第118話
「実はもうすぐ年に1度の『儀式』が始まるんだが」
ザザはピノを説得するのを諦め、参加を促された俺を落としにかかった。
宴の最中に話があると、ザザの部屋に招かれ事情を説明された。
「ゲルブ湖は魔力の豊富な湖でね」
それは今朝、ピノから聞いている。歓迎の宴の席には美味しい『マナカープ』の料理が並んでいた。
ステータスを見るとわずかに魔力の回復量が上がる効果があるようだ。
そんなものが日常的に取れる湖、ゲルブ湖は確かに桁外れの魔力の貯蔵量を誇るようだ。
「それというのも、毎年我らが行う『儀式』によって湖に魔力を注いでいるのが理由なのだよ」
その昔、この辺りには何もなかった。
今は辺り一面を広大な森が覆っているが、百年程前はここも『魔物の荒野』の一部だったらしい。
その頃からゲルブ族の祖先達はこの辺りに棲んでいたらしいが今よりもっと数も少なく体も小さい弱小部族だったようだ。
ある日、2人の人間が現れた。
2人は自分達を『勇者』と『賢者』だと名乗りこの辺りに住み着いたそうだ。
元々、排他的な種族であるリザードマン達は彼らに興味を持たず、警戒だけしてしばらく暮らしていたらしい。
2人が現れて1ヶ月ほど経った頃、突然『勇者』がこの地に大穴を開け、『賢者』が雨を降らして一昼夜で湖を作ってしまった。
『勇者』と『賢者』は来る日も来る日も湖の水面を見つめて呟いていたそうだ、
『まだかえらない』
湖が出来た次の日から『賢者』の『日課』が始まった。
湖の水を調べ、首を横に振り、最後に湖全体を魔力で満たして帰る。そんな『日課』が。
いつしか『勇者』と『賢者』が作った湖に生き物が住み着くようになり、ゲルブ族の祖先達も水辺での生活に適応していった。
周りは草木に囲まれて行き、いくつもの川がゲルブ湖に流れ込むようになった。
そうなるまでに50年ほど経っただろうか、すっかり『勇者』と『賢者』も年老いて日に日に弱って行く。
その頃にはゲルブ族も彼らを受け入れており時折交流するまでの仲になっていた。
「私たちはもうすぐ死ぬだろう」
ある日、『勇者』がゲルブ族にそう言った。
「私たちが死んだらこの湖は枯れてしまう」
『賢者』が続けてそう言った。
毎日のように続けていた『賢者』の『日課』は年に数回にまで減っていた。
それでも湖は変わり無く魔力に満ちた湖だった。
「湖を枯らしたくなければ毎年、決まった日に『賢者』の代わりに『日課』を行ってくれ」
そうすれば、湖は枯れないから。
そう伝えた2人はその年の内に亡くなった。遺体は生前の遺言で湖の奥底に沈められたそうだ。
残されたゲルブ族は湖を枯らさない為に毎年、星を詠み『賢者』の『日課』を今なお続けている。
「今は、一族で最も魔力のある若者に『賢者』役を務めて貰い『正装』を着込んで湖に魔力を注ぎ込んでいる」
ザザが部屋の奥にある衣装掛けを見る。
釣られて目をやるとそこには年期の入った厚手のローブとスタンダードな木製の魔術師の杖とそれほど派手ではない『額飾り』があった。
湖に魔力を注ぐなんてかなりの大仕事だ。それを1人でこなせるのは『正装』に秘密があるのだろうとステータスを見たが、
『純化翡翠織物のローブ(闇)』、『世界樹の杖』、と続き『星くずの額飾り』と表示される。
「・・・・・・おぃ」
つっこみどころが多すぎてしばらく固まってしまった。
『勇者』と共にいた『賢者』の持ち物だ。
そりゃあ多少すごいものが出てくるのは想像できたが。
『純化翡翠織物のローブ(闇)』は、【闇属性】に対して威力を90%カットする。対魔族用の最終兵器のような性能だ。
純化翡翠織物というのがなんなのかは知らないが、おそらく翡翠織物の上位素材なんだろう。
『世界樹の杖』は、割りと地味な効果だ。持ち主の魔力を世界樹が強制的に引き出して魔法の威力を限界まであげるらしい。
限界というのが『持ち主』のではなく『世界樹の杖』のだが。
つまりこれさえあれば、誰でも一度は究極の一撃が放てるわけだ。そのあとどうなるかは分からないが。
そして、おそらく慢性的な魔力枯渇状態の解消の為に『星くずの額飾り』を装備していたのだろう。
なんとも体に悪そうな装備である。
『正装』は、『賢者』の役を務めた者が管理するらしい。
去年はピノが『賢者』役だったためザザの家に『正装』が管理されていたようだ。
『賢者』役を務めると、魔力の貯蔵量が減るらしく『賢者』役を続けて2年行った者はまだいないそうだ。
こうなると『勇者』の装備も気になる所だ。
「ザザさん、『勇者』の装備は残っていないんですか?」
するとザザは首を横に振り答える。
「『勇者』の装備は遺体と共に湖に沈めたらしい。これも遺言でね」
ということはあの湖には『勇者』の装備が眠っている訳だ。
勇者になるつもりはないが戦力としてはこの上ないだろう。
これは、明日にでも水棲モンスターを手に入れて湖底探索に乗り出すべきかもしれないな。
そして、それとは別に額飾りをなんとかしなくては。
「ザザさん、不躾ですが『儀式』の事を教えていただきたいのですが」
「参加、するのかね?」
目は口ほどに物を言う、とはこの事か。
その目は確かに、やめてくれ、と書いてあった。
ここはある程度正直に話そう。
「実は、『賢者』の『正装』に興味がありまして」
「確かにアイテムとしてもかなりの性能だからな」
やはり、それくらいは知っていたか。
「はい、特に『額飾り』は俺の知っているアイテムによく似ているんです」
と言うか同種の物だ。
「・・・どうしても『儀式』へ参加したいのなら条件がある」
「俺に出来ることなら何でも」
「ならば、正式に我が娘ピノと婚約をして欲しい」
「その話は、」
同盟が結ばれている今では効果が薄いのではないだろうか。
「同盟うんぬんよりは一族に対する物だ。ピノの婚約者であるなら文句無く身内だ。大手を振って『儀式』に参加できるぞ」
少し考えさせてくれ、と言って席をたった。
すでに宴は終わっていたようで最初の部屋にはもう誰もいなかった。
ザザとかなりの時間話し込んでいたようだ。
仕方がないので用意してもらった客室へ向かうことにする。
初めての場所でやや手間取ったがなんとか客室に辿り着くことができた。
部屋の中に誰かいる。ベッドで横になっていた人影は、俺に気がつくと体を起こす。
今日は満月に近い明るい夜だ。
窓を背にしたシルエットからは相手が裸の女性である事しか判断できない。
「エミィか?」
外泊時に一番積極的になるのはエミィだ。
しかし、エミィにしては月明かりで浮かび上がるシルエットは凹凸がありすぎる。
「ジルか?」
次に部屋に忍び込みそうなのはジルだ。
しかし、ジルにしては髪が短い。
「アイラなのか?珍しいな」
もちろん、アイラも時々信じられない位に積極的になる。
その時のアイラは正に牝虎の様な迫力がある。
次の日に自分の乱れ様を思い出して顔を真っ赤にして恥ずかしがるまでがセットで楽しめる。
しかし、アイラの牝虎化はもう少し先のはずだが?
「違う女性の名前を3人もあげられてしまうと、さすがに悲しくなってしまいます」
聞いたことのない声だ。
しかし、何故か耳に覚えのあるリズムで紡がれる言葉。
女性が立ち上がりこちらに近づいてくる。
ようやく暗さに慣れた目で近づく女性の顔を確認する。
美人だ。アイラともエミィともジルともタイプの違う美人。
所謂、オリエンタルな美人とでも言えばいいのだろうか。
もちろん始めて見る顔だ。
こんな美人なら絶対に見とれる。そうなればエミィの機嫌が悪くなるはずだ。
そんな事になった記憶が俺には無い。
それなのに、ある女性を思い起こしてしまうのはなぜだろう。
「ピノ?」
目の前の美女はビックリした顔をして、すぐに笑顔になる。
その笑顔を見て、あぁ、やっぱりピノだ。と納得してしまう。
「まさか、一目で見破られるなんて思いませんでした」
もっと困らせる予定でしたのに。と言いながらも嬉しそうに話す。
「一体、どうしたんだ?」
そう言いながらピノの裸体を眺めてしまう。
ふと、ピノの額にアクセサリーが有ることに気がつく。
『星くずの額飾り』が額に輝いていた。
「私【水魔法】が使えますので、魔法薬と相性が良いんです」
手に持っているのは、空の薬瓶。中身はおそらく『変身薬』だろうか。
巨乳のエミィの時に実際に確認したが、薬効は【植物操作】と同じく30分だった。
イタシテいる最中にいきなり胸が消えた時のエミィの顔は印象深かった。
ピノの言葉でステータスを確認すると状態異常『変身』の残り時間が30:00:00で止まっている。
【水魔法】で体内を魔力で満たして、魔法薬の効果を延長しているようだ。
こんな裏技があったとは。
とはいえ、MPの方は消費と回復を繰り返している。
『星くずの額飾り』があって始めて出来ることなのだろう。
おそらく『儀式』中も今と同じかそれ以上の消耗を強いられるのだろう。
魔力の上限値が削られるのも分かる。
これほどまでの負担を押して、ピノはここにいる。
彼女は気がついていたのだろう、普段の自分の姿が俺の欲求の対象にはならない事を。
それでも、
一族にとって大切な『正装』を使ってでも、
普段の自分の姿を否定してでも、
彼女は俺の前に裸体を晒して俺に抱かれようとする。
それほどまでに一族が大事なのだろう。
「違います」
いつの間にか俯いていた俺は、ピノに無理矢理顔を上げさせられピノと真正面から向き合う事になった。
「違う?」
「ヒビキさんは今、私がここにいる理由を勘違いしています」
勘違いしないでよね。私は貴方の事~というやつか。
こうやって、裸で迫ってくれば相手は自分に好意を持っていると勘違いする。
「はい、勘違いしないでください。私は貴方の事、 」
これは、同盟の強化の為のまさに『儀式』と言うことなのだろうか、
「大好きなんですから」
ピノから放たれた言葉に一瞬固まる。
その隙にベッドに押し倒され、ピノにマウントを取られる。
「な、なにを!?」
なんとかそれだけを口にするが、それ以上は口を塞がれてしゃべれない。
ピノの長い舌が俺の口の中を縦横無尽に暴れまわる。
「難しい話は後にしましょう。こうしてオスとメスが一緒にいるのです。ヤル事はひとつでしょう?」
ピノとの行為は朝方まで続いた。
どうやらピノは舌を使うのが好みのようだ。
あらゆる所を這いずり回るような舌使いで責められた。
「今日、私の故郷にお連れしたのは最初からこうする為でした」
ピノが故郷に戻りたかった理由は始めから『星くずの額飾り』にあったようだ。
ピノも村で『変身薬』を手にいれ、試して見たようだ。しかし、薬は30分しか持たない。
【水魔法】で時間延長を施しても30分が35分になる程度でしかも魔力切れの倦怠感で何も出来ない。
これでは駄目だとピノは考えた。
どうすれば、時間を伸ばすことができるのか。
そこで思い付いたのが『儀式』の『正装』だ。
あの大きな湖を満たすほどの魔力があれば、一晩中だろうと行為を続けられるはずだ。
そう思い付いて次の日の朝、つまり今日の朝の出来事に繋がるようだ。
『儀式』に参加と言うのは、そう言っておけばザザの注意が俺にそれると考えての嘘だった。
「はぁ~っ」
話を聞いて気が抜けてしまった。
俺のさっきまでの、ピノに対する罪悪感とかはなんだったのか。
そこで気がつく。
ザザとのやり取りを。
ピノに手を出してしまった以上、婚約者の話は本決まりになるだろう。
「まさかザザさんとの会話までピノの仕込みか?」
「なんのことです?」
俺がザザとの会話をピノに伝えると、ピノはクスクス笑いながら答えてくれた。
「確かに出来すぎですね。でも、それは父の独断です。それに今日、手を出したからといって婚約者にならなければいけないなんて事もないですよ」
なぜなら、ザザ達はピノはとっくに手を出されているものと考えているから。
こんなにかわいくて気立てのいいピノに手を出さないはずがない。
そう考えているのだ。
「だから、もし、この事を誰かに見られてもなんの問題もありません。まぁ、父はおそらく拗ねるでしょうが」
愛娘のそんな所を見せられたらそれは、拗ねる、ではすまないだろう。
「私はようやく皆さんと同じ位置に立てた、と考えています」
「いいのか?俺は、普段のピノに、その」
欲情しないんだぞ、なんて面と向かって言えるわけがない。
「この姿ならその気になってくださいますよね?」
「それは、そうだけど」
「なら、問題ありません。だってヒビキさんはこの姿の『私』を、『私』と気づいてくれたじゃないですか」
それなら、『変身薬』なんてお化粧やアクセサリーと変わりませんわ。
といつもの笑顔で答えられてしまった。