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第130話




 

 

 会談から数日後、ケルピーの引渡しの日になったので指定された場所へ向かう。

 今日の付き添いはアイラとエミィだ。

 会談の時にもジルは顔を見せていないがそれには訳があった。

 

 どうも最近、『亜人街』の反『天龍教』派が慌しいのだ。

 その一部が当主達に取り入ろうとしたらしいが亜人嫌いの彼らは話すら聞かなかったらしい。

 ジルは『奇跡の家』でそう言った情報を集めている。

 また、当主達に仲間全員の顔を知られたくなかったと言うのもある。


「お待たせしました」


 指定の場所に着くとすでに『アダット家』当主が待っていたので遅れた事を謝罪する。


「まだ約束の時間ではない。気にするな」


 今日の当主はなぜか大人しい。

 当主の前には大きな桶がある。中には水が注がれているだけだ。


「そうですか、では早速ですがケルピーはどこです?」


「そこだ」


 当主が桶を指差すがもちろん中には水が入っているだけだ。


「・・・どういうことですか?今になって惜しくなったと言うことですか?」


「違う!!この桶の中にケルピーが居るのだ。今は少々弱っていて水に溶け込んでいるだけだ」


 エミィに目で確認を取ると小さく頷く。ケルピーにそう言った能力があるのは本当のようだ。

 しかし、桶のステータスを確認するがただの『桶』と『海水』だった。


「どうやらこの中にはケルピーはいないようですね」


「なっ!?」


 当主が驚いた顔をしている。

 本当にこの中にいるのか?という質問は予想していたようだがここにはいない。と断言されるとは思わなかったようだ。


「方法は伏せますが、俺にはケルピーが本当にこの中にいるかどうかが分かります。1度だけ許しましょう。早くケルピーを連れてきてください」


「な、なんのことだ!!」


「あなたの質問に答えるつもりはありません。なんなら複数の桶を並べてどこにケルピーがいるか当ててやりましょうか?」


 もちろん、その時はあなたの波止場に何かが起こるでしょうが。と最後に付け足して悪い顔をする。


「・・・一度確認する。その、手違いがあったかも知れないのでな」


「ええ、次の桶にケルピーがいればこれ以上は追求しませんよ」


 当主が使用人に指示して桶を下げ始めた。

 30分後、別の桶が俺の前に現れた。


「確認したところ、どうやら運搬した奴隷達が間違えていたようだ。奴隷達には罰を与えておく」


 あくまでも自分は勘違いしていただけだと言いたいようだ。

 今回の桶にはケルピーが水に溶けずに姿を現している。

 これをどうやって見間違えると言うのだろうか。


「では、頂いていきますよ」


 当主を背にして桶ごとケルピーを運ぼうとすると、当主から声が掛かった。


「待て、ケルピーはくれてやるが桶と鎖は置いていけ」


 ケルピーは桶の中で大人しくしている。しかし、それはケルピーの体を縛り上げている鎖の効果だ。



******************************************

沈静鎖


【効果】

縛った対象に【沈静】を与える。


******************************************


「それは、かなり高価な品だからな。申し訳ないが譲るわけにはいかない」


 最初からこの流れに持っていくつもりだったわけだ。


「そうですか、ではうちの『魔物使い』に支配させて連れて行きます」


 なんでも無い事のように答えて、アイラにケルピーを支配させる。


「よしよし、いい仔ね」


 【沈静】の効果のおかげだろう。すぐにケルピーが鼻先をアイラに押し付けて来た。


「ば、ばかな」


 鎖を解いてやると、自分で桶から飛び出してきた。

 アイラが体を撫でると気持ち良さそうにしている。


 当主が後ろでブツブツ呟いていたが気にせずその場を離れることにした。


「しかし、でかいなぁ」


 ケルピーは今、全長5mほどだ。つまり象なみの大きさだ。


「今は街の中だから遠慮してこの大きさらしいです」


 アイラがケルピーの言葉を通訳してくれる。俺もしばらくすればケルピーの言葉が分かるようになるだろうか。

 ゴブリン達の言葉は、アイラはもちろんエミィもかなり理解している。

 俺もルビーの言いたいことが結構分かる。

 誰が支配したかはあまり関係ないのだろう。

 ルビーはケルピーの背中に乗って先輩風を吹かせている真っ最中だ。


 器用に背中から落ちないように体を伸ばしたり縮めたりして説明している。

 ケルピーも時々頷いているので仲良くやっているようだ。





 さすがに『亜人街』にケルピーを連れては行けないのでそのまま街を出る。

 海岸線沿いにしばらく歩くと海水浴でも出来そうな砂浜が現れた。

 都合が良いことに誰もいない。


「じゃあルビー、『天龍』を出してくれ」


 ルビーがケルピーの背中の上でプルプル震えて了承を伝えてくる。

 そのまま砂浜に行き水辺で大きく膨張し『天龍』を吐き出す。


「じゃあ早速だけど『天龍』を動かして見ようか」


 ケルピーを『天龍』に近づけるとなにやら落ち着かない様子だ。

 セレンの時もそうだったが、『天龍』に威圧感を感じているようだ。


「大丈夫よ、あれも私達の仲間だから」


 アイラは『天龍』の威圧感を感じられるらしい。

 やはり感覚の鋭い亜人だからだろうか。

 アイラに説得されてケルピーが船に近づき水に溶け出す。

 『天龍』の周りに波が立つが少しすると水面が落ち着く。

 すると『天龍』が少しずつ進み始める。


「おぉ、動いたな」


「ですが、遅いです」


 エミィが言う。確かにこれなら走った方が早い。

 俺は甲板に上がり、船体を通してありったけの魔力をケルピーに流し込む。

 速度が徐々に上がっていくが魔力の多くは【天龍】に吸いとられているようだ。

 これは先に【天龍】を起こしてから改めて試した方が良いかもしれない。


 全員を船に乗せて海岸線沿いを進ませる。

 ケルピーが船を動かすのに慣れてくれば速度も上がるだろう。


 その間に【天龍】と対面する事にした。

 【天龍】は相変わらず眠っているようだが、ステータスを見る限り順調に回復している。


「そろそろ起きろこの寝坊助が」


 【天龍】に触れて直接魔力を流し込む。いや正しくは吸い取られる、だろうか。


「ぐっ、おぉ」


 持っている星くずの装備を全て着けた状態でも回復が追い付かなくなる。

 ステータスは目で見て分かるほどの速度で回復を始めたが、俺に取っては止まっているかのようだった。


 どのくらいこうしていただろうか、30分?1時間?

 おそろしい吸い上げが収まる頃には俺の意識は朦朧としていた。


「グルルゥ」


 その甲斐あって【天龍】が小さく鳴いて目をあける。

 どうやら暴れたりはしないようだが近くで吐かれる息に吹き飛ばされそうになった。

 ふらふらな状態の俺にはかなりきつかったがなんとか踏みとどまる。


「おはよう、【天龍】」


 【天龍】はこちらの様子を伺っている。

 その目には高い知性が有るように感じられたので話しかけ続けた。


「これからこの船に魔力を流すんだけど、吸い取るのを遠慮してくれないか?ちゃんとあとで【天龍】にも食事を持ってくるから」


 しばらく間が空いたが【天龍】は頷いてまた眠り始めた。

 今度の睡眠は体力の消耗を防ぐ為の普通の睡眠のようだ。

 俺はその場で船体に魔力を流し始めるが先程までの無限に魔力を吸収されているかのような感覚は無かった。


「ケルピー、お前もそろそろ船を動かすのに慣れて来ただろ?海岸線から離れてみよう」


 魔力を流しながらケルピーに話しかけた。船底にいるケルピーに声が聞こえるとは思っていなかったが船が一瞬小さく震えて返答してきた。

 どうやら『奴隷宿木スレイブミスルトゥ』の根に浸透して伝声管のように船全体にケルピーの意識が広がっているようだ。

 『天龍』がゆっくりと回頭し沖合いに向かっていく。

 ある程度の深さのある所まで来たので全速力で走るように指示を出すとあまりの速度に船体の方が持ちそうに無かった。


「すごい速度だな」


「はい、こんな速度は普通にモンスターに船を引かせてもありえません」


 エミィもこの速度で揺れる船体で少し船酔いを起こしているようで顔色が悪い。

 

「エミィ、服をゆるめて横になれ」


「えっ!?あっ、はい」


 いそいそと服をはだけて肌を露出させ仰向けに横になり上半身をやや起こしてこちらを見つめてくる。

 船酔いの為か潤んだ瞳が実に色っぽい。


「いや、違うから。船酔いがつらい様なら無理するなって意味だから」


 エミィの少し残念そうな顔を無視して船内を歩く。

 『勇者』の記憶の中の船であるこの『天龍』は、居住スペースはしっかりと確保されている。

 本来、エンジンや燃料を入れるべきタンクをさらに居住スペースに当てているのでかなりの人数が収容できる。

 しかし、


「これだけじゃ、全員は乗れないよな」


 『亜人街』にいる『天龍教』の信者、それも亜人に限ってもこの船には乗り切らないだろう。

 それに、この船で全員で夜逃げしてもゴブリン村までにはどこかで歩かなくてはならない。


 まぁ、まだ『西街』の当主からアンクレットを受け取るまで数日の猶予がある。

 その間に何かいい案が浮かぶかもしれない。

 




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