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第154話





 獣人と人魚の宴会は、『ゴブリン音楽隊』の演奏によってさらなる盛り上がりを見せている。

 そろそろ、テオに登場してもらうとしよう。


「アイラ、準備はできたか?」


 『奇跡の家』で待機していたアイラに声をかけると、少し困った顔をしている。

 不思議に思いテオの様子を確認すると、


「うぅ、なんでスライムがあんなに硬いんだよぅ」


 とか、


「アイラ姐さんはきっとお化けなんだぁ、だからいきなり消えたりするんだぁ」


 とか、


「僕が女の人に力で負けるなんてぇ」


 とか、


「ヒ、ヒビキ兄さん、やめてぇ。無理だよぉ。人間はそんな風に動けないよぉ」


 そんな事を呟きながら部屋の隅でガタガタ震えていた。


「あぁ~、主がやり過ぎるから」


 ジルがジトッとした目でこちらを見てくるので手で頭を鷲掴みにして首をぐるりと90度ほど回してやる。

 ケラケラ笑い続けるジルは放っておいてテオに話しかける。


「テオ?」


「ギャワッ!?」


 優しく話しかけたつもりだが怯えられてしまった。

 仕方ないので背中を擦りながら少しずつ落ち着かせる。


「テオ、俺達に負けて悔しいか?」


 テオは小さく、しかししっかりと首を縦に振る。

 負けん気の強い奴だ。

 だからこそ、丁度いい。


「それなら良い事を教えてやる。すぐに強くなれる方法だ」


 勢いよく振り返り俺を見つめてくるテオが少し可愛く思えた。

 こんな図体だがやはりまだまだ子供だ。

 そんな子供を騙すようで少し申し訳無く感じるが、これはテオにとっても悪い話ではない。

 そうでなければ母性に目覚めたミラがテオを俺に預けるはずがない。


「『勇者』になれば良いんだよ」


「『勇者』?」


 もちろんテオは『勇者』の事を知っている。

 しかし、教会によって選ばれる『勇者』は人族が多い。

 これは獣人は身体能力はずば抜けているが『魔力』量が少ない、などの種族的理由と

 『選定神官』が人族である、と言う事が理由のようだ。


 あの空気読めないシスターであるセイラが同じ人族のルクスを選ぶように他の『選定神官』も自身と同じ種族の者を選ぶのが一般的だ。


 その為、獣人であるテオにとって『勇者』は『目指すもの』ではなく『憧れるもの』 なのだ。

 『亜人街』で子供達は勇者ごっこという遊びで遊んでいたが、誰も『将来は勇者になる』とは言わなかった。

 一番多かったのは『勇者のチーム』に参加する。と言う夢だった。

 その為、勇者ごっこのはずが誰も『勇者』をやりたがらないらしい。


 アイラに聞いてみると、

 自分の村でもそうだった。自分は『勇者』か『魔王』の役しかやらせてもらえなかった。

 と教えてくれた。


 そもそも、遊びに参加したのも数える程らしい。

 そんな話を苦笑しながら話してくれたアイラをギュッと抱き締めて撫で回してやった。

 嬉しそうに揺れる尻尾も存分に撫でやった。


 ちなみに、エミィの住んでいた街では『勇者』役は人族の男の子、『勇者の仲間』役が獣人の男の子に人気で上手く住み分けが行われていたらしい。


 ジルの故郷では『勇者』も『魔王』も人気はなかったらしくごっこ遊びをする子はほとんどいなかったらしい。

 そもそも同年代の子供と遊んだことが無い、と言われてしまった。




 

 さて、そんな獣人のテオに『勇者』になってもらう訳だが、別に本物の『勇者』を目指す必要は無い。

 『勇者』並みに強ければ良いのだ。正確には『勇者候補』並みにだが。

 それで十分にみんなを守ることができるだろう。


「でも、僕は獣人だから『勇者』にはなれないよ?」


 卑屈などではなく心底不思議そうに聞いてくるテオ。

 なるほど、『教会』の教育は根深い所まで浸透しているようだ。


「大丈夫だ。獣人がなれないのは『教会の勇者』だけだ。お前は『天龍教の勇者』になればいい」


 そう言いながら、テオに一枚の紙を渡す。


「これは?」


「これにサインすれば、お前はすぐに『天龍教の勇者』になれるぞ」


 渡した紙の最上段には『隷属契約書』と記入されていた。




 この世界の識字率はけして高くない。

 文字の読み書きは立派な技能として扱われている。

 そんな訳で、テオにはこの紙の内容が理解出来ない。


「これにサインすればいいの?」


 テオはやや不安そうに俺に訪ねてきた。

 それはそうだろう。

 こんな内容も分からない契約書にサインなどしたらどうなるかなど、子供でも分かることだ。


「あぁ、お前が『勇者』になればきっと俺より強くなれるさ」


「本当?」


「もちろんだ。なんならミラやデトクに内容を確認してもらえばいい」


 言葉巧みにテオをその気にさせる。

 テオがすぐに紙をもって外に飛び出して行った。どうやらミラとデトクに内容を確認してもらいに行ったようだ。

 しかし、俺は全く慌てていない。

 いくらでも確認すればいい。


 そう、この契約書は内容が読めてもそれほど問題が無いように出来ている。

 まずは、隷属と言っても身体的にも精神的にもなんの制限も設けていない。

 ただ対象の所有物となる、と言う内容が書かれているだけだ。

 そして、その隷属すべき対象の欄には『神野 響』と漢字・・で書かれているのだ。

 これで俺が矢面に立つ事無くテオと契約することが出来る。


 もちろん、ミラには契約書の内容を話しているのでそもそも問題がない。

 なにか聞かれてもしっかりフォローしてくれるだろう。

 もしもデトクが漢字・・について言及してきても、


「これは、我々の主の名前です」


 と答えるように言ってある。この言葉に嘘はない。

 彼女たちの主は『神野 響』つまり俺なのだから。




「大丈夫だって言ってた!!」


 無邪気に走って戻ってきたテオから下手くそなサインを書いた紙を受け取りジルに渡す。


「うむ、では【契約】を始めるかのぅ」


 ジルの【契約(血液)】によって契約書に強制力を持たせる。

 ジルが紙に『魔力』を込め始めるとすぐにテオのステータスに『戦神の加護(従者)』が加わった。

 ここ数日の戦闘訓練で上がったレベルと相まってかなりのステータス向上だ。


 これで、多少病気が進行しても耐えられるだけの身体になったはずだ。


 元々、テオの身体的疾患を根治させる事は今のところ不可能だ。

 ならば、症状を少しでも緩和させ一生病気とうまく付き合って行けば良い。


 今のテオのステータスならば朝、起き抜けにポーションをぐいっと一本飲んでおけば何の問題も無く戦えるだろう。

 この程度なら、日本の中年サラリーマンならよく見かける光景だろう。


 本人も何かが変わった事に気がついたのか、しきりに身体を動かしている。


「さぁ、これでお前は『天龍教の勇者』だ。お前の為の装備がその部屋にあるからとってきなさい」


「うん!!」


 嬉しそうに奥の部屋に入っていくテオ。


「やれやれ、これでなんとかなりそうだな」


「そうじゃのぅ」


「お手間をとらせて申し訳ありません、ご主人様」


 申し訳無さそうなアイラの頭をポンポンと撫でながらテオの着替えを待つことにした。


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