第112話
「結局、全ての元凶はジョンという男だと言うことかい?」
フランクに今わかっている事を伝えると、そんな言葉が出た。
「そうですね。そう思って頂いて構いません」
俺は、説明が面倒になりフランクに理解させるのをここで諦めた。
現在、ゴブリン達の頑張りでジムの足取りを掴めた所だ。
場所は、冒険者の街 ウェフベルクの影の象徴『ビッター通り』と呼ばれるスラムだ。
ウェフベルクは元々冒険者が集まる街の為、治安が悪く住人の入れ代わりの早さからご近所付き合いも無いことが多い。
中には街に入るためだけに冒険者に登録して依頼を全くこなさない者までいる。
街も冒険者とは名ばかりの難民を無限に収容することは出来ないので、冒険者ギルドに残った討伐実績などが無いエセ冒険者達を隔離するためにそういった者達を一ヶ所に集めて放置する。
そのひとつが、『ビッター通り』だ。
一晩銅貨数枚の安宿と、密造された酒が並ぶ場末の酒場。
濁った目をした男達がその日を生きる希望もなく道端でうずくまってそのまま死んでしまう。
時折やってくる小金を持った者に媚びを売る最底辺の売春婦が仕事終わりに肌を重ねた相手に殺される。
毎日人が死んで、その死体の上を平気で歩く者しかいない。そんな場所。
「正直、最初にここに飛ばされてたら俺、死んでたかもしれないな」
ブレトではなくウェフベルクからのスタートで、このスラムに居を構えていたらいくら『加護』があっても死んでいただろう。
ブレトでの実績と森の調査に参加していた事で、この街に着いてから今まで一度も関わりを持たずに過ごせたのは幸運だ。
そのスラムに少し前から名前が上がるようになったのがジョンという男だ。
ジョンは数ヵ月前にこの街で冒険者登録をして一度も依頼を受けていない。
「ジムのこの街での依頼開始は1ヶ月前。セロは2週間前か」
ジムもセロも他の街で冒険者登録をしている。
「なんでこれでジョンと接点が持てたんだ?」
ジムもセロもこの街での活動を始めた拠点はスラムでは無かったはずだ。
そしてジョンはめったに人前に姿を見せない。
それでは、ジムもセロもジョンを信用できないだろう。
「でも、セロは尋問で口を割らなかった」
ある程度の信頼関係と仲間意識が無ければ副支部長のように話してしまうだろう。
色々と考えたが結論は出ない。
真相は本人達に聞くことにした。
聞き込み中にここに来たことのあるケンタウルスのシロンに『ビッター通り』を先導してもらいながらジムが消えた付近まで足を進める。
同行するのはアイラ、エミィ、ジーナだ。
ジルには引き続きゴーストによる連絡網の維持を、ホロンにも情報処理を頼んでいる。
「ここの連中の中にはジョンの事を神聖視する奴らもいる。迂闊なことを言ったら後ろから刺されるから気を付けろ」
ジョンは『ビッター通り』の金と食糧を牛耳り、最近になって急激に力をつけてきたらしい。
まるで独裁者のようだが、奴が支配するようになった『ビッター通り』は今までと比べ物にならないほどに良くなっているらしい。
「良い奴ってことか?」
「金のために人を始末したり、娼婦達から場所代(ショバ代)をせしめたりしてるらしいから悪人ではあるみたいだ」
話していると目的の建物に到着した。
フランクから首謀者を生きて引き渡すように言われてるからあまり無茶は出来ない。
「とはいえ、『俺』対策がされてるだろうからこっちも本気を出すぞ」
まるで『俺を警戒しているような』動きがあった。フランクが雇った冒険者、ではなく『俺』個人に対してだ。
だから俺も奴らと正面から戦わない。
発動するのは【風邪魔法】。
どんな仕掛けだろうが、人がいなければ動かない。
【風邪魔法】で建物を覆っておよそ30分。
俺達が建物に入ると、そこらじゅうに顔色の悪い者達が床に倒れていた。
もともとスラムの住人たちだ。栄養状態も良くはなかったのだろう。
「これは酷いな」
ホロンが呟くと、奥の方で何かが動いた。
慎重に近づくと、人造人間が体を震わせながらこちらに攻撃しようと右手を向けてきている。
しかし、炎弾はいっこうに放たれることはなかった。
おそらく、頭痛や目眩、耳鳴りと言った症状に集中力を乱されているのだろう。
すぐに接近して無力化した。
「人造人間がいるって事はやっぱりここで正解か」
「そのようですね」
エミィがゴーレムの影から答える。
「まだいるかもしれません。御主人様ご注意ください」
アイラが前を警戒しながら注意を促す。
確かに、病気になっていない個体がいるかもしれない。俺は、これまで以上に慎重に進む事にした。
結果、数度の戦闘はあったがどれも散発的で放っておいても体調不良で倒れる者が続出だった。
そして、今回の首謀者3人は全員、巧妙に隠された地下室で倒れていた。
「起きろ」
3人を縛り上げ、改めて【風邪魔法】を直接吹き付けて頭から水をかけて意識を取り戻させる。
「ゴホッ、ゴホッ」
「ぐぅぁ」
「コホッ、・・・」
目を覚ました3人は、全員顔色も悪く、水をかぶった事が原因ではない咳を繰り返していた。
「お前ら何が目的なんだ?」
これだけは聞かずにはいられなかった。こいつらのしたことは支部長であるフランクの失脚のためというには大がかりすぎる。
あれだけの手間をかけて、副支部長を支部長にしても彼ではすぐに破綻するだろう。
そんなことが分からないほど愚かでは無い事は今までの戦闘ではっきりしている。
「分かりませんか?セェンパァイィ?」
その場で唯一見たことの無い顔の男。あげるべき特徴が無くまさにどこにでもいるような男だ。
こいつがジョン?想像していた人物像とはかけ離れている。なにより、ジムやセロにはある凄味がこいつにはない。
それに、聞き逃せない単語がジョンの口から出てきた。
"センパイ"と、俺を呼んだ。
「・・・ユウキか」
ジョンはニタリと笑い俺の問いに答える。
「正確には『俺』がこの男を【闇魔法】で洗脳したんっすよ。ほら、先輩も御前試合でやってたでしょ」
【光魔法】で正義の味方を『造った』俺の事を知っていると言うことは、魔王から情報更新されているということか。
「他の2人も同じっす。違うのは直接洗脳か間接洗脳かって違いだけ」
急に話し出したジョンにポカンとしている2人。ジョンほどは深く洗脳された訳では無いということか。
「えっと、目的、でしたっけ? それならある程度達成済みっすよ」
こいつの目的は、この街の戦力を削る事。
つまり、冒険者同士の乱戦と人造人間の殲滅戦がこいつの目的だったわけだ。
「まぁ、乱戦参加者の『全滅』は阻止されちゃいましたけどね」
しかし、新たな戦力の人造人間がある。
「いや、違うか。人造人間は未完成なのか」
「はい、今いる奴らは3日で死にます」
恒常的な戦力が3日しか持たないのでは論外か。
「ちゃんとヒントはあげたっすよ。名前がジョンとか、狙ってるでしょ?」
身元不明の死体を『ジョン・ドゥ』と呼ぶと何かで聞いたことがある。
もちろん、こちらの世界にそんな風習は無い。
つまり、最初から俺だけに宛てたヒントだった訳だ。
ジョンの噂が出たのはタイミング的に御前試合の前。
魔王はその頃からこの計画を温めていたわけだ。
「この街を襲うのか?」
「さぁ?どうですかね?」
それだけ言って、ジョンが倒れる。
男は数回痙攣して意識を失った。
ステータスを確認すれば、そこにはジョン・ドゥなどという名前は無かった。
3人の男をフランクに引き渡し今回の『錬金術師ギルド 副支部長の乱』は解決となった。
フランクには感謝され、依頼料も色をつけて払ってもらった。
俺は魔王が関与していた事は伝えず、魔族が関わっていたかもしれないとだけフランクに伝えた。
ジョンと呼ばれていた男は事件への関与を否定していたが、ジムやセロの証言によって錬金術師ギルドの制裁を受ける事となった。
魔王への対策を本気で考えるべきかも知れない。
魔王軍に対抗できて、俺の家族を守れるだけの戦力が必要だ。