第117話
「ヒビキさんを我が家にご招待いたします」
村に戻った次の日、朝食を取っているとリザードマンのピノが急に言い放った。
ピノの家は、我が家のすぐ近くにある。
「今日の昼食は、ゲルブ族の料理をご馳走してくれるって事?」
「いいえ、違います。私の生家にお招きいたしたいのです」
どうやらゲルブ湖に行こうと言っているようだ。
ゲルブ湖までは徒歩で1日程の距離だ。グリフォンならこれから出れば昼前には着くだろう。
もしかしたらピノは故郷が恋しいのかもしれない。
そりゃそうだ、良く知りもしない男の所に故郷を離れて来ているのだから。
他のリザードマン達は交代でこちらに来ている。
どうも村で過ごすことが一種のステータスになっているようで留学希望者が後を絶たないらしい。
東京に憧れる田舎者のような心境だろうか。
最近ギーレン指導でゲルブ湖周辺の開発が進んでいるのも、若いリザードマン達の都会への憧れに拍車をかけているのだろう。
「ピノ、良ければグリフォンを貸すぞ?ヤテルコと里帰りしてみたらどうだ?」
「お気遣いありがとうございます。ヒビキさんもご一緒に参りましょう?」
シャーッと笑顔で俺を誘うピノ。
「ヒビキ殿、ぜひ一度ゲルブ湖にいらしてください。族長も部族をあげて歓迎しますよ」
ピノのお供のヤテルコも控え目にだがシャーッと音を出しながらゲルブ湖に俺を誘う。
確かに族長のザザとも野球をやってから会っていない。
あちらでのうちのゴブリン達の扱いもこの目で一度確かめるのも悪くないかもしれない。
「それにヒビキ殿は今、モンスターを集めている様子。ゲルブ湖には珍しいモンスターもおりますよ?」
珍しいモンスターには確かに惹かれる。
「どんなモンスターがいるんだ?」
「そうですね。やはり水棲のモンスターが多いですが」
「ゲルブ湖に来ていただくのですから『マナカープ』を食べていただかなくては」
ゲルブ湖に広く生息する『マナカープ』は絶品とのことだ。
その名の通り体に魔力を溜め込むので、滋養強壮に良く効くらしい。
「ゲルブ湖にはその『マナカープ』を食糧とする水棲モンスターが棲んでいるわけだ」
「はい、ゲルブ湖の上流にある川とゲルブ湖では出現するモンスターの質が違います」
ハーピーの時に栄養の大事さは目にしている。
「分かった。お邪魔しよう」
「歓迎いたします!!」
グワッと大きく口を開けるピノ。
嬉しい時の顔なのだろうが、尖った牙が見えていて結構怖い。
「お嬢様そんなに大きく口を開けて、はしたないですよ」
どうやらはしたない顔だったようだ。
ピノもすぐに気づき、口を閉じていつものシャーッ笑いに戻った。
異文化交流は難しいというのは、本当のようだ。
ゲルブ湖にいつ行こうか?と聞くと、
今すぐこれから参りましょう。
と、ピノにすごい勢いで寄りきられた。
参加メンバーはアイラ、エミィ、ジル。そしてピノ、ヤテルコだ。
まだグリフォンに余裕はあったが、リーランは朝食後、二度寝。
その場にいたジーナに来るか確認すると、
「ご主人の命令ならご一緒する」
と、なんだか気になる事がある様子だったので聞き出すと、
フレイとゴブリン達の特訓に参加する約束をしていたらしく、
これからフレイに詫びてくる、と駆け出そうとしたのでフレイとの約束を優先しても構わないと伝える。
「奴隷になんと寛大な処置か。感謝する、ご主人」
「堅苦しいな、ジーナは。何でも好きにしろとは言わないが自分の意見くらい言っても怒らないぞ俺は」
「うん、ご主人がそういう人なのは分かっている。ありがとう、次からは遠慮なんてしない。それに、約束も大事だがご主人と一緒に出掛けるのも私には大事な事に思えたんだ」
ジーナは笑顔で答えた。
「そうか、ありがとな」
こうもまっすぐに言われると照れてしまう。ジーナの頭を撫でながら恥ずかしさで顔をそらす。
「わ、私は、例え王族との約束があってもご主人様との時間を優先します!!」
エミィがジーナに触発されて変なことを言い出した。
いや、仮に本当に王族との約束があってもエミィは俺を優先しそうで怖い。
「私も、ご主人様のご迷惑にならない限りはご主人様と一緒にいるのが第一です」
アイラもクスクス笑いながらエミィに便乗する。
俺の迷惑、と言うところにエミィが、しまった!!と言う顔をしている。
「わらわにはそもそも主以上の用事など存在せんのぅ」
朝食を食べ終わり長椅子でゴロゴロしていたジルまで参戦してくる。
ジルはあえてエミィを挑発している気がする。
「俺は幸せな主人だよ」
3人の頭を順番に撫でてやる。
事実、俺は幸せな主人だろう。こんなに可愛い奴隷達に囲まれて何不自由無く暮らしているのだから。
「私もヒビキさんと過ごす時間を一番に考えておりますよ?」
ピノがスッとこちらに近づいてきて、頭を差し出す。
撫でろ、ということか?
後ろでヤテルコが緊張した面持ちでこちらを見つめ続けている。
お嬢様、ファイト!!
と聞こえた気がする。
意を決してピノの頭に手を伸ばす。
始めは指先から、徐々に手のひらをピノの頭に接触させていく。
触った感想は、
しっとりとしている。 だ。
手を動かすと、鱗の凹凸の感触が以外と気持ちが良い。
つい夢中になって撫でていると、エミィが上着のすそをグイッと引っ張ってきた。
ハッとなり、かなり長い時間撫で続けていたことをピノに謝る。
「ごめん、なんだか鱗の手触りが気持ち良くて」
「いえ、そんな、ヒビキさんおだてすぎですよっ」
またもやグワッと口を開けるピノ。
どうやら照れているようだ。
『君の鱗は手触りが良い』は、リザードマンの女性には誉め言葉のようだ。
人間だと、綺麗な肌してるね。みたいな意味なんだろうか。
その後、しばらく上機嫌のピノとそれぞれ差はあるがむくれている3人の相手をしながらゲルブ湖へ向かう準備をするのは骨が折れた。
「ピノ!!戻って来るなら連絡くらいせんか!!わしを客人をもてなせない族長にする気か!?」
「お父様、落ち着いて。ヒビキさん達は今や、身内と代わり無いではありませんか?ありのままのおもてなしをすれば良いのです」
族長であり、ピノの父親でもあるザザ・ゲルブの言っている事の方が正しく感じるが、ザザはピノに言いくるめられてしまった。
嫁入り騒動の時も感じたが、ザザは柔軟性に欠けている気がする。
娘のピノの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ。
「『全滅』殿、良く来てくれた。何も無い所だが精一杯の歓迎をしよう」
ザザがシャーッと笑いながら俺達を歓迎してくれる。
ピノ達と過ごしたせいか、ザザの顔がピノにどことなく似ている事が分かるくらいにリザードマンの顔の判別ができるようになっていた。
「こちらこそ、何の連絡も無しに突然申し訳ありません。お嬢さんのご厚意に甘えてしまいました」
「いやいや、これからも気安く来てくれて構わない。すぐに宴の用意をさせよう」
「ありがとうございます。些末な物ですが土産の品をお持ちしましたので何かの足しにしていただければ幸いです」
「これは、重ね重ね申し訳ない」
リザードマンは雑食で何でも食べるが、ゲルブ族は水辺に棲んでいる為魚介類を多く食べる。
その反動か村に留学に来た若いリザードマン達は、肉に魅了される者が多い。
ここでも『ギガバッファローの肉 』に活躍してもらった。
未加工の物から長期保存可能な物まで様々な味付けの肉を大量に用意した。
あとは、定番だが酒を数種類持ち込んでいる。
俺とザザでペコペコお辞儀合戦を繰り広げていたがピノに促されてピノの生家へと招かれた。
ゲルド族達の家は、テントと木造建築が半々位だ。
族長の家は、一番大きなテントだった。
中にはリザードマン達が十数人いたが、皆忙しそうに動き回っていた。
「家内のキロだ」
「主人と娘がお世話になっております」
はじめまして、と挨拶をしながら紹介されたキロのステータスを見る。
別段変わったスキルは持っていないようだ。
ピノと同じで【水棲適応】と【水魔法】を持っている。
「しかし、この時期に『全滅』殿を連れてくると言うことは、『あの儀式』を見せるつもりなのだろう?」
「いいえ、お父様。ヒビキさんには『あの儀式』に参加してもらうつもりですわ」
その瞬間にテントの中の音が消えた。しばらくしてボソボソと囁き合う声が聞こえたが、内容は聞き取れない。
「馬鹿な!?一族でも無いものに『儀式』を見せるだけでも異例なのだぞ!!」
ザザの中では『儀式』を俺達に見せる事までは想定の範囲内のようだ。
しかし、娘のピノの要求はその上を行く物だったらしい。
宴の始まりは、ザザの怒声で飾られることとなったのだった。