだ?」
「今回、『巫女』様を襲ったのは『暗殺者』だったんだよ」
つまり、誰かが金を払って依頼したんだ。
じゃあ、誰が?
『巫女』様を殺して得をする奴らだよ。
「例えば、『当主』様、とか」
彼らは自分で考えてこの結論にたどり着いたと考えるだろう。
すぐにこの『事実』を仲間に伝えるはずだ。
当主の評判はどんどん悪くなり、『天龍教』の『信者』は増えるだろう。
「よく来たな。すぐに用意させるから客室で待っていろ」
『ウベルド家』当主は俺と顔を合わせるとすぐに何処かへ行ってしまった。
客室で5分ほど待っただろうか、当主が女性を連れて客室に入ってきた。
「ほら、持っていけ」
女の背を押してこちらへ来るように促す。
女も特に抵抗せずにこちらに歩いてくる。
「どういうことですか?」
そう言いながら女のステータスを確認する。
なんの変哲もない女だ。スキルがあるわけでも『加護』を持っているわけでも無い。
しいて上げるなら、ふっくらとした体つきの胸の大きな女性だ。
「お前が欲しがったんだろうが!!」
そこまで言われてようやく、女性の足首にアンクレットがあることに気がついた。
「仕立て直したアンクレットをつけた女奴隷が欲しかったのだろう?」
どうやら、行き違いがあったようだ。
俺はアンクレットだけが欲しかった訳だが、当主はアンクレットをつけた奴隷が欲しいのだと勘違いしたようだ。
アンクレットだけ貰えれば奴隷は要らないと当主に伝えると彼はびっくりした顔をしていた。
「なんだ、それだけでいいのか?」
「そうですね、でしたらそのアンクレットをどこで手に入れたのかも教えてください」
当主にとっては、アンクレットなどどうでもよかったようでペラペラと良く喋る。
「沖合に『深海竜』が住むと言われている海中洞窟がある。そこから流れてきたらしい」
海中洞窟か。有用なアイテムでもあればと思っていたのだが、流石にドラゴンの巣を荒らすのはリスクが高すぎる。
冒険者の侵入を歓迎している灼熱竜の迷宮とは訳が違うのだから。
今回はその情報だけで良しとしよう。
海戦用の仲間が充実してきたら挑戦することにしよう。