第121話
ルビーが用意してくれた足場は、片足に体重をかけたり急激に踏み込んだりするには向かない不安定なものだ。
とはいえ、贅沢は言えない。水中より何倍もマシだ。
「ルビー、奴までの足場を頼む!!」
走りながらルビーに伝える。すると、ルビーはしっかりと『大砲肺魚』までの道を作ってくれた。
俺が近づくと『大砲肺魚』は口から大きく息を吸っている。
また水の砲弾か。いや、もしかしたら『拘束藻』かもしれない。
『大砲肺魚』の攻撃より先に炎弾を放つ。
すると、『大砲肺魚』は水面に潜って炎弾をやり過ごす。
「やっぱり、水上じゃ不利か」
今回は完全に油断していた。さすがに武器はあるが、他の装備は置いて来ている。
別の場所から顔を出した『大砲肺魚』に一方的に攻撃を喰らってしまう。
「主よ、さすがに奴が水中におる間は、わらわの攻撃もそれほど効果が無いぞ」
陸上でのすばやい踏み込みが無ければ『大砲肺魚』に接近することも難しいだろう。
「来ます!!」
アイラが叫ぶ。
水面が盛り上がり、『大砲肺魚』が顔を出した。
口を大きく開けて空気を吸い込み、大砲に送り込み水の砲弾を放ってくる。
「はぁ!!」
咄嗟に炎弾を放ち水の砲弾を迎撃する。
すぐに反撃をしかけようとするが『大砲肺魚』の姿はもう無い。
先手を取られる為、反撃が遅れる。
「主よ、考えがあるぞ」
俺は、ジルの作戦に耳を傾けた。
次に『大砲肺魚』が顔を出した時が勝負だ。
ただ待っているだけの時間はやけに長く感じる。
大した時間が経っていないのは理性的には理解しているが、感覚的には30分、1時間と待たされているかのようだ。
「落ち着け、焦るな」
自分に言い聞かせる。
奴がどこから出てきても良いように全方向に注意を向ける。
・・・来た!?
水面の振動を体全体で感じる。
「今じゃ!!」
俺はすぐに立ち上がり、振動の発信源にありったけの魔力で【電撃魔法】を放つ。
「!!!!!」
いきなり間近に現れた俺からの攻撃を潜って避けることも出来ずに喰らう『大砲肺魚』。
電撃が湖に流れてスパークと水煙が晴れると、口をパクパクとさせてプカリと腹を見せて浮いている『大砲肺魚』が居た。
驚くべきことにまだ生きている。
ジルの作戦とは、
①俺の代わりにそれっぽく偽装した『スケルトン』を用意する。
②『ルビーの足場』の中に寝そべり、『大砲肺魚』の攻撃を待つ。
③ルビーが振動を感知したら、体内の俺を『大砲肺魚』の傍まで運んでもらう。
④『大砲肺魚』が俺に似せた『スケルトン』を攻撃した瞬間を見計らって【電撃魔法】を放つ。
こんな作戦だった。
スケルトンを俺に似せる為に下着一枚にならなければいけないし、その状態でルビーの体の中をウネウネと移動させられるしで散々な目に合った。
「『大砲肺魚』はまだ生きてるから今の内に支配しておこう」
湖での足が欲しかった所だ。
まだ、大渦の原因も分からないのだ。自由に動ける足があったほうが良い。
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「ピノさんはどこです?」
上空から大渦の周辺を旋回していますが見当たりません。
「もっと近づくしかないですね」
グリフォンを操って水面ギリギリまで高度を下げます。
居ました!!
「ピノさん!!」
「えっ!?エミィさん!!」
ピノさんは木片にしがみついて渦に飲み込まれようとしていました。
一緒にいた『勇者』役のリザードマンが居ませんが、今は彼女を救うことが先決です。
「さぁ、早く!!」
グリフォンをギリギリまで近づけようとすると、ピノさんが叫びます。
「ダメ、逃げてください!!」
「えっ!?」
私とピノさんの間の水面に大きな影が現れます。
それは、見たことも無いモンスターでした。
「なんですか、このモンスターは?」
蔦を編んで形作られた姿。
長い首に頭のような部分。
水中を泳ぐ為でしょうか、ヒレのように形取られた四肢。
形だけ一番似ている生き物をあげるならやはり、『竜』でしょうか。
大きさは信じられませんがやはり『竜』になったセルヴァさんと同じくらいの大きさがあります。
しかし、翼は無く『竜』のような知性は感じられません。
そこは、獣並みの知性しかないワイバーンに似ているのかもしれません。
「舞台はこのモンスターに壊されました!!ギギとはその時に離れ離れに」
『ギュァァァッ』
『竜』のようなモンスターはこちらを威嚇してきます。顔のような部分が割れてそこから声が聞こえます。
どうやら、ピノさんを奪われたくないようです。
しかし、こんな奴にピノさんを奪われるわけには行きません。
「まだ、仲直りも出来ていないんです!!」
グリフォンを大きく旋回させ、『竜』のようなモンスターを避けてピノさんの救出に向かいます。
しかし、『竜』のようなモンスターはこちらの意図に気がついたのでしょう。すぐに回り込んで邪魔をしてきます。
「きゃっ」
モンスターが動くたびに大きな波が起こり、ピノさんの掴まっている木片が大きく揺れています。
「エミィさん、無理はしないでください。あのモンスターはどうやら私に危害を加えるつもりは無いようですから。それに私はリザードマンですよ?水の中は得意なんです」
たしかにこの湖のリザードマンは水に強いです。
しかし魚とは違い水の中で息が出来るわけでもないし、魚ほど泳げるわけでもありません。
あんな大渦に飲まれればただではすまないはずです。
「無理、するに決まってるじゃないですか。私は、自分の家族を取られたまま何もしない女じゃありません!!」
「エミィさん」
グリフォンに少し無茶な動作をさせて、わずかに『竜』とピノさんとの間に隙間を作ります。
一度、大きく旋回しながら『竜』との距離を取り、ピノさんまで一直線に突っ込める軌道を思い描きます。
「ごめんね、グリフォン。これから一杯無茶させちゃうけど、お願いだから私に力を貸してね」
グリフォンは私に答えてくれたかのようなタイミングで一度鳴きました。
ギュッと手綱を握り、グリフォンの背中に体を押し付けて出来るだけ固定します。
あとは、ピノさんまで全速力で駆け抜けるだけです。
助走をつけてピノさんへと急接近します。
御主人様のグリフォンはいつも乗っている仔よりも力強く羽ばたいて想像以上の速度でピノさんへと向かいます。
「ギュアーーーーーー」
『竜』のようなモンスターが吼えると、水面から勢い良く植物の蔦が伸びてきてこちらを襲ってきます。
しかし、グリフォンは更に速度をあげて蔦を回避していきます。
「ピノさん!!」
「エミィさん!!」
交差の時はほんの一瞬でした。
しかし、私の右手にはしっかりとした重みがあります。
すぐに体を引き上げて姿勢を安定させます。
「エミィさん、なんて無茶を!!」
「ちゃんとあなたと手を握りたかったから」
これで仲直りが出来たなんて思ってはいませんが、それでも今回は私から手を伸ばすことが出来ました。
「エミィさん」
ピノさんも私が言いたい事が分かったみたいです。
今度はもっと平和的に握手をしましょうね、と言われてしまいました。
「あれは、何でしょうか?」
ピノさんが大渦の中心に何かを見つけたようです。
大渦の中心は湖の底が露出しており、そこに何かがあるようです。
「あれは、人間?」
私も大渦の中心を確認すると、底に確かに人影のような物が見えました。