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第104話






 昆虫魔族が叫ぶと、昆虫魔族の胸部から太い腕が突き出てきた。


「あぁ!?」


昆虫魔族の顔には驚愕が浮かぶが、生えてきた腕はお構い無しに昆虫魔族を捕食する。


「そんな。何で!?俺の体の中にこいつが!?」


 腕は器用に昆虫魔族の体を絡めとり、ぐいぐいと裂け目に引っ張り込む。

 

「や、やめろ!?ヴァラルク!!」


 両手両脚をもがれ、自身の体内に取り込まれた昆虫魔族はそれでも生きていた。

 魔族の生命力の高さがこの時は、彼の苦痛を長くしている。

 裂け目から2本目の腕が出てくる。両腕を使って裂け目を大きくする為に左右に広げていく。

 ビキビキと硬いものが裂ける音と昆虫魔族の絶叫が辺りに響き渡る。


 とうとう、昆虫魔族の上半身が二つに分かれた。

 そこには、子供が描いた絵のように脈絡の無いつながりで形成された新たな上半身が現れた。


 全長は8mほどだろうか、昆虫魔族のサイズがほとんど人間と変わらなかったので新たな上半身だけで7mほどあることになる。

 両腕は昆虫魔族と同じで4本。大きすぎる上半身に合わせた腕の長さの為、腕を伸ばせば地面に着く。

 しかし、同じなのは長さくらいで皮膚の質感や関節の数まで不ぞろいの4本の腕は、取ってつけたような出来だ。


 顔は犬のようにも見えるしトカゲのようにも見える。口が縦にせり出ており、乱杭歯が所々から覗いている。

 瞳は爛々と輝き、獲物を探しているように見える。


「うぁぁぁ」


 上半身が裂かれた状態のまま、ヴァラルクと呼ばれたモンスターの腰の辺りにぶら下がっている昆虫魔族はまだ息があるようだ。

 裂かれたときに右側に頭部が残るような形になったのが良かったのだろう。

 しかし、昆虫魔族の下半身のコントロールはヴァラルクにあるようだ。

 ゴリラのナックルウォーキングのように2本の腕を地面に押し付けながらしっかりと足も動いている。


 ステータスを確認すると、リーランの時と同じ事が起こって読み取れなかった。

 つまり、


「キメラって事か?」


 鎧の中で誰にも聞かれない独り言をつぶやく。

 観客席の連中はこの化け物の為に、魔力と精神力を奪われたという事らしい。


「グルル、グルァーーー」


 ヴァラルクが咆哮する。ビリビリと辺りが揺れるのを感じるほどの音量だ。

 次の瞬間、ヴァラルクが観客席に向かってゆっくりと移動を開始した。


「あいつ、まさか観客を襲うつもりか!?」


 ルクスがすぐに駆け出してヴァラルクの前に立ちはだかる。

 ヴァラルクは足を止め、目の前の障害(ルクス)を見つめる。

 ルクスはすでに剣を構えている。

 ヴァラルクの移動用ではない腕がルクスに振り下ろされた。


「はぁぁぁ!!」


 ルクスは、逆袈裟の軌道で剣をふるい、ヴァラルクの攻撃に真っ向から立ち向かった。

 鈍い音がして、ヴァラルクの腕が手首の辺りから斬り飛ばされる。

 一方、ルクスもその場から数メートル後ろに押し込まれた。


「くっ、重い」


 おそらく、『激剣』を使ったのだろう。それでも相打ちの上に後ろに下がらされた。

 斬り飛ばした腕もすでに再生している。


「いやぁ!!」


 ジーナが破魔の剣(複製)で移動用の右腕を斬りつける。

 傷口は数秒の間、白煙を上げたがすぐさま元通りになった


「少し離れて!!」


 ビルギットの声でルクスとジーナが距離をとる。

 次の瞬間、風の魔法で作った刃がヴァラルクを襲う。

 真空によるカマイタチ現象などではなく、圧倒的な速度のつむじ風に小石を紛れ込ませた物理攻撃だ。

 ビルギットの【音魔法】は【風魔法】の派生魔法のようなので、風を操る事もできるのだろう。

 試合中に使わなかった理由は、何なのだろうか。


 ヴァラルクの表皮は硬かったようで、ビルギットの攻撃ではほとんどダメージが無かった。

 とはいえ、強風による目くらましにはそれなりの効果があったようだ。


 その隙にクェスが大技を放つ。

 ヴァラルクは火炎旋風ファイアーストームに完全に包囲されてしまった。

 しかし、


「ダメ、効いてない」


 クェスが若干悔しそうに呟く。


「クェスの火炎旋風ファイアーストームが効かない? そんな馬鹿な」


 ルクスも驚いている。

 もちろん、ノーダメージではない。

 しかしアレの直撃を受けて、表皮がこげる程度のダメージで済むはずが無いのだ。


「馬鹿が!!ヴァラルクは貴様らの魔力で動いているんだぞ。効くわけ無いだろ!!」


 ヴァラルクの腰の辺りでブラブラ揺れている昆虫魔族が高笑いを浮かべる。

 『火傷のある炎の魔術師』は、どうしようもない愚か者という意味があるらしい。

 それは、自分で出した炎で火傷をするがとてつもなく難しいからだ。

 つまり、観客席にいたクェスの魔力はしっかりとヴァラルクの中にあるということだ。

 ビルギットの攻撃も魔法による部分ではダメージを受けていないのだろう。

 リングにいた俺とルクスも魔力を奪われているはずだ。

 倒れるほど奪われてはいないのは『勇者の素質』と『竜の鱗』のおかげだろうか。


 『激剣』がダメージ軽減対象なのかは分からないが、クェス達よりはダメージが通りそうだ。

 つまり、俺の攻撃も通りやすいのだろう。

 【聖火魔法】で極大の炎弾を作り出す。

 ヴァラルクはまだ、クェスの火炎旋風ファイアーストームに捕らわれている。


「いけ!!」


 炎弾はまっすぐヴァラルクへと着弾し、クェスの火炎旋風ファイアーストームと混じり合う。

 【聖火魔法】を通して、クェスの【風魔法】に干渉する。  


「ぎゅらっぁぁ!?」


 ヴァラルの口から初めて苦痛の声が上がる。

 ついでに、昆虫魔族はこの攻撃で完全に焼失した。


「すごい!!」


 ジーナやビルギットが驚きの声を上げる。しかし、【聖火魔法】なら準決勝で見せている。

 隠す必要も無い。


 ヴァラルクは、蹲り少しでも炎から逃れようとしている。


「おかしい。全然燃え尽きてない」


 炎の勢いが弱まり出した頃、ビルギットがそう呟いた。

 完全に火が消えた後から出てきたのは、アンバランスだった上半身と釣り合いの取れた下半身を手に入れたヴァラルクの姿だった。

 体長は10mを越え、先ほどよりもゆったりとした動作でこちらに向かってきている。

 その体には火傷ひとつ無い。

 

「うそ、でしょ?あれで傷ひとつ無いなんて」



「グルル、ヴルォーーーー」


 炎から出てきたヴァラルクが天を仰いで咆哮をあげる。最初の咆哮とは明らかに質が違う。

 ジルが俺の直感を裏づけしてくれた。


「まずいのぅ、今の咆哮で街の外におったモンスターがゆっくりとこちらに近づいておる」


 ジルのゴーストが街の外の状況を説明してくれている。


 会場の観客達の昏睡の際にブレトの街中をゴーストを使って調べていた。

 幸い、意識が無いのは観客席までのようで街中は平和なものだ。

 もう少しすれば、ジルのゴーストが街の常駐軍を連れて来てくれるはずだった。

 常駐軍の中にはそれなりの魔術師もいた筈だ。

 ヴァラルクに魔力を吸われていないそれなりの魔術師が。

 ジル1人では俺の身内を全員運び出す事が出来ない。

 つまり、化物(ヴァラルク)も集まってくるモンスターも何とかしなければいけないわけだ。


「エコーとか言ったな。わらわと供に外のモンスターの相手をしてくれぬか?」


 ジルが俺の考えを読んだかのような提案をしてくる。

 コクリと頷き外壁に向かう。ここは、ルクスと常駐軍がいれば何とかなるはずだ。

 それに、俺もジルも人目が無いほうが実力を発揮できる。


「苦戦してるね。あれ使ったら?」


 セルヴァが指を指したのは、リングの端に置かれていた賞品のアイテム達の入った箱。

 俺には中身が文字通り透けて見えるのですぐに分かったが、あんな箱を指で指されても誰も反応できんだろう。

 決勝戦が済めばすぐに授与式となるはずだったからか、こんなところにおいてあったようだ。

 ジルと近寄って箱の中を見る。

 中には剣が2振りと小さ目の木箱が1つ。そして、硬貨の詰まった袋が4つ。


「こっちが、聖剣 希望の光(ライトオブホープ)。とりあえず、竜殺しの剣の方でいいか」


 聖剣をルクスのいる方に向かって放り投げる。

 ルクスはヴァラルクと真正面から立ち会っている最中だった為か、クェスが剣を受け止める。


「それを勇者に渡してやれ!!」


 ジルがクェスにそう伝えるのを聞いて、御前試合の会場を後にする。

 近辺をゴーストに探らせて鎧の顔の部分をルビーに頼んで露出してもらう。


「色々助かったぞ、ジル」


「そう言ってもらえるのはなによりじゃ。で、どうする?」


「外のモンスターの規模によるな」


 ジルが少し考えて答える。

 それほど多くは無いし、この街は襲撃を受けたばかりなので街の外にいる部隊の錬度も高い。

 残っているモンスターは残党のようなもの。ぶっちゃけ、それほど危険は迫っていないらしい。


「じゃあなんで?」


「そうすれば、主が自由に動けたじゃろ?」


 ジルは、俺がエコーとして戦っているを見て窮屈そうに感じたのだろう。


「それに、主が自由に動ければモンスターの群れもあの化物あっという間に倒せるじゃろ?」


 アイラもそうだったが、どうも俺の評価が高すぎる。身内びいきと言う奴だろうか。


化物(ヴァラルク)は、ルクスに任せよう」


「じゃあモンスターの群れか?」


「いや、黒幕に会いに行こう」



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