第129話
両当主はすぐに会うことを了承してくれた。
日付は次の日の朝、会談の場所は冒険者ギルド。上手く二人がギルドで鉢合わせするように調整するのに苦労した。
「貴様、なぜここに!?」
「お前こそここで何をしている!!」
俺の想像通り、2人が顔を合わせると険悪な空気が流れているようだ。
俺はギルドの奥に借りた部屋で2人の声を聞いている。
アイラがすぐに2人の間に割って入り諌めたようで一応大人しくなった。
「『アダット家』当主様、お待たせいたしました。我が主がお会いになります」
エミィが『アダット家』当主を俺のいる部屋に案内する。
すると、
「貴様!!この私より『アダット家』の無能を優先するつもりか!!」
「ふん、少し考えれば『アダット家』が優先される理由など幾らでも出てくるだろう」
またもいがみ合う2人をエミィは冷静にさばく。
「会談の順番を決めたのは御主人様です。ご不満なら今すぐ帰って頂いて結構です」
くるりと踵を返し部屋に戻ってくるエミィ。
2人は慌ててエミィを止める。
「待ちなさい!!ここまで来たのだ。話くらい聞いてやる!!」
「そうだ!!わざわざここまで来てやったのだぞ!!」
それを聞いてエミィがまた当主たちの方を向く。
実に冷ややかな目をしていただろう。部屋の奥からではエミィの表情まではよく見えない。
「では『アダット家』当主様、お部屋にどうぞ」
今度は誰も声を荒げなかった。
部屋に入ってきた『アダット家』当主は部屋の奥で偉そうにふんぞり返っている俺を見つけ怒りに顔を歪めた。
「貴様がこの騒動の首謀者か!?」
少しだけ怒りを滲ませながら先程と同じ轍を踏まぬように冷静に話しを始めようとする。
「俺はただの冒険者ですよ。当主様達が困っていると聞いて相談に乗ろうと思いまして」
意識して悪そうな笑みを浮かべてそう答える。
演奏日の次の日である今日は、2つの波止場に人の姿が戻っていた。
とはいえ、いつまた人が消えるか分からない状態など不安でしかない。
昨日、広場に集まっていた人たちはけして『巫女』を売ったりしないだろう。
いや、仮に『巫女』の事を『東街』の住人が話したとしても『亜人街』の『信者』が接近を許さない。
「おそらく、毎週のように人が居なくなる日が来るでしょう」
「毎週だと!?」
「ええ。まぁ俺ならいつがその日なのか分かるんですがね」
それどころか無くす事も出来るが。今、『信者』から演奏日を奪うと暴動が起こりそうだ。
だから、俺は『予報』に徹する。
「昨日1日で貴様のような詐欺師が5人は私の元に来た。貴様の情報が本物だと証明して見せろ!!」
中々用心深いな。今、俺との話し合いに来てくれたのは、単に“一番早く来たから”だそうだ。
「では、俺の情報の信憑性を上げる為にサービスです。明日から3日間、人が『東街』から消えるでしょう」
「なっ!?」
先程は毎週と言っておいてソレは無い。自分でもそう思うが、別に本当にそうするつもりはない。
しかし、
「わ、分かった!!信用する。それでなにが望みだ?私の元で働きたいなら便宜を図ってやるぞ」
俺はまたも悪い笑顔を意識しながら答える。
「当主様は、“モンスターのコレクション”をお持ちだとか」
「ちっ、」
当主が舌打ちする。やはりそれか、と顔に書いてある。
『東街』の当主の『コレクション』の話はそれなりに有名だった。
あの日、街で見かけたケルピーもそのコレクションの為に捕らえさせたらしい。
「なにが欲しい?半魚人か?まさか麻痺鮟鱇か?」
麻痺鮟鱇は海底に潜む中々レアなモンスターらしい。
「ケルピーを」
当主が単語を理解した瞬間に顔を真っ赤にして掴みかかってきたが、軽くいなす。
地面に押さえつけて落ち着かせようとするが俺に向かって罵詈雑言の嵐を浴びせる。
「貴様!!良くほざいたな!!この盗人が!!」
「そうですか、残念です。これから波止場で人を見かけることがなくなってしまうのですね」
そう言われて少し大人しくなる。
「そうだ、『西街』の『ウベルド家』の波止場で雇ってもらえるように交渉してみるか」
「ま、まて!!ケルピーだな。分かった。お前に譲ろう!!」
『ウベルド家』の名前を出されて慌てたのか急に条件を飲んだ。
「いいんですか?」
「構わん!!その代わりに『西街』の漁師共をこちらに引き渡せ!!もちろん報酬は別に払う」
この状況をチャンスと捉えたか。少しは優秀なようだ。
しかし、
「なんの事ですか?俺が売れるのは情報だけですよ?」
『西街』の当主からもアンクレットを『報酬』として貰わなければならないので一方に肩入れするのは好ましくない。
とりあえず、ケルピーの引渡しの日時を決めて『東街』の当主との話し合いは終了した。
「『ウベルド家』当主様、中へどうぞ」
エミィが入室を促す。
『ウベルド家』の当主は、『アダット家』当主と双子なのではないかと思うくらいに展開が同じだった。
違うのは趣味が『アクセサリーの収集』であることと俺が求めたものが『星くずのアンクレット』だったことくらいだ。
なにが悲しくて1日に2回も中年オヤジを組み伏せなきゃいけないんだ。
しかし、2人とも徹底しているな。
どうやら『亜人街』の状況を全く知らないようだし、知るつもりも無いようだ。
要求も“『東街』『西街』の住人を返せ”だけだった。
これなら『亜人街』の住人が全員居なくなっても彼らは気にしないのではないだろうか。
当主達との会談を終えて『亜人街』の広場に建てられている『奇跡の家』に裏口から入る。
冒険者ヒビキは今のところ『天龍教』とは無関係であるように振舞っている。
今の俺の『亜人街』での扱いは、『余所者』だ。
とはいえ、『天龍教』が広まり始めてから『亜人街』の雰囲気は変わっている。
炊き出しで糧を得た亜人達は『巫女』達にお礼の品だと言って色々なものを持ってくる。
無くなった名君の時代には職人として店を構えていた者が自作した道具やアイテムを寄付していく。
今では『奇跡の家』に集まったアイテムを必要な人に貸し与えて仕事をさせている。
元々、亜人は人間よりも身体能力が高い。
この前『亜人街』の店で買った掘り出し物や『亜人街』の職人が作った武器を使って海ではなく陸に生活の糧を求めるようにした。
モンスターを討伐して得た素材やアイテム、討伐報酬の一部を『天龍教』に寄付してもらい、『天龍教』は『冒険者』として活動できるように支援する。
そういうサイクルが完成しつつある。
しかし、俺達が来た頃に比べると見違えたとは言え、現在も街の住人全ての腹を満たすには程遠い。
『天龍教』に反発を持っている亜人もそれなりにいる。
「やっぱりそろそろ、旅立ちの時かな」
「そうかもしれませんね」
アイラ達と『奇跡の家』の中を歩いていると、どこからか歌と水音が聞こえてきた。
音がしたほうへ向かうと、セレンが浴室で歌を歌っていた。
『ラ~♪ ラララ~~♪』
結局セレンは、海に帰るのを少し先延ばしにしていた。
一度、村に帰ると伝えて分かれるつもりだったのだが、
『私もヒビキの村に行ってみたい』
そう言われたので仕方なく、ルビーの中の『天龍』に『人魚運搬機』ごと放り込んで移動することにした。
『な、なんかいる!!なんかいるよ~!!』
どうやら、船内の『天龍』を見つけたようで非常にやかましかった。
村では、エルフのビルギットと気があったのか良くセッションしていた。
周りにゴブリンの人垣?ゴブリン垣が出来ていたので分かりやすかった。
「ご機嫌だな、セレン」
『えっ!?ちょっと!!ヒビキ、レディが入浴中なのよぉ!?』
人魚のセレンには『風呂』と言う文化が無かったようで村にいる間に風呂に入り浸っていた。
ついでに、いつも裸みたいなマイクロビキニ姿のくせに風呂に入るようになってからなぜかこうして恥ずかしがるようになってしまった。
「俺も疲れたし一緒に入ろう」
「セレンさん、ちょっと狭いので詰めてください」
「あ、私も入ります」
『え、なんで?なんでみんなで入ってくるのよ!?』
俺が服を脱ぎ始めると、アイラとエミィも脱ぎ始めた。
セレンとアイラ達は言葉が通じないのでセレンは服を脱ぎだしたアイラたちを見て大混乱におちいった。
浴槽は、かなり大きめの桶を使っているので、問題ない。
肌と肌が触れ合うくらいに寄ればちゃんと4人で入ることも可能だ。
この桶も『信者』が持ってきてくれたものだ。
この港にはかなり大型のモンスターを入れるための桶が普通に売っている。
この桶もそのひとつのようだ。
『もぉ~、せっかく気持ちよく歌ってたのに』
「遠慮せず歌えよ」
『う~ん、よしやってみよ~』
また、歌いだしたセレン。どうやら村でビルギットに教わった歌のようだ。
俺も聞き覚えのある歌だったのでついつい口ずさんでしまう。
『ラララ~♪』
『ラ、ラ、ラ~♪』
『ラ、ラ~♪』
『ララ~~♪』
段々声量が上がってきたがセレンは俺を止めない。
それどころか、こちらを見つめて先を促しているようにも見える。
結局、丸々一曲を歌い上げてややのぼせながら人魚とのデュエットを終了する。
アイラとエミィが拍手をくれた。
セレンは、なんともうっとりとした顔でこちらを見つめてくる。
風呂にのぼせたんだろうと思い3人で寝室に運ぶ。
あとでビルギットに聞いたが『人魚』にとってデュエットは人間にとっての肉体関係と同じらしい。
この日からしばらくの間、セレンから求愛行動として事ある毎に尾びれをベチベチとぶつけられた。