第110話
調査を開始して数日が経過した頃、街に新たな異変が起こっていた。
「まるでデモだな」
まるでもなにもデモ活動その物が目の前で引き起こされていた。
「俺たちの生活の基板を返せ!!」
「在庫も全部持ってこい!!」
こんな事が起こった原因は、『もう錬金術師ギルドにはポーションの在庫が無い』というデマ情報が流れたからだ。
確かに一時的なインフレのせいで店頭に並ぶポーションを始めとした魔法薬が姿を消し始めていたのは事実だが在庫切れにはほど遠い。
おそらく、副支部長派の攻撃なのだろう。
デモの中核はやはり新参の冒険者達。リーダーは『暴れ牛』のジムだった。
彼らは錬金術師ギルドの建物の前で座り込み、冒険者達の必需品とも言えるポーション類の提供を要求していた。
頭の痛いことに、具体的な要求の内容が非現実的すぎた。
これでは要求を飲んで騒ぎを納めることもできない。
要求は以下の3つである。
現在ある在庫のポーション類の無料提供。
冒険者達の所持している素材の無条件買取り。
現支部長の解任。
「これもやっぱり副支部長派の仕業なんでしょうか?」
俺と同じ結論にたどり着いたエミィが呟く。
俺は頷いて同意見であることを伝える。
「とりあえず、フランクさんに確認するか」
デモ隊の目を気にしながら建物の裏に回り、裏口なんて洒落たものはないので、窓から侵入する。
「きゃっ」
俺達を見て悲鳴をあげそうになった女性職員にシィーとジェスチャーしてなんとか落ち着いてもらう。
フランクさんに取り次いでもらい、状況を確認する。
「とりあえず、ポーションの数は問題なくあるんですね?」
「ああ、さすがに表の連中を満足させられるくらいには在庫はあるよ」
「でしたらそれを伝えて解散していただくわけにはいかないのですか?」
アイラが至極まともな事を訪ねる。
「いや、今度は値段が問題になってくる」
先日、おっちゃんがヤケ酒を呑んでいた時にも言っていたがポーション類の高騰は事実だ。
それに在庫があるのに店頭に並ぶ数が減るのは防犯対策も兼ねている。
金がないために強引な手段に出る馬鹿がこの世界には多すぎる。
その為に必要以上の在庫を店頭に並べないようにしていたらしいが、今回はそれが裏目に出たようだ。
そもそもポーション類の高騰は副支部長派の横領、横流しが原因だった。
フランクの正常化対策がなされた今、あと数週間もすれば店頭のポーションは自然と適正価格に戻ったはずだ。
それをこのタイミングで利用してくるとは、副支部長派には頭の切れる奴がいるようだ。
それに今、先駆けて通常価格でのポーション販売をはじめてしまえば、
なぜ今まで出来なかったのか?
支部長が利益を得るために価格を吊り上げたのではないか?
という疑念が生まれてしまう。
それなら、目先の利を捨ててポーション無料提供に乗り出した方が後腐れがないかもしれない。
そう提案しようとした矢先に、表で戦闘が始まってしまった。
「これじゃあ、もうポーションの提供だけでは止まりませんね」
エミィが悲しそうに戦闘音のしている方に目を向ける。
「こうなりゃ、首謀者に登場願って責任を押し付けるのが一番だな。せめて副支部長が作ってるアイテムが分かればなぁ」
「分かりますよ」
エミィが事も無げに答えた。
「集めている素材から逆算しました。おそらく、戦闘用に調製された人造人間です。他にも何か作ってるみたいですが」
ここ最近、妙に引きこもっていたと思ったらこんなことをしていたのか。
偉い偉いと、頭を撫でてやる。エミィは嬉しそうにはにかみながら言葉を続けた。
「動き出せばかなり危険な代物です。それを証拠に副支部長を拘束出来ませんか?」
フランクはああ、と首を縦に振ってくれた。
早速、副支部長を捕まえにいこうと言う話になり、現在ここにはいないと言われてしまった。
言われてみれば、こんな状態になるのが分かっている場所に居続けるほど馬鹿ではないか。
「ジル、副支部長か人造人間見なかったか?」
ここにはいないメンバーに語りかける。もちろん、ゴーストを介しての通信だ。
『なんじゃ、その2択は?わらわはどっちも見たことがないぞ』
流石に無茶ぶりが過ぎたか。気を取り直して再度質問する。
「怪しい3人に動きはないか?」
『そうじゃな、ジムは衆目に晒されておるし、ジョンなど結局見かけずじまい、セロは先程から何度かゴーストが見失ってしまうんじゃがなんとか追えておる。奴なら今、街外れのおのれの拠点に向かっておるようじゃ』
「そうか、誰か後をつけてるか?」
『セロは元々サイの担当じゃからな、しっかりと張り付いておるよ』
「なら、悪いけどゴブリンかスケルトンの増援を送ってくれ」
『なんじゃ、サイの手には余る何かがあるのか?』
「まあ保険だよ。保険」
『ホケン?良く分からんが、ラル達を向かわせるぞ』
保険と言う言葉が通じなかった。確かにこの世界には保険なんてまだないのかもしれないが。
冒険者保険とか儲かりそうだ。まあ、掛け金とか考えるのが大変そうだから誰も手を出さないだけかも知れないが。
「頼む」
会話を終えて依頼人のフランクに報告する。
「副支部長がどこにいるかは分かりませんでしたが、街の郊外に怪しい男が拠点にしている建物があるようです」
俺達の依頼内容は護衛ではない以上、騒ぎの現況を突き止める方が優先される。
フランクにその旨を伝えて、サイと合流すべく錬金術師ギルドを後にする。
「ヒビキ、ここだ」
ジルのナビに従ってサイと合流する。目の前にはすきま風の酷そうな大きさだけはある建物があった。
サイがすでに中の様子を探ってくれているが、どうやらアタリらしい。
「さっきから中でドタバタやってる連中が、『副支部長』とか、『人造人間』とか言ってるからな」
どうやら副支部長もここにいるらしい。しかし、なにやら人造人間を動かすつもりのようだが、なぜそんなことを?
「相手は、錬金術師ギルドの前に陣取ってる奴等だってよ」
なるほど、冒険者の暴徒を鎮圧した、というのは人造人間のお披露目としては悪くない。
とはいえ、冒険者達からすれば副支部長派の扇動に乗せられただけの被害者とも言える。
まんまと副支部長派のマッチポンプに利用されたわけだ。
「今の錬金術師ギルド前の戦闘を暴動として纏めて葬り去る気か」
余計なことを知っている副支部長派も、自分達に従わない支部長派も都合の良いことに一網打尽にできる作戦だ。
「そんなことになったら、フランクが罷免されて依頼料がもらえなくなるじゃないか」
「そっちかよ」
サイが突っ込みを入れる。
アイラとエミィはもう十分俺のやり方に慣れているので驚きもしない。
どころか、2人とも戦闘準備を始めていた。
「御主人様、アレを使ってもよろしいでしょうか?」
エミィが俺に許可を求めてくる。
「そうだな、エミィの身の安全の為にも使おう」
今ここにいるのは、俺達とラルを含むゴブリン部隊が20匹。暴徒と化した冒険者達を纏めて鎮圧できる戦力を相手取るには心もとない。
前回の誘拐事件の時には使えなかったエミィの切り札。
「おいで、ゴーレム」
懐から宝玉を取りだし、地面に置く。すると宝玉を包み込むように土が動きだし、どんどんと大きくなる。
30秒ほどで土塊でできた体長10mほどのゴーレムが完成する。
このゴーレムは灼熱竜セルヴァの迷宮にてボスを任されていたあのストーンゴーレムだ。
ホムンクルス同様、魔導生物というカテゴリーのゴーレムは錬金術師と相性がいい。
迷宮から戻ってエミィの護衛用にコンパクト化し、色々と魔改造(ここでは魔法による改造の意味)を施したこだわりの逸品だ。
もちろん、【守護者】のスキルも使用できる。
そんな新生ゴーレムを先頭に敵陣に乗り込む。
「なんだ、貴様ら!?」
入ってすぐにいた男を水弾で昏倒させる。
人造人間の製造に関わっている人物なら錬金術師ギルドの職員である可能性が高い。
誰彼構わず殺すのはのちのち問題になるかもしれないので人間は出来るだけ殺すなと伝えてある。
まあ、腕や足が片方無いくらいなら問題なく錬金術を行えるので、やり過ぎにさえ注意しておけばいいだろう。
どうやら、まだ人造人間の準備が出来ていないようで、ここまで抵抗らしい抵抗もなく進んでこれた。
しかし、
「ヤバい、伏せろ!!」
ひとつ先の曲がり角にいたサイが突然叫んだかと思ったら無数の炎弾がこちらに放たれていた。
とっさに【水魔法】で防御するが数が多くて消しきれない。すぐにみんなのように頭を伏せて爆発をやり過ごす。
物凄い爆音が後ろの方から聞こえ、次の瞬間に背中を焦がす感触が走る。
「ぐっ、みんなぁ」
「はい、問題ありません」
「うぅ、私も無事です」
「こっちも問題ないぞ」
「グギギッー」
エミィは【守護者】のスキルで守られているので心配はいらない。
アイラは俺のすぐ近くで、大量に水をかぶっていたのでほぼ無傷。
サイは曲がり角をひとつ挟んでいたおかげでほとんど爆風には曝されていない。
唯一の被害は俺達と一緒に来ていた数匹のゴブリンにそれなりの火傷があった。
怪我人をエミィに任せて、第2射に備えて水弾を大量に用意する。
それと同時に炎弾による牽制も行うが、
「・・・追撃が来ないな」
奥に進むと俺の炎弾に焼かれた無惨な部屋があるだけで、魔術師の1人も見当たらない。
サイも曲がり角からいきなり炎弾が現れたと言っている。
完全な一撃離脱をやられたようだ。
あれだけ不意をつかれれば、あちらは勢いづきそうなものだが、よっぽど錬度の高い部隊がいるのだろう。
「ああ、そうか、人造人間か」
ふと思いつき、おそらくそれが正解だろうと確信する。
まさか人造人間がこれほどの強さとは。
追撃が無いのを確認してゴブリン達に治療を施す。
「回復役が欲しいな。ゴブリンヒーラーとか出来ないかな」
プール草によるゴブリンメイジの習得魔法の調整の応用で可能ではないだろうか。
要検討だな。
その後は、人造人間達と遭遇せず建物を占拠出来たが、肝心の副支部長とセロの姿が見えなかった。
「まずいな、もう錬金術師ギルドに向かってるってことだよな」
サイが苦々しい顔をしている。ジルに確認を取るがそれらしい集団を見つけることが出来なかった。
「おかしいな。それなりの規模の集団のはずなんだが」
しかし、見つからないものはしょうがない。予備兵力を錬金術師ギルドの周辺に待機させることにした。
『主よ、やはりおかしいぞ』
「どうした?」
『錬金術師ギルドの前にいきなり集団が現れおった。冒険者共に炎の塊で攻撃を仕掛けるまで全く気がつかんかった』
俺達の時と全く同じだ。エミィに確認するが人造人間にそんな機能は無いはずらしい。
「じゃあ、副支部長かセロのスキルか」
推測をたてながら移動を開始する。
人造人間の実力はまだ未知数なのでジーナ達には極力戦闘には参加しないように指示してある。
とりあえず、俺達が着いたら挟み撃ちにして一気に解決をはかるつもりだ。
俺達は街中をゴブリン達を連れて駆け抜ける。目指すは錬金術師ギルド ウェフベルク支部だ。