第120話
目の前で『賢者』役の選定が行われている。
選定方法は桶の中に注がれた特殊な水に魔力を込めて、最も濃い色が出た者が『賢者』になるというシンプルな物だ。
真面目にやっている他のリザードマンには悪いが、ピノには『星くずの指輪』を着けて参加してもらった。
逆に、やり過ぎないように、と念を押しておいたがピノはぶっちぎりで勝利していた。
「去年もそうでしたから、大丈夫です」
確かに他のリザードマン達は怪しむどころか、さすがお嬢様、と褒め称えている。
「私は去年からの参加ですが、去年は大変だったんですよ?」
初参加で最年少のピノの圧倒的な力に、何度か審査のやり直しを行われたらしい。
言っては何だが、ピノ以外のリザードマンにはそれほど魔力が無い。
リザードマンと言う種族は魔力をあまり持っていないのだろう。
ピノが規格外なのだ。
「それでは私は明日の『儀式』に向けて準備がありますので、残念ですが今晩はお伺い出来ません」
「大丈夫です!!必要ありません!!今日も、これからも、です!!」
エミィがピノの軽口に反応するので後ろから両肩を揉んでやる。
「えっ!?ご、御主人様?」
「少し落ち着こう、エミィ?」
「ひゃ、ひゃい。わ、分かりましたから。手を、手を動かすのをやめっ、やめてぇ」
こんなところでハーピー達へのグルーミングの経験が生きるとは。
「エミィさん、あなたは私が嫌いかもしれませんが、私はあなたの事嫌いじゃないんですよ?」
「べ、別にピノさんが嫌いな訳ではないです。私は、私の大切なものを守りたいだけです」
「それを聞いて安心しました。これからもよろしくお願いしますね」
笑顔で握手を求めるピノ。しかし、エミィはピノの手に自分の手を伸ばそうとするが葛藤があるのか上手くいかない。
「ピノ、急ぎなさい。皆がお前を待ってる」
ピノが来ないのを心配したザザがピノを呼びに来た。
あっ、と言う間にピノは連れて行かれてしまい、エミィの中途半端に伸ばした手が宙をさまよう事となる。
「まぁ、すぐに仲直りのチャンスはあるさ」
「・・・はい」
エミィが俯いて答える。
俺の楽観的な予想は見事にハズれ、結局エミィは『儀式』当日になってもピノと仲直り出来ずにいた。
「まさか、あれから一度もゆっくり話す機会が無いとは」
「うぅ、どうすればいいんでしょうか?」
ピノは『儀式』が行われる今日は一日中忙しいはずだ。これは『儀式』が終わるまで待った方がいいかもしれない。
そう伝えてエミィをなだめる。
日が沈み始めた頃、『儀式』は予定通り開始された。
まずは、『勇者』と『賢者』がこの湖を作るまでの物語の劇が行われた。
こうして、伝説と伝統が次代へと受け継がれていくのだろう。
湖の中ほどにイカダのような水上舞台が準備されている。
この上で『儀式』が行われる。
俺達は、ザザの計らいで特等席からピノの晴れ舞台を見ている。
『この地に我らの望みを叶える湖を作ろう!!』
『勇者』役のリザードマンが剣を高らかに振り上げ宣言する。
『勇者』役は『賢者』役と違い重要と言うわけではない。その為、希望者の中からくじなどで決められるらしい。
今、『勇者』役を務めているのはピノの幼なじみらしい。
ヤキモチ焼いてもいいんですよ?と笑顔で言われてしまった。
どうやら幼なじみの彼はかなりの『イケメン』らしい。
リザードマンの美醜は判断できないが、さっきから彼に熱視線を送っている数人のリザードマンは妙齢の女性だろう。
『我らの祈りを届ける湖を作ろう!!』
ピノが杖を上げ湖の水に魔力を注ぎ込む。
あとは、『賢者』役が一晩中魔力を注ぎ続けて『儀式』は完了だ。
『勇者』役が時折、湖の様子を見ながら、
『まだかえらない』
と呟いたりするらしい。
『儀式』のクライマックスは、『勇者』と『賢者』の死のシーンで締めくくられる。
朝日をバックに『勇者』と『賢者』が観客に語りかける。
『私たちはもうすぐ死ぬだろう』
『私たちが死んだらこの湖は枯れてしまう』
『湖を枯らしたくなければ、『賢者』の後を引継いで『儀式』を行うのだ!!』
そう言いながら『賢者』役は『正装』を脱ぎ捨て、『勇者』と共に湖にその身を投げ入れる。
こうして、『儀式』は受け継がれていくらしい。
さて、湖に魔力を注ぎ始めれば退屈な時間が流れ始めてしまう。
そうなるとこの『儀式』のもうひとつの側面が顔を出してくる。
男女の逢引だ。
俺の世界でも祭りや『儀式』には、性に関する行事や男女の出会いを促す一面があった。
この年に1度の『儀式』にもそんな一面があるようだ。
「なるほど、だから大きい船しか残ってなかったのか」
船を借りる時なぜかせいぜい2人しか乗れない小船が人気があり、最初からそれが分かっているような雰囲気があった。
その為、今俺達が乗っている5~6人が乗れる船を簡単に用意してもらえたのだ。
周りには、その小さな小船に寄り添った男女のリザードマンが一定の距離を取って湖中に点在している。
最初の劇の事を考えなければ、今夜は湖が一晩中淡い光を放つのでどこにいてもムードはばっちりだろう。
俺達と同じくらいの船に乗っているのは、『勇者』役のファンの娘達や、ピノのファンの男達位だ。
彼ら、彼女らのとっては劇こそが一番の楽しみなのだからそりゃあ出来るだけ近くに来るだろう。
異変が起き出したのは、劇も終わり周りが自分達だけの空間を作り始めた頃だった。
淡かった湖の光が徐々に光量を増してきたのだ。
気の早いカップル達の行為が煌々と照らし出されることとなった。
今日の一番の被害者は彼らだと俺は個人的に思っている。
「キャーーーッ」
そこら中で、イタシている所を照らされた者達が悲鳴を上げる。
しかし、異変はそれだけに留まらなかった。
小船が次々と襲撃を受けて転覆していく。
水棲のリザードマンたちにとっては水に落とされること位はなんでもないが、いきなりのことに混乱が起こっている。
「なにが、」
起こっているのでしょう?とエミィが言いかけた瞬間に俺達の船にも衝撃が走る。
「くっ、みんな、何かに捕まれ!!」
「きゃっ!?」
「くぅっ」
「おぉ!?なんじゃぁ?」
幸い、他の船より大きかったおかげか転覆は免れた。
「主よ、あれを見ろ!!」
ジルが指差した方向を見ると、ピノ達が乗っていた水上舞台が大渦に巻き込まれつつあった。
「ひぃぃぃ」
「ギギ、しっかりしなさい!!」
『勇者』役の男はこの騒ぎで腰を抜かして動けないようだ。
ピノも知り合いを見捨てられないようで水上舞台から動いていない。
「まずい!! 来いグリフォン!!」
グリフォンを呼び出し、ピノたちの救出に向かおうとする。
しかし、
「御主人様!!」
アイラの声に振り向くと、後ろから『大砲肺魚』がこちらを狙っていた。
「ま、間に合え!!」
近くに居たエミィをグリフォンの背に放り投げ、グリフォンの尻を叩く。
グリフォンは一度吼えて飛び立ってくれた。
目の前が大量の水で埋め尽くされる。
「ぐふぅッ」
周りに木片が散らばっている。どうやら水の砲弾は船に直撃したようだ。
しかし、俺へのダメージは想像よりかなり軽かった。
「また、助けてもらったなルビー」
ルビーは自分の体を壁にして水の砲弾の威力を弱め、更に水面に体を薄く伸ばし俺達が立って歩ける足場となってくれていた。
「ふぅ、ひどい目にあったのぅ」
「ありがとう、ジル。助けてくれて」
水中からジルとアイラがルビーの足場にあがってきた。
砲弾の直撃の瞬間、ジルがアイラを掴んで船から離脱していたおかげでダメージはほとんど無いようだ。
「ご無事ですか!?御主人様、みんな!?」
空からエミィがこちらに近づいてくる。
「エミィ、こっちは良い。ピノを助けに行ってくれ」
エミィは一瞬戸惑うような顔をしたがすぐに頷き、大渦に飲み込まれつつある水上舞台にグリフォンを向けた。
「さて、こいつはこの前の奴かな?」
ステータスを見ると前回の戦闘した『大砲肺魚』より10はレベルが高い。
しかし、よく見ればいたるところに見覚えのある傷が見受けられる。
「たった2,3日でレベルがこんなに上がるのか?」
そこまで考えてある可能性に気付く。
「そうか、『儀式』の影響か」
急激なレベルアップに合点が行き、そこでさらに思い出す。
「しまった、指輪をピノに預けたままだ」
ピノには『星くずの指輪』を渡したままだ。
渡す時に、まぁ指輪をいただけるのですか?と大はしゃぎしていたのでおそらく今もつけたままだろう。
もしかしたら、
「この異変、俺のせいか?」
二つの星くずのアイテムのせいで、いつも以上の魔力を湖に込めてしまったのがこの異変の原因かもしれない。
こうなったら、早期解決して証拠隠滅に動かなければ。